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月の宴で・・・

 今日は、真夜中の「月の宴」という、酔狂にも真夜中から明け方まで闇夜で観月しながらの宴らしい。アーシアは今回、闇夜に映えるように例の、白と白銀の衣にした。それからどうしようか迷ったがラシードの〈宝珠飾り〉を付けた。

 ラシードはその姿をひと目見るなり、瞳を細めて口元が微笑んだと思ったが、意外と何も言わなかったので、アーシアは少し拍子抜けしてしまった。


「月の宴」の場所は「水の宴」と同じく湖だったが、昼と夜とでは全く趣が変わっていた。湖水には地上の星のように小さな灯火をゆらゆらと浮かべ、岸辺にも小さな灯火をたくさん灯している。湖水の煌きと揺れる炎、降りそそぐ月の光りが幽玄の美しさを醸しだしていた。アーシア達は少し遅く到着したが、様子がいつもと違っていた。落ち着きなくざわめいている。皆、浮き足立っている感じだ。三人は不信に思いながら進んでいった。今日は州公も出席しているようだったがそれだけでは無かった。

 予定外に四大龍の『碧の龍』が来ていたのだ。ラシードとラカンに緊張が走る。

「早すぎる。まさか二人一緒じゃないだろうな」

「いや、碧の龍だけのようだ」

「カサルアも知らないだろう。これは予定が狂う」

「まだ、結界は完成してないだろう?」

「ああ」

「とにかく様子を探ろう」

 三人が宴の中心に出て行くと、いつもの様に嬌声があがる。今日のラシードとラカンはアーシアと同じく白と白銀の衣を纏い三人とも、月の神々のように輝いている。


 『碧の龍』のセイは、先程から皆が噂していた彼らが現れたのを見て興味を覚えた。天龍都の重臣ザーンと大富豪ネイダの息子達。会ったことはないが、あちこちの州で噂はよく訊くからだ。いわゆるよくある事だが親の金で遊興三昧。その彼らが今回必死に追い掛け回している宝珠がいると言うのだから面白い。

 宴内では音楽が奏でられ始め、ところどころで踊りに興じていた。

『碧の龍』が三人に近づいて来た。上背は普通なのだが、手足が細長く見た目は長身に感じる。〈龍〉の衣は一般的な型は、都風だがこの男はその衣を着ていた。襟元がきっちりと詰まった都風の衣は、深夜とはいえ蒸し暑さが残っているこの場所に似つかわしくない。しかし、それが逆にこの男の異様さを際立たせていた。異様に長い黒髪と、何も映さないかのような濃青の双眸。その顔は無機質な機械のように何の表情も浮かばない。生きた気配がしない異質な感じがする。


 ラカンとラシードは彼に一礼すると、『碧の龍』は物憂げな声音で声をかけてきた。

「お父上達とはよく会うのだが、君たちが噂のザーンとネイダの息子だね」

「はじめまして、ラシード・ザーンでございます」

「ラカン・ネイダです」

「あちこちで噂は訊くものの、一度も出会うことが無かったね」

「そうですね。今日はお会いできて光栄です」

 ラシードはそう言うと優雅に再度一礼した。

「私も、『水の龍』の首座であられるセイ様にお会いできて至福の喜びです」

「ああ君も水の龍だったね。精進しているかい?」

「いや~それを言われますと、答えに窮してしまいますが、これからは精進いたします」

 碧の龍は思った。噂に高い二人だったが以外と〈力〉も無く懸念する事もないように思えた   

しかし、ザーンの息子が何か引っかかる。遊興暮らしにしてはその瞳の持つ輝きが違うのだ。何か志を持つものの瞳だ―――


「ところでセイ様、今回はどのような御用でこちらへ?」

 ラカンがさり気なく訊き出す。

「ああ、州公が珍しい〈宝珠〉をお披露目会すると言ったから寄ってみた。しかし早めに着いてしまったから明日にでも見せてもらうから長居はしない」

 二人は内心しまった、と思ったが何気ない様子で残念そうに言った。

「そうなのですね。折角お近づきになれたのに残念です」

「君達は長居しているみたいだがいつまでこちらに?」

「我々もそろそろと思っていたところですが、その離龍州名物の〈宝珠〉お披露目会に招待されたのでそれまではと思っています」

 碧の龍は二人の影に隠れる〈宝珠〉に視線を投げたかと思うと、すっと手を出しアーシアの顎をとらえて彼女の顔を上向かせた。


「これが君達のご執心の宝珠か? ほう、北方系だな、珍しい・・・雪のように白い肌だ。暗くて髪と瞳の色がよく分からないが美しい。まだ少女のようだから力は弱いようだが先が楽しみな事だ」

 舐めまわすような視線と淫猥な声の響きに、アーシアはぞっとした。

 アーシアは、ぴしゃりと碧の龍の手を叩いて振りほどき言った。

「無礼もの、お放しなさい! 四大龍とあろうものが礼儀をわきまえないとは。急に私に触れるなど、失礼でしょう!」

「はは・・・これは失礼。お許しを宝珠殿」

 碧の龍は感情なく笑ったものの、アーシアが気に入ったようだった。何も映さないかのような瞳の底が光っていた。

「まだ、契約はしていないのだろう? この宝珠を譲ってもらえないか?」

 その声は淡々としているが、威圧は十分なものだった。

 ラシードとラカンはチラリと瞳を交わし、ラカンが先に口を開いた。

「それは、いくら四大龍のセイ様のご命令でもご容赦ください」

「お前達に金を払っても価値は無いだろうから、明日ここから貰い受ける宝珠と交換しようではないか。どうせ、二人で取り合っていたのだろう? 州公に頼んでもう一人、都合つけさせるから二対一でどうだ?」

 勝手に商談されるアーシアは怒った。


「碧の龍。失礼だと言ったでしょう?私は、物ではありません!そのような扱いは許しません!」

 封じられた〈力〉が溢れたのかと思うような、煌くものが一瞬アーシアを輝かせた。何ものにも触れがたい、神々しいまでの魂の輝きだった。碧の龍はその一瞬の煌きに魅入られたようだった。

 ラシードも瞳を見張り、そして瞳を閉じると、かすかに笑って言う。

「セイ様、私共も彼女を大変気に入っております。どうかご容赦を」

 碧の龍は頑なに断る二人に気分を害したが、都の実力者の息子達を他の者達のように扱うわけにはいかない。しかし諦めの悪い碧の龍はアーシアを抱き寄せて、二人に言った。

「いずれにしても決めるのは宝珠だ。ほら、どうだ?宝珠よ、私は四大龍だ〈龍力〉を感じるだろう。惹かれるであろう?」

 アーシアはもがくが腕の中から抜け出せない。

 ラシードが手を出そうとするのを、ラカンが咄嗟に制し、瞳で訴える。


(駄目だ! 早まるな!)


 ラシードは爪が食い込むようにきつく拳を握りしめた。

 碧の龍は、アーシアの顔を両手で包み込むと、再び二人に念を押す。

「数日後のお披露目会に出席するのだろう?その宴は〈宝珠〉自慢と龍選びと訊いている。私も出席するから、その時もう一度考え直して欲しい。私も君達が気に入りそうな宝珠を用意しておこう。今度またお会いしよう」

 そう言うと、アーシアに無理やり唇を重ねようとしたが、彼女も力いっぱい顔をそむけたので、かすっただけにとどまった。碧の龍は、変わらぬ幽鬼のような無表情で、では、と一言いって去って行った。

 周囲も話題の三人に四大龍が加わったのを見てみぬふりをしていたが、落ち着きなく再びさわめきだしていた。ラカンは何気なさを装いながらラシードに耳打ちする。


「ラシードお前、セイに飛び掛るんじゃないかって心配したぞ」

「今、殺してもよかったんだがな」

「それは不味いって。結局、引き止める形になったけど、至急カサルアに指示をもらったほうがいいと思うから、俺ちょっと抜けてくる」

「そうだな。奴を消してもいいというなら直ぐ戻ってこいよ」

 はいはい、とラカンは呆れて返事すると、夜陰に消えていった。

 ラシードは不機嫌にうつむくアーシアを誘って、湖に浮かぶ小船に乗り込んだ。ゆらゆらと浮かぶ小船は星の海を渡るような錯覚を感じる。水面のほのかな煌きに、月光の輝きが加わって船上にいるほうが明るいようだ。


 ラシードはアーシアの頭から被っていた薄衣をするりと外した。月光のような髪は本物の月の光りに照らされて幻想的に輝く。更に、宝珠飾りの貴石の花細工が、サラサラ風に流れる髪にそって揺らめき、見え隠れしながら煌いていた。

 いきなり薄衣を外されたアーシアは驚いた。

「外したら駄目じゃない!」

「大丈夫。暗いから分からない」

 ラシードはそう答えると、アーシアをじっと見つめる。さすがに無言で長く見つめられ過ぎたアーシアは頬に朱がさしてきた。衣の庇護が無くなった肩や胸元に、ひんやりとした風が肌を撫でるが、関係なかった。身体の奥から熱いものが込みあげてくるようだった。

 ラシードは大きく息を吐き、困ったような顔をした。でもその真紅の瞳は、その色そのままに熱く燃えているようだった。

「その飾り、よく似合っている。情けない事に気のきいた事が言えない。部屋から出て来た君をひと目見るなり言葉が飛んでしまった。どんな言葉でも言い表せない・・・」

 熱のこもった深みのある声で囁き続ける。

「さっきは不快な思いさせたな」

 アーシアは演技と分かっているものの、ラシードのこの雰囲気には慣れきれない。

「そ、そうね。だけど足止めが出来たみたいで・・・我慢したかいがあったわ」

 ラシードがくすりと笑う。

「我慢? 言いたいこと言っていたようだったが」

「ああ~酷い!いやらしい目で見られたうえに、抱かれて口づけまでされたのに!」

 アーシアは思い出して身震いすると、かすった唇の感触を思い出し自分の唇を、ごしごしぬぐいだした。

 ラシードの表情が一変した。怒っている。

 アーシアのぬぐう手を、さっと掴んで身体ごと自分の胸に引き寄せると、彼女の耳もとで優しく囁く。

「そんなに乱暴にぬぐったら駄目じゃないか、口紅が滲んでいる。私がとってあげよう」


 何? と言う表情をしたアーシアに、彼は軽く唇を重ねた。

「なにするの!」

「しっ!静かに。皆、見ている。碧の龍も。私のものだと見せつけなくてはね。横から攫われるなど、とんでもない」

「ちょ、ちょっとやりすぎよ! 待って―――っ」

 有無を言わさずラシードは、更に深く唇を重ねてきた。何度も、何度も―――


 アーシアは呆然とされるがままになっていた。いや、巧みな口づけに抵抗しようにも力が入らない。

「――つまらないな。少しくらい応えてくれたっていいのに・・・」

 やっと、顔をあげたラシードはふと笑って言うと、アーシアを抱きかかえて小船から降りた。いつの間にか岸辺へ到着していたのだ。ラカンも、戻ってきている。アーシアはふらつく足で立っていたが、ラカンの話しに身がはいらない。ラシードはアーシアの肩を抱いて支えながらラカンと話している。

「で、どうだった。殺っていいか?」

「まさか! 現状維持だよ。ん? ところで、アーシアどうした? 様子が変だけど?」

アーシアは段々状況が飲み込めてきた。怒りでわなわなと震えると、ラシードを睨んだ。

「は、初めてだったのに! 許さないから!」

 ラシードは瞳を見開く。

「初めて?―――やっぱりラカン! 奴を今殺す!」

「だ、誰のこと言っているのよ! 許さないのはあなたよラシード!」

「初めてだったんだろ? 最初は奴だったじゃないか」

「な、な、何言っているの! ちょっとかすっただけじゃない! だ、だけどあなたは」

「だけど何?順番で怒っているなら、奴が最初。そうなると私は二番目。怒られる理由は無いと思うが」

「じゅ、順番の問題じゃないわ!」

 ラシードは愉快そうに続ける。

「初めてで許さない、と言わなかった?」

 ラカンは二人の言い合いの意味がわからなかったが、少し腫れて口紅の落ちたアーシアの唇を見て納得した。にやりと笑って話に割って入る。

「おいおい、ラシード! アーシアに悪さしたんだろう? いけないな~」

 アーシアは真っ赤になった。

「も、もう、知らない! 」

 怒って帰ろうとするアーシアを二人は慌てて追いかけて行った。周りから見れば他愛無い痴話げんかのようだった。というかその通りなのだが・・・・・・   


 そんな彼らを現れてから一部始終、見つめ続ける人物がいた。その周りは月を隠すかのような沈黙の暗闇が広がっていた―――


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