お披露目
「イザヤ!その話は今、する事じゃない!アーシアはいいんだ!」
「いいえ。私も一緒に戦うわ!」
自分を心配てくれる兄に、しっかりとした意志で伝える。
「アーシア・・・」
「今度こそ果たしましょう。私達、いつも言っていたじゃない、みんなが笑って暮らせるようにしたいって!」
「駄目だ!今回は自分の力を過信していた昔と違う。充分、準備も重ねて来た。皆の力も更に集まっている。だからお前はいいんだ。それよりもゼノアのお前に対する執着の方が怖い。これだけ我々が各地で蜂起していると言うのに、ゼノアは一度たりとも顔を出す事が無い。いつものように面白がっているだけのようだ。それならそれで、喉元まで詰め寄るまでのことだが、お前が姿を現したなら、ゼノアは表に出てくるだろう。奴のやり方は分っているだろう?」
アーシアは青ざめた。
言葉を無くす彼女に代わりイザヤが訊き返してきた。
「何をしたのですか?」
カサルアは大きく息を吐き出すと、沈痛な声音で話し出した。
「―――街や村を焼き払った。アーシアの身柄と引き換えに、一つ一つ応じるまで続けられた―――」
カサルアは一度言葉を途切らせ、続けた。
「私達は、ゼノアが支配する坎龍州の出身で、私がその州の州公だったのだが、その当時から坎龍州は地下資源に恵まれ年中冬季の土地柄、屋内の芸術方面が発達し裕福で自由な精神が育まれる素晴らしい故郷だった。州民一同、ゼノアの圧制から独立するべく立ち上がり、勢力も他州へ拡大しつつあったその頃、アーシアに目を付けたゼノアが妹を要求してきた。〝アーシアをよこすなら、今までの事は許そう、否であれば応じるまで罪も無い者達を殺そう〟 と、それからゼノアは手当たりしだい街や村を焼き払っていったんだ」
「それで応じられたのですか?」
「ああ、当然アーシアはそんな事に耐えられなくて自らゼノアの元へ行った。しかし、ゼノアは止めなかった・・・どちらにしても歯向かった者を許す奴では無かった」
「――ゼノアならそれくらいするでしょう・・・それからよく魔龍の元から、アーシアを助け出されましたね」
「ああ。転生期だったんだ。しかも、それが事の始まり。すんなりと奪還したがその後が問題だった。転生体は統合するまで姿が違い、時期が来ると現世の力を吸収し元の姿に変体する」
カサルアは自分の愚かさを呪うかのように天井を見上げて続けた。
「これで前回やられた。転生体に何食わぬ顔をして近づかれ、知らない自分は友となった―――
で、完全体となる時、信頼していた奴に私はいきなり真正面からやられた。バッサリとね。抵抗も何も出来ずに、あっさり殺されたよ・・・詳しく言うと、こんな事情があったからゼノアの転生も察しがついて、お前に色々調べてもらった次第だ」
「なるほど。今、転生体はゼノアと違う姿で存在するのですね。そういう事は早く言って頂かないと危険ではありませんか。対処を考えないと」
そう言ったイザヤの眼差しが厳しくなった。
「いや、問題無いと思う。前は、アーシア絡みだったからゼノアも動いた。普通は危険な転生時期に動くことは無いと思う。それにその危険性も考えて時期を狙ったんだ。隙を与え無いように完全体になる直前を」
だから大丈夫だよ。とアーシアに言った。
頷きながら、アーシアは思い出す。紅蓮の炎に飲み込まれた街を。人々の叫び声と、ゼノアの瞳に映る炎を―――
(だけど逃げても一緒・・・私が逃げたと分れば、所在が分るまで何をするか分らない。それなら逃げない!)
心に決めるとカサルアを真正面から見つめて言った。
「私は逃げないわ!」
カサルアはアーシアがこうと決めたら絶対そうする性格なのを十分知っているが・・・
「カサルア、あなたの気持ちは察しますがゼノアはいずれにしても手段は選ばないと思います。隠しても同じ結果でしょう。攻撃は最大の防御かと思いますが?」
カサルアはイザヤの言葉を聞き、確かに一理あると思った。前回のように巻き込みたくないのだが不承不承、彼女の意志を認める事にした。
それを受けてイザヤは、中断された案件を低い声で続けた。
「それではアーシア、あなたにはカサルアと契約して頂きたいと思うのです」
反応する二人を無視して一気に話す。
「前回それで魔龍に狙われたのでしょう?契約を済ませたならその心配も無くなります。力のある宝珠が龍無しでは危険ですし、力も半減しますからカサルアと契約するのが一番妥当だと思います」
カサルアも確かにそう思い続けていた。契約をすれば〈力〉の増大というよりも宝珠は契約した龍の意志でしか〈力〉を使えない。いや、使ったら命を削るのが理。アーシアが龍持ちになればゼノアも諦めるだろう。だが、彼女の契約への気持ちを知っているから何とも言えない。アーシアの様子を窺うと、自分の心に何か問いかけているようだった。
(自分の我儘なのかもしれないけど、龍と契約するつもりは無い!)
『宝珠』は嫌応無しに『龍』に惹かれる。そして・・・ただ一人の龍を生涯、誰よりも一番に思う。だけど龍は違う。何人も契約する事が出来る。龍にとって宝珠は替わりの出来る存在―――
ただ道具のように使われる宝珠を何人も見てきた。それでも宝珠達は何も言わない。
(龍なんか大嫌い!龍に自分は縛られたくない!にいさまは契約しても、いつもの様に大事にしてくれると思う。だけど・・・心の奥が・・この〈龍〉じゃ無いと言っている・・・)
しかしゼノアの言葉を思い出して身震いした。氷のように冷たく囁く声を思い出す。
―――お前は私のものだ。誰にも渡さない―――
思わず両耳をふさぐ。
カサルアは、彼女の様子を窺っていたが、仕方ないかと溜息をつき、立ち上がった。
「イザヤ、アーシアは昔から龍嫌いでね。これも強制するものじゃないだろ。契約は宝珠の気持ちが優先される決まりだ。選ぶ権利はアーシアにあるし、それに、保身で選ぶような子じゃない。ゼノアからも私が守る」
いいんだよ。と優しくアーシアの頬を撫でて、微笑みかけた。そして反論しようとするイザヤに不敵に笑んで続けた。
「それにイザヤ。アーシアはね、契約しなくても普通の宝珠と違う。半分だと言っても龍付きの宝珠より数倍の力がある。それも全ての源を使いこなす」
「全て!全てですか!」
これには驚いた。にわかに信じられない。
宝珠達は龍の力を増幅させるが、龍はそれぞれの力の源である四大要素の特性があり、もちろん宝珠も相性がそれぞれある。相性が悪くても使えるが当然力は劣るのだ。
(全てとは・・・さすがカサルアの妹と言うべきか・・・)
この兄妹は産まれた時より他の赤子と違っていた。それぞれ産まれながらにしてその腕には「龍紋」「光紋」が刻まれていたのだ。産まれおちた瞬間、その場は輝きに満ちたと云う。一般的に〈龍〉も〈宝珠〉も〈力〉が現れるのは早くても数年のちにしか出ない。その特殊な現われを物語るように二人の〈力〉は類まれなものだったのだ。
「力の件は承知しましたが、大丈夫でございますか?こちらは当然〈龍〉ばかりですが」
「言い寄る龍が我慢ならないと言うか・・・契約に疑問があって・・・」
アーシアは、じっと無表情に見つめられる銀灰の瞳に、どぎまぎしながら、うまく気持ちが言い表せない。
(助けてよ!)とカサルアを見た。
「そうそう、最たるものはゼノアだったから、私は殺され、アーシアは死にかかったうえ閉じ込められるし、龍を嫌うのも当たり前。だけどアーシア!昔と違って宝珠は数が減っているから、皆、大切にするし、ここにはいい龍が沢山いる!選り取りみどりだ!お前の龍嫌いも治るだろう」
カサルアは頬を膨らませるアーシアの頭を、くしゃくしゃと撫でて笑った。
「もうっ!」
髪をめちゃくちゃにされながら、アーシアは兄を睨んだ。
「カサルア!冗談では無いです!〈伝説の宝珠〉が未契約など、要らぬ争いのもと。あなたのものの振りでもしていて貰わないと大変な事になります」
やれやれ、という顔で生返事をする。そんなカサルアを見ながら、イザヤは、なんと頭の痛いことかと人知れず溜息をした。
それから二人は、アーシアが疲れるだろうからと、部屋を後にした。
カサルアとイザヤがアーシアの部屋に向かった頃。目覚めを知らせに来たレンはその場に残り、ラシードとラカンと共に二人が戻るのを待っていた。中でも興味津々のラカンは煩いイザヤが出て行くと、待っていましたとばかりに、彼らに話かけてきた。
「で、どうだった? 結界とか、封印とかさ!」
「別に問題はない」
「おいおい、ラシード一言でおわりかよ。ああ~もうっ! 使えない奴。レン?」
「はい、結界は介入した事さえ気付かない状態だったと思いますよ。たぶんあの場に魔龍が赴かない限り、封印も解除されているとは分らないでしょう」
「すごいな! で、肝心の〈伝説の宝珠〉は? さっきはバタバタと部屋へ連れて行かれたから、ちらっとしか見えなかったけど、な~んか、思っていたのと違ったなぁ~なんか小さくない? 俺もっと艶っぽい感じかと思っていたぁ」
「失礼ですよ!氷結に眠る彼女は可憐で清らかで・・・とても美しかった。触れるのさえ、はばかるように神々しく輝いていました。私は感動しました。ねえ、ラシードあなたも、そう思いましたでしょう?」
「――――」
レンから同意を求められたラシードはすぐに答えなかった。
(跳ねっかえりの間違いじゃないのか?)
彼女が自分を蹴ったり、叩いたりしていた姿が浮かんできた。ラシードの口調はいつもと変わりないが少し苦笑を滲ませながら言った。
「・・・まあ。それと負けん気が強そうで、確かに小さかった」
呆れたレンはラカンにどれだけ素晴らしかったのか、詳しく言って聞かせた。
「まあ、いずれにしても近々会えるから楽しみだな!それにしてもイザヤだけさっさと付いていってさ!」
「宝珠をこちらの陣営に取り込むように話をするのだからイザヤが適任だろ。相手に 〝否〟 と言わせない話し方をするのだから」
皮肉を含ませてラシードは言った。
「まあね。だけど俺はカサルアを見たら絶対堕ちると思うな。龍の俺たちさえ、クラッとくるぐらいなんだからさ、他の宝珠達なんかもカサルアを見る目違うもんな。だけど・・・ちょっと待てよ!それならカサルアのもんになるかもじゃん!うわ~勝ち目ねぇ」
ラシードとレンはしきりに自問自答するラカンに呆れながら、顔を見合わせた。〈宝珠〉達の人気は何もカサルアだけじゃない。ラカンも十分注目されている。本人の自覚が無いだけのようだが・・・〈力〉の強い龍は取り分け宝珠の気をそそるものだ。『水の龍』であるラカンもラシードに次ぐ〈力〉の持ち主なのだから当然の事だった。
翌日、主だった者達が中央の大広間に集められた。ラシード、ラカン、レンを含む龍や、宝珠達だ。広間はざわめきに溢れていたが、扉からイザヤが入ってくると、皆一斉に静まり返り注目する。彼は周りを見回すと低く通る声で話し出した。
「皆も知っての通り、昨日〈氷結の宝珠〉の奪取に成功した」
当然知っている事だったが一同ざわめいた。イザヤは皆を手で制して続けた。
「その宝珠は我々の新しい仲間となった。紹介しよう、伝説の宝珠を!」
一同、再びざわめきながらイザヤが開く扉に注目した。カサルアに伴われて入ってきたアーシアは胸高に飾り紐で結んだ白地の縁に、銀の刺繍を施した清楚で優雅な衣を纏い、美しい貌を引立たせる〈宝珠飾り〉の貴石が額と耳朶に光の雫のように煌き、サラサラと揺れていた。その貴石で創られたかのような、輝く淡い金の髪。微笑む瞳は春を思わせる優しい緑―――
〈宝珠〉は美しいものが多い。彼女に匹敵する容姿のものもいるだろう。しかし、アーシアの内側から溢れる〈珠力〉の揺らめきは本人を貴石のように更に美しく輝かせていた。その場に現れたカサルアとアーシアは、お互いに輝きながらまるで一対の絵画のように感動的だった。
大広間に集まった者達は口々に感嘆の声をあげた。
(恥ずかしい!にいさまを恨むわ!こんな豪華な衣と宝珠飾りなんか付けさせて!)
にっこり微笑むアーシアは、心の中で恨み言を言っていた。
カサルアは以前から用意していたのだろう。色々と部屋に持ち込んでアーシアを飾りたてた。白が似合うからと言って選び、一番輝くからと、鉱物の貴石の中では一番貴重なものをふんだんに使った〈宝珠飾り〉を選んだ。
宝珠飾りとは宝珠の装飾というよりも実用目的の為、額と耳朶に付けられる。龍は貴石の力で自己の力を増幅する事も出来る。もちろん宝珠はその最たる貴石のような存在だ。だから更に宝珠の力を高める為にその貴石の飾りを付けさせるのだ。
もともと自分の容姿に無頓着なアーシアは気楽なものを好むがカサルアはその逆で、容姿をより引立たせるものを好む。アーシアも兄が自分のだけそうするのは一向に構わないのだが、自分のだけで無く、いつも彼女のものを選ぶのを楽しみにしている。今回も、いつもの兄の選択にアーシアは異を唱えたが負けてしまった。
そんな気持ちをよそに、皆の反応に満足したカサルアが機嫌良く紹介し始めた。
「さあ、アーシア、ここの宝珠達を紹介しよう」
皆、〈伝説の宝珠〉との対面は興味を覚えていたが、さすがに緊張していた。しかし、アーシアの気取らない性格が幸いして、友好的に受け入れられていたようだった。
次に龍達だが、こちらは少々興奮気味の様子で、自ら次々と膝を折り最礼しては名乗りを上げていた。アーシアは何時もの事だが龍達のまるで女神を崇めるかの態度に少しうんざりしながら受け答えをしていた。少し途切れた時、ふと広間の後方に強い〈龍力〉を数名感じて視線を向けた。
(あっ、一人は昨日治癒してくれたひと。もう一人は知らないひとだけど、えっ! 手振っている!振り返したらいいかしら?)
手をあげかけて、ぎくりと、止めた。その後ろに、もう一人いたのだ。
(昨日の、真紅の瞳の龍!)
ラシードは龍達の浮き足だった様子に冷めた目を向けていた。口々に賞賛する彼らが馬鹿らしくて仕方が無かった。〈宝珠〉の何がそんなにいいものか理解できなかったのだ。貴石と同じで戦力にはなるのは確かだが、同じ物ならかえって心がある宝珠の方が面倒なだけだと思っていた。渦中のアーシアに目線を投げてみた。丁度、様子を伺っていたアーシアと瞳があった。
(あっ!)
アーシアは驚いた!怜悧な真紅の冷たい目線に、思わず瞳を逸らしてしまった。なんだか落ち着かなかった。
(びっくりした!あのひとなんだか苦手。昨日の事、怒っているの?助けてくれていたのに、散々叩いたし。うわ~恥ずかしい)
アーシアが、ドキドキしながら思い悩んでいると、その中のひとりが他の皆が退出するのを見計らって、進み出てきた。それから最初に大げさに最礼し、快活に話し出した。
「やあ、アーシア!会えるのを楽しみにしていたよ。俺は、ラカン・ネイダ、宜しく!ほ~んと、可愛いねぇ。なんか分んない事があったら、何でも聞いてくれよ!」
「ありがとう。こちらこそよろしく!」
アーシアは彼の明るく大きな声に思わず笑みがこぼれた。ラカンは待ちに待った〈伝説の宝珠〉との対面で上機嫌のようだ。それに期待のアーシアには花丸合格点を出したみたいだ。
次にレンが優雅に最礼をとり、優しく言った。
「体調は如何ですか?私は、レン・リアターナと申します。昨日は、名も名乗らずに失礼しました。これから、宜しくお願いしますね」
「こちらこそ助けて頂いたお礼もしてなくて、本当にありがとうございました」
二人は、にっこりと微笑みあった。そのときラシードが口を開いた。
「ラシード・ザーンだ」
アーシアは、低く深みのある冷たい声に、はっとして目線を彼に移した。ラシードを間近で見た。凍てつく氷のような整った貌に、冷めた真紅の瞳。短い黒髪は後ろに撫でつけて長身の体躯は黒地に銀の刺繍を入れた衣を隙無く典雅に着こなし、悠然と立っている。アーシアは何故か胸が、きゅっとなり、やっぱり落ち着かない気分になった。
(やっぱり怒っているの?)
「あの、昨日は、ご、ごめんなさい!」
アーシアは弾かれたように頭を下げた。宝珠飾りがシャリンと高く音がした。ラカンは、すぐ反応して面白そうに聞き返してきた。
「何? 何?どういう事?」
アーシアはラカンの言葉は聞いていない。
「昨日は、助けてもらったのに勘違いして、叩いたり、蹴ったりしてしまって、本当にごめんなさい! ごめんなさい!」
「ええ! 叩いたぁ!どういう事?ラシード!」
ラシードはつまらなさそうに瞳を閉じて、口を開かない。
ラカンはへぇ~と一言漏らし、にやにやして言った。
「へぇやるねぇ~このすかした〈紅のラシード〉に直接拳を叩き込む奴なんてそうそういないよ~」
「きゃあーごめんなさい! 本当にごめんなさい! 失礼しました!」
シャリン、シャリンと飾りの音が鳴る。どうしたの?とカサルアにも訊かれ、アーシアはいたたまれなくなってきた。
「彼が・・ゼ、ゼノアかと思って・・・」
レンが言葉を遮った。
「封印から解放されたばかりで、意識が混乱していたようでしたから、仕方ありませんよ」
「な~るほどね。ラシードは頑丈だから平気、平気! だいたい、お前が悪い!そんな怖い顔してっから、アーシアが気にすんだろう! おいっ、てば!」
ラカンは、涼しい顔で立つラシードを思いっきり突いた。そして笑いながら言った。
「こいつはいつも、こんな顔しているだけだから、気にしなくていいよ」
再度ラシードを突く。ラシードは軽く溜息をついて、薄く瞳を開けて一言いった。
「気にしていない」
「そ、そうですか。それに助けて下さって、本当にありがとうございました」
「礼も必要無い。指令されたから遂行したまでだ」
あくまでも突き放したかのようなラシードの冷たい口調に、アーシアは反抗心がムクムクと湧き上がってきた。
(何!この傲慢な態度!だから嫌いよ!力ある龍は!)
カサルアは不味い、と思い会話に入ってきた。
(大人しくね、アーシア)と彼女に目で語って説明する。
「ゼノアは〈火の龍〉だから同種の〈力〉で解封する必要があってね。ラシードはこの中で一番強い火の龍なんだよ」
アーシアも一度点いた炎は消せない。
(だからなんだって言うのよ!)
ラシードに向かって、瞳を見張るような優雅な物腰で深々と礼をとり、すいっと、上げた瞳には挑戦的な光を放ち、微笑んだ。
「それでも、お礼だけは申し上げますわ。ご迷惑をおかけいたしました。失礼!」
角のある大人びた物言いで言い放つと、くるりと踵を返してさっさと退出して行った。
やれやれとカサルアが後を追う。イザヤも、相変わらず涼しい顔をして立つラシードに視線を流して、それに続く。面食らったラカンは声を出して笑い出した。
「ああ~おかしい! ラシードにあんな態度とる女の子初めて見た! あの瞳見たか? 天敵を見るようだったよ! ははは、いやぁ~気に入った!」
「ラシード、どうかと思いますよ。その態度は」
いつも穏やかなレンが珍しく厳しい口調で咎めた。ラカンもそうそうと頷きながら、ラシードを指差して言った。
「いやぁ~ラシードの宝珠嫌いは、今に始まった事じゃないけどさ、今日は特別、感じ悪~い態度だし。何が気に入らなかったんだよ?いい子だったじゃん。可愛いし。ちょっとは優しくしてやんなよ。まあ、〝優しく〟 なんかお前、絶対無理だもんな」
ラシードは答えない。先程のアーシアの淡い緑の瞳を思い浮かべていた。他の宝珠にしても女達にしても、いつも自分の瞳を見て話す事がない。見つめれば、すぐうつむいてしまう。彼女は真っ直ぐに見返してくる。その瞳に思わず魅入ってしまった。それがどうしたと思い、ふと浮かんだ感情を締め出して、興味も失せた様子で扉に向かって歩きだした。
「おい、ラシード待てよ!話の途中だろうが、逃げんなよ!」
一方、腹を立てて出て行ったアーシアはカサルアの静止も聞かず、自室へ足音も高く戻ると、カサルアの鼻先でぴしゃりと扉を閉めた。
「疲れたの!ひとりにして頂戴!」
諦めたカサルアは溜息をつくと、追ってきたイザヤに肩をすくめて言った。
「締め出されてしまった。確かにラシードはアーシアの嫌いな典型だけど、いつもだと逆に無視をしてあんな態度取らないんだが。よっぽど相性が悪いのだろうな」
「そうですか・・・」
受け答えながらイザヤは思った。ラシードはカサルアに次ぐ〈力〉を有する。もし彼がアーシアを手に入れてしまったら? と不安がよぎる。
(ここは、用心するべきだな・・・)イザヤは心の中で呟いた。
部屋に飛び込んだアーシアはカサルア達が遠ざかる気配を確認してから、衣装を手荒く脱いだ。それから寝台に身体を投げ出すと、怒りをぶつけながら叫んだ。
「もう! 頭にきた! ちゃんと謝って、お礼も言っているのに、指令だったから仕方なくやったみたいな言い方して! あんな言い方しなくてもいいのに!ただ頷くだけでいいじゃないの!冷血漢!大嫌い!大嫌い!」
些細なことなのに、なんだか気に障って仕方が無い。
先程のラシードの姿が瞳に浮かんで腹が立つ。彼の見た瞳の色とは反対の、まるで凍てついた冬を思わせるような『真紅の瞳』を思いだした。最初、あの真紅の瞳が〈力〉を使う時のゼノアのようで萎縮して戸惑ったがゼノアと全然違っていた。色が同じでも印象が違うのだ。ゼノアの瞳は暗く深淵に沈んで、何を考えているのか分らない底知れない怖さを感じるが、ラシードの瞳は燃えるような真紅をしいるのに冷たく、深い孤独を感じさせるものだった。
(悲しく、寂しい色・・・) アーシアはまた、きゅっと胸が痛くなるのを感じた。
アーシアとラシードの関係がこれから段々と進展していくかと思いますがまだまだです。これからの二人の心の動きにご注目ください。それにしてもラカンとラシードが親友なのが不思議です??