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神さまの嫌われもの  作者: marvin
3章 天上の火の粉
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3-2 準急

「下馬評ではねえ、スクルドとシグルーンのどちらかだったの」

 でも残念でした、とクリスタが笑う。勝ち誇る笑顔は思いの他に無邪気だった。

 スクルドはザイナスにも馴染みの深い白神(ブラン)の御使い、シグルーンは|英雄の神と謳われる黒神アノルの御使いだ。

 十二柱に上下はないが、御使いの内では二人が上位に冠されていた。所謂、始点と終点だ。人が生涯で為すべきの始まりと終わりを司っている。

 とはいえ、天界の下馬表とは。

「地上は人の世界だもの、人を使えるあたしらの方が優勢だったってわけ」

 自慢話が延々と続く。クリスタは無類のお喋り好きだ。

 思うに、これはオルガも同じだ。御使いの使命に纏わる話など、口にする場もなかったのだろう。相手は同じ御使いか、こうして捉えた獲物くらいだ。

 上手い聞き手でいる間は、ザイナスも魂も持って行かれずに済むだろうか。

 汽車は暗闇の中を延々と走る。客車への立ち入りを禁じているのか、車掌さえも見掛けない。此処には膝を突き合わせたクリスタとザイナスの二人きりだ。

「でもさあ、まさか教会の古い手配書に引っ掛かるなんてね。スルーズも手広いけど、教会も大概。十年も前のだよ? あたしの身体もまだ子供だったわ」

 それは、ザイナスも初耳だ。

 ホーカソン司祭がラングステンに問い合わせたのは、奉神不在のザイナスの処遇だけだ。手配書の云々は聞かされていない。司祭が気を遣って隠したのだろう。恐らく、噂話に聞いた事のある十年前の不信心者の騒動だ。

「十年も前、ですか?」

 オルガにちゃんと訊いておけばよかった。

魂なきもの(ノスフェラトゥ)だって」

 にやにやとクリスタはザイナスに告げる。なるほど、確かそんな名だった。

「そんな魔物、あたしたちだってよく知らない。きっと、出任せね。教会の権威づけでしょう。ユーホルトならやりかねないもの」

 呼び捨てられたメルケル・ユーホルトは、畏れ多くも王都の大司教猊下だ。

「でもね、手配の条件には合ってたの。そこに目をつけたのが、あたしとスルーズ。正確にはスルーズに目をつけたあたし。保険の保険? みたいな感じ」

 クリスタは、たははと笑って革張りの席を叩いた。燥いでいる。

 燥いでいるが、違和感もある。間の抜けた相槌を打ちながら、ザイナスはリズベットの指南を思い起こした。くだけた女の距離感は、壊れているから気をつけなさい。なるほど、これほど近くにいても、クリスタはザイナスに触れようとしない。小突いたり、叩いたりの仕草もない。無意識に避けている気がする。

 仕草で決めつけはできないが、オルガもうっかり気を抜くまでは、そうした態度を取っていた。御使いの不可侵が云々、確かそんな話だ。

「でね、あたしも教会に網を張ってたんだけど、すっかり出し抜かれちゃったわけ。スルーズの奴、こんなに行動が早いなんてさ。さすが秩序神(オーダー)の使いよね。ザイナスくんが捕まったときは、冷や汗ものだった」

 すん、と小さく息を吐く。

「すぐに賞牌(マユス)を奪われてたら、あたしも手を出せなかったね」

 それは先にも言っていた。オルガが時間を掛けたのは、止まれぬ事情があったからだ。出会い頭に槍で突くほどには、彼女も賞牌(マユス)を奪う気でいた。

 ふと、クリスタが身を乗り出した。

 ひとつ、ふたつとクリスタの言葉を勘案するザイナスの顔を覗き込む。

「何で? やっぱり他の連中を牽制するため?」

 咄嗟の返事に、婚活する為じゃないですか――とは、辛うじて堪えた。

「牽制、ですか?」

 言葉を選んで、そう訊ねる。

「んー、そうね」

 クリスタは唇をもぞもぞとさせる。

「あたしはね、決着を先延ばしにした方が、何かと都合がいいわけよ」

 腕を組んで、うんうん、と頷く。

 オルガと比べるのも無体だが、年齢を鑑みれば少々控えめだ。商談には見目のはったりも必要だが、それは脚で賄っていのだろうか――などと、ザイナスは無遠慮に考える。横並びの思索が表情に漏れるのを誤魔化した。

「使命を果たせば、このまま寿命までいられるの。失敗したら強制送還。あたしは断然、残りたいわけ。だったら、隠すのが一番。あたしの保険も含めてね」

 御使いの話ですよね、と念を押したくなる。行動があまりに俗っぽい。

「御柱の使命が優先なのでは?」

「それは、そうよ?」

 人聞きの悪い、とでも言いたげに、クリスタは鼻根に小皺を寄せた。

「だけど、ゲイラなんて最初から破滅志向なの。あいつこそ、使命なんて関係ないから。うっかり切り札を使ったりしたら、還り際に何されるかわかんないのよ」

 顔を顰めてそう言うと、ふん、と息を吐いて肩を竦めた。

「それに、面白くないじゃない? 他の連中を極貧に落としてやりたいし」 

 そちらが本音だ。はあ、とザイナスは半端に応えた。そんな声しか出なかった。

「どっちにしてもね。あたしとしては、せっかく稼いだお金を派手に使い切りたいわけよ。それくらいのご褒美は、あったっていいと思うわけ」

 呆れるくらい、欲望に素直だ。

 御使いの意思は情報と使命だ。人格は人の身に根差している。ザイナスはオルガにそう聞かされた。人格は御使いの行動に影響を与えるが、人格もまた御使いの力に当てられて、大きく歪んでいるのかも知れない。

 とはいえ、微かに延命の可能性が見えた。クリスタが早々の決着を望まないなら、ザイナスはまだ当面の間、魂を刈られずに済むかも知れない。

 思案するザイナスを呆れていると思ったのか、クリスタは慌てて言葉を繋いだ。

「もちろん、組織神(ソサイエ)の聖堂には寄進するよ? 権勢も拡大する」

 御柱のことも考えています、と主張する。

 今さら御使いの威信もないが、ザイナスは調子を合わせて頷いて見せた。

「だとしたら、僕はまだ?」

 少し踏み込んで訊ねてみる。

「まあね、急ぐ必要は全然ないの。あたしもあなたも、この身体は――持って百年くらい? どうせ、そんなの御柱には一瞬なんだから」

 踏み込んだ後に嫌な汗が出た。延命と解放が同列である筈がない。

「ちゃんと面倒は見てあげる。もちろん、誰にも見つからないようにね」

 クリスタはそう言って無邪気に微笑んだ。

「死ぬまで飼ってあげるから、心配しないでザイナスくん」

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