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消えたアーシア

 ラシードとラカンが戻ってみるとアーシアの姿が見えない。水を汲みに行ったが戻ってこないと訊く。急ぎ、水場に向かうがどこにもいないのだ。汲まれたままの水桶がそのままで、水温を確かめたがまだ冷たく時間はそんなに経っていないことがわかる。周辺を、名を呼び探すが返答がない。

 次第にラシードは焦りもあらわに激しく名前を呼ぶ。

「アーシア! どこだ!」

「まさか、残党がいたんじゃないだろうな?」

「!」

「冗談じゃないぞ、ラカン!」

「俺らだけで探しても話にならない! カサルアのところ行くぞ!」

 その後、城からも人手を出して捜索するが、まったく手がかりがでてこない。水場で水を汲んでいる姿までは目撃されていたが、それ以後の足取りがつかめないのだ。だが、場所の特定は出来ないが、州内で次元回路を開いた形跡が見つかり、カサルアは州外の次元回廊の妨害と街道を遮断させた。しかし、州内にいることは間違いないが、何の手がかりが無いまま二日が過ぎようとしていた。

カサルアも何度となく念視を飛ばしてみたが、とらえることが出来なかったのだ。日増しに焦りと、苛立ちが増してくる。アーシアの封印を解除できずに過ごした日々を思い出す。嫌、それよりも悪い、居所が分からないのだから――― 


 カサルアは口調も激しく言った。

「ここまでして何一つ手がかりが無いのは、計画的としか考えられない!」

「まさか、宝珠狂いの州公じゃないのか?」

「もうそれは調べた! 逆に〈伝説の宝珠〉をもう一度しっかり見たい一心で先頭に立って手を尽くしているぐらいだ!」

 ラシードは無言で卓上の地図を見つめている。カサルアと同様、寝ることなく念視を飛ばしては地図に×印をつけていたが、それもほとんど印でいっぱいになっている状態なのだ。自責の念に何度も自分を失いそうになった。後悔が、後から後から襲ってくる。


(なぜ、あの時アーシアから離れてしまったのか!)


 レンも探索のため離龍州に来たが、明らかに様子が違う。いつも穏やかな彼が、取り乱しているのだ。

「もう時間がありません! カサルア分かっているでしょう? 時間がないのです!」

 声も荒々しくレンはカサルアを揺さぶって訴えた。

「わかっている!」

 ラカンは、鋭く聞きただす。

「時間が無い? どういうこと?」

 レンは大きく深呼吸をすると、声の震えを抑えて答えた。

「アーシアが死んでしまいます」

 ラシードがばっと、振り向くとレンにつかみかかった。

「どういうことだ! 説明しろ!」

「アーシアのあの傷が治っていないのです! どういう訳か治癒が効かないのです。今は私の〈力〉で薬を作りそれを止めていました。それも短期間しか効かないのです。薬を止めても三、四日は大丈夫だと思うのですが―――その効力が無くなれば再び心臓に達する傷が開きます」

 ラカンはアーシアが持っていた、きれいな小瓶を思いだした。

「薬って、アーシアが毎日一回は飲んでいた貴石の粒?」

 ラシードは怒りをみなぎらせてレンを更に、締め上げる。

「そんな大事なこと!なんで黙っていた!」

 ラカンはラシードをレンから引き剥がしながら言った。

「そうだよ、そんな大事なこと! アーシアも知らなかったんだろ?」

 カサルアは憔悴しきった顔で代わりに答えた。

「それは私も同罪だ。レンに口止めをした。アーシアがあまりにもゼノアに恐怖を抱いていたから、ゼノアにしか解けないような忌まわしい事実を知らせる事が出来なかった。まさかこのような事になるとは想定外だった」

「同行する私たちに隠す必要はないじゃないか!」

 ここで一番冷静なのはラカンだった。大きな声で一喝した。

「馬鹿野郎! 今は言い争っている場合じゃないんだ! いずれにしても、時間はあと一日だ。見落としている所がないか再度確認して潰していこう! カサルアやラシードの念視で見えないのならそれなりの〈龍〉が関係しているということだ。それも地元に詳しい! 離龍州出身の〈龍〉を洗い直そう」

 ラカンの言葉に三人は冷静さを取り戻し、再び探索を始めたのだった。




 二日前、連れ去られたアーシアは、誰も訪れることのない、もちろん人家など一切ない砂岩の渓谷にあるリラの隠れ家に連れ込まれた。隠れ家にしているだけあって結界も施し、完全に外界より遮断しているが、カサルア達の能力を思えば油断は出来ない。

 リラは、ぐったりと意識の無いアーシアを憎々し気に見る。


(これ見よがしに紅の衣なんか着て!火の宝珠のつもり!)


 ガイを見れば、好色そうな眼でアーシアに魅入っている。


(まったく! 男の龍はこんな小娘などに構って!馬鹿らしい!)


 リラはアーシアの頬を叩いて目覚めさせようとするが、ぴくりとも反応しない。アーシアの恐怖におののく顔が見たかったのに、予想に反して苛つく。

「ガイ! 薬が効き過ぎよ!」

「ああ、そうみたいだな。反応がないんじゃつまらん! それにしても本当に最高級だな・・・この肌をといい手触りといい・・・それに〈珠力〉の輝き・・・」

 ガイは意識のないアーシアの細い首元を撫でまわしながら、興奮気味に呟く。

 リラは冷めた眼でガイを見た。


(馬鹿な男。その宝珠がどんなものか知らないで。本当なら触ることさえ出来ない代物なのに。いい気味だわ。こんな安っぽい男の物になるんだから)


 ガイは、先程のアーシア達を見ていないのだ。しかし、リラは一部始終見ていた。予想通り、彼らは事をおこした。圧倒的な力で、一気に百からなる龍達を葬り去る彼らに感嘆し、燃え上がる炎に照らし出されるラシードを見て胸が熱くなった。紅蓮の炎を操るその姿に魅入られた・・・だが、その横に紅の衣を纏い寄り添うアーシアを見止めて急速に心は冷めていった。

 いずれにしても、アーシアをこの男の宝珠にしてしまえばラシードも諦めるだろう。契約は宝珠の意思。少しぐらい行方不明になったとしても問題にならない。宝珠は龍の不利になることはしないのだから。契約しないなら一生閉じ込めるまで―――この馬鹿な龍も放さないだろう。


(殺すなんて優しいことはしないわ・・・)   


 まる一日半過ぎた。アーシアは体力が消耗していたせいもあって、意識が戻るまで時間がかかったようだった。朦朧とする意識の中、アーシアは悪寒が走った。生温かいごつごつとした感触が、肩や、背中を撫で回しているのだ。それに荒い息が首元にかかる。はっとして意識を取り戻した。眼の前にはまったく知らない男が自分に覆いかぶさっていたのだ。好色そうに息があがっている。

 アーシアは恐怖で、これ以上ないというぐらい瞳を見開いた。

「おっ、気がついたか!それはいい。お人形相手にしてもつまらんからなぁ~」

 アーシアは状況がわからなかった。確かリラと話していたら急に、はっとして周りを見渡す。部屋の隅にリラを見止めた! 

「リラ! どうして!」

 リラは冷笑を浮かべながら近づいて来た。そして信じられない事を酷薄に告げた。

「その人はあなたの新しいご主人様よ。ラシードよりあなたにふさわしいわ。私に感謝して欲しいわね。紹介してあげたのだから、ねえガイ?」


 リラはガイの首に腕を絡める。ガイもアーシアから身を起こし、リラに答えるように二人は唇を重ねた。リラは顔をあげると、嘲るように続ける。

「ねえ、アーシア彼はラシードよりいい龍よ。これからゆっくり教えてもらうといいわ。でも、そうねガイ、もっとわたくしがこの子に言って訊かせるから二人だけにして貰いましょうか。向こうにお酒を用意しているから召し上がっていてくださらない?」

「リラがそう言うならそうするか。楽しみは後のほうがよりいいしな」

 ガイが扉を閉めると同時に、リラは怒りをあらわにしていた。

 アーシアはリラを凝視しながら震える声で訊ねる。

「リラ、なぜこんなことを・・・」

「なぜ? なぜですって! 白々しい! 私のラシードを盗んでおいて!」

「盗むなんて、そんな事していないわ」

 ばしっ、とリラがアーシアの頬を平手打ちした。

「じゃあラシードはあなたのこと、何とも思ってないと言うの!」

「それは・・・」

 アーシアは口の中で血の味を感じながら、あの夜のラシードの言葉を思い浮かべた。


 ―――アーシア、君を愛している   


「でも、私はなんとも思ってないわ!」

 アーシアは咄嗟にそう言ったものの、胸がつきんと痛んだ。

 リラは一層怒気をはらむと、顔をアーシアの間近に寄せて噛み付くかのように喋る。

「嘘つき! ラシードは絶対に渡さないから。彼は私のものよ!」

 そしてアーシアを突き飛ばし、扉に手をかけると振り向いた。

「ラシードの前に出られないぐらい、めちゃくちゃにされるがいいわ!」

 扉が閉まり、鍵をかける音がした。その音は、絶望を音にしたようだった。


(逃げなくては・・・)


 アーシアはよろめきながら、部屋を確かめるが扉一つだけで、窓も無く壁も頑丈な石造りだった。扉も手に血が滲むくらい叩くがびくともしない。がちゃり、と音がして扉が開いた。入り口に立つ男は酒気で顔を赤らめ、とろんとした眼でアーシアを嘗め回すように見ている。アーシアは横をすり抜けて、部屋から出たが、すぐに腕を摑まれたかと思うと、乱暴に引き戻され床に転がされた。

「なんだ! 大人しくなってないじゃないか! まあ、少々元気なほうが楽しいしな」

 アーシアはじりじりと床を後に下がって行ったが、壁に行きどまった。

 ガイはアーシアの頭の上に、片手で両手首をまとめあげ、逆の手で顎をとらえる。

「さあ、俺の宝珠になるって言いな! そうすればずっと可愛がってやるからよ」

 アーシアはもがくが、びくともしない。脚もばたつかせる。ガイはその大きな体躯をのしかけて押さえこんできた。

「暴れるんじゃねえよ!」

「い、いやぁぁ―――」

 絶叫が部屋に響きわたる。

 身動き取れない状態で胸元の衣に手をかけられ、引き千切られた。アーシアの瞳に涙が滲む。成すすべもなく助けを呼んだ。


「助けて、ラシード! ラシード!」


 兄でもなく他の誰でもない、ラシードの名を無意識に叫んでいたのだった。アーシアは、あらん限りの勇気をかき集め、暴漢に拒絶の言葉を投げつけた。

「これ以上好きにさせないわ!こんなことしたって絶対あなたの宝珠になどならない!私に触れることは許さない!」

 気高き宝珠の輝きに一瞬、ガイは思わず身を引いた。ガイはアーシアを見た。衣は引き千切れ胸元ははだけ、手足は抵抗で痣をつくり、強く扱えば屈服などたやすく思えるのに、これ以上触れることがためらわれる。死を厭わないかのようなアーシアの様子に手が出せなくなったのだ。

 その時、アーシアの胸に突き刺さるかのような鋭い痛みが走り、ぐったりと力が抜けてきた。


(どうしたんだろう・・・苦しい・・・)


 ガイは驚いてアーシアを揺さぶるが、ぐったりしたままで反応は薄かった。


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