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第1話 初恋の先輩

「よっ、千秋!」

「あっどうも先輩、受験勉強どうですか?」

「いやあ、忙しいよー」


 天沢 風音(あまさわ かざね)はいつも通りの笑顔で笑う。

 それを見て少し大塚 千秋(おおつか ちあき)の胸が高鳴った。

 風音と千秋は2人きりで帰路に着く。この時間が千秋にとって胸が満たされる時間であった。

 大胆でちょっとドジで......この素の性格を見ているのが千秋だけなのではないかと思うと嬉しくなる。


 風音と千秋は美術部の先輩後輩であった。当時、千秋は高一で風音は高三。

 家がお互いに近いということもあり帰り道が大体一緒だったのだ。

 しかし風音は夏頃に部活を引退していた。受験勉強があるからである。

 そこからはあまり一緒に帰る機会は減っていた。それでも部活が休みの時はよく一緒に帰っていた。


 風音は学校ではしっかりしているイメージだけれでも千秋と2人きりの素だとどこかちょっと抜けていて、ギャップを感じる。

 さらに容姿はかなり良く、優しい上に包容力もある。

 辛い時は気軽に相談に乗ってやるよと千秋に言っており頼れる先輩の一面も持っていた。


 そんな風音にいつしか千秋は好意を持っていた。


 しかし風音は高校三年生であった。想いを伝えようと渋っているといつしか卒業式になっていた。

 今度こそ想いを伝えるんだ。

 しかし連絡先すら交換できていない状況であった。一言連絡先をくださいというだけである。

 ただそれは、ほぼコミュ障で恋愛経験もなくましてや誰かに恋をしたことなどなかった千秋にとって至難のことだった。

 

 そんな人が告るなどほぼほぼ無理である。

 ただ、千秋の恋愛事情を知っている友人に背中を押されて千秋は風音に告ることにしたのであった。


「あっあのっ先輩......」

「その声は後輩くんか、んっどうしたの?」


 学校の桜の大木を眺めている風音に千秋は声をかけた。

 風音は後ろを振り返る。その姿はとても美しく儚かった。


「......」


 そしてやはり千秋は言い出せなかった。

 言おうとしたが何かが千秋の口を塞ぎ言葉が出なかった。


「......先輩、卒業おめでとうございます」

「(あっそっちか)」


 千秋に聞こえないようにそう呟いた後、風音は、ありがと、と返した。


 風音は少し寂しそうな表情を浮かべた。


「あのさ......」

「はっはい!」


 風音が何か言おうとしたタイミングで風音はクラスメイトたちから呼ばれる。


「風音ー! 集合写真撮ろー!」

「あっごめん、今行く!」


 風音は「じゃあね、お元気で」と言い残して去った。


 千秋はただその後ろ姿をぼーっと見つめることしかできなかった。


「......好きでしたよ、先輩」


 (......何で今言えるんだよ)


 千秋はただやりきれない想いで風音が眺めていた桜を眺めた。


 ***


「ふわあ」


 ピピピピっと時計のアラームが寝る。それを止めようとして千秋はベッドから転げ落ちた。

 背中に強い衝撃が走る。さらに背中の一部分が下に落ちていた何かに思いっきり着地しかなりの激痛である。

 部屋は散乱しているので片付けておけばよかったと千秋は少し後悔する。


「うわああ......いってて......」


 朝からよくない目覚めだ。

 千秋と共に落ちた時計を元の位置に戻して、背伸びをした。


「うーん......」


 ため息に近い声が出てしまう。


 何やら懐かしい夢を見ていた気がするのだが、まだ背中の一部分に痛みがあるせいでそんなこと気にする余裕がない。


 いつも通り顔を洗って歯磨きをする。千秋ももう大学2年生の終わりかけである。

「大学生活も半分を切りそうだな、ああ、まだ彼女できていないし」と千秋は朝から愚痴をこぼす。


 (そういえば風音先輩は元気かな)


 千秋はふと見ていた夢......過去を思い出した。


 千秋はこの思い出があるから彼女を作っていないのかも知れないと自分で納得した。


「結局、想いは伝えておけってことだよな、数年たった今でもあの時のことは鮮明に脳裏に浮かぶんだから、はあ、もう一度会えたらな」


 ふと自分の顔を見て我に返った千秋は頬をバチンと叩き気合いを入れ直す。

 今日は朝から講義である。軽い朝食を摂って千秋は家を出た。


 ***

「よし、帰宅ー、新作のゲームでもやりますか」


 家に着いた瞬間千秋はベッドにダイブしてスマホを開いた。

 まだダウンロードを終えていないのでそれまでの間に手洗いなどを済ませることにした。


 そしてダウンロードが終わり千秋はそのゲームを2時間くらいプレイしていた。気づけばもう夕方だった。

 空は夕焼け色で染まっていた。


「あー、もうこんな時間か」


 (風呂に入ってまた続きをやろう)


 そう思い、ベッドから起き上がる。


「ありがとうございました」

「それでは失礼します」


 すると、何やら隣の部屋が騒がしくなっている。

 窓の方へ目をやると引っ越し業者のトラックがアパートから去っていっていた。


 (隣の部屋今まで空き部屋だったし誰か引っ越してきたのかもな、隣人トラブルは最近面倒だと聞くし、注意しておけなければ......)

 

 そう思っているとインターホンが鳴った。


「あっ今いきまーす!」


 おそらく挨拶に来た隣人だろう。千秋はピョンと跳ねている毛を元に戻してしわしわの服を伸ばした。

 少しくらいは第一印象を良くしておかなければ。


 そしてササっとうがいをしてドアを開ける。


 ......この時に千秋は思いもしなかった。まさか隣人が千秋が今1番会いたい人物であったことに。


「こんにちは、隣に引っ越してきた天沢 風音と申しま......」


「......」

「......」


 千秋は自分の目を一瞬疑った。しかし間違えるはずがない。服装こそオシャレだが、あの懐かしい声色、姿......。

 それに名前まで一致なんて早々ない。


 風音も気づいているのだろうか。一瞬唖然とする。


風音先輩(こうはいくん)!?』


 千秋たちは声を合わせて驚いた。


「あの、おひさっす」

「えっ本物?」

「うっす」

「うわあ、本当だ、背高くなった!?」

「まあ数年間会っていないですからね」


 風音の方はあまり背は変わっていない。しかし千秋の方はぐんと伸びていた。


「あの頃は私と一緒ぐらいだったのに」

「今じゃ先輩がチビですねー」

「減らず口は相変わらずだな!」


 正直千秋もこれには驚いていた。数年間会っておらず、これから先も会わないだろうと思っていたからだ。

 先輩は先輩のままで少し安堵もあった。


「あっそーれーでーだー、感動の再会を果たしたところで......言いたいことはわかるよな?」


 本当に相変わらずの先輩である。不敵な笑みを浮かべてニヤニヤしている。伊達に先輩の素を見てきていないのだ。

 言いたいことは汲み取れる。

 千秋は、はあ、とため息をついて言った。


「どうせ部屋の整理手伝えっていうんでしょ? 嫌ですよ」

「えー、そこを何とかー!」

「新しいゲームやりたいので」

「こんなに可愛い先輩がお願いしているんだよ!?」

「......自分で言わないでください」


 千秋がそう言うと風音が千秋の肩をグラグラと揺らす。


「何とかお願いしますよー!」


 (相変わらず可愛いな!)


「ほぼ見知らぬ男の人に部屋の整理を手伝わせる神経どうにかしてますよ......それにもし万が一とか考えないんすか?」

「千秋は久しぶりといえど見知らぬ人じゃないし、それに千秋は根っからのヘタレだからね、安心安心」


 実際告白を渋った過去があるので千秋は何も言いかえせなかった。

 どうやら風音にはお見通しのようだ。


 どうせ家に帰ってもゲームをやるだけである。それにこれからずっと風音が隣人になるかもしれない。

 千秋は渋々了承する。

 

「わかりました、手伝います」

「流石私の後輩!」


 とりあえず自分の部屋の鍵とスマホを持ってきて、ドアに鍵をかけた。


「うわあ、真面目だねえ」

「真面目どうこうじゃなくて本当に最近危ないですから、先輩が1番危なっかしいです」

「いや、大丈夫大丈夫なんてたって千秋がいるんだから」


 そう言って風音は千秋の背中をドンと叩いた。


「いやあ、本当に大きくなって頼もしくなったな......ってあれ?」

「ぐっ......あっ......」


 これは別に風音は悪くない。本当にたまたまである。

 


 叩かれた瞬間、千秋の背中に激痛が走った。


 (あっ......これ朝、やったところ......)


「後輩くん!? しっかりして!?」


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