離龍州公オーガとの密約
さて、アーシア達と別行動のカサルアは単身で離龍州の州城に入城していた。
州城は離龍州の中心に位置し城下は州の中で最も大きな街だ。貧富の差が激しいこの地域では、富めるものは郊外に邸宅を構え、城下には一般の民が地熱を避けた高床式の石造りの軒を連ねる。
富めるもの達は、州城が最大の社交の場だが、自邸での遊興をお互い招待しあうのも楽しみのひとつである。庶民は宴が催される時など夜明けまで光り輝く城を羨望の眼差しで見つめながら、いつかは自分達もと夢を見ながら陽気に暮らしている。
ここの州公は、イザヤ曰く魔龍王の顔色を窺っているだけの小者。歳の頃は一応〈龍〉だから定かではないが見かけだけは若々しい。しかし、数十年は州公をしているので八州の中では古い方だ。今まで日和見で上手に世間を渡ってきていたようだが、今回は大きなしくじりをしてしまったのだ。
この州公はとにかく〈宝珠〉を愛でる為に人生の全てをかけている、と言っても過言でないくらいの性癖の持ち主で〈宝珠〉を集めては贅沢三昧にさせている。ところが、〈宝珠〉の宝庫であるこの州には、ゼノアからの極秘の厳命があったのだ。
―――月光の色の髪と、若草色の瞳の〈宝珠〉は即刻、差し出すこと―――
と、いう内容だった。
ゼノアのアーシアに対する執着は、似た〈宝珠〉さえも手にいれようとしていたのだ。
そこで、ゼノアの様子からこの内容が、かの〈伝説の宝珠〉の容姿では? と悟った州公は、愛好家としては我慢できなくて、厳命に逆らい、その容姿の〈宝珠〉を隠匿したのだ。しかし、〈伝説の宝珠〉の件でゼノアに知れれば命は無い。まったく馬鹿馬鹿しい話だが、州公にしてみれば生きた心地がしない。
その情報を手に入れたカサルア達が、巧みに取り込んだのだが・・・日和見の州公のこと、油断が出来ない。今までの交渉はイザヤがおこなっていたので、カサルアは初めて会うことになる。
城は堅固なという形容は全く当てはまらない曲線で造られた、優美な趣のある造形だ。表面は白色の光石で化粧貼りしているので、日中は強い日差しを反射させて蜃気楼のように遠くからでも見えるぐらいだ。人々は、州城の事を「砂漠の真珠」と呼んでいる。
カサルアはその城の地下回廊を先導の男と進んでいた。地下を廻る秘密の裏回廊は曲線を描く表の見掛けそのままに、内側も難解な迷路化している。先導の男はこの秘密回廊を知って案内しているぐらいだから州公の側近だろう。指示を受けたのだろうか?わざと真っ直ぐ進まずに路が分からなくなるように時間をかけて脇道を通ったりしていた。カサルアは頭から大きな灰色の布をかぶって全身を隠している。その深々とかぶった布の影で嘆息をもらす。
(全く無駄なことを。こんな迷路など龍力の念視で目を閉じても歩けるものを。相手の力も把握できないとは。本当に浅慮な城主だ)
カサルアはまだまだ、到着しそうにない先を見渡しながら思いやられた。だいたい結界らしい結界もない城にも驚いたが、そんな愚かな城主だからこそ四大龍らは警戒なく来るというものだが・・・
イザヤから詳細は訊いているが、自分がイザヤのように忍耐強くその州公を相手しきれるか問題だ。
(間違っても消さないように耐えるしかないな)
カサルアは密かに溜息つきながら、最後までイザヤにさせれば良かったと後悔する。
一方、離龍州の州公クエント・オーガは、私的な居室で落ち着きなく腰かけて、今日到着する叛乱軍の指導者を待っていた。彼はカサルアと初めて会う事に心中穏やかではなかった。気が小さいこの城主にとって、今まで交渉相手だった銀のイザヤだけでも十分の迫力で大変だったのに、今度はその上が出てきたのだから、後戻りも出来ない。いつのまにか反覆に加担してしまった自分を呪ってしまう。
そうこう悩んでいるうちに、隠し扉が開いた。先導の男が後へ引くと、長身の全身灰色の人物が現れた。その人物は灰色の布を勢いよく脱ぎ捨てた。そこから現れた姿に、オーガは思わず目を奪われた。唖然と、声なくカサルアに魅入られている。その陽光の如き流れる金の髪と秀麗な貌の宝玉のような輝く金の瞳。容姿だけでなく全身からみなぎる〈龍力〉の圧倒的な強さに、いつの間にかオーガは震えながら頭を垂れていた。
カサルアは、誰もが支配される金の瞳に、萎縮する州公をとらえ口を開いた。
「離龍州、州公オーガ殿か。私がカサルアだ」
公は、はっと我にかえり弱々しく答えた。
「あ、ああ、クエント・オーガだ。よ、よろしくお願いする・・・」
カサルアはこの城主の様子を見ながらイザヤの言葉を思い出していた。
―――いいですか相手は気弱ですから、威嚇しないようにしてください
(威嚇?まだ何もしてないのに、どうしてこんなに、おどおどしているんだ!)
カサルアは小さく溜息をつくと、努めて優しい微笑みをたたえ、普段では使わない、柔らかな口調で話しだした。
「今回の協力感謝します。オーガ公、よく決断してくれました。ここからは安心して任せて頂きましょう。公は、ゆっくりと高みの見物で構いませんよ」
更に、笑顔をつくってみる。作戦成功のようで、オーガはあからさまに安堵したような顔をした。
「いやぁ、本当に、今回は大変でしたよ。お役に立てて何より、ところで本当に我らは何もしなくていいのですよね」
「もちろんですよ。全てお任せください」
「はあ・・・しかし、四大龍のふたりを相手に本当に大丈夫ですかね。我々をあてにしないでくださいよ。駐屯の者達も沢山ですよ、本当に、本当に大丈夫なんですかね?」
カサルアは、城主の小心なしつこい物言いに耐えた。瞳は冷めたままだが、その秀麗な顔に、最上のつくり笑いを浮かべると再び答えた。
「全てお任せください」
「四大龍ですよ。本当に?」
カサルアも重ねて言う。今度は少し強めの口調で。
「大丈夫です。私の他に龍を二人、宝珠を一人合流するようにしています。〈力〉は四大龍に匹敵する者達ですから」
「そうか・・・しかし宝珠一人とは、なんなら私の宝珠達を貸してあげようか?いや、やはりそんなことして、私が加担していることが発覚したらまずい! これは困った」
「とんでもない。公の大事な宝珠に傷でも付けたら大変ですから、どうぞ高みの見物をなさっていてください。よろしいですか?何もしないでいてください」
カサルアの大事な仕事の一つが、この州公に四大龍の呼び出しだけして貰ったら、何もさせないようにしなければならなかった。風向きが変わると何をされるか分からないからだ。相手に寝返らなかったとしても、下手な手伝いをして貰って足手まといになったら計画が台無しになってしまう。
オーガは大事な宝珠に傷がつくと訊いて青くなっている。カサルアは横目でそれを見つつ話を続けた。
「それで、例の宝珠はこちらにいらっしゃいますか?お約束の結界を施しますが」
オーガはその言葉を訊くとたちまち元気になって興奮して喋りだした。
「おお、それはかたじけない。魔龍王にいつ奪われるかと思うと、心配で夜も眠れなかった。かの宝珠は、それは、それは美しくて、あの〈伝説の宝珠〉に匹敵すると私は思うのだよ。隣室にいるから直ぐ連れてまいる」
いそいそと退室する州公を見送り、カサルアは大きく溜息をついた。条件としてあの隠匿した〈宝珠〉に存在を消す結界をかけるのを約束したのだ。州公だけがその〈宝珠〉が見えるという代物だ。ゼノアがアーシアの眠る氷結地帯にかけていたような高度な結界と同種のものになる。そうそう誰もが出来るものではない。
自慢げにオーガが、その〈宝珠〉を連れてくると、褒めて欲しそうにカサルアが喋るのを待っている。
カサルアは一瞬、言葉に窮した。確かに美しいが、しかし本物のアーシアを知っているだけに褒めなければと思うのだが、月光の髪と、若草色の瞳が一般的には、こんな色を指すのだろうが、アーシアと比べると靄がかかったようなくすんだ色合い・・・輝き方が全く違う。
カサルアは努めて声高に言った。
「す、素晴らしい。これが〈伝説の宝珠〉と同じ姿なのですね。月の光のような髪で本当に美しい。オーガ公が羨ましい」
「いやぁ、そうだろ。私の宝珠の中でも絶品でね、ただ表に出して自慢出来ないのが残念だが、眺めているだけでも十分楽しい。見つかるのが怖くてずっと、一室に閉じ込めていたのが可哀そうだったが、これで心配が無くなった。お前も幸せだろう? なあメイラ?」
オーガは有頂天になって、隣に立つ〈宝珠〉に同意を求めた。
メイラと呼ばれた〈宝珠〉は頭の先から足元まで、じゃらじゃらと宝玉や貴石で飾りたてられていたが、その若草色と評された瞳は、カサルアに釘付けで恍惚としている。州公の話など全く聴いていない。当然といえば当然の事である。飛びぬけて〈力〉の強いカサルアに惹かれない〈宝珠〉はいない。
カサルアはオーガの機嫌が悪くなる前に、早々に術を施して退散する事に決めた。彼は手早く術を施し退室の挨拶をすると、再び路案内を伴わせようとするオーガの申し出をやんわりと断った。
「カサルア殿は、今日初めて通った地下回廊をもう把握していると言われるのか?」
カサルアはここで一つ釘を刺そうと思い、今までの作っていた柔和な面を外し、苛烈な光を金の瞳に映しながら威圧的な声音で答えた。
「路が分からぬ案内人は不要と申したまで。脇道にばかり入って三倍の時間がかかったと思うが? 何か意味でも?」
オーガは見る間に顔が青褪めてきた。
「そ、それは・・・」
カサルアは優雅に踵を返すと隠し扉に向かい、出口に手をかけ肩越しに振り向くと、更に、瞳に強い光を放ってゆっくりと言った。
「私には全て見える。今ここにいても城の隅々まで鮮明に。ではオーガ公、また後程。あなたが都合よさそうな頃を見て伺おう」
オーガは気の毒なくらい蒼白になっていた。心の中では結界の術を施して貰ったら場合によっては寝返ろうとさえ思っていたのだが、あの〈陽の龍〉にそんなことしたら自分の身が危ない。結界の術もそうだが、そんな広範囲に念視が出来る〈龍〉など訊いたこともなかった。最初の印象は正しかったのだ、圧倒的な存在。本当に彼なら魔龍王を斃すことも可能かと思えてきた。たった三人の龍と一人の宝珠で四大龍らを斃し、この離龍州を開放するというのだから―――
保身第一のオーガは、ここはひとまず、静観を決め込むことにしたのだった。
今回の策は、第一に魔龍王ゼノアの腹心である四大龍の二龍を葬り去り、ゼノアの力を削ぐこと。第二に駐屯するゼノア配下の〈龍軍〉を制圧し州の解放を行う。これらの段取りとしては、四大龍らが来る予定の日にちの前から、州城で催される宴に、アーシア達三人が数度出席し、たまたま訪れた四大龍らがいる宴にも、三人は偶然出席しているという筋書きで、宴内で四大龍らを彼らが引きつける。
もちろん、州公はラシードとラカンの表の顔しか知らない。四大龍らが宴で興じている間に、駐屯地に軽い攻撃をかけて、四大龍らをそこへ誘い込んだのち包囲結界で一網打尽とする奇襲作戦だ。包囲結界とは一歩そこへ入れば出ることが出来ない代物で、大軍を相手する場合、敵を逃がすことなく最小限の被害で抑える事ができる。だが前もって包囲する土地に細工をしなければならない為、カサルアは州公の押さえと共に、この結界を担当する。
しかし、この効率的な結界には欠点があって完成させるのに時間がかかり、四大龍ぐらいの〈力〉があればこの結界の波動を感じてしまう。そこで、ラシードとラカンらが引きつけるとは、この結界波動の妨害なのだが万が一、露見した場合はその場で戦闘突入になる予定だ。
早速、アーシア達は第一段階の州城の宴に向かう準備をしている。今日の宴は陽光の中での「水の宴」らしく、城の敷地に造られた湖での舟遊びだとか―――
アーシアは離龍州風の衣は好きになれそうにもなかった。なんというか〈龍〉の衣もそうだったが露出度が高いのだ。上半身は背中と肩、腕を露出した型で、下半身は長く、つま先まであるのだが、横に大きく切れ目が入っているので歩くたびに脚が見える。アーシアは覚悟を決めて今回は鮮やかな黄緑と金色の衣に着替えた。じゃらじゃらと飾りを付け終えた時、ラシードとラカンが出迎えにやって来た。
ラカンはその姿を一目見るなりヒューと口笛を吹いた。
「なかなか似合うじゃん! なあラシード?」
ラシードもふっと口元で微笑んで、頷くと、低く囁いた。
「白い肌がいっそう美しく輝いている。他の者に見せたくないな・・・」
アーシアは、真っ赤になって胸元を両手で押さえて声が出せない。昨日から続くラシードの急変ぶりに、ただ、たじろぐばかり。
ラカンは、アーシアが気の毒になって助け船を出す事にした。
「ははは、おいおいラシード! もう気分だしているのか? アーシア、ラシードのこんな台詞なんかで真っ赤になっていたら大変だぜ! 本領発揮した放蕩息子のラシード様は、女タラシの軟派男なんだからさ」
ラシードはラカンをさっと睨んだが、アーシアは、安心したように微笑んだ。
「なんだ、もう放蕩息子ごっこしていたのね。ひとりで慌てて恥ずかしいったら。自意識過剰で馬鹿みたいだったでしょう?」
ラシードは、ほらみたことかと一層ラカンを睨んだが、ラカンは気にする様子もなく、おどけて答える。
「ええ~自意識過剰て、ことないよ。いつもさぁ~言われ慣れているんじゃないの? 逆にこっちがビックリだよ! 反応が初々しいからさ、ついつい楽しんで構ってしまいたくなるんだよね、ラシード?」
「私、言い寄る龍って苦手で嫌いなのよね。だから直ぐ無視して逃げるのよ」
ラカンは、ぽかんとするとラシードをチラリと見て笑いだした。
「ははははは、そりゃいいわ! アーシアぐらいになると寄ってくる龍も山のようにいただろうから大変だっただろうな! こりゃ傑作だ、はははは、それで龍嫌いになった訳?」
「もう、ラカン笑い過ぎよ! だってみんな眼の色変えて〈力〉を是非て、言うのよ!私が例えどんな不細工で、性格悪くても彼らは気にしないような感じだったもの。もう、うんざりするぐらい力、力ってね! 特に力がある龍なんか最悪! 横柄で傲慢で、自分が選ばれるのが当然と思っているのよ!」
アーシアは今までの事を思い出して可憐な顔を歪ませた。
ラカンは、今度はラシードに同情する。
(ラシードはアーシアの嫌いな典型だなぁ~やっぱ、前途多難て訳だ)
友を同情の眼差しで見ると、以外にラシードは余裕の表情。女性達がひと目見るなり虜になると言われる、真紅の瞳でアーシアを見つめると、気にする事なく喋りだした。
「宝珠の力を欲しがるなんて、そんな奴らは所詮、自分の力に自信の無い小者の龍だったということだ。私には必要とは思えない」
アーシアは瞳を見開き、ラシードを見つめ返した。
(すごい自信家。だけど、初めてね面と向かって要らないと言われるのも・・・それはそれでなんかちょっと気分悪いけど)
「でた! ラシードの宝珠不要宣言!まあ俺ら十分貴石の力で補えるもんな」
アーシアは自分が必要ないと言われているような気分になって腹が立ってきた。
「あら、じゃあ私は来なくて良かったかしら? でも、しっかり働くわよ! 絶対そんな貴石より良かったって言わせますからね!」
アーシアはふたりの右腕にしている〈力〉増幅の貴石飾りをそれぞれ指差して、声だかに宣言した。ラシードとラカンは瞳を見開いて、お互いアーシアに向かって一礼すると、ラシードはニヤリと微笑みながら、ラカンは笑いを堪えながらそれぞれ言った。
「私は初めて宝珠を使わせてもらいますから、宜しくご指導を」
「俺は最初っから当てにしてっから、頑張ってくれよ!」
「もう! と~ぜん、頑張ります!」
「ははは、じゃあ出かけるけど大丈夫? そうそう、これを左に付けてね」
ラカンは指輪を出した。貴石をはめ込んだ特に特徴のないものだった。
「これは、〈力〉制御装置だってさ。俺らは、ほら、右にしている」
ラカンは右手をひらひらさせて見せた。二人とも指は何本も飾りを付けているから、どれなのか判断できないけど使用しているらしい。
「さすがに四大龍相手だと誤魔化すのが難しいだろうからって、カサルアが作ってくれたんだ。カサルアは、ほんと得意だよな~こんなの。小さな結界のようなものだと言っていた。内面の〈力〉を悟らせないようにするらしいから俺らは今、普通の感じだろ?」
「・・・そういえばそうね。龍の魅力ぜ~んぜん感じないわ」
「が~ん。そりゃないよ」
アーシアとラカンはお互い笑いあった。
この場面はレン同様、最初から出ているのにも関わらず影の薄いお兄ちゃん救済ページです。完結した後に追加した次第です。どうだったでしょうか?少しは活躍出来たでしょうか?お兄ちゃんは本当にカッコイイ設定なんですよ。えっ?そう思え無いって?




