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買い物のその後・・・

 翌日、アーシアは早速、昨日手に入れた衣に手を通した。豪華な刺繍はないが、その代わり生地が柔らかで襞がたっぷり取ってあり、くるりと回ると裾が軽やかに広がる。髪を片側に組んでその先を、共布の飾り紐で結ぶ。鏡の前でもう一度くるりと回って確認する。


(うん、上等!だけど結局イザヤに負けてしまった。あんなに沢山・・・)


 うんざりしながら積まれた箱を見る。大きく溜息をつくと部屋を後にした。カサルアに呼ばれていたからだ。この姿を見てがっかりする兄の顔が目に浮かぶようで気が重たかった。

東の棟の部屋に呼ばれていた。意外と広い室内で中央には何もなく大円形の色彩の鮮やかな敷物が敷かれており左右に、光石で細工した立派な長方形の円卓と揃いの椅子が置かれていた。

そこにはカサルアとイザヤがいた。カサルアは長椅子にゆったりと腰かけて、側に立つイザヤが渡す書簡に目を通している。アーシアの気配に気がつき書簡をさっと、イザヤに押し付けて立ち上がると、満面に笑顔を浮かべ両手を広げた。

「アーシア!おはよう。昨日は会えなくて寂しかった!ん、これが例の衣?可愛いじゃないか!良く似合っているよ!回ってごらん!」


(えっ?ものすごい上機嫌・・・どういう事?)

イザヤがカサルアの後で、アーシアに向かって人差し指を口元に当てている。


(え、内緒?それとも、黙っときなさい?いずれにしても・・・イザヤが何か上手に言い訳してくれたみたい・・・助かった)


 兄の上機嫌を損なわないように言われるまま、くるりと回って見せる。

 カサルアは、なかなか良いと言って笑った。

「イザヤ、なかなか趣味がいいな」

「!」


(あ!そういえば、イザヤの選んでくれたのは、何気に、にいさま好み!参った!そこまで分析して対処するなんて・・・さすが、にいさまの参謀。抜かりが無いわ)


 上機嫌のカサルアは、アーシアをふわりと抱き上げ、一緒に長椅子に腰かけさせた。

「もう、子供じゃないんだから」

「ははは、まだまだ子供だよ。ん、髪飾りが曲がっている。直してあげよう。本当に昔から下手だね。これが綺麗に結べるようになったら大人だと認めてあげよう」

「そんな、めちゃくちゃな!」

 むっとするアーシアを、気にするものでもなくカサルアは器用に結び直していく。

「ほら、綺麗に出来た」

 自慢げに綺麗に結んだ飾りをアーシアの顔にチラつかせる。アーシアは呆れて、怒るのも馬鹿馬鹿しくなって弾けるように笑いだした。


 その様子を入り口で見ていたものがいる。カサルアの何時に無い明るい笑い声と、アーシアとの間に感じる親密な雰囲気に声をかけづらく立ち止まっていた。

同じく呼ばれて後から来たラカンが声をかけた。

「どうしたんだ?ラシード。入り口で立ち止まったりして。なんだよ、怖い顔なんかして!なんかあった?」

「別に」

ラシードの鋭利な目線を追って、ひょいと中の様子を見る。


(カサルア達が和気藹々で楽しそうなだけじゃん!)


 ラカンは先日からのラシードの様子に、何か引っかかるものを感じたが・・・今は自分自身、まだその正体をつかめなかった。まあいいかと肩をすくめて、大きな声で中に声をかけた。

「おはよう!お待たせ!」

「ああ、おはよう!ラカン、ラシードも入ってくれ」

 カサルアはまた、アーシアをひょいと抱えて立ち上げて、自分も立ち彼らを迎え入れた。

アーシアはラシードが入って来ると、いつもの様に、何だか落ち着かない。何となく意識してしまう。チラリと何気なく様子を見た。


(また、怒っているの?)


 ラシードは厳しい顔つきで、整った顔が益々冷淡に見える。相変わらずの黒装束だが、黒地に同色の見事な刺繍を施した実に趣味のいい衣をさらりと着こなしている。肩衣を手でふわりと掃い優雅に腰かけた。


(うわ~大家の御曹司とか言っていたけど・・・物腰が違うわ。だけど皆そうよね、あんなにいつもふざけているラカンだって服装は別として動きなんか洗練されているし、レンやイザヤだってそう・・・にいさま見慣れていたから、気にして無かったけど・・・もしかして凄い集団?)


 アーシアはイザヤに椅子を引いてもらいカサルアの隣へ腰かけた。

カサルアは早速先程目を通していた書簡を並べて話始めた。

「今回、西の『離龍州』を一気に落とす。州公とも内密に話がついた」

ラカンは淡い空色の瞳を見開き、頬づえをついて言った。

「へぇ~州公と?それなら話は早いじゃん」

「そうは簡単にはいかない。所詮、州公と言っても魔龍王の顔色を窺っているだけの小者。たまたまこちらが、小者らしい弱みを握って、協力させるだけだ」

「イザヤの言う通りだ。不利と思えばすぐ寝返ると思う。当てにしないが利用出来るものは利用する。そこで、ここに罠を張る。魔龍王の四大龍を呼び込んでもらった。州公としても損は無い。我々が失敗すれば知らぬふりが出来るくらいの貢献度だが、我々としては大きな事だ」


 イザヤが補足する。

「四大龍は、手強いうえに魔龍王の傍から離れる事が少ない、腹心中の腹心だ。また、離れたとしても行動が読めないため討つ機会を窺えなかったが、今回、四大龍の『碧の龍』『銀の龍』を誘い込むようになっている。州公の所有する〈宝珠〉に『銀の龍』が執心で今回それを譲り受けに来る手筈だ。それと『離龍州』は〈宝珠〉の宝庫だから珍しい〈宝珠〉をお披露目すると言ったら『碧の龍』も引っかかった」

アーシアは話を聞くに従って、背筋が寒く感じて身震いした。


(なんて浅ましいの。欲にまみれた龍がおぞましい。いつも宝珠達は、自分勝手な龍達の欲望の対象・・・)


 今まで黙って話を聞いていたラシードは酷薄に言った。

「浅ましい事だ」

 アーシアはその言葉に目を見張った。


(私と同じこと思ったの?)


 ラカンが笑いだした。

「はははは、ラシード、お前からすればそうだよなぁ~〈宝珠〉不要論者だもんな。自分から欲しいと思った事無いだろうから〈龍〉のロマンが分からないだろうけどねぇ。よく言うじゃん 〝龍は宝珠を乞いし恋焦がれる〟 てね、普通ならこの手は確実性があるね」


(宝珠を欲しがらない? 驚いた! そんな龍がいるなんて・・・)


 カサルアが軽く頷いて話す。

「日時もある程度決まってくるので見計らって潜入しようと思う。四大龍は非公式訪問だから隊列は組んで来ないと思うが、州に駐屯している中央の龍軍が相手となるだろう。四大龍を葬り一気に攻める! 現在、我々の地下の版図は半数を超えようとしているが、この日和見の州を落とせば、静観を決め込んだ州公達もかなり我々に組みするようになるだろう」

 一度言葉を途切らせ声に力を込める。金の瞳が輝きを増す。

「これを機に『天龍都』を目指しゼノアを斃す!」

 一同、熱い思いを噛みしめながら、大きく頷いた。

 

 『天龍都』は魔龍王のいる中央の首都の名前である。地方は八州に分割されていた。カサルア達はこの八州の攻略に心血をそそいでいた。

 続けて、カサルアとイザヤが内容の説明をしだした。『離龍州』行きのメンバーは、カサルア、ラシード、ラカン、それからアーシアだった。

 カサルアが自分の眼を指差しながら言った。

「私は四大龍に面識はないが〈陽の龍〉の風貌の情報はあると思う。さすがにこの眼の色は特徴があり過ぎて隠せないから、今回は裏にまわり州公との駆け引きなどに徹する。だからラシードとラカンは表の顔で、堂々と離龍州の城内に潜入してくれ」

「表の顔というとあの」

 ラシードは珍しく眉を寄せ言い淀むと、ラカンは笑った。

「こりゃいい。賛成だ!」

「どういう事?」


 意味が解らないアーシアは説明を求めてラカンを見た。

 ラカンは笑いが止まらないで涙目になっている。

「ひゃ~はははは、それはね俺たち表の世界じゃ、金持ちの放蕩馬鹿息子なんだよ」

 ラシードは口元を引き結んで、笑い過ぎるラカンを睨んだ。

 ラカンは気にするわけでもなく今度はにやにやしながら言った。

「あのねアーシア、一応俺たち普段の生活がある訳。ラシードの父親なんか都の重臣だし、俺の父親は手広く商売している都の大商人。まあ、俺のところは家族ぐるみでこっち側なんだから別にどうってこと無いけどさ、ラシードは違うからそれで、普段は役にたたない遊び人の馬鹿息子を演じている訳よ。それで、放蕩息子同士遊んでまわっていると周りは思っているけど、実際はここで活動している。な、面白いだろ」


「馬鹿息子! ラ、ラシードが?」


「そうだよ、そりゃあ面白いから。今、こんなに俺のこと絞め殺すかのように睨んで怖い顔しているあいつが、ニコニコ笑ってぺらぺら喋んだからさ。俺もさ大変よ~合わせるのがさ」

「はあ~それは・・・(すごいかも)と、ところでラカンはいつも通りなんでしょ」

「俺?俺も苦労して、こいつに合わせて放蕩三昧だよ」

 ラカンは腕を組んで考え深げに大きく頷いてみせる。

 アーシアは憮然とするラシードとラカンの顔を見比べて思わず吹き出してしまった。

 カサルアも笑うのを堪えながら咳払いをして続きを話しだした。

「そう、二人はその放蕩息子のふりをしてもらって、州城に遊びに出かけてくれ。そして四大龍たちが出席する宴に出席をして工作して欲しい。それからアーシアは、彼らご執心の〈宝珠〉として一緒に行ってくれ」


「えええ!」


 アーシアは驚いて立ち上がってしまった。

 カサルアは、アーシアに視線を流しながら、愉快そうな声音で続けた。

「もちろん普通の〈宝珠〉だよ。それも、この二人に貢がせて翻弄するくらいの、ごくごく一般的な〈宝珠〉をお願いする」

「えええええっ―――」

アーシアは更に驚く (翻弄ですって!)

ラカンも再度、手を叩いて大笑いしだした。

「あっははは――そりゃいい!アーシア頑張れよ!俺らを骨抜きにしてくれよ!いくらでも貢いでやるから」

「もう、ラカン!怒るわよ!何故そんな〈宝珠〉のふりをしないといけないの!」

 先程から話しの行き先に、不安を感じていたイザヤが、説明をかってでた。


「ラカンふざけ過ぎだ。『離龍州』は〈宝珠〉の宝庫と先程、説明があったと思いますが、こちらの州公は、契約する為でなく〈宝珠〉集めに興じていて〈宝珠〉達を贅沢に囲っています。更に 〝お披露目〟 と銘打って他の〈龍〉達の所有する〈宝珠〉と自慢比べしたり、交換したりしあう宴を度々催しているのです。そこに参加するのが四大龍で、同じく参加してもらうので、怪しまれないように〈龍〉と〈宝珠〉らしく、興じて欲しい次第です」

 アーシアは、すとんと椅子に座った。

「要するに馬鹿やれって事ね」

 憮然と座っていたラシードも全くだ、と言うように大きく息を吐いた。その時、ラシードに至急の用件が入り、ここも細かな打ち合わせは後日となり、彼は先に退室して行った。

 


 続いてアーシアとラカンが一緒に退室したが、ラカンの 〝ちょっと散歩しようよ〟 との提案にのって西の中庭に行くことになった。建物と建物とをつなぐ回廊は中庭も、ぐるりと取り囲む造りになっているので中庭の周辺は柱だけの吹き抜けの状態で続いている。中庭から中庭へつながる回廊を渡るだけでも結構な散歩道になるのだ。

 アーシアは東側の回廊を歩きながら、今向っている西中庭の噴水の件を思い出して、頬が熱くなる感じがした。


(ラカンにつっこまれたら終わりよ!何気ないふりしてなくっちゃ)


 なんだかラカンがにやにやしているのが気になる。

「でさぁ~アーシア昨日、イザヤと衣買っていただろう?」

「!」

「み、見ていたの!」

「ずるいよな、俺も誘ってくれたら良かったのに」

「見ていたなら声かけてくれたら良かったのに」

「俺もそうしようと思っていたさ!イザヤが衣を選んでいる姿なんて、滅多に拝めないからさ!だけどラシードが、さっさ帰るからもう全然よ」


 ラカンは肩をすくめていかにも残念そうに語った。

「ラシードもいたのね・・・だけどラカン別に面白い事は無かったわよ。イザヤは親切に選ぶの、手伝ってくれただけで、まあ余分に買ってくれ過ぎたぐらいで・・・」

 最後の方は声が小さくなった。

「親切ね~確かにそんな雰囲気だったよな。なんかいっぱい買ってやっていただろ?」

「私、迷う方だから的確に選んでもらったわ」

「的確ねぇ~俺は無理だね。面倒だから店ごと買っちゃうな」

「み、店ごと!」


(さ、さすが・・・大商人の金持ち息子!)


 アーシアは呆れてラカンへ真面目に言った。

「ラカンを買い物には絶対、誘わないからね!」

「ええ! そりゃないだろ~」

大げさに両手をあげて天を仰ぐ。それから何か発見したようだった。

「おっ、ラシードの奴!最近大人しいと思っていたけどなぁ~」

 ラカンの目線を追うと西の中庭は目の前で、噴水の前の長椅子にラシードが座っていた。それに女性がしな垂れかかっていた。

「誰?見たこと無いけど」

「ああ、南の奴だから知らないよ〈火の龍〉のリラだよ。〈龍〉の間じゃとびきりの美女で有名だよ。しかしリラまで堕ちたとはね~」


(堕ちた?)


 アーシアはリラを見た。艶やかな長い黒髪の華やかな容姿で、胸元を大きくくって豊かな胸を強調した、肢体の線にぴったりそう白銀色の衣を着ていた。リラは何かと話しかけているようだったが、ラシードはいつもの無愛想で応答している様子はない。そうしているとリラは、しなる腕をラシードの首に巻きつけ、顔を寄せてラシードの唇をふさいだのだ。

「!」

 アーシアは胸が、つきんと小さく痛んだような気がした。

「恋人なの?」

 二人から眼を外すことなく小声で聞いた。ラシードは抵抗するわけでもなく、かといって積極的に応えるのでもなく唇を重ねている。

「ん~たぶんね。あんだけ言ったのにさ」

いつもなら嬉々として話題に食らいつく筈のラカンの様子がおかしい。

「何?何を言ったの?」

「ん~あいつさ、しょっちゅう女替えんの。だから本気にならないなら付き合うな! て言ったんだけどねぇ~」

「そんなにもてるの!あんなに無愛想で冷たいのに!」

「うわ~いいね。その言い方! アーシアだけだよ、そんな事いうの。女どもはその冷たい感じがい~いってさ!」

 ラカンの調子が戻ってきたようだ。


(確かに見た目は悪くないし、笑った時みたいなあの瞳で見つめられたら、ドキドキするかも  

うわっ!私、何言っているの!)


 アーシアはラシードの珍しく笑んだ顔を思い出したが、その後ふと浮かんだ思いに自分でも驚いて打ち消した。それから気をとり直して言った。

「ほ、本気になったんじゃないの?」

「そうだったらいいけどさ。まあ一番人気のリラだからありえるかもね。俺はちょっと苦手だけどさ!」


 ラシードは後悔していた。彼を呼んだ用件の使いがこのリラだった。最近しつこく纏わりついてくるのだ。彼女は上等の部類に入る女だ。勝気で自尊心が強く艶やかな〈龍〉で、狙っているものもかなりいたようだが・・・自分は興味無い・・・いつものように勝手にさせているが・・・  

 用件が終わっても、今日はさっさと帰りそうもなかった。ラシードは昨日から何だか無償に気が晴れない。先程も放蕩息子の話よりあのふたりが気になっていた。


(あのカサルアが髪飾りを結んでやるなど―――)


 あの場の楽しそうな情景を思いだして苛立ち、この気持ちを紛らわすのに面倒だったが、リラに付き合う事にしたのだった。


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