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はじまり

この小説は「盟約の花嫁シリーズ」より前に書いた2009年の初作品です。私が自分の好みに走った(自分が読みたい!と思った)内容盛りだくさんです。今読み直してみれば乙女ゲームみたいです(笑)ヒロインの周りにイケメンがいっぱい・・・主要人物は最初から勢ぞろいです。私の好きな設定の男性陣を揃えていますし、もちろんサブキャラを愛する私は彼らのサイドストーリーもあります。いつもの事ですが私の趣味満載の「龍恋」を気に入って頂けると嬉しいです。

 そこは一年の半分が冬季で閉ざされる地域だった。周辺は切り立った山々に囲まれ、その山々からの冷気が吹き溜まる荒涼とした氷原が広がっている。その静寂の氷原を裂くような声が響き渡った。


「にぃさまぁぁ―――」


 叫ぶ少女の瞳の前で、輝く金の髪が舞い上がる。男は崩れながら、驚愕に金の瞳を開いた。自分の胸に深く長剣を突き立てて薄く微笑む男、今の今まで友と呼んでいた男を呆然と見つめ、せり上がる血に咽びながら吐き捨てた。

「―――お、お前がなぜ?」

 問われた男は、格別面白くもない表情で薄く微笑みながら冷ややかに答えた。

「まあ、それなりに退屈しのぎになった。私がゼノアだ」

 少女も崩れる男も声にならなかった。


『ゼノア』それは、斃すべき『魔龍王』の名―――


 その男の姿がゆらりと歪んだかと思うと、魔龍その人の姿をかたどっていった。肩に少しかかる黒髪が整い過ぎる冷酷な貌を縁取り、覗く瞳は深淵の闇を思わせる。ゼノアは男に突きたてた長剣に更に力を加え、深く抉り抜きはらい氷で覆われた大地に突き立てた。

 

 白き大地が魂を吸い摂るかの様に、見る間に真紅に染めあがる―――

 

 ゼノアの瞳は底が見えない闇色に、狂気の光を放っていた。死を描いた血まみれの手がすっと上がり、怒りと悲しみに燃える少女の顎をすくい上げ囁く・・・・・・

「アーシア・・・私の宝珠。そなたはもう逃げられない。おまえの美しい月のような髪も、優しい草原のような瞳も、春風のような声も・・・その大いなる力も・・・すべて私のものだ」

 そしてアーシアの左手を荒らしく掴み、ぐっと引き寄せるとその指先に残虐な笑みを刻む冷たい唇を口づけ、闇の瞳は少女の瞳を捕らえて離さない―――


「―――だ、誰があなたなんかに!」


 少女は渾身の力で振り払いながら叫んだ。ゼノアは更に力強く引き寄せ、狂気に満ちた瞳でアーシアを覗き込むと、圧倒的な征服者の声でゆっくりと囁いた。

「私のものだ。誰にも渡さない。そなたは・・・さぞかし私を愉しませてくれるだろう?」

 ゼノアは薄く微笑みながら、更に顔を近づけてくる。アーシアは闇の瞳に射抜かれて恐怖で足はすくみあがり、かたかたと全身が震えてきた。


(怖い・・・でも、負けたら駄目!この〈力〉をゼノアに使われることだけは絶対にあってはならない!絶対に!)


 一瞬だった。少女は自分の膝元に倒れている兄が腰に下げていた短剣を抜き取り、両手で一気に自らの胸に突き立てたのだ!不意を突かれたゼノアは制止が一瞬遅れたものの彼女の心臓に切っ先が達した時、刃をピタリと、止めた。

「止めたって無駄よ!絶対にあなたのものにならない!なるぐらいなら何度でも刃をこの身につきたてる!」

 更に刃を押し止める〈力〉に逆らうように短剣を握った両手に力を込め、深く進めようとした。ゼノアは苛立ちと怒りを全身にみなぎらせ、ゆらりと立ち上った。


「愚かな。死をもって私を拒むのか・・・死なせはしない」


 瞳は闇色から紅く、暗く・・・真紅に染まると、全身から〈力〉が蜃気楼のように立ち昇り、それは右の腕に集まった。そしてそれは腕の肩から指先にかけ、毒々しいまでに紅く暗く輝く『龍』の文様を浮き上がらせ、アーシアに向け眩むような〈力〉を放出した。それは蒼き炎の龍となり彼女に巻きつくと身体の自由を奪い、そして時を奪う氷結晶となり凍りつかせていった。

「クククッ・・・死なせないよ」

 氷の柱となりゆく彼女の耳元に満足そうに薄く微笑みかけ、氷よりも冷たい声音で囁いた。

「お前は私のものだ。死の神にさえ渡しはしない・・・気が変わるまで眠るがいい・・・」

 アーシアは蒼き鎖の龍に囚われて次第に意識が薄れていった。


(瞼が重い・・・声が出ない・・・抗いたいのに・・・ゼノアの声が・・・)


 ―――お前は私のものだ。誰にも渡さない―――

 近くに横たわる彼女の兄は遠のく意識の中、どうする事も出来ない自分を呪いながら絶命した。

 少女を閉じ込めた氷柱の周辺から氷結は広がり、その氷柱を守るかのように険しい氷山の姿に変容していった。

 再び静寂が戻った。寂寥とした風だけが何の無かったかのように通り過ぎて行く。そしていつしか伝説が生まれた。


 ―――幾千の時を眠りし氷結の宝珠・・・その輝きは天地をも動かす

それを手にするもの・・・天地を与えられるであろう―――




 この世界は『龍』と呼ばれる〈力〉あるものが存在する。〈力〉とは四大要素である『火』『水』『風』『地』を源とした多種多様な能力である。その龍達の中にも当然、優劣があり彼らはより大きな〈力〉を渇望する。その渇望を叶える事が出来る存在があった。

 龍の〈力〉を増幅させる事ができる『宝珠』と呼ばれる者たちだ。いつの世も龍は宝珠を求めて夢乞う―――


 そうしたこの世に千年もの永き時を自分の欲望のまま支配する残虐にして非道な龍が君臨している。人々は彼を『魔龍王ゼノア』と呼ぶ。

 そのゼノアが支配する暗黒時代の初め、金の瞳の龍が魔龍王を斃すべく立ち上がった。しかし、ゼノアの姦計に斃れ人々の希望は虚しく潰えてしまった。それから数百年、圧制に苦しみながら人々は再び希望を見出していた。

 力ある『龍』の若者が『魔龍王』打倒に立ち上がったのだ。その『龍』は、着実に仲間を増やし、力を蓄え、刻一刻と『魔龍王』の足元を脅かしていた。


 彼らは、都から東に位置する『震龍州』の本拠地の砦に集まって、慌しく立ち動いていた。その地は平野が少なくほとんどが山岳地帯だが気候が春と秋の二季周期で比較的に住みやすい地域だ。

 しかし、彼らの砦は山岳地帯でも奥地で周りが険しい荒れた山々に隠された場所にあった。自然に守られ、幾重にも結界を張ったこの場所を仲間以外知るものはいない。


 砦は堅固な石造りで、高い塀から覗く五つの尖塔があり森の大木の枝がかすめている。砦をぐるりと囲む高い塀の表面には赤く色付いた蔦が所どころ絡まっていた。

 塀の内側の建物は東西南北に四ヶ所の中庭を囲むようにそれぞれ配置され、その中央には一際大きな建物があり、それぞれを回廊で繋いだ五つの棟で構成されている。

 中央の建物には、この砦の中で最も広く天井が高い大広間がある。そこは各棟に繋がる四方に扉があり、内側は壁で囲まれているが天井に近い壁に灯りとりの窓が沢山あり、上からの光が明るく広間を照らしている。中央に位置する事から四方の扉もいつも開いており、広間というよりも皆が行き交う広い回廊のようになっていた。


 その広間の中央には、彼らの中心に位置すると思われる『龍』が、何かと指示をとばしている。見かけは二十歳代前半ぐらいだろうか?太陽の光でも集めたかのような、ひときわ豪華に輝く長い金の髪が印象的である。彼は指示をだしながらも、秀麗な顔に忙しく落ちてくるその髪を煩げに後に束ねようとしていた。


「ああーもう!切ってしまうか!邪魔だ!」


 サラサラと、うまく纏まらない髪にうんざりして悪態つく彼の傍には、逆に襟足できっちり切り揃えた銀の髪の龍がいた。彼は雰囲気が落ち着いているせいか、それとも表情がないせいか、この中では一番年長に見える。彼は隙のない銀灰の瞳を悪態つく金髪の青年に向けて話していた。


「間違ってもそれはなりません。カサルア、あなたは皆からなんと呼ばれているかご存知ですか〈陽の龍〉です。その陽光のような髪は魔を払う象徴。その姿を見て人々は希望を持つのであり、そもそも――」

 カサルアは分ったからと、イザヤの言葉を遮った。いつもの小言に降参とばかりに一度、金の瞳を軽く閉じて肩をすくませ、今度は丁寧にゆるく後ろに束ね始めた。


 この二人のやり取りを聞いていた龍達がいた。見かけはカサルアと同じ位だろう。黙っていれば整った精悍な顔立ちだが喋ればくるくると表情が変わるので、人を和ませる雰囲気を持っている。彼は愉快そうな表情を浮かべながら隣で壁にもたれかかっている長身の龍を突いて耳打ちしていた。

「イザヤの奴、またやってるぜ!髪なんて長かろうが短かろうが〈力〉には関係ないのにさ、なぁ~ラシード」


 つつかれた龍は黒髪の一際目を引く真紅の瞳で秀麗だがどこか冷淡な顔立ちをしている。面白がる友に冷やかな声で返した。

「カサルアの髪の長さで彼の価値がなんら変わるものでもない。イザヤはカサルアに何かと構い過ぎる。それに自分の考えを押し付け過ぎる」

 腕組みしながら、そうそう、と大仰に頷いて、ひそひそと更に耳打ちした。

「イザヤは全てがカサルア絶対思考だからねぇ。俺だったらそんなことされたら、ウザすぎて殴っちまう。まぁ~カサルアは適当に流しているみたいだけどさ」

 ラシードは眉をひそめて一層冷たく声を落とした。

「彼の為になるのなら問題はないが、奴はいつも何を考えているのか分からない」

「おや、嫉妬?自分も構ってもらいたいとか?」

 普段から気が向いた時にしか喋ってくれない淡白な友が、いつになく喋ってくれるのが嬉しく益々調子にのって喋っていた。


「それよりもラカン、私はお前の髪や格好のほうが問題だと思うが」

 横で聞き流していたラシードは怜悧な真紅の瞳をチラリと、友に流した。

 彼は空色がかった銀色の大きなウエーブを描いた髪を長々と伸ばし放題で、鬱陶しいまでに背中で波打たせていた。

 龍の服装は一般的に、上衣は首元に襟が立ちあがった長目の丈で袖に特徴がある。〈龍力〉をみなぎらせる右腕を誇示する為に右袖は無く、左袖は長袖だが手元にいくにしたがって少しゆったりと広がっていた。それから細幅の長い衣を左肩から右腕にかかるように、くるりと回して止め流すのが基本的なものだが、この男は襟をほとんど止める事なくダラリと胸をはだけさせていた。そのうえ左袖は肩までまくっている始末だ。確かにだらしない―――


 ラカンは、ギロリと睨みながら言い返した。

「ラシードはいいさ! 髪は真っ直ぐだからそんなに短くしても大丈夫だろうけど俺は駄目だね!クセがありすぎるから短くしようものなら、始末に終えない!結んだら頭痛くなるし!ダメダメダメ!それに、この服は、着・こ・な・し! あ~ヤダヤダ! イザヤじゃあるまいし俺に構うなって!」

 ラシードはラカンの言葉に少々呆れながらも、彼には珍しく表情を和らげて言った。

「・・・まあ、ラカンだからそれもいいだろう」

「聞き捨てならないなぁその言い方!俺がどうだって」

「お前らしいと褒めたのだが」

「お前から聞くと褒められた気がしねえ。自分が俺様よりチョットばかり顔が良くてもてるからってさ! お前は恋人を、とっ替えひっかえで不誠実だぞ! ほんと次から次へと俺の格好よりお前の生活態度の方が問題だ!」


 ラシードは先程の和らいだ表情を閉ざした。そして、いつものどこか空虚な冷たい表情を浮かばせると切り捨てる様に言った。

「話しを転換させるな」

 そして彼は一度言葉を区切り、更に冷たい声音で言葉をつないだ。

「恋人など持った覚えはない。勝手に女達がまとわりつくだけだ。払うのも面倒だから好きにさせている。愛しているだの、好きだのと言ってくるわりには自分から直ぐ離れていく。所詮そんなものだ」


 返ってきた言葉を聞き、ラカンは複雑なラシードの生い立ちを思い出した。ラカンとラシードは親しくなる前からお互い顔だけは知っていた。近くに住んでいたからだ。その頃、傍から見れば父親は都の重臣の「龍」、母親は父親の「宝珠」絵に描いたような恵まれた家族のように見えていた。親しく付き合うようになってから、一度だけ本人から聞いた事がある。その後は、決して触れようとしないが・・・


 ラシードは母親の不義の子だと言う。世間では誰もがうらやむ仲の良い完璧な夫婦だったようだが、家の中では諍いが絶えず、母親から自分は一度、殺されそうになったこともある、と自傷気味に軽く笑って言っていた。両親の不和。しかも「龍」と「宝珠」の関係ではありえない話だった。

 「宝珠」は「龍」と契約する。契約したら「龍」の力を増幅もするが、未契約の時と違い「宝珠」の力は最大限になる。その心身を全て「龍」にゆだねるのだ。しかも「宝珠」は一生に一度しか契約をしない。


 「宝珠」の無二の誓い。


 「龍」と「宝珠」・・・関係は様々だ。男女の関係、親族、友人・・・「宝珠」は「龍」を認め受け入れる。「宝珠」からすれば「龍」は絶対の存在で裏切る事などありえないのだ。しかし、ラシードの母親のように無二を誓う宝珠の妻が、夫の龍を裏切ったのだからラシードにしてみれば愛だの恋だの信じられないのも無理はないと思う。

 ラシードに寄って来る女達は、そんな彼の心が自然と分かるのだろう。と、言うか非常にそっけなく冷たい態度なのだから女達には耐えられなくて去っていくらしい。


 ラカンは少し困った表情を浮かべ、自分より少し背が高いラシードの肩をポンと軽く叩いた。

「それはお前が悪い。本気にさせきれない方も悪いと言えなくもないけど・・・お前、ほんと冷めてんな。そんなんじゃ相手が可哀そうだ。本気になれないならもう付き合うな」

 反論しかけた時、広間の中央にいたカサルアが、自分達に振り向いて声をかけてきた。


「ラカン、ラシード。レンが戻ってきた。話があるから中央の塔の間に来てくれ!」

 ラカンとラシードは扉から入ってくる龍を見止めた。長身で、見かけは彼らと変らないぐらいだろうか。同じ黒髪でも彼は長くキッチリと後ろで結んでいる。端整な顔立ちで顔だけみれば女性と見まごう美しさで翡翠色の瞳が穏やかで優しげな雰囲気を漂わせていた。二人は帰還早々のレンに声をかけながら広間を後にした。


 皆が集められた塔の間は大広間があった中央の建物の尖塔部分に位置する最上階の小さな部屋だ。カサルアがこの叛乱軍の中心人物だが、その腹心ともいえる者達が四名いる。後に『四大龍』となる者達だ。四大龍とは『火』『水』『風』『地』のそれぞれの〈龍力〉を最高に極めた『龍』に贈られる称号でそれぞれを束ねる長となる。


 その四人は部屋の広さに不釣合いな少し大きめの円卓を囲んで座っていた。そして、唯一の窓に背を向けて座っているカサルアが、言葉を発するのを待っている状態だ。彼は真上にさしかかった太陽の光を背に受け、その陽の髪は輝きを増しているようだった。秀麗な容姿だが甘さは微塵も感じられない。他を圧する光を放つ金の瞳が全てを物語るようだった。その強い視線を四人それぞれにめぐらせ、力強く響く声で話し出した。


「今日至急、集まって貰ったのは他でもない。今、ゼノアとの戦いが硬直状態なのは皆も分かっていると思う。いくら地方で叛乱をおこしてもゼノアの焦りを感じない。全八州を我が版図に塗り替えたとしても奴は出て来ないのかもしれない。ゼノアのこの余裕の態度には源があったことが分かった。知っての通り、我々龍は力の強さにもよるが通常より寿命は長い。しかし、ゼノアは千年の時を生きている。異常だ。しかし・・・これには我々の知らなかった事実が判明した」

 一拍、言葉を切った。


「ゼノアは、自らを転生させている」


「転生! そんなことが!」

 各々、思わず口がついて出た。

 龍の〈龍力〉も宝珠の〈珠力〉を発現しない普通の人々は、長くても百年と満たない生涯だ。〈力〉あるものでもその二倍程度の寿命だが人も龍も宝珠も死は等しく訪れる。その魂は天に昇り浄化され、すべてが「無」となり魂は消滅するのだ。生まれ落ちる魂はすべて新たに形成されるものであり、生まれ変わるなどありえない。ただ一つの命・・・それが天の理なのだ。転生という天の理に叛く事実に忌まわしい恐怖を覚える―――    

 カサルアは、立ちあがると、更に力強く、ゆっくりと言葉を重ねた。

「そう、奴は永遠の時がある。我々など、どうにでもなる存在にしか思われていないのだ。だから奴は余裕であり、全てを失ったとしても、再び楽しい玩具を手に入れるだけだろう。一から魔界を築く遊びを・・・しかし、これが奴の最大の弱点となっていることが分かったのだ。ゼノアは転生の時、〈力〉を二分して現生体と転生体を同時に存在させている。完全に一つに復活するまで一年を要するらしい・・・そうゼノアは、この数百年に一度の転生時期に入り今、力が弱化しているのだ」

 ラカンが、ここぞとばかりに高揚した顔で勢いよく立上った。

「じゃあーいよいよ最終決戦か!」

 今にも飛び出すかのようなラカンを、カサルアは目で制して首を一振りし、続けた。


「いや、この機会に〈氷結の宝珠〉を奪取する!」


「えっ」

 ラカンは、拍子抜けしたように間抜けた声を上げた。

 各々、顔を見合わせた。ゼノアを斃す絶好の機会なのに何故、〈宝珠〉なのか?

 イザヤは事前に聞いている様子で静観している。

 レンが挙手して立ち上り、静かに問いかけた。

「氷結の宝珠というと、あの宝珠ですか?」

 カサルアは頷いた。

「そう無限の力を持つという〈伝説の宝珠〉だ。皆の言いたい事は分かる。ゼノアを斃す好機を棒に振って、あるのかどうかも分からないものを優先させるなんて、と思っているだろ?ゼノアは転生時期、身体が二分されて個々の力も半減し、斃しやすいが、弱点だからこそ、この二つは同じ場所にまずいないと思う。同時に叩けないなら意味がない! 今回は、ゼノアを斃す好機ではないと思う。しかし、力は弱化しているから〈氷結の宝珠〉を隠す結界も弱まってきている。これこそ好機だ!」

 〈氷結の宝珠〉の伝説は「龍」なら誰でも知っている。


 ―――幾千の時を眠りし氷結の宝珠・・・その輝きは天地をも動かす

それを手にするもの・・・天地を与えられるであろう―――


 どこか強い思いを噛みしめたような表情のカサルアを見つめて、ラシードは言った。

「ゼノアの件は承知しました。しかし、その宝珠の在り処は分かっていますか?それと・・・このような重大な情報の信用度は?」

 ラカンも同時に大きく頷いた。

「そうだよなぁ~胡散臭いよな、その情報」

 レンも頷く。

 今まで無言だったイザヤが答えようとするカサルアを手で制して立ち上がり、追求は無用とばかりに答えた。

「宝珠の場所も判明している。諜報を統べる私が、問題ないと確認しているのだから確かな情報だ。宝珠の奪取、それは今後の大きな戦力になる」


 カサルアは 〝戦力〟 と言われた言葉に反応したが、イザヤの無言の静止を受けたようだった。念を押すようにカサルアを注視しながらイザヤは続けた。

「カサルア、内容の説明をどうぞ」

 カサルアは、激昂する金の瞳を細め、立ち上がると、窓際に立ち外を眺めた。春と秋しかない震龍州も山々はすっかり黄葉している。様々な思いが過ぎった。外を眺めつつ思いは遠くに馳せながら、ゆっくりと話し出した。

「彼女は隣の艮龍州の氷山に封印されていることが分かっている」

 カサルアは思いを振り払うかの様に皆の方へ向き直り、力強く続けた。


「一緒に行ってもらうのは、ラシードとレンの二人だ。ゼノアに悟られると今後、厄介なことになるので彼に悟らせないように私がゼノアの結界に介入し妨害をする。その間にラシードは氷結の解除を。それからレンは治癒を!」

 〝治癒〟 以外な言葉に一同、顔を見合わせた。

「どういう事でしょうか?」

 気遣わしげに訊ねるレンに、何故か?少し沈痛な響きを滲ませて、カサルアは答えた。

「ゼノアを拒んだというのは聞いた話だろう。その拒絶は死をもってなされたのだ・・・彼女は瀕死の状態で、今も深々と短剣が胸に突き刺さっているという訳だ。ゼノアは死のうとする彼女を直前で封印したらしい。封印を解けば時が動き出す・・・」


 以外な内容だった。もともとゼノアは逆らう者に容赦はしない。勘気にふれれば有無を言わさず抹殺されるのはあたりまえ。それを殺しもせず、封印したのも変な話だが自ら死のうとした者をそのまま死なせず、わざわざ封印するとは・・・

 狂気の魔王は何よりも人の恐怖と死を好み、多くの罪なき者達が犠牲になっているというのに何故?

 それらを読み取ったかのようにカサルアは小さな吐息をついた。

「とにかくゼノアは執着しているようだ。時を止める程の力を使い、わざわざ封印するぐらいなのだから。今までも密かに何度か奪還を試みてはいたのだが、結界が強固でなかなか手がだせなかった。少しでも気配を悟られたら失敗する。時間は無い。全て一瞬だ。レン、彼女を死なせるな」 

 カサルアの気迫に一同静まり返った。

 そして魔龍王ゼノアが数百年に及び、誰の眼にもふれさせる事なく掌中してきた〈伝説の宝珠〉を、想い描き胸を熱くしていた。

 ただ一人を除いてだが・・・・


 その後、細かな打ち合わせをし決行は明後日と決まった。

 会議が終わり一同退出する中、イザヤはカサルアを呼び止めた。

「後方の件で、もう少し打ち合わせしたいのですが宜しいでしょうか?」

 カサルアは頷き、室内へと踵を返した。


 カサルアとイザヤを残し早々に退出した三人は無言で回廊を歩いていたが、もう我慢ならないとばかりにラカンは立ち止まった。

「いや~すごい話だよな! 宝珠だけでも涎もんなのに、龍なら一度は手にしたいと夢見る宝珠の中の宝珠と言われる〈伝説の宝珠〉だぞ!いやぁ~カサルアはやっぱりやることが違うなぁ~そんな事考えたこともなかったよ」

「誰もが出来るものでもありませんよ。魔龍の結界に気取られず介入してなど。それよりも宝珠の身体の状態が心配ですね」

「そんなのレン、お前が行くんだから、ちゃっちゃっと治しちゃえば大丈夫だって! ああ~俺も行きてぇ、宝珠様を拝みたいよ~なあ。楽しみだなぁ~どうしよう俺!ラシード涼しい顔しちゃってよ。お前、どうよ?」

 ラカンはいかにも興味ないと言う顔のラシードに、うきうきと笑いかけた。


 先程も皆〈伝説の宝珠〉に、熱い想いを描いていたようだったが、ラシードといえば全く感情は動かなかったのだ。今も浮かれている友の気がしれないと思っている。

「ラカンお前の気持ちは分った。だが、もともと宝珠は選好みがはげしいうえ、お前の言う通り宝珠の中の宝珠なら、好みも天下一品だろ?絶大な力を持った魔龍王を振るくらいだからな。まあ、お前は希望を持って頑張れ」

 それを聞いたラカンは嫌味とも思わず、「頑張るぞ!」とばかりにうん、うん、と頷き、ラシードとレンに、ぶんぶんと握手をして、じゃ、お先、と走り去った。


 残された二人はお互い顔を見合わせた。

 ラカンのように楽観的に考えられないレンは思慮深く言った。

「実際、助け出したとしても宝珠はこちら側に付いてくれるのでしょうか?大きすぎる力を野に放つのはかえって危険なのではないのでしょうか・・・」

 ラシードは答えなかった。腑に落ちないところはいろいろあった。軽く振り向き、回廊から見える先程退出してきた尖塔の方角を一瞥した。


 一方、塔の間に残ったカサルアは怒っていた。不満気に椅子に腰かけた彼は、片肘を円卓につき整った顎を軽く指にのせた。先程束ねた艶やかな金の髪も、結びを逃れた幾すじかが傾けた顔に落ちかかっていた。

「で、イザヤ?」

 イザヤは側に畏まって立っていた。胸に右手をあて軽く頭を下げながら話しだした。

「お怒りは承知です。しかし、くれぐれも内密に」

 飄々と言うイザヤの態度に苛立ちながら金の瞳が光り相手を射抜いた。


「妹を 〝戦力〟 呼ばわりする事は許さない!自分にそんなつもりはない!」


 そう・・・カサルアは遥かな昔、魔龍王ゼノアと戦って斃れた金の瞳の龍であった。彼は確かにあの時絶命した。しかし無念の念は強く、また、妹と同じく類まれな〈力〉の持ち主だった彼は死しても魂の輝きを損なう事は無かった。天に昇って数百年経っても浄化を拒み続け、その魂のまま姿も変わる事無く転生したのだ。カサルアは新たに生れ落ち、肉体を手に入れた日から待っていた。眠れない夜も何度あった。逸る気持ちと焦る心を抑えて、待ち続けていたのだった。

 妹・アーシアの奪還とゼノア討滅を―――


 イザヤだけがこの事実を知っていた。情報関係を統べる関係上、他の者達よりカサルアと密接なやり取りが多い。しかし彼自身について以前から、符合しない事柄が幾つか生じていた・・・

 特にゼノアとの関わり部分が・・・ここに集まっているもの達は、それぞれ生まれも育ちも違うが「魔龍王」打倒は統一した大望だ。しかし彼の、ゼノアに対する憎しみは尋常でなかったのだ。言葉の端々に痛嘆と憎悪が滲んでいた。それがこの《氷結の宝珠》の件を相談された時、全容が明らかになったのだ。ゼノアに対する思いは当然のことだろう。我々と費やした時間が違うのだから・・・


 魂だけ意思を持ち生き続け、気も遠くなるような時に降り積もった思いは言葉では言い尽くせないに違いない。しかし・・・信じられない話だった。ゼノアの転生も驚いた


 ―――カサルアも転生とは―――


 もともとゼノアに匹敵するかのような〈龍力〉だと認めていた。カサルアは、自分の理想を体現させているかのようだった。しかし、そこまでとは思わなかった・・・最初にこの事実を訊いた時、天の理に叛く常ならぬものに、我知らず戦慄が走ったのを覚えている―――

 イザヤは、怒りに揺らめく金の瞳を見つめながら、再び軽く頭を下げて謝った。

「浅慮な物言いでした。申し訳ございませんでした。何のために行くのか目的が不明瞭でした。皆には妹殿を助けに行くなどと言えませんし、まして、あなたが転生したとも言えません。英雄は必要です。しかし、強すぎる力はゼノアと同じく畏怖されます。もちろんゼノアのように力で支配するつもりなら問題はありませんが、それはあなたの本意では無いはずです。ですから、あなたの出生の秘密も、あなた方の関係も無論内密にしていただきます。これだけは承知していただきたい。この件は妹殿にも私からお話いたします」

 イザヤは常に先の先を読んで行動し、些細なつまずきも見逃さず対処していく切れ者だ。カサルアは常に冷静な判断を下す彼を信頼している。


(畏怖される力か・・・)


 カサルアはイザヤの言葉に耳を傾けていたが、一段と金の瞳に強い光を煌かせ呟いた。

「私が怖いか?イザヤ?」

 イザヤは矢で射抜かれたかのように、はっと一瞬瞳を見開いた。だが直ぐに瞑目すると口もとに微笑みを刻み「いいえ」と答えた。

 カサルアは、ふっと微笑んで立ち上がった。

「もういい。やっとこの時がきた!妹が最優先だが、ゼノアは今度こそ斃す! 共に進もう!誰もが頭をあげて暮らせる新しい世界を創るために!」

 その金の瞳は覇者の輝きに満ち、道を照らし出すかのようだった。


(ああ・・なんという煌然たる魂か・・・)


 イザヤは眩しく見つめ心の中で賞賛した。気持ちに動かされるまま傍らで片膝をつき、カサルアの床に落ちる肩衣の裾をすくい、口づけした。

「陽の龍よ、我が力はあなたの為に・・・」


初回だったので長めの話になりました。ここの注目はイザヤのカサルアへの心酔っぷりを見てください!ちなみにBLではありませんよ(笑)しかし金の瞳に銀灰の瞳は基本的に好きですね。もちろんラシードの真紅の瞳も。

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