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贈り物

 ラシードとラカンはその後、数週間、姿を見かけない。例の離龍州の件で準備を整えているらしい。準備が整い次第、アーシアは離龍州のラカンの別邸に向う手筈になっている。カサルアも先行して州城へ向った。アーシアも〈放蕩息子〉にお供する衣装の用意をしながら、先程ラカンから届いた簡単な手紙を読み返していた。内容はこうだった。


《離龍州は気候が違うから、衣装はこちらで用意をするので何も用意しなくていいよ。またイザヤと、買い物行かないようにね。愛しの君へ―――》


アーシアは寝台の上や卓上に広げた衣装をチラリと見て溜息をつく。なんだかどうでもよくなってきた。カサルアを含めてあの人達に反抗しても無駄なように思えてきたのだ。

その時、扉を軽く叩く音がしたので扉に瞳を向けた。

「はい、何か?」

「ルカドだけど、届け物を預かったので持ってきたけどいいかな?」

届けものに心当たりはない。アーシアは首を傾げながら扉を開けた。

「どうぞ、中に入って、わざわざありがとう」

ルカドは、イザヤの弟で〈宝珠〉だ。イザヤと同じくアーシアをいつも気にかけてくれる。〈龍〉が多いこの砦の中で、数少ない〈宝珠〉の中でも一番親しい間柄だ。他の宝珠達は、どうしても遠巻きに接してくる。〈伝説の宝珠〉でしかも、カサルアをはじめ腹心の四人とほぼ一緒にいるアーシアに、なかなか気安く近づくことはないのだ。ルカドは大人しい性格で、そんなに自分から進んで話す事はないのだがアーシアといる時は気を許しているせいか気軽に話すようだ。

アーシアは卓上に広げた衣装を急いで寝台に移してルカドに椅子をすすめた。

「ごめんなさいね。散らかしていて」

ルカドは辺りを見回しながら腰かけた。

「忙しかったんじゃない?今度の準備?」

アーシアはお茶を準備しながら答える。

「そうなのよ。引っ張りだしているうちにこんなになっちゃった」

ルカドは改めて並べられた衣装を眺めながら言った。

「大丈夫?選ぶの手伝おうか?それにしても素晴らしい衣装ばかりだね」

アーシアは白い陶器の茶器に香りのいい琥珀色のお茶を注ぎながら溜息をつく。


「ううん、もう大丈夫ほら見てよ」

アーシアは注ぎ終わったお茶を勧めながらラカンの手紙を見せた。

ルカドはそれを一読してくすりと笑った。

「ラカン様らしいね。しかし、イザヤと買いに行かないようには本当に笑うね」

アーシアも椅子に腰かけると頬づえをついて溜息まじりに言う。

「そうなのよ。何、競い合っているんだか!」

「仕方ないよ。みんな君の関心を引きたいんだから、もちろんイザヤも含めてね」

アーシアは、はっとしてルカドの顔を見た。彼はまだ、くすくす笑っている。

「イザヤにはあなたがいるのに?」

ルカドは不思議そうに答えた。

「なんで?〈龍〉は何人もの〈宝珠〉と契約出来るんだから、別におかしくないよ?」

アーシアは信じられないとばかりに声がうわずった。

「自分以外に〈宝珠〉がいて辛くないの!自分からしたら唯一の存在なのに、相手は何人もいるなんて辛いとおもわないの!契約したら最後、〈龍〉のする事を全て受け入れないといけないと言っても、それって嫌な事じゃないの?」

ルカドは逆に信じられないと言う表情で頭を振った。柔らかそうな銀の前髪が揺れる。


「アーシアそれは違うよ。そんなのは辛いとか思わないよ。僕らは〈龍〉が全てなんだから〈龍〉の喜びは自分の喜びなんだよ。辛いとか言っていた宝珠がいたの?」

「・・・どんな扱われ方しても、何も言わなかったわ・・・だから逆に可哀そうだった」

ルカドは小さく肩をすくめると、大きな銀灰の瞳を優しく微笑ませて言った。

「もちろん、いろんな龍がいるからなんとも言えないけど、それでもそんな龍達の宝珠は幸せだったんじゃないかな。龍達だって適当な浮気ものに見えるけど、本来凄い独占欲の塊なんだから、宝珠を大切にするよ。アーシアはまだ無二を誓いたい〈龍〉に出逢ってないからそう思うんだよ。出逢ったら最後そんな考えなんか浮かばないよ、絶対にね」

 アーシアはルカドの話に耳を傾けながら考えこんだ。ルカドみたいな


〝龍の喜びが宝珠の喜びになる〟


なんていう考え方したことなかった。それでも宝珠の力を欲しがるだけの龍もいるのも我慢ならないと思うのだが・・・


「でも私達の〈力〉だけ欲しがるのもいるわ!」

「もちろんそうだよ。だいだい恋人とかにならない限り龍はそれが目的なんだし、宝珠だってそうだろう?恋人になりたいのなら別だけど龍の力に心酔するのだからね。だけど〈力〉だけじゃなくって、この〈龍〉ならと思って契約するんだろ?自分で望み、望まれているんだから〈力〉を貸せることが喜びだよ」

 アーシアはだんだん自分の考えに自信が無くなってきた。

「ルカドはどうしてイザヤにしたの?」

ルカドは少し考えこんで困った表情で言った。

「わかんないや」

 アーシアは驚いた。

「わかんない、て? どういう事?」

 ルカドはますます困った様子だ。

「う~ん、説明しにくいんだけどイザヤと僕は歳が離れているから仲が良かった訳でも無かったし、どちらかと言うと僕のすぐ上の姉のほうとばかり一緒にいたんだけどね。僕が〈宝珠〉として発現したのは、五年くらい前なんだけどね、姉も〈龍〉だったんだけど、その時なんにも感じなかったんだよ。だけど何年かぶりに遇ったイザヤをひと目見て心の奥から湧き上がってきたものがあって・・・う~ん、うまく言えないけど、気になって気になって仕方がなかったんだ。どこがと聞かれてもわかんないけど。そういうものだと思うよ。心がね動かされるんだ。この龍について行きたいってね」


「心が動く・・・」


 アーシアの呟く様子をみて、ルカドは瞳を輝かせた。

「そうだよ、だから自分の心に従って無二の誓いをするんだから。アーシアも今にすぐ分かるよ。もう出逢っているかもしれないし、これからかもね。自分の心に正直になってみたら?僕としてはイザヤにお願いしたいけどなあ~アーシアと、こんな風にいつまでも一緒にいたいしね」

 ルカドはそう言うと、その可愛らしい貌で悪戯っぽく笑った。それから、そうそう、と言って本来の用件だった届けものを卓上にだしてアーシアの前に置いた。それは、見事な細工を施した光石で出来た薄い横長の箱型のものだった。

 アーシアは、誰から? と訊ねながら、小物入れにしては薄すぎると思ったが、重なった上箱を持ち上げた。光石だけあって少し重たい。

 開けかかった時、ルカドが答えた。

「ラシード様からだよ」

「えっ!」

 開いた箱の中身は、小物入れの為の空洞ではなく煌く〈宝珠飾り〉だった。同時に覗き込んだルカドは感嘆の声をあげた。


 アーシアはラシードからと言う言葉に固まっていたが、ルカドの声に我にかえり〈宝珠飾り〉を見た。素晴らしい細工だった。手に取ってみると、あの鉱石の中で一番貴重で高価な輝きの強い透明の貴石を、どう繋げているのかも分からないぐらい沢山の花細工を施し、髪に流れるようにいくつもの小さな花の貴石が連なっている感じだ。


〝飾りはこの髪に似合うのにしよう〝―――とラシードは言っていたが正しくその通りの逸品だ。箱の中に手紙が入っていた。二つ折りの紙を開くと、少し右上がりの力強い字が目に入ってきた。

 

 《気に入ってもらえたら幸いだ。気に入らないなら処分してくれ》


 ルカドも手紙を覗き込む。

「うわ~凄いね。気に入らなかったら捨てろって、これどう見ても天龍都の別注品だよね、それもかなりの腕の細工師。こんなの今まで見たことないや」

 アーシアはラシードのこの書き方に腹がたった。

「こんな書き方されたら、つき返すことも出来ないじゃない! きっと、返したらその場で捨ててみるに違いないわ!」

「――そうだね、ラシード様なら間違えなくそうするよ」

「でしょう! そんな人よ。何考えているんだか!」

「気に入らないの? 捨てちゃう?」

 箱の中身を見た。おそろいの耳飾りの花細工の雫が光る。悔しいぐらい趣味がいい。高価なものなのに派手さを押さえていてとても素敵だ。実にアーシア好みの逸品だ。


「嫌いじゃないけど・・・こんな高価なもの貰えないわ」

「アーシアこれも〈宝珠〉の定めなんだから甘んじて受けたら?〈龍〉はそれが楽しみなんだから。普通だったらこの部屋に入りきれないぐらいの贈り物が届くと思うよ。カサルア様とイザヤが他の龍達に牽制かけていたから、そうなって無いだけだよ。知らなかったでしょ? そりゃ凄かったよ。イザヤが龍達のアーシアに対する動向を逐一調べてはカサルア様に報告していたし、名簿まで出来ていたんだよ。それでかなり撃退していたようだけど、それに〈宝珠〉嫌いのラシード様が加わったとしたら、他の龍達は完全に諦めると思うな。贈り物除けの為にも貰っといたら? そうじゃないと贈り物合戦になるよ」

 アーシアは大きく溜息をつき、やっぱり無駄な抵抗なんだと再確認してしまった。

「確かにそれは、もっと嫌だわ」

 さすがに 〝否〟 といわせないイザヤの弟だけある。アーシアを納得させてしまった。

 アーシアはルカドが退室した後も彼の言葉が耳に残る。


 〝アーシアも今に分かるよ。心がね動かされるんだ〟   


 心でそんな事は無いと否定して、広げた衣装を片付け始めた。



 数日すると、ラカンが次元回廊から迎えにきた。アーシアはラカンの姿を見て驚いた、というより呆れた。龍の衣は普通、立ち襟で詰まっていて右袖がないものだが、ラカンは右肩から右上半身裸体なのだ。もちろん胸元から右腕にかける肩衣はあるが、透けた薄手の布地を使っていて、余り隠しているとは言い難い。剥き出しの肩や胸には宝玉や貴石を使った豪華な飾りをつけ、とにかく頭から腕、手首、指に足と宝飾づくしなのだ。衣の色は淡い青の濃淡で上品なのだが淡い色目の分、宝飾の派手派手しさが悪目立ちしている。アーシアは思わず言った。


「ラカン! 何その格好!」


 ラカンはあっけらかんと笑いながら答えた。

「どう? 似合うだろ? 離龍州風に決めてみたけど成金の馬鹿息子に見えるだろ?」

「離龍州風てっ! まさか私もそんな格好するの!」

ラカンが用意するとか言っていた事を思い出して、アーシアは内心ひきつった。

『離龍州』は最南に位置する年中砂漠気候の熱砂地帯だ。住みにくい苛烈な気候に痩せた土地だか、貴石や宝玉などの産地で一攫千金を狙うもの達が後を絶たない。また〈宝珠〉がよく産まれる土地でもあり、貧しい農村の家庭の子供に〈宝珠〉が発現したらこれこそ一攫千金なのだ。有力な龍達の宝珠探しは贈り物を携えて列をつくるのだ。現州公の目にでもとまれば一生遊んで暮らせる。それこそ、幼いころから容姿に恵まれている者は、親達の 〝もしかしたら宝珠かも?〟 という淡い期待で、他の子供より大切に扱われるほどだ。


 いよいよ、アーシアもこの土地に乗り込んできたのだ。次元回廊はラカンの別邸の門前につながっていた。ラカンの別邸は街から離れた所みたいだが、周りが永遠と続く砂漠の中に突如と現れたような、表面が光石造りの立派な館だった。更に周りは熱砂の砂漠だと言うのに、敷地内は緑が生い茂り、館の周りを取り囲むように小川が流れ、ふんだんに噴水が舞い上がり虹を描いている。

 アーシアは館に足を踏み入れてからも瞳を見張った。館内も見事な造りでやはり光石細工の彫刻を施した天井に壁にと支柱が並び、風を取り込むように一つ一つの部屋は広く空間をとってある。外は灼熱なのに館内はとても涼しい。そこは砂漠に現れた蜃気楼の楽園のようだった。

 アーシアは感嘆の溜息をついた。

「素晴らしいわ! こんな館、始めて見たわ」

ラカンは扉を次々開けて、館の奥へと進みながら肩越しに答える。

「だろう? おやじ自慢の館なんだ。州城にも負けないとか言っている!でも大きさは負けるけどな」


 ラカンは都の大商人と軽く言っていたが、財力が計り知れない・・・

 そして彼は光石細工に宝玉を散りばめた、これまた見事な扉の前に立ち止まった。

「さあ、到着! アーシアのために用意した部屋だよ!」

 アーシアは扉が派手な装飾だったので、室内も覚悟して室内に入った。ところが、内装は予想に反して天井と壁は光石の白色に、水晶と碧玉のみの装飾で清涼な幻想的な美しい部屋だった。まるで水の中にいるような錯覚を覚える。アーシアは少女らしく頬を紅潮させて瞳を輝かせた。 

「きれいね!ラカン。ありがとう!とっても気に入ったわ!」

 感激したアーシアはくるりと振り向くとラカンに抱きついた。

「どういたしまして」

 ラカンは絶好の機会とばかりに、抱きついてきたアーシアをぎゅっと抱きかえすが、アーシアは気にする様子もない。彼女の中でラカンは、兄カサルアと同じ部類らしい。ラカンも彼女の反応に予測はついていたものの背にした扉口に、ある気配を感じたので、わざとアーシアの頬に軽く接吻した。


 その時、扉口からダン! と蹴る音がしてラカンは振り向いた。

 アーシアもラカンの腕から抜け出して音のした方を見ると、ラシードが開けたままの扉口に腕を組んで背もたれていた。彼が扉を蹴ったらしい。扉が揺れている。

ラシードも離龍州風の衣を着ていた。衣はいつも黒色を好んで着装しているので違う色の彼は珍しかった。紫金色で型はやはり、右肩と半身は剥き出しで、引き締まった体躯を引き立てている。同じく宝飾はふんだんに付けているが全て紅玉細工だ。その長身の冴える容姿に憎らしいほど似合っていた。

ラカンはにやりと笑った。


(おいでなさった! 全く大人げないな)


 ラシードは腕をほどいて身体を起こすと、室内にゆったりと足を踏み入れながら、ラカンに鋭い眼差しを投げる。

「やあ、ラシード帰っていたんだ。今、アーシアも着いたところだよ」

ラシードは軽く室内を見渡し冷たい声で低く言った。

「素晴らしい部屋だ。ここは女主人用だな」

ラシードのあまり見慣れない格好に瞳のやり場に困っていたアーシアは、今の言葉を訊いてラカンの腕を引っ張った。

「ラカンそうなの?駄目じゃない!そんな大切なお部屋。私使えないわ!」

 ラカンはチラリと挑戦的にラシードを見ながら、腕を引っ張るアーシアの手をとって、甲に口づけして言った。

「あなたは今日から私の〈宝珠〉なのだから当然の事。どうぞ、ご自由にお使いください」

「もう! また、ふざけて!」

「だけど気に入っただろ?絶対好きと思ったんだ! 遠慮はいらないよ。なあラシード?」

「そうだな。誰かれ構わず抱きつくくらいだ」

 アーシアは、ムッとしてラシードを睨んだ。


(いつも意地悪言うんだから! 大嫌い!)


 そのアーシアのいつもの、可愛らしい顔に 〝あなた嫌い! 〟 と書いてあるのを見て取ったラシードは、彼女が今まで見たこともないような優しい笑顔を向けると、典雅に一礼して言った。

「ようこそ、離龍州へ。待っていたよ、アーシア」

 アーシアはラシードの笑顔や優しい声音にも驚いたが、初めて 〝アーシア〟 と名を呼んでくれた声の響きに何故かうろたえてしまった。ラカンは、にやにやしながらラシードを見て、戸惑うアーシアを追いたてた。

「さあさあ、アーシア! 続き部屋もあるから見てきて」

「ええ・・・」

 アーシアはチラリとラシードを見て、隣の続き部屋に歩き出した。


 ラカンはまだ薄っすらと微笑んでいるラシードを突いて、声を低くしながら言った。

「おい! ラシードお前、いよいよ観念した? 女嫌い、宝珠嫌い返上?」

 ラシードは薄く瞳を伏せて軽く笑うと同じくアーシアに聞こえないように、声を落して答えた。

「いや、彼女限定だ」

「ふ~ん、アーシア好きなのは認めるんだ」

 ラシードは答えないが、ラカンを鋭利な真紅の瞳で一瞥すると言った。

「ラカンふざけ過ぎだ。後ろにいるの、知っていてやっただろう。それに彼女が喜びそうな部屋を用意したりして」

「嫉妬? お前も大人げないよ、芸術品の扉を蹴るなんてさ!」

 二人はお互い顔を見合わせると、にやりと笑いあった。

 

 アーシアは追い出されるように続き部屋に入っていった。次の間は寝室のようでこれも芸術品のような寝台があり、それからもう一つ扉があったのでそれを開くと、瞳を見開いて思わず叫んでしまった。 

「ラカン! これ何!」

 アーシアの叫び声にラシードとラカンは急ぎ駆けつけた。彼女は三つ目の部屋の前でわなわなと震えている。室内を覗きこんだラカンは不思議そうに首を傾げた。

「何? アーシアどうかした?」

「どうかしたかですって! 何この衣装は!」

 その三つ目の部屋は広々としているにも関わらず、絢爛豪華な衣や宝飾の数々が一面に陳列されている。それも全て、顔なしの人体型に着付けてあるのだ。ラカンは平然と答えた。

「約束していた離龍州のものだよ。どれがいいか分からないから色々取り寄せたけど、何? 気に入らない? 他にも持ってこさせようか?」

 アーシアの先日からの予感は的中した。アーシアは力なく笑うとラカンに言った。

「・・・も、もう十分だから・・・ありがとう、ラカン」


 衣装群を見回っていたラシードも、さすがに呆れながら言った。

「ラカンこれじゃバラバラな取り合わせだ。せっかくの衣装が台無しだ」

「そう? 俺、女の衣装なんて良くわかんないからな~ラシードお前が選んでやったら?」

ラカンの言葉にはアーシアはたじろいだ。


(ラシードに選んでもらうなんて、とんでもない! 確かに趣味は素晴らしくいいと認めるけど、けど、恐ろしすぎる)


「アーシア前、自分は迷うとか言っていたじゃん! さあ選んでやろうぜ、ラシード!」

ふたりはアーシアの返事なんか全く待つつもりもなく、ラシードは手早く衣装の選別に入り、衣や宝飾の入れ替えまでしている。それにラカンが、突っ込みを入れたりしながら、ラシードもいつになく楽しそうだ。アーシアも、今から大変な戦いをするとは思えない長閑な様子に呆れつつも、いつの間にか、くすくす笑っていた。

 ラシードに組み合わせられていく宝飾品や〈宝珠飾り〉を眺めながらアーシアは改めて感心していた。ここに揃えられているものも見るからに逸品揃いなのだが、これらを全部合わせてもラシードから贈られた〈宝珠飾り〉の細工には敵いそうにないと思う。

 ラシードは一つの衣に合わせる〈宝珠飾り〉を幾つか合わせては替えていた。しっくりこないらしい。その衣は白と白銀の組み合わせで金の刺繍が施していた。この中では珍しい色だ。離龍州の生地の特徴は、強烈な太陽の光りを跳ね返すような強い色彩を使ったものが多く、宝玉も貴石も同じく鮮やかな色が多いので合わないようだった。アーシアは近くまで寄って、その衣をよく見た。


(この中で一番好きな感じだわ・・・あれが似合いそうだけど・・・)


 アーシアはラシードから贈られた〈宝珠飾り〉を思い出した。それにまだお礼も言ってないことも。でも、無理やり押し付けられた物にお礼を言うのもなんだか癪に障る。

(でもね・・・) アーシアは思いなおして衣を指さしながら、ラシードにそっけなく言った。

「これ、こないだ頂いた宝珠飾りが似合うと思うけど・・・」

 ラシードが口元を少しあげて言った。

「捨てなかったんだ。気に入った?」

「捨てるなんて失礼な事する訳ないじゃない・・・ありがとう・・・」

アーシアは膨れっ面で答えていたが、声は段々小さくなっていった。

ラシードは瞳だけで笑っている。ラカンはすぐ訊きつけて話に割り込んできた。

「何、何! ラシードもう宝珠飾りやったんだ! 別注させるとか言っていたけどさ、例の細工師のやつ?」

「当然だ」


 ラカンは大げさに身体をすくませて言う。

「おおこわ~どんな手使ったやら。アーシアねぇ、こいつは物にうるさいから最高の物しか眼中にないわけよ。細工ものなんか当代一の腕のやつにしか頼まないし、普通はさあそんな細工師に頼んだ日には順番待ちで何年も待たされるのなんか当たり前なのにさ」

「お前の言い方を訊くとまるで私が悪人じゃないか。注文の仕方はもちろん極秘だ。お前に知られると商売にされてしまう」

「うわ~俺とお前の仲でそんな事いうか? 使えない奴。今度絶対に白状させてやるからな! それはそうと、アーシアそれ持ってきているの?」

 ラシードがアーシアを見つめて答えを待っている。アーシアは落ち着かない。

「ええ、衣は仕方が無いと思ったけど、飾り類は何点か用意したわ」


 ラシードはゆっくり微笑んで、これまた初めて訊くような甘い声で言った。

「それは楽しみだ。是非、宴にはつけて見せて欲しいね」

 アーシアはラシードの、今までと違う態度にたじろぎながら突っ撥ねる。

「それは約束出来ないわ! 失礼!」

 アーシアはいつものように踵を返したところで、ラシードから腕をつかまれた。

 彼はまた愉快そうに言った。

「アーシア、今日はどこに行くつもり? ここが君の部屋なのに?」

アーシアは真っ赤になった。ラカンも笑いを堪えている。

「アーシア、俺らが出て行くよ。食事の時間になったら迎えにくるからそれまでゆっくりして。じゃ、じゃあな」

 ラカンとラシードは退室して扉を閉めたとたん、顔を見合わせて大笑いした。ラカンは笑いながら思う。ラシードとは長い付き合いだが、今日みたいなラシードは初めて見た。あんなに優しそうな表情が出来るとは思わなかった。滅多に拝める代物じゃないがアーシア限定で大量放出するらしい。


(アーシアも大変だ、ラシードが本気だしたらこんなもんじゃ済まないのは保障する。押しに押しで攻められる・・・冷めた男は実は、激情の持ち主なんだから。アーシアは急変したラシードにたじろいでいたっけ)


 これからますます、面白くなりそうだとラカンは再び笑った。


可愛いルカド君の登場ですが、私は美少年が苦手でして動かし難かったです。イザヤの宝珠は?と考えた時に出来たキャラでした。ちなみに他のメンバーも密かに考えてますが本編では登場させません。外伝として書きますね。ところでラシードからの贈り物が届きました。やっぱり贈り物は高級品をさらりとだされたらドキッとします。今回も私好みのシーンを沢山入れたつもりです(笑)ラシードもこれから本気にアーシアを口説きにかかりますし、嫉妬もします。なんだかキャラが変わったかのようかも…です。

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