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寄生樹

 アーシアはその夜、久しぶりにお腹いっぱいで満足して早々に寝たのだが・・・環境が変わったせいか最近滅多に見なくなっていた悪夢に襲われていた。

 それは血の海に自分が苦しみながら呑まれている夢だ。

 もがいていると急に身体がふわりと浮かぶ。はっと振り向くとゼノアの血のような瞳と瞳が合い、薄く微笑みを刻んだ唇で何やら囁いている・・・

 そしていつの間にか現れた兄にゼノアが嗤いながら長剣を突き立てると、兄の血しぶきがアーシアの頭に雨のように降ってくる夢だ。  


 アーシアはうなされて何度か小さく叫び声をあげたようだったが、身体を揺すられる振動で冥の世界から引き戻された。汗をびっしょりかいて前髪が額にはり付いている。瞳を大きく見開いていたが視界は、はっきりしていない。聞き覚えのある声が聞えてきた。

「どうした宝珠?」

 すぐ隣の部屋だったラシードがアーシアのかすかな叫び声を訊き、様子を見にきたようだった。アーシアは目覚めても周りのことは全く見えてなかった。誰が近くにいるとも分かっていなかったが、ガタガタと震えながらのろのろ喋りだした。

「ゼノアが・・・嗤っている・・・い、嫌・・・」


(・・・夢か?)


 いつも負けん気が強い彼女からは想像も出来ない様子にラシードは心に・・・ふと動くものを感じる。すると無意識に彼女の頬を撫で耳もとで囁いた。

「大丈夫だ・・・眠るんだ」

 それを訊いたアーシアは、すうっと瞳を閉じて静かな寝息をたてはじめた。

 彼はしばらく彼女の寝顔を見ていたが、変化もなさそうなので部屋を後にした。


 翌朝、アーシアは絶好調で元気良く二人に挨拶をしていた。気になったのはラシードが何か言いたそうな感じだった。だが視線を送っても口の端を少しあげただけで別に話しかけてくる事は無い。アーシアは変だな?とは思ったが自分も昨日変な夢を見ていたので彼には関わりたくなかった。いつもの夢にラシードが出てきていたからだ。それも、優しく大丈夫だと言ってゼノアから助けてくれた―――

 夢とはいえ天敵のラシードに借りをつくったようで嫌な気分だった。  

しかし、またアーシアは困ってしまった。州城に私達が行けば目立つからと、レンが一人で行ってしまったのだ。しんと静まり返った部屋の中にラシードと二人だけ―――これこそ悪夢に違いない。

 ラシードが動いた。眺めていた窓からアーシアに視線を移すと、ひとこと言った。


「出かけるぞ」

「えっ、どこに?」

 ラシードは質問に答えることもなく、部屋を出ていく。アーシアは慌てて追いかけた。

「ちょっと、どこに行くの?ねえ!」

「黄葉を見にだ」

 ラシードは振り向くことなく答える。相変わらずの横柄な態度にアーシアは、ムッとして彼の腕を引っ張って引き止めた。そして前に回り込むと、彼の真紅の瞳を見上げた。

「それだけじゃ分からないでしょ!ちゃんとこっちを見て話してちょうだい!だいたい人との会話はきちんと顔を見て話すのが礼儀でしょう!」

「・・・・・・・・・」


 それでも、ふいっと視線を外して無視の姿勢のラシードに、頭にきたアーシアは背伸びしたかと思うと、長身の彼の顔を両手で、ぐっと自分のほうへ向かせた。

「こっちを見て!」

 無理やり向かされたラシードとアーシアの瞳が合う。

「きちんと話してくれるまで、私はここを動きませんからね!」

 そう言うと今度は両手を腰にあてて、彼を見上げて答えを待つ。

 

 ラシードは唖然とした。前回ラカンにも言われたが、自分にこんな態度とる女などいない。何回か素っ気無くしていたら離れるか、こちらの機嫌をとるために媚を売ってくるかだ。言いたい事言って意見する者などラカンぐらいで、男でもそういない。そのうえ可愛らしい顔は、取り繕うことなく満面に憤懣の色を浮かべている。ラシードは小さく溜息をついて話しだした。


「昨日監察官に言っただろう。ここには黄葉を見にきたと。結局レンだけが出かけたので我々が残っていて怪しまれたら不味い。だから本当に出かける」

「最初からそう言ってくれたら良かったのに。じゃあ行きましょう!」

 アーシアはそう言うなり一瞬、鮮やかに笑ったが、しまった、とでも言うような表情をして、さっさと歩き出した。

残されたラシードは再び唖然としたが、珍しく口もとが笑っていた。


(怒ったり、笑ったり、忙しい奴だ)


 翼竜にアーシアが乗るとラシードから、ポイッと籠を持たされた。

「何これ?」

「昼食だ。しっかり持っていろ」

 アーシアがしっかり両手で籠を抱えると、ラシードが後にひらりと飛び乗った。それから片手をアーシアの腰に回してきたので、ドキリとする。だいたいラシードの態度に腹が立っていたのに、さっきは思わず笑いかけてしまってなんだか気不味い。背中にラシードの体温を感じるからもっと意識してしまう。

 彼は器用に片手で翼竜を操って飛んでいる。レンもかなりの腕前だったがラシードはその上をいく腕だ。片手なのに全く揺れないのだ。次第に緊張はとけてきて楽しくなってきた。風が気持ちいい。最高の気分だ!


 そして、光石山脈の麓に広がる黄葉樹の森に降り立った。地面も落ち葉で黄色に染まっている。黄金の中にいるようだった。ここは黄葉の名所の一つだとラシードが教えてくれた。やっぱりそれ以外喋らなかったけど、上機嫌のアーシアは気にする事を止めて楽しむことにした。樹を揺らしてみては落ちる葉の中をぐるぐる回って踊ってみたり、小川に流れる落ち葉を追いかけてみたりと、少しもじっとしていない。

 

 ラシードはもちろん会話をすることなく一人で楽しそうにしているアーシアを眺めていた。それはそれで、久しぶりに安らいだ気分になっていたのは自分でも認めるところだった。帰路もアーシアの上機嫌は持続中で調子にのって翼竜で宙返りしろと注文するので、気まぐれに応じたりした。到着した時は安らいだというよりも疲れた気もしなくもなかったが―――


 ほぼ同じくしてレンも帰って来て、状況を話し始めた。

「かなり深刻です。患者は城外の診療所で一堂に集められていましたから色々診ましたが、皆目原因が分かりません。昏倒して全く食物をとらないのですから衰弱するのはあたりまえですが、話しに訊いていたよりも衰弱の仕方が速いのです。眼の前で見る間に枯れ木のようになっていく者もいました。治癒してもまるで乾いた砂に水を注ぐようなもので、無駄に終わってしまうのです」

「衰弱が速い・・・それも治癒さえも吸い取られる・・・もしかして」

 アーシアは一瞬思いあたる事があったが、ありえないと頭を振った。

「アーシア?」

「レン!その患者さん達すぐにでも私に診せてくれないかしら?ちょっと気になることがあるの」

「ええそれは城で謁見するわけじゃないので大丈夫ですが・・・」

「じゃあ、直ぐいきましょう!」


 三人は急ぎ、診療所へ向かった。診療所内は患者を隔離した状態だった。原因が分からないため伝染を恐れて集められているが患者は次から次へと増える一方のようだ。

「こんなに沢山・・・」

かなり広い場所だが足の踏み場の無いぐらい、何十人いるか分からない程だった。次から次と患者は増えるがその分、亡くなる人も同じく出ている。みんな眠るように静かで物音一つしない。死の影だけが刻一刻と刻まれているだけだった。

アーシアは今にも死にそうに干からびた、患者の側に跪きレンを呼んだ。


「レン、お願い!この人のお腹を念視して見て。とても小さいのだけれど種みたいのが見えないかしら?見落とすくらい小さなものなんだけど」

「種ですか?分かりました」

 念視をするレンの側らでアーシアは心配そうに彼の答えを待つ。

「確かに・・・小さなものがありましたが・・・ただ消化されてないだけでは?これが何か?」

 アーシアは、やっぱりと言う表情で大きく息を吐き出した。

「消化不良じゃないのよ。でもどうしてこんな場所で・・・その植物は北の方にしか生息しないものなのよ。氷点下の場所にしかね。こんな温暖な気候ではありえないのだけれど」

 アーシアは説明し始めた。


「この植物は北でも奥地にしか生息しなくて、胞子を飛ばして動物に寄生させるの。寄生すると精気を養分として吸い取り、死んだ骸を糧に発芽するわ。胞子は寄生するまで熱に弱いから火を使って食事をする北方地方の人間にはほとんど無害に等しくって、あまり知られていないのだけれど、一度だけ僻地で人間に寄生したことがあって、私はその時この植物の事を初めて訊いたわ。親樹がどこかにある筈だけど・・・その追及は後にするとして。原因はその胞子のついた食物を食べたからだと思うわ。ここは生で食することが多いからでしょうね。もちろん全部が全部根付くのではないのだけれど・・・それに亡くなったら火葬するから全く原因は分からなかったのも頷けるわね」

 レンも初めて訊く事例に驚きを隠せなかった。

「治療方法は?」

「無いわ。胞子は身体に根付いているから取ることは出来ないのよ。でもレンなら出来るかも・・・私も手伝えば・・・どうにかなるかしら?」

「どうすればいいのですか?」

 アーシアは少し言い難そうだった。


「胞子に許容範囲以上の精気を与えるのよ。そうしたら胞子が枯れるの・・・だけどその許容範囲と言うのがとても〈力〉を使うのよ・・・大変なことよ」

 さすがのレンも黙ってしまった。それは瀕死の状態の者を生き返らせて走りまわる事が出来るぐらい回復させるより力がいる筈。見渡す限りの患者の数に思わず視線を向けたが、その整った優しげな貌を厳しく引き締めて言った。

「ここで躊躇している時間はありません!こうしている間にも命が失われていくのですから。どこまで出来るかわかりませんが、この〈力〉尽きるまでやりましょう!」

「分かったわ。ではレン、私に〈力〉を下さい。あなたの望みのままに私の力を注ぎましょう・・・一人でも多く救えるようにレンの心のままに・・・」


 アーシアはにっこり微笑んで、左手を差し出した。左手―――そこには〈宝珠〉の象徴である光を模ったかのような金の紋様が浮かぶ。

 その手をレンは右手で受ける。右手―――そこには〈地の龍〉の象徴である翡翠の龍紋が浮かぶ。


 ラシードは眼を見張った。考えられない〈力〉が二人から立ち昇ったかと思うと室内に満ち溢れ、眩むような光りが弾けた。

 信じられない事に全ての人々が、次々と目覚め始めていく。

「良かった・・・レンあなたの治癒力は本当に素晴らしいわ」

 アーシアはそう言うと目眩をおこしてよろめいた。

 レンは、ぐっとアーシアを支えると感嘆しながら優しく微笑んだ。

「素晴らしいのはあなたの方です。正直、私がここまで力を出せるとは思いませんでした。本当に素晴らしい珠力です」

 アーシアは目眩も治まってにっこりと微笑んだ。

「そんな事は無いわ。私は龍の望みを叶えるだけだもの。レンに従っただけよ」

 ラシードは表情にはでなかったが、ここでも少し驚いていた。

 多分、史上最高の〈珠力〉を持つ宝珠の謙虚さに―――


(本当に変わった宝珠だ・・・)


 アーシアは早速、原因の大元でもある親樹の聞き取り調査を目覚めた患者達にしている。それによると光石を採掘されつくした小さな山があって、その中が空洞で氷室のようになっている所があるらしい。それもかなり中は寒いとの事だ。

 外はすっかり陽も落ちて星が煌き始める頃だったが、三人は構わずその氷室に向かった。

 月あかりだけで様子が分からないが光石を採掘されつくした山肌は、灰色の岩だらけで無残な感じだった。その一角に洞穴があった。その中に入ってみると氷点下とまで言わないが、かなり温度が低いのは確かだった。そして行き着いた先にその樹はあった。


 空洞全体に根を張り、ほのかな光を放っている。優しい光りだ。誰もそんな恐ろしい樹なんて思わない。胞子も柔らかな綿毛がついていてふわふわ浮かんでは、湧き出ている水に落ちている。この湧き水は外を流れる小川に流れついているようだった。低い水温に守られて人々に害を与えたのだろう。

「これが・・・この樹の擬態なのよね。寒いところで見るとつい、ふらふらと寄ってみたくなるらしいわ」

「で?これは焼けばいいか」

「ええ、熱に弱いから樹はそれでいいけど。問題はこの山かしら・・・出来たらこれ壊さないといけないわ。だいたいこの樹を見つけたら、その周辺を焼きつくさないといけないといわれているの。根が張っているからそこから又、芽吹くらしいわ。まあ、ここはたまたま条件が揃ってこんな事になったのでしょうから、氷室となっている山さえ無くせば心配はないと思うわ。だから山は後でもいいけど、取りあえず樹を先に焼いてもらえるかしら」

 アーシアは先程かなり力を消耗し、山を砕く程の力は出せそうも無かったので消極的に言った。


 しかし、ラシードは事も無げに淡々と言う。

「炎で焼いて山を砕けばいいのだろう。分かった」

「えっ!」

 反論する間もなくレンに洞穴から連れ出されてしまった。

「私、手伝わないと!」

「大丈夫ですよ。ラシードならあれぐらい簡単な事ですから」

 レンの言った通りだった。小さいとはいえ山が紅蓮の炎に包まれたかと思うと、見る間に、まるで砂で作った山のように崩れていった。

カサルアが以前言っていた、ラシードは〈火の龍〉の中で一番強いと―――


(強いと言ってもこれは、四大龍以上じゃないかしら?)


感嘆して見ていたアーシアをよそに、彼は〈龍力〉をさっと引くと、二人を無視して振り向くことなく飄々と去って行く。


(ちょ、ちょと・・・本当に!なんて人!)


 アーシアは相変わらずのラシードの態度に呆れながら慌てて追いかけて行った。

 州公に感謝されながら今回の一件は無事解決することが出来たようだが、残念ながらカサルアの

〝親睦を深めなさい作戦〟

はアーシア的には平行線のまま終わったようだったが、ラシード的には、少し角度が変わってきたような感じだった―――


このエピソードレンの為に後日追加した話でした。完結させた後、レンの存在が薄かったので書いたのですが…心は正直で…美味しいところはラシードが持っていっちゃいました!

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