父の最期
私は父のことは何も知らなかった。
いや、より正確に言うのならば『何も知らなかったのだ』と先ほど知った。
私が二十歳になる直前に父は私と母を残して他界した。
それは長い闘病の果ての気高い最期だった。
だからこそ、私は悲哀の中でも父を誇りに思っていたのだ。
故に遺品を整理していた時に現れた何枚もの恋文を見た時、私はこれ以上ないほどに動揺した。
その手紙の数は三十枚以上になり、記された文字は丸みを帯びた女性の文字。
父は浮気をしていたのだ。
少なくとも私はそう思った。
全て破り捨ててしまおう。
母に見つかる前に。
そう、思った時。
差出人と受取人の名を見て息を飲む。
捨ててしまおう。
捨てるべきなのだろう。
そう思いながらも私は結局捨てることが出来ず、そのままその手紙を持って受取人の下へ向かった。
「手紙?」
不思議そうな顔をしながら私を見る父の友人に丁寧にまとめた数十枚の手紙を手渡す。
私から手紙を受け取った刹那、彼は顔を曇らせるとため息まじりにぽつりと言った。
「こんなにあったのか」
きっと、その一言が真実だったのだろうと私は悟った。
胸の中に蟠る気持ちを見透かしたように彼は告げた。
「彼女はお前を愛していたよ」
白々しい。
おそらくはそんな顔が浮かんでいたのだろう。
「許してやってくれ」
父の愛した人は苦笑いしながら言葉を重ねた。
「昔の話だ」
私は父のことは何も知らなかったのだと知った。
「これは俺が捨てておくよ」
明るみに出たものに対する気持ちは形容し難いほど苦いものでありながら。
「ごめんな、嫌な思いをさせて」
それでも不思議と物悲しさを感じずにいられなかった。