遠距離ムーンライト
『君ってさあ』
「うん?」
『わたしのどこを好きになったの?』
通話相手からの突然の言葉に、僕の喉はごほりと鳴る。たまたま、コンビニで買ったコーヒーをベランダで飲んでいたものだから、鼻がつーんとして、痛い。気管支と食道を隣り合うように作った神様は、本当にバカだと思う。
「急になんだよ」
『いやー、ねえ。結構長い付き合いなはずだけど、そういうのちゃんと聞いてなかったなって。なんだっけ、″君の大事なところに。僕がちょっといたら良いな″だっけ』
もう一度むせた。
「なんで覚えてんのそんな黒歴史!」
あの頃は、僕も若々しさに満ち溢れていて、だからムードが高まりすぎて、ついうっかりそんな事を言ってしまったのだ。正直、忘れて欲しい。
『覚えておくのが、礼儀ってもんじゃん』
「親しき仲にも礼儀があるって知ってる?」
そして、この場合の礼儀は、今すぐ忘れ去ってくれることだ。どうせ、無理だろうけど。
『忘れるわけ無いじゃん、私にとって大事なことだしい? どうせ、そっちだって、こっちの恥ずかしいことの一つや二つ覚えてるんだろうから、反撃すればいいじゃん、ほらほら』
電話越しだけれど、彼女がドヤった顔してることはすぐに想像できた。アッパーとか入れてやりたい。けど、お互いに絶賛遠距離に住んでる現状、当然そうすることは不可能で。だから彼女の提案に乗るのは癪だけどその一つや二つの恥ずかしいことをお出しすることにした。
「なんだっけ″あいたい。できるのなら、心と体を二つにわけても″だっけ」
ぎぇぁぁぁぁ!とかいう、アホみたいな叫び声が聞こえてきたので、僕はしばらくスマホを耳から離して、すっかり温くなりつつある茶色い液体を口に含んだ。
『な──んで、そんなこと覚えてんの』
「僕がそっちのこと好きってことは、十分知ってるでしょ」
『そ──あ──てか、それで思い出した! わたしの最初の質問に答えてない!』
「チッ」
『舌打ちした! 今、舌打ちしたでしょ! 聞こえたからね!』
「うっさ」
聞くに絶えない罵声がしてきたので、僕は空を見上げた。
「あ」
『なに』
「空」
言ってからしまったと思った。天気が同じとは限らないから、あちらから見えるかはわからない。
けど。
『すごい、きれいな』
「うん」
嗚呼、きっと。
離れているけど。
僕らは、今、同じ月をみているのだろう。
「月見バーガー食べたかったなあ……」
『情緒の欠片もないの?』
その返しが面白かったので、思わず僕は笑って。
彼女も同じ様に笑い始めた。




