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ラシードの秘密

 ラシードは、天龍都の実家に戻って来ていた。青天城を中心に街の建物は整然と並んでいる。路は石畳で整備され何層かに高く建てられた家が連なり整いすぎている為か、どこか冷たい雰囲気がする。

ザーン邸は、都心の中でも一際眼を引く大きな邸宅だった。ここに帰ってきたのは数年ぶりだった。幼年期は過ごしたが、それ以後は郊外の別邸を使い両親の住まうこの本邸には、寄り付かなかった。辛い思い出しかないこの邸宅には何の感慨もない。邸内は深閑としている。

幾つもの同じような扉が並ぶ廊下に、ラシードの足音だけが響いていた。ある一室の前で立ち止まると内側から重々しい声がかかる。


「ラシードか、入りなさい」

ラシードは扉を静かに押して入る。室内は昼間にも関わらず明かり取りの窓を閉めている為か、薄暗かった。奥に壮年の高官らしい風格の『龍』がいる。厳しい表情だが、その瞳は落ち着いた色をしていた。ラシードはその龍の前に立ち止まり、硬い口調で話しだした。

「父上、お聞きしたい事がございます」

「その前に、わたしに言うことがあるのではないか? 紅のラシードよ」

〝紅のラシード〟 それは仲間内で呼ばれる名だったが、ラシードは驚く様子もなく淡々と答えた。

「はい、私は〈陽の龍〉の下に集っております」

「そうか、それでは敵という訳だな」

「はい」

ラシードの父は、青天城の重臣の一人であった。気まぐれで最悪な王ゼノアでも、何とかこの一都八州の地を機能させてこられたのは、この重臣達に他ならなかった。優秀であってもゼノアの乱行は止めることは難しい。また、お互いに重臣の座を巡り政権争いが絶えることが無かったのだが、この父は長年この地位を保っていた。あの四大龍の碧の龍が、ザーンの息子であるラシードに手だし出来なかった程の実力者なのだ。父は怒るわけでもなく、話を続けた。


「それで、話とは?」

「はい、私の本当の父は誰でしょうか」

 ザーンは少し眼を見張ったが、口調は変わらなかった。

「・・・知っていたのか」

「はい、昔お二人の話を偶然訊きまして」

「そうか―――それなら、おまえは母が、わたしを裏切ったと思っていたのであろうな」

「・・・・・・・・・」

「おまえの父親は―――ゼノア様だ」

「―――なっ!」

 思ってもいなかった衝撃の事実にラシードは驚愕した。


 ザーンはふいに壁に掛かる大きな肖像画を眺めた。そこに描かれていたのは淡い金髪の美しい〈宝珠〉だった。髪の色がどこかアーシアに似ている・・・ラシードの今は亡き、母の肖像画だ。

「・・・ゼノア様に強く望まれたのだよ。わたしもまだ力も弱く、断る事が出来なかった。ゼノア様は何時でも 〝死か服従か〟 のどちらかなのだから。それでおまえの母を差し出した。ゼノア様は直ぐに飽きて戻してはくれたものの、お前を身ごもっていた。もしそれが分かれば又、妻を取られてしまうと思い、王にはお前の事を隠した。自分達の保身の為に承知でした事だったが、本当の気持ちは違うのだから、わたしも彼女も苦しんだ・・・」

 ラシードは淡々と語る父を、何か別のものでも見るように見つめていたが、長年抱いていた憤りが吹き上がってきた。

「では、自分達の命惜しさにそうしたと言うのですね! それなら望まれてもいない忌まわしい私が生まれる前に、何故殺さなかったのですか! それかあの時、母の手で何故そのまま死なせてくれなかったのですか!」


 ラシードが、母親から首を絞めて殺されそうになった時、助けてくれたのは父だったのだ。

「わたしの子でなくても、愛する妻の子なのだから、わたしには、お前を殺す事は出来かった。しかし、あれは悩んでいたんだよ、ラシード。自分の子としてお前のことを愛したいが、私の子でなく他の男の子として憎んでもいた。わたしへの絶対の愛と、お前への愛に挟まれて次第に命を削っていった・・・」

「そんな馬鹿な・・・あなた達は、本当はずっと愛し合っていたと言うのですか!」

 両親の不和。自分を憎んでいた母。冷たい愛の無い家庭だった―――

 父は再び肖像画を、瞳を細めて見ていた。

「龍は愚かなものだ。愛おしすぎて壊してしまう。自分だけだと言ってくれる宝珠の心に甘えるのだろうな・・・」

 父はラシードに向き直り全てを払う様に強く言った。


「確かにお前の本当の父はゼノア様かもしれない。しかし、わたし達の子だ。お前が何をしているのかも薄々気がついていたし、誇らしく思っていた。出自が知れてお前の志が変わるか? それはないであろう。自分の信じる道を行くがいい。わたしは都の重臣となる事で家族を守って来たつもりだ。人々から恨まれようと、多くのもの達を不幸に陥れようと、その代価がどんなに高かろうともだ。自分の我儘だったが・・・後悔はしていない」

 ラシードは、言葉が出なかった。長年自分は愛されていないと、勝手に自分で心を閉ざし周りを見なかったのだ。今思えば、母が死んだ後もこの父は何ら変わることは無かった。人を欺く為とは言え遊興三昧に明け暮れても、黙認してくれていた。それも、何も言わないのは、愛されていないと思っていた。愚かなのは自分だった    


(アーシア・・・)


 彼女に今すぐ、会いたい。そして、明るく笑う声で言ってもらいたい。

〝馬鹿ね、ラシード! 言った通りでしょ?〟 と・・・

 しかし、父はああ言ってくれるが、私の中に流れるのは、彼女が最も恐れ嫌う狂気の王の血。この事実を消すことは出来ないのだ。


(叶わぬ恋なのか・・・)



 一方、日にちをさかのぼるがラシードから逃げ出すように去ったアーシアは次の日。ラシードを探していたが見つけることが出来ないでいた。代わりにラカンを見つけ話かけた。

「ラカン、ラシードはどこに行ったの? 見かけないけど・・・」

「ああ、天龍都の自分の家に行ったよ」

「天龍都? あそこは危険でしょ。そんなに気安く行って大丈夫なの?」

「まあ、ラシードの奴、顔がばれてないし、表の顔があるから問題は無いよ。なんか用事?」

 アーシアは、心配そうに顔をしかめ、返事はしなかったが、彼女の様子を不信に思いながらラカンは、続けて話した。

「ラシードは、父親と決着つけるとか言っていたよ」

「お父様との決着って、あの話かしら?」

「たぶん、そうだと思うよ。出生の秘密・・・」

「ラシードのところに行ってあげないと・・・」

 意外な言葉を呟いたアーシアに、ラカンは驚いた。

「どうして?」

「だって、ラシードきっと悲しんでいる・・・真実は、どんな結果だとしても傷つかない訳はないもの。私に何が出来るというわけでもないけれど、話しを訊いてあげるだけでもきっと良いと思うのよ。いつも彼は一人で抱え込むから・・・そんなことさせられないわ」

 必死に訴えるアーシアを見つめながらラカンは思う。


(ラシード、まだまだお前は、嫌われてないみたいだぞ!)


「そうだな! ラシードの奴きっとベソかいているぞ~よし、ちょっと行ってみようか」

 アーシアは、ぱあっと表情を明るくして、ラカンに抱きついた。

「ありがとう! どうせ近いうちに行く予定だったのだから私、行ってもいいか、カサルアに訊いてくるわ!」

「そうだね、ラシードのところは俺の家の近くだから、直ぐ行けるし心配しなくていいよ!」

 アーシアはもう一度、礼を言うと走り去っていった。


 現在状況は、予想通り中立を決めていた州もそれぞれ態度を決めて参戦し、カサルア達の陣営は三分の二を押さえていてかなり有利に進んでいた。各州は、州に配置されていたゼノアの龍軍との戦いに力を注ぎ天龍都から独立していく。その中心となるものはカサルアの下に集った者達と、震龍州や離龍州の州公のように州公自ら組みするものもいれば、ゼノア派の州公を斃して掌握する場合もあった。

 そして、本拠地の天龍都には、カサルアの本隊が攻略の手筈を整えていたのだ。青天城を守る龍軍と四大龍の二人、そして魔龍王・ゼノアが最終目的となる。しかし、青天城は地上からも上空からも攻めるのは容易では無かった。結界の守りも強く、籠城されれば、どうする事もできないのだ。しかも天にも届くかと思うような尖塔から〈力〉で狙い撃ちされる。いかに彼らを城の外へ誘きだすのかが最大の問題となっていた。特にゼノアさえ斃せれば戦局は一気に終息する。


 カサルアは迷っていた。ゼノアを誘い出すのは容易い。なぜなら、アーシアを出せば必ず姿を現すのだろうから。奴はたぶん世界などもどうでもいいと思っている。アーシアは別として・・・

そこまで執着できるものがあって逆に、幸せな奴だとも思うのだが。


(どうするべきか・・・アーシアを使うべきか)


 そう悩んでいると、アーシアが入室して来た。室内は自分とイザヤにルカドだけだった。

「ちょっと、いいかしら?」

「ああ、もちろんいいよ」

 卓上に散乱する天龍都や、青天城の資料にアーシアは視線を向ける。

「相談なんだけど、私、もう天龍都に行ってもいいかしら?」

 アーシアはラシードの件ももちろんだが、自分も手伝いたいのに、なかなか天龍都に連れて行ってくれない兄に催促した。

「それは・・・」

 はっきりしない兄の思いに察するものはある。

 アーシアは大きく息を吐いて、ぴしゃりと言った。


「なにを迷っているの! 私をさっさと餌になさい! 使わない手は無いでしょ!」


 三人とも、驚きに眼を見張る。

「あと少しじゃないの。ゼノアを斃せば全てが終わるのよ!戦いが長引けば長引く程、みんな不幸になるわ。にいさま、知っているでしょう?私は死など恐れない。出来る事をしない事を恐れるわ!」

 そう言うアーシアから輝く光が見えるようだった。

 カサルアは、くすりと笑うとイザヤに目くばせした。イザヤは瞑目する。

「そうだね。アーシアの言う通りだ。存分に利用させてもらおう」

「あたりまえよ。それと用事があるから、ラカンと先に行っていい?」

「用事? 何の?」

 アーシアは、言おうかどうか迷ったが言った。

「ちょっと・・・ラシードに用事があるの」

「ラシードに?」

 カサルアは怪訝に思ったが、事情を知らない彼は皆目検討つかなかった。いずれにしても行くのに反対する理由もなく、ラカンやラシードと一緒なら問題は無いと判断して許可をした。

 イザヤだけ、アーシアの様子に不安を抱いていた。ラシードとの関係に以前から、かなり懸念を抱いていたが、最近ではもっと危険に感じていた。ラシードの変わりように。しかし、アーシアが相手していない感があったのだが・・・

 先日カサルアがそれらしい事を言っていた。アーシアがラシードを意識しているらしいと。しかも半ば嬉しそうに。


(考えられない・・・本当にこの人は、他に脅威を感じることは無いのだろうか?)

 イザヤはカサルアを見つめながら、ひとり心配するのだった。



 天龍都に到着したアーシアとラカンは早速、ラシードのもとに向かった。ラカンは、勝手に邸宅に入るとすたすた進んでいる。

「ちょ、ちょっと、ラカン勝手に入って大丈夫なの?」

「え、平気、平気。広いんだから分かんないって。あ、こっちからラシードの気配がする!」

 おかまいなく進んで行くラカンに、呆れながらもアーシアもついて行った。ラシードがいるらしい扉の前で、低くて聞き取り難かったが驚く言葉が聞こえた。

「確かにお前の本当の父はゼノア様・・・」

 ラカンもアーシアも扉の前で固まってしまった。先に動いたのはラカンだった。咄嗟にアーシアの手をつかんで元来た廊下を、気配を消して戻った。下の階まで戻った時、足を止めた。アーシアは呆然としたままで驚きから立ち直っていない。

 ラカンの表情はいつになく真剣で、アーシアに問いかけた。

「アーシア、アーシア! 今の話しを訊いてあいつの事をどう思う? 答えて!」

アーシアはラカンの呼びかけに我にかえったが、信じられなかった。


(ラシードがゼノアの血族だなんて・・・)


 火の龍、その〈力〉は絶大。確かにその血は証明しているようだった。あの魔王ゼノアに・・・背筋が寒くなる・・・  

 当惑するアーシアにラカンは、更に声を低くして続けた。

「アーシア、あいつに流れるゼノアの血を許せないと思うなら、今日はこのまま帰ろう。そして、二度とあいつに関わらないでくれ。同情や中途半端な気持ちで関わって欲しくないんだ! そんなことあいつには辛すぎる・・・辛すぎるんだよ・・・ちきしょう!」

 アーシアは今の言葉が胸の中で渦巻く・・・二度とあいつに関わらないでくれ    


(関わらないなんて、それは嫌!)


 ラシードの孤独な真紅の瞳を思いだす。それが自分に向けて優しい色を灯すのを。微笑まない彼が自分にだけ微笑みかけるのを―――

 アーシアの瞳には迷いは無かった。突き上げる思いに必死に頭を振って言う。

「血なんて関係ないわ! ラシードはラシードよ。あんな魔龍と全然違うわ! そうでしょう? その事で誰か何か言うというなら、その人達の方こそ私は許せない!」

 ラカンはほっと安堵した顔になった。

「良かった。もちろん俺もそう思うよ。あいつは君に嫌われるのが一番怖いからな。あのラシードがだぜ!ほんと、俺びっくりさ。だからこれは俺たちの胸にしまっておこう」

 アーシアも頷き、また再び先程の部屋を目指した。事情が事情なだけに今回はアーシアだけに任せたほうがいいと思い、ラカンは行かなかった。


 ラシードは父と二人押し黙っていた。自分の思いに囚われ、全く周りに気付いていない。 父がふと扉に眼を向けたかと思うと、それは静かに開いた。廊下の降り注ぐ陽光を背に受けて現れた姿に、二人とも瞳を見張った。柔らかな春の日差しを模ったような、光りに満ちた姿が入ってきたのだ。ラシードは、驚きに声を上ずらせて呟く。

「―――アーシア・・・」

 アーシアは、首を軽く横に傾げて、花のように微笑んだ。

「ラシード、私を呼んだでしょ?」

 自分に向かって歩いてくるアーシアを、ラシードは夢でも見ているかのように眺めた。すぐ近くまで来た時、思わす手を伸ばしかけたが拒絶を恐れて自分の腕をつかんだ。

「アーシア・・・」

 ラシードは、込み上げてくる思いに耐えられなくアーシアを抱きしめた。どうしてここにいるのか?何故?など今はどうでもいい―――


(彼女は知らない。私の出自を・・・今だけ、今だけでいいこのまま・・・)


 このまま、時が止まってくれれば・・・と思う。

 その時だった! 一瞬、室内が炎に包まれたかのように見えた。爆音とともに廊下ごと扉がとばされたかと思うと、うねる炎は二人を包んで消えうせたのだ。父は叫んだ!


「ゼノア様!」


 アーシアの考えは甘かったのだ。今まで、アーシアの封印が解けているなど思ってもいなかったゼノアと違うのだ。今は些細な気配でも逃す筈もなかった。それも、ゼノアのいる天龍都では――― 

「余計なものまでついてきたようだが、まあいい」

 低く氷のような声が、後ろからした。アーシアは動けなかった。膝をついている冷え切った床が、全身を凍らせるようだった。ラシードはアーシアから離れたところに飛ばされて、膝をついているものの、殺気をみなぎらせてゼノアを見据えている。

 その声の主は、音も無く近づいてきて囁く。

「アーシア、久しぶりだね」

 アーシアは、からくり人形のようにぎこちなく振り向いた。

「・・・ゼノア」


 深淵の闇を思わせるような瞳と出逢う―――


ラシードの出生の秘密の巻でした。彼が何故〝宝珠〟嫌いになったのか?何故母親はそうしたのか?と云う設定に苦しめられました。と、なるとゼノア様が宝珠喰い?になってしまいました…いやらしい!最低!似てるなら誰でも良いの?と言う声が聞こえるような気がします。イメージダウンのゼノア様でした。

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