炎水の陣
「何事だ!」
四大龍達が殺気立つ。伝令が転げ込むように入室してきた。
「た、大変です! 駐屯地に敵の襲撃が!」
銀の龍は、州公に怒鳴る。
「警備はどうなっているんだ!」
「あわわわ・・・・・」
州公は腰を抜かして、怯えて話にならない。碧の龍が伝令に訊く。
「敵の数は」
「じょ、状況は分かりません! ら、雷鳴と稲光が!」
二人は顔を見合わせた。
「雷光? まさか〈陽の龍〉か!」
銀の龍が舌なめずりして、にたりと笑う。
「馬鹿な奴だ。まさかここに我らがいるとは思ってなかっただろうな。運が悪い奴だ! ここが墓場になるとはよ」
「本当に・・・〈陽の龍〉この頃うるさいと思っていた所だ」
銀の龍は飛び出した。碧の龍はふとアーシアが気になり、周りを見渡し探した。
(騒ぎに乗じていなくなったか・・・まあいい逃げることは出来ないのだから・・・)
一回目の爆音が響いた時、アーシア達はカサルアのもとへ向かった。
建物の影に隠れるカサルアが手をあげる。
「こっちだ! 首尾は?」
「上々! 四大龍ら怒っていたから飛んでくるぜ!」
「では、目立つところにでも立つとしようか。四大龍らが結界内に入ったら、二人とも宜しく。君達は間違っても結界内に入らないように。特に、ラカン。アーシアもね。しかし、今日の衣装は素晴らしいね。紅が似合うとは以外だった」
アーシアは嫌な予感がした。
「紅の衣の贈り物は要りませんからね!」
「それは残念だ。私が今度仕立てさせようと思っていたのに」
話しに入ってきたのはラシードだった。
こんな状況でも余裕の四人はいつもと変わらない。
カサルアは愉快そうに笑うと、城壁に飛び上がり雷鳴を響かせて駐屯内の目くらましをかけた。それから結界内の入り口に位置する、見張り台の尖塔部分で待ち構える。その背景には、陽がおちたばかりの宵の空に幾筋もの雷光が輝く。金の髪が束ねから外れて舞い上がり、組んだ右腕には金の龍紋が光を放っている。
四大龍が二人揃って現れ、銀の龍がその姿を見止めて叫んだ。
「おまえが〈陽の龍〉とか名乗っているふざけた野郎か!」
カサルアは不敵に微笑むと嘲るように答える。
「自分で名乗った覚えはないが、そういうお前達こそ誰だ!」
「はん! 訊いて驚くな〈銀の龍〉のロダンと〈碧の龍〉のセイだ!」
ロダンはそう叫ぶなり、カサルアのいる尖塔に飛びあがり〈力〉を放った。カサルアは飛びかわすが、足元の尖塔が崩れおちる。
(あと一人・・・)
カサルアは反転して体勢を立て直し、結界内に入ったロダンは無視してセイに〈力〉を放つ。雷にも似た光線は、セイの顔をかすめ頬に紅い線をつけた。セイは頬の傷をぬぐい不気味に笑った。そして機械のような表情から一変すると怒気をみなぎらせた。
「私に傷を負わせた奴は初めてだ 許さん!」
そう言い放つと、カサルアに飛びかかった。
(掛かった!)
「セイを怒らしたな。おまえは終わりだよ。俺ら二人相手では勝ち目は無い!」
カサルアは銀と碧の龍に両側から挟まれ、地表では駐屯の〈龍〉が取り囲む。しかし、彼は涼しい顔をしている。それも微笑みさえ浮かべながら・・・
その金の瞳が不敵に煌いたかと思うと雷光を放ち、その場から飛び降りた。周囲のもの達は、強い閃光に目が眩み気付いた時には、カサルアはその場から消えうせていた。しかし、すぐ前から声がした。
「終わりなのは、おまえ達だ!《結縛》!」
カサルアは結界の最後の仕上げをした。彼の言葉を合図に、地表から光が網目のように立ち昇り、天空までも包みこんだ。
「なに! 馬鹿な、包囲結界だと!」
四大龍らも成すすべもなく広がった結界を見上げる。そして結界の外に立つ四人の姿を見た。
「まさか、ネイダ・・・ザーン? それに・・・」
セイは驚愕のあまり言葉につまる。遊興に耽っていた愚かな彼らからは、想像も出来ないような〈龍力〉がみなぎっていた。それも自分らを凌ぐほどに・・・
それと幼いと思っていたあの少女の尋常ではない珠力の輝きに圧倒されていた。
「まさか・・・伝説の宝珠では・・・」
四人はアーシアを中心として立ち〈龍力〉をみなぎらせ始めた。アーシアの全身は淡く金色に輝き、力の波動で髪がふわりと舞い上がる。左の腕には、宝珠の象徴である光を模ったかのような金の紋様が広がっていった。アーシアはまるで舞うかのように両手を空へかざすと、感情なく言葉を発した。
「カサルア、ラカン、ラシード・・・私に〈力〉を」
ラシードは神々しく輝くアーシアを横目で見た。いつもあどけなく、幼さも感じる彼女がまるで別人のようになっている。思ったことがすぐ表情にでてしまう感情豊かな淡緑の瞳が、今は何も感じない硝子のような空虚な色を湛える。その姿は神気があふれ、近寄りがたく永遠に手にいれることは叶わないかのようだった。〈力〉の行使が始まった。
「いくぜ! ラシード!」
ラカンの右腕の龍紋が二の腕から甲にかけて碧に輝き〈力〉を放つ。それを追うかのようにラシードの紅蓮の〈力〉が放たれ、結界内に二つの〈力〉がぶつかり業火の津波をつくりだす。結界全てを呑み込むかのように炎の壁がたちあがり〈龍〉達を次々呑み込んでいく。あたり一面、炎の海と化したのだ。
四大龍達は、呆然と立ち尽くしていた。〈陽の龍〉の話は最近よく耳にしていたが、所詮、地方の血気盛んな馬鹿者の集団ぐらいにしか思ってなかった。自分達にかかれば、瞬く間にひねり潰せる程度のものぐらいだと・・・まさか、ここまで力あるものだとは、考えにも及ばなかったのだ。自分達の力に溺れ、慢心が危機感を鈍らせていたのを、今更ながら後悔していた。
その〈陽の龍〉が二人の四大龍をとらえる。閃く雷を四大龍めがけて打ち放たれた。その光の矢は大地を切り裂く爆音と共に、銀と碧の龍を貫いた。
「な・・・なんという力だ・・・ゼノア様・・・」
再び、光の矢を打ち込まれ、四大龍らは炎の海に呑まれていった。
ラシードは〈力〉を放出しながら宝珠の力に感嘆していた。ラカンと使う〈炎水の陣〉はかなりの殲滅力があるが、今日はそれの何倍というものだろう。それも完全に制御して〈龍〉のみを焼き尽くしている。自分に注ぎこまれる貴石とは違う〈宝珠の力〉がこの身を熱くたぎらせ〈宝珠〉と〈龍〉が一つに交わるような恍惚とした感覚を感じる。
(なかなか気持ちいいものだ。龍が宝珠を欲しがるのも少しはわかるな・・・)
アーシアも内心、驚いていた。兄の力量は熟知している。しかし、この二人の力量も実戦をしてわかったが、飛びぬけて強い。カサルアが四大龍に匹敵すると言っていたが、まさしくその通りで、前も思ったがラシードはカサルアと大差ないような感じがした。兄とはよく〈力〉を行使するが、兄以外でここまで力がある〈龍〉と力を合わせることが無かった。
ラカンの〈力〉も、もちろん強く心地よい。しかし、ラシードは見かけとは正反対の、燃え滾るような鮮烈な〈力〉で内側を駆け抜け、胸が熱くなるようだ。
「もう、いいだろう《縛解》!」
カサルアの言葉に呼応して、地中に埋めた結界媒体の貴石が、天空に浮かび砕け散り、包囲結界が瓦解していった。結界内は一般の人々と建物を残し、四大龍二人と百に及んだ龍軍を跡形もなく消し去って、まるで何も無かったかのように静まりかえった。
「ヒュ~、〈炎水の陣〉でこれだけ建物が残ったのも初めて見たな。まあ普通はこんな街で使うもんじゃないけどさ! アーシアやっぱ〈伝説の宝珠〉だったんだな~」
ラカンは周りを見回しながら感心したように言う。
「建物の全部は守れなかったわよ。本当に大技ね、もうびっくりよ! ちょっと待って~て感じだったわ。カサルアも調子のって雷光乱発しているし!」
「ははは、それはごめんね。四大龍がちょろちょろするから」
アーシアはいつもの彼女に戻っていた。二人の〈龍〉達にお説教をしている。
「いや~本当助かったよ。俺らが貴石を使うのは、〈力〉につりあう宝珠がいないせいもあったからね。貴石がぶっ壊れてもいいけど、宝珠をぶっ壊す訳にはいかないだろう」
アーシアはぞっとした。
「ぶ、ぶっ壊す? 確かに、あなた達の〈龍力〉を叩き込まれたらそうかもね。凄い力だったから今でも手が痺れているもの」
カサルアより先に、ラシードがさっとアーシアの手をとった。
「大丈夫か?」
アーシアは優しくさわるラシードの手をいつものように払えなかった。いっそう震えがくるようだったが、努めて意識しないようにする。
「大丈夫よ。あっ、〈力〉使わないで!そんな力がまだ残っているんだったら後始末に使って頂戴!」
アーシアは〈治癒〉の力を使おうとするラシードを制して手を引っ込めた。
「カサルア! 私はここに残って怪我人を助けるわ」
「そうだね、じゃあ私は気が進まないが、城に行って州公に会ってこよう。ものすごい騒ぎになっているだろうから収拾するとするか。二人は残ってアーシアの手伝いをしてやってくれ、治癒も少しは使えるだろう? 彼女とすればレンぐらいまで高まると思うよ」
それにはラシードとラカンは反論した。
「アーシアはかなり消耗しているようだからさせられない」
「そうだね。まあ~俺らで、ぼちぼちやっとくからアーシアはいいよ」
「何言っているの! こんな時に〈力〉使わないでどうするの! 〈宝珠〉やっている意味がないわ。〈龍〉だって壊すだけがとりえじゃないでしょ! 力の弱いものを守る為にその〈力〉があるんでしょ?私だってそうだわ!でも情けないことに一人では何も出来ないのよ。あなた達龍がいなければ、こんな力なんて役立たずなんだから」
アーシアの気迫に押されてラカンは素直に、はいと返事する。
ラシードは、改めてアーシアという宝珠の心のあり方を眩しく見つめるのだった。
カサルアは、三人の様子を微笑んで見つめ、任せたよ、と言い残して城へ向かう。城の宴会場は、大騒ぎだった。四大龍らも斃れ、龍軍も全滅した様子に、次は自分達だと声高々に騒ぐが、退出も許されず右往左往していたのだ。しかし、一番に騒ぎそうな州公に高官たちは至って落ち着いて静観している。
閉ざされていた大広間の扉が、重々しい音とともに開いた。そこから現れたものは噂に訊く〈陽の龍〉だった。黄金に輝く長い髪をゆらしながら優雅に中央に歩を進める。その姿を見たものは声を無くして立ち尽くした。圧倒的な光彩を放つ〈龍力〉が彼からあふれているからだ。
州公の前で立ち止まると、オーガ公はカサルアに最礼した。
「お疲れさまでございます。素晴らしいご活躍、感銘いたしました」
「公もご苦労であった。今後も我々の為に尽くしてくれ」
オーガ公と高官達は、まるで王を迎えるこのように、再び深々と礼をとると、カサルアに自分の席を明け渡していた。オーガは、完全にカサルアから陥落されていた。誰もがそうであるように彼に逆らうことなど無意味に思ったようで、すっかりカサルアの崇拝者になっていた。
そして、オーガはカサルアの無言の言葉に押されるように、皆に宣言した。
「今日ここに離龍州は、〈陽の龍〉のもと魔龍王から独立を宣言する」
ざわめきが大きくなり、動揺が駆け回る。
カサルアは立ち上がると、他を圧する金の瞳で、皆を制するように周囲にめぐらし、力強く響きわたる声でゆっくりと話しだした。
「私はゼノアを斃す。暗黒の時代に終止符を打つために私は来た。そして共に行こう、新しい時代へ!」
人々は静まりかえり、それから大歓声があがった。正しいことが曲げられ、罪の無い者に苦しみが科せられ続けた世の中。間違っている、おかしいと言いたくても言えなかった。誰もがうつむいた人生を送っていた時代に光明がさしたのだ。その光りは覇気に満ち溢れ路を真っ直ぐに照らしているようだった。人々の顔が希望に輝き、口々にカサルアを称えていた。
離龍州が動いたと、瞬く間に各州に伝わるだろう。時期を見ていた州も同時に蜂起する予定だ。中立派もどちらかを選んで参戦し、全面戦争に突入する。まさしく新世界の幕開けだった。
カサルアが城で独立宣言をしている頃、アーシア達は駐屯地跡で、後始末をしていた。
被害が最小限だったといっても大きな力戦だった為、それなりに周りに被害を出していた。爆風で傷を負ったもの、建物が半壊したものなどあったが、迷惑な顔をするものは一人もいなかった。街に出ては、好き勝手に略奪、暴行など繰り返していたゼノア軍の〈龍〉達を一掃し、解放してもらったのだから、みんな進んで後始末を手伝ってくれていた。
アーシア達が、怪我人を集めて治癒をおこなっていたところへ、声がかかった。
「すみません、あっちで半身が家の下敷きになっている人がいて、わしらだけじゃ動かせないんで来てもらいませんかね」
「じゃあ行きましょ」
「アーシアはいいよ。瓦礫ぐらいだろう? 俺らだけで十分」
ラシードも立ち上がって、衣の土を払いながら同意する。
「ああ、アーシアはいい。ラカン行こう」
アーシアは二人を見送りながら、水を汲みに立ち上がった。
側で手伝ってくれていた女性が声をかけた。
「わたしがいきますよ」
「大丈夫よ。水場はどこかしら?」
あちらです、と指さすほうへアーシアは歩いていった。水場は砂漠地帯に点在する小さな森のような所で、木々に囲まれた水源がある。水場は、いつもは人々でにぎわっているのだが、さすがにこの騒ぎの中、呑気に家事をするものもなく人はまばらだった。
アーシアは水を汲み終わると、木陰から人目を避けて立つ影から名前を呼ばれた。
「アーシア、私よ」
「誰?」
「リラよ。ラシードの件で少しお話したいの。こちらに来てくださらない?」
アーシアは、ラシードの件と訊いてびくりとした。
(先日のリラとラシードの件だろうか? 今思えは、ラシードがあんな態度とったのは、私のせい? 私を好きになったから、リラを振ったようなものだもの・・・)
そう思うとラシードが悪いのだけど、自分も何故かリラに申し訳なかった。誘われるまま、水桶を置き木陰に入っていった。その姿を誰も見止めるものはいなかった
「あのリラ、ごめんなさい」
「なに謝っているの? 自分が悪いことしていると思っている訳ね」
「悪いことって、あれはラシードが勝手に・・・」
リラの怒気を帯びた形相に、アーシアは言葉を呑んでしまった。憎悪、嫉妬、怨みが渦巻く心を映し出す瞳で、抉りとられるかのような視線が突き刺さる。いままで、こんな感情をぶつけられた事など無かった。〈宝珠〉として大事に扱われ、アーシアの性格からも人から憎まれるような経験は無かった。
その時、後から羽交い絞めされて、鼻と口に布を押さえつけられたのだ。強烈な匂いがしたかと思うと意識が遠のき、がくりと力が抜けた。
崩れるアーシアを見るリラの唇は、冷笑を刻んでいる。
「さあ、ガイ行きましょう」
次元回廊は既に用意されていた。ガイは回廊を繋いだまま、アーシアを襲ったのだ。ぐったりとするアーシアを肩に抱えて、回廊に戻り、リラが道を閉じながら後を追っていった。




