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心の扉

 リラは積極的だった。ラシードの相変わらず冷淡な態度に苛立ちを覚えたが、自分には自信があった。今までラシードと付き合っていた女達とは違うと・・・〈火の龍〉の中でも最高級のラシードを手に入れたのだから皆、羨望の眼差しで見ている。実に気分がいい―――

どうせすぐ別れるだろうと陰口を言うものもいるが、そんな事はさせない。

薄情なラシードに自分から唇を重ねていった。しつこいリラの攻撃にラシードが角度をかえて唇を重ねた時、眼の端に立ち去ろうとするアーシアの姿が映った。


ラシードは咄嗟にリラを自分から引き剥がして立ち上がると、アーシアに向かって呼びかけた。

「宝珠、ここに寄らないのか?」

アーシアは、突然の声にギクリとして振り向いた。邪魔せずに退散しようとしていたところだったのだ。ラシードは噴水を指さしながら、こちらに来ている。

 そしてリラは憤然とした表情で紅潮したまま長椅子に座っていた。

「ここに来たのだろう、さあ―――なんだ、ラカンもいたのか」

「なんだとは何だよ!俺たち楽しくお散歩しているの!お前こそ邪魔すんな!」

 ラカンはふてくされた顔をして言ったが、ラシードは彼を無視してアーシアの瞳をとらえたまま話す。

「散歩で中庭に来たのだろう?ここはお気に入りの場所だから」

 アーシアも負けてなるものかと、ぐっと見つめ返した。

「別にお気に入りなんかじゃないわ!大変な思いをしただけよ!」

「そうだね・・・」

 ラシードの瞳に愉快そうな光が浮かんだ。


「なんだよ!二人して何の話しているのさ!秘密の匂いがするなぁ~」

 アーシアは真っ赤になった。先日、噴水にラシードと一緒に落ちたあげく、部屋まで抱きかかえられて行った事を思い浮かべたのだ。

「な、なんでもないわよ!」

 ラシードがさらりと言った。

「水遊びをしただけだ」

 アーシアは更に真っ赤になってラシードを睨んだ。

「水遊び?何やってんの?お前ら。俺だけ仲間外れかよ。こないだもイザヤからかう絶好の機会を奪われたしさ。でもさ今度、アーシアと買い物に行くんだ!」

 アーシアはいきなりの話の展開に驚いて、ぴしゃりと言った。


「行かない!て言ったでしょう!」


「そりゃないぜって言ったろう~イザヤに買わせて、俺にも贈りもんさせろよな!不公平だろう?ねえ、ねえ、何が欲しい?」

 ラカンがにこにこ笑って首を傾げている。

「ふ、不公平だなんて、そんな理由ないわよ!可愛く言っても駄目ですからね!」

「つまんないな。店ごと買ってあげるって言っていんのに」

 アーシアは唖然として、がっくりと肩をおとした。

 ラシードが少し愉快そうな声を滲ませながら話しに入ってくる。

「それなら私は〈宝珠飾り〉を贈ろう。早速、別注させるか」

「ずり~ラシード。美味しいとこ取ってくなあ」

「もお!いりませんて!」

 アーシアは、むきになって首をふる。


(ほんと!この人達、もう放蕩息子ごっこ始めたのかしら!)


 ラシードは口元を少し上げてアーシアに近づく。

「な、何!」

 アーシアは後ずさったが、こつんと何かに背中がぶつかった。回廊の柱に行き当ったのだ。追い詰めたラシードは、彼女が背中にしている柱に片手をついて、上からアーシアを覗き込んだ。

「飾りはこの髪に似合うのにしよう」

 そう言って彼女の片側に結んでいた髪を持ち上げたかと思うと、止めていた髪飾りの紐をほどいた。束縛をとかれた長い髪はさらさらと風に踊った。

「な、何するの!」

 アーシアは憤然と彼を睨んだ。

「ほどいている方が似合う」

 ラシードは彼女から眼線を外す事無く低い声で言った。真紅の瞳の底が光っている。

「そ、そんなこと!」

 アーシアは、真っ赤になった。


 ラカンは口笛をヒューと吹いて調子よく言う。

「おっ、ラシード今日はやけに絡むじゃん!だいたいラシードが女の子に、贈り物してあげようか?とか、可愛いね、とか言ってるの初めて聞いた!」

「可愛いとか言ってない。似合うと言ったんだ」

「同じ事じゃん! 似合っていて、可愛いのだろ?」

ふたりは言葉尻をつかまえて言い合っている。


(もう!ふたりとも、私をからかってばっかり!ラカンはいつもの事だけど・・・でも、ラシードは前みたいに無視されているよりはいいとは思うけど・・・)


 アーシアは、ふとラシードを見上げて、あっと気がついた。頬に少し朱がさす。懐から、きれいな飾り編みで縁取った、四つ折りの小さな真っ白な布を取り出し、ラシードの瞳の前にさし出した。 

「どうぞ!」

 ラシードは何? という顔をした。

 アーシアは、ちらっと視線をそらしながら更に、ぐっと手をつきだすと言い難そうに言った。

「くち・・・唇に、口紅ついているわ!」

 ラカンはラシードを覗き込み、似合わねぇ~と言って吹き出した。

「――それはどうも」

 ラシードはそれに手を伸ばした。指が触れる・・・アーシアは触れた瞬間驚いて、ぱっと手を離した。ラシードは彼女の瞳をとらえながら、ゆっくりと口元をぬぐった。唇の端で笑っていたようだった。


 いきなり取り残されたリラは憤慨した。しかも自分を無視して三人で話し込んでいる。ラシードもラシードだ!恋人を放り投げて! 


(あれが例の宝珠?ふう~ん。ラシードの態度が気に入らない!私といる時とずいぶん違う。いつも冷めた態度なのに・・・)


 リラはぐっと顎をあげて立ち上がると、優雅に歩き出しラシードの右腕に、胸を押し付けて絡みつくと蠱惑な淡紅の瞳を彼に向けた。

「紹介してくださらない?伝説の宝珠なんでしょ?」

 ラシードの先程までの寛いだ空気が、さっと冷たくなった。彼は答えない。まるで彼女がそこにいないかのような態度だ。


(おいおい、ラシードよ~ぜんぜん、進歩してないじゃんか! さっきまでいい調子だったのにさ! 

ん~そう言えば・・・)


 ラカンは先日からの、もやもやした思いが出てきて考えこんだ。

 リラは苛ついたが顔には出さず、あだっぽく微笑んでラシードが喋るのを待っていた。

 アーシアは困った。ラシードはいつもの調子になったし、ラカンはなんか考え込んで黙っていて気不味い。なんとなく自分のこと睨まれている気もするが、自分から名乗った。


「あの、アーシアです。はじめまして」


 リラは、あなたになんかに聞いてないわ、というような顔をした。自分は名乗らない。そう、と軽く言うとまたラシードに話かけた。

「ねえ、ラシード少し寒くなったから、もう貴方の部屋にでも行きましょうよ」

 ラシードは無言だ。

 アーシアは腹が立ってきた。恋人にあんな態度とるのが許せなかった。おかげでこっちまでとばっちり受けている気がする! 

「ラシード! 恋人にそんな横柄な態度とるものじゃないわよ!」

 と、思わず心に思っていたことを口に出してしまった。慌てて自分の口を両手で押さえる。


(しまった! またやっちゃった)


 リラは思わず瞳を剥いた。そして無反応だったラシードが小さく笑いだした。それを見たリラは、面白くなく反射的にきつく言った。

「なあに、あなたラシードにそんな口利いて!」

 アーシアは庇ったつもりのリラから、そんなこと言われて立つ瀬が無かった。


(ラシードが悪い! もうっ、馬鹿!)


 今度こそ心の中で悪態ついていたが、表情にはありありと見て取れた。

 そのとき、陽が傾き始めたからか、夜の到来を告げる冷たい風が中庭から回廊をぬけていった。アーシアは思わず身震いして小さなくしゃみをした。すると視界が急に遮られたかと思うと、肩に細布がかけられたのだ。ラシードが自分の肩布を外したものだった。黒の光沢のあるしなやかな薄地の肩布はまだ体温が残っていて暖かかった。

 驚いて声もでないアーシアに、ラシードは真紅の瞳に愉快そうな光を浮かばせながら言った。


「いつものように礼には及ばない。宝珠殿が風邪を召されては大変ゆえ。どうぞ」

アーシアは何時もの嫌味な言葉に憤慨したが、今日は子供みたいに嫌々しない! ラシードの肩衣を舞うように広げて自分に巻きつけると、ひきつる頬を叱咤して誰もが夢みる優美な微笑みを浮かべた。

「この色が気に入らないけど、折角のあなたの厚意ですから頂戴するわ、では失礼!」

 と言うと忍耐はそこまで。やはり、くるりと踵を返してさっさと走り去ってしまった。

ラシードはあっさり引き下がったアーシアに物足りなさを感じたが、すっかり気鬱はとんでいたったようだった。リラはと言うと、完全に自分を無視してアーシアばかり構ったラシードに、とうとう腹を立てて同じく走り去って行った。


 ふたりが去った黄昏の中庭は、どこか寂寥としている。踊っているかのような噴水の曲線は静かな狭霧に姿をかえ、小鳥のさえずりと一緒に歌っていたような水音は物悲しい音色だ。

ラカンは残照に照らしだされた友の横顔を見た。愛に渇望しながらも裏切りを憎み、ことさら愛を信じようとしない、その孤独な魂を鉄面皮で隠している友。しかし、気付いたのだ。ラシードのその孤独の闇にさしこむ光の存在を―――本人は全く自覚が無いのだろう。


(全く世話の焼ける奴だ! さて、対決だな)


 ラカンは大きく息を吐いて話し始めた。

「なあラシード。お前さ、アーシアのこと気になっているだろう?」

「何を馬鹿なことを!」

「好きだろ? て、言ってんの!」

ラシードは鋭利な瞳でラカンを睨み、鋭く吐き捨てた。

「そんな事は無い!」

ラカンはまた大きく息を吐き出して肩をすくめた。

「お前の不機嫌の原因、俺わかったもん。アーシア絡みだよな?彼女が誰かと仲良く楽しそうにしていると、お前逆に機嫌悪くなるもん。イザヤの時にしろ、今日のカサルアの時にしろさ。さっきなんか、カサルアが結んでやった飾りが気に入らなくて、アーシアの飾りほどいたんだろう?ガキのやきもちじゃあるまいしよ」

ラシードは咄嗟に声が出なかった。そして搾り出すように言った。


「―――そんな事は無い。まして相手は〈宝珠〉だ!」


「宝珠なんて関係ないじゃん。たまたま気になる子がそうだっただけでさ」

 ラシードも珍しく剥きになって言う。

「他の宝珠と違って自分に興味を示さないから気にしただけだ!」

「あ~あそうきたか。お前の宝珠嫌いは年季が入っているけどさ、今まで寄ってくる女達の中で宝珠だけは面倒くさがらず徹底的に振っていたよな?宝珠だけは付き合った事もないし、いつも無視を決め込んでいたお前だ、そんなの理由になんねえよ。相手から無視されているほうがせいせいするだろうが。アーシアだけ特別じゃん。いい加減に認めなよ。それにお前、彼女といる時さぁ鏡見たら?ぜんぜん態度違うよ。女の勘は鋭いよな、だからリラの奴、腹立てたんだよ」

 ラシードは次から次ぎへと並べられるラカンの話を瞑目して聞いた。


(馬鹿な。そんなことは無い!しかし・・・そんな気持ちと裏腹な今までの自分の行動や言動・・・彼女の何が気になるのだ。容姿か?性格か?〈宝珠〉の力か?それとも〈龍〉だから〈宝珠〉に惹かれるのか?)人々は言う―――龍は宝珠を乞いし恋焦がれる―――と。


「ラシードお前、自覚ないと思うけどアーシアのこと名前で呼んだこと無いだろう?〈宝珠〉て呼ぶことでお前の心に鍵かけていたんだと思うな。相手は大嫌いな〈宝珠〉だ!自分は絶対に惹かれないぞ! てね」

 ラシードは、はっと瞳を開いた。ラカンは彼の反応に満足して更に続けた。

「好きになるのに理由なんかないぜ。龍だろうが宝珠だろうがさ。最初は龍だから宝珠だから惹かれあっても良いじゃん。後そこから進むのが問題なんだからさ! 気持ちが問題だよ、気持ちがね。お前の因縁は分かっているつもりだけど一言いわせてもらえば 〝馬鹿野郎〟 だよ。同じ人間なんていないんだからな。一度そういう経験をしたからって全部そうなると決まってないだろうが! まあ一応、心に正直に生きてみな・・・アーシアが振り向く保障はないけどね。難航不落だぞ~〈龍〉嫌いだそうだし、カサルアだってイザヤだっているし、俺の睨んだところレンだって狙っていると思うな。もちろん俺もね!」


 すっかり夕闇に染まった回廊をラカンは、じゃあな頑張れよ、と言って去っていった。

 ラシードは静かな水音に耳を傾けながら思いに沈んだ。


(宝珠は嫌いだ。自分達の安息を得る為に、いつも龍を狙っている。自分達は選ぶ方だという高慢な考えに反吐がでる。それで奴らがさし出すのは「無二の誓い」これこそ信じられない。従順なふりをして裏切る。母を思い出す―――)


 暗い思いに引きずられた時、手に持っていた白い飾り編みの付いた布を見た。アーシアの少し瞳を逸らしたかと思うと、真っ直ぐに見返してきた草原のような瞳と頬に朱がさして剥きになった顔が思い浮かんできた。自然と心が温かくなるような気がする。

 ラカンの声が脳裏に浮かんだ。


 〝好きになるのに理由なんかないぜ、心に正直に生きてみな〟


「正直にか・・・それもいいか」

ラシードはふと微笑んで呟くと歩きだした。




 翌日、アーシアは部屋の中で、昨日のラシードの肩衣を広げたり、たたんだりして、自己嫌悪に陥っていた。 


(はぁ、どうして持って逃げてきたんだろう・・・貰う訳にはいかないし、返しに行くのも気まずいし・・・ほんと、私ってなんて短気なのかしら)


 普通ならもっと上手にかわす事も出来る筈なのに、何故かラシードに対しては上手くいかない。ラカンからもきっとからかわれる事だろう・・・気は重くなるばかり。しかし、覚悟を決めて返しに行くことにした。溜息をついて肩衣をたたんで適当な布に包むと部屋を出た。


 丁度その時、何日か不在だったレンと出会った。回廊からさす朝の柔らかな光が、彼の極めて秀麗な貌を更に引き立たせている。優しげな翡翠色の瞳が、アーシアをとらえると輝きを増したようだった。

「おはようございます、アーシア。今、あなたを訪ねるところでした。どちらかお出かけですか?」

「レン、お帰りなさい。お疲れさまでした。ちょっとラシードに用事があって向っているところなの」

 レンは少し首を傾げて言った。

「それは少し遅かったですね。ラシードはラカンと一緒に出かけで行きましたよ」

「ええ! いつ帰って来ると言っていました?」

「さあ、私も今朝帰って来ましたから丁度、入れ替わる感じでしたので詳しくは聞いていませんが、急ぎですか?」

 アーシアは慌てた感じで否定した。

「いいえ! 特に急ぎじゃないので、大丈夫です!」

「そうですか。それでは私の用向きをさせてもらって宜しいでしょうか?」

「はい。なんでしょうか?」

「今日は少し治療をさせて頂きます。お部屋に戻って頂いて宜しいですか」

「帰って早々忙しいのに、いつもごめんなさい」

「いいえ、私に出来ることはそれくらいですから。さあ参りましょう」

 レンに促されてふたりはアーシアの部屋に向った。


 レンは治癒ぐらいしか役に立たないと言っているが、アーシアはカサルアから訊いて知っている。〈地の龍〉は特に治癒と防御に優れ他の龍達より攻撃力に劣るが、レンはもちろん〈地の龍〉の中でも最高の治癒者だが、その上、いざ戦いとなるとその穏やかな容貌は消え、鬼神の如き攻撃の〈力〉を繰り出すという。治癒と破壊の相反する二つの顔を持っているのだ。以前カサルアが言っていた。


 〝レンは、自分が嫌いらしい。自分の手は傷ついた人達を治すためにあるのに、同じその手で人を傷つけることが出来る〈力〉が有ることを嫌悪している。でも、傷つけずに守る為には〈力〉が必要なのも解っている。だからレンはいつも相反する心に揺れているようだ。優しい心の奥には激しい心が眠っている。彼の為にも、それを起こさないようにしてあげたいと思う〟と。


 アーシアはレンに指示されるがまま、寝台に仰向けで横たわりながらレンの顔を、密かに窺っていた。

(鬼神のようなレン? 想像がつかないな・・・戦いが嫌いなレン。にいさまの言うとおりだわ、こんな優しい人が戦わなくていいように、一日でも早く平和な世界を取り戻さなくては・・・)


 アーシアの思いをよそにレンは右手を、彼女の身体の上にかざして目を閉じている。その片袖の無い右腕には、彼の瞳と同じ色の翡翠の龍紋が輝いていた。それも二の腕から甲にかけてだ。〈力〉の大きさでこの龍紋の刻まれ方は違うが、一般的なのは手首から甲とまりなのだから、胞子事件の時もそうだったがレンの〈力〉はかなりのものだ。

 レンは〈力〉の発動を止めて目を開けると気遣わしげに訊ねた。

「アーシア、最近の体調は如何ですか? 何か変わったこととかありませんか?胸が苦しいとか、頭痛がするとか」

 アーシアはにっこり微笑んで答えた。

「いつもありがとう。大丈夫よ。調合してもらっているお薬が良いせいだと思うわ」

 レンは念を押すように繰り返す。

「何も変わった事は無いのですね? アーシアあなたの身体表面に傷も無く、治っているかのように見えますが瀕死の状態だったのですから、決して安易に考えてはいけませんよ。絶対に薬は忘れることの無いように飲んでくださいね。絶対ですよ」

 アーシアはレンを安心させるように反芻して言った。

「体調に何か変化があったら直ぐ言うわ。お薬も絶対忘れずに飲みます」

 レンはアーシアから確認をとって別れても、まだ憂慮の面持ちだった。それから彼は、カサルアに報告する為、足早に彼のもとへ向った。


 とある一室で、カサルアはレンの報告を無言で聴いていた。レンが話し終わった時、彼は抑揚なく、いや、落胆で声を落としながら訊ねた。

「今のところ有効な手段は無いというのだな」

 答えるレンも沈痛な声音で話す。

「はい。現状、薬で抑える事は出来ていますが、切れるとどうなるか解りません。命の保障は致しかねます―――」

 カサルアは大きく息を吐き、そうか、と一言いうと次第に憤りを声に滲ませた。

「しかし、いったいどうしたらそんな状態に出来るんだ!」


 先程もそうだったがレンは常に、アーシアの体調を管理していた。要らぬ心配をかけたくないという配慮から、本人には、まだ完全ではないから用心するように、としか言っていないが、実はそれとは逆で全く治ってないのだ。確かに今は身体の表面上の傷は全く無いが、内側はそうではなかった。今も、死に至ってもおかしくない大きな傷があるのだ。レンの治癒力をうけつけようとしない、ありえない状態に二人は頭をかかえていたのだ。

 レンは思い当たる事を、自分でも半信半疑で話し始めた。

「考えられるのは、ゼノアの封印の時を止めるものが解除されたと同時に、何らかの作用で他の力を受け付けないものになったのでは、と思うのですが・・・ですから薬と言って渡しているものは、時の封印を活性化させる〈力〉を物質化させたもので、今のところそれは有効に働いて、傷だけは時が止まっていますから」

 カサルアはレンの言葉に注意深く耳を傾けていた。


「それでも、危険な状態に変わりはないという訳だ。そのような不確かな〈力〉の作用、何時どうなるのかも知れたものでないな」

レンは頷く。

カサルアの金の瞳が、確固たる決意に強く光り、レンを見据えた。

「完全なる封印の解除。それは術を施した者の死しかなかったな?―――分かった、レン、引き続き彼女を頼む。何かあったら直ぐ知らせてくれ」

レンも同じく、カサルアを見つめ、その優しげな整った面を厳しくすると、一礼して退室していった。

 残ったカサルアはひとり呟く。

「ゼノア! いったいどこまでアーシアを苦しめれば気が済むんだ!」


いよいよ中盤にさしかかりました。ラシードの心の扉が開かれます。それと同時にアーシアにも変化が…ライバルのリラさんですが、嫌な女の人ってどうしてもワンパターンな感じで書いてしまいます。美人で意地悪…お決まりパターンですが…今なら悪役令嬢ですね(笑)

 

 そしてアーシアの診察シーンでのレンの裏話はやっぱり影の薄いレンの為に追加した話でした。レンにこだわっている訳では無いのでが…なんとなく救済してしまいました。昔はレンみたいなたおやかな雰囲気のキャラ好きでしたから。この本編終了したら各「龍」たちのサイドストーリーを投稿しますが、その当時の人気投票でなんとレンがラシード抑えて1位でした。なので調子に乗った私はレンの外伝は3作書きました。レンが好みだ!と思って下さる方はお待ちくださいませ。


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