⑦投獄と毒殺
わたしが投獄されたのは、サレミー牢獄だった。
この牢獄は、スオカ王国で凶悪な犯罪者ばかりが収監されることで有名なところだ。
サレミー牢獄に、女性が収監されるのは、初めてのことだろう。
つまり、わたしは、それほどの『大罪』をおかしたということだ。
衛兵からの尋問や取り調べは、一切なかった。
信じてもらえるかは別としても、釈明する機会すらあたえられなかった。
この残念な状況は、予想していたのでショックではなかった。
きっと、遠からず生家のへスぺリデス家に大厄がおとずれるのも時間の問題だ。
それまでに、家族みんなが宗主国まで逃げきれることを願うばかりだった。
投獄された晩に、エリス王女が訪ねてきた。
顔が見えないようフード付きの黒いローブを目深にかぶっていた。
わたしを見つけた時のフードからわずかに見えるエリスの表情は、憎々(にくにく)しげな表情だった。
その顔は、まるで『鬼』だ。
よほど、わたしのことを腹に据えかねているらしい。
「王太子にあんなに大きな怪我を負わせて。ただでは済まさないわよ」
「そんなに、大怪我だったのですか?」
「あたりまえでしょう!?」
「たかだか二階から落ちただけですよ」
「たかだかって!アンタ!?弟っは、王太子様は、背中を痛めて、歩けないかもしれないのよ」
「そんな大袈裟ですわ。エリスお姉さま。オイジュス王太子は、武勇の誉れ高い、勇敢な方ですわ」
「心にもないことをペラペラとっ!」
「ええ!?わかります?ならエリス、はっきり言わせてもらうけれど、最初からあなたが計画したんでしょう?わたしの遺産相続権目当ての殺人を。それをオイジュスにやらせたんでしょう?」
「だったらナニ!?あなたは、明日の裁判で死刑をいいわたされるわ!」
「あら?拍子抜けですわ。予想どおりすぎて」
「あら!そう!!あなたは、なんでもお見通しなのね。千里眼の異名は本当のようね。その何でもお見通しっていう態度が、鼻持ちならなかったわ!!」
今世のわたしは、切れ者で通っているらしい。
やるじゃない、この世界線のわたし。
「千里眼?そんなものなくても、ちょっと考えれば簡単なことよ。衛兵が、ろくに調べもしないのだから、『死人に口なし』で問答無用で死刑にしたいんだとわかってしまったの」
「へぇ~。じゃぁーー」
「へスぺリデス家もお取りつぶしにするんでしょう?」
先回りをしてたたみかけていく。
「そっそうよ。し」
「私財はすべて没収。王家の財産になる。ちがう?」
「そうよ!明日にでも!!」
わたしは、これまでとガラッと口調をかえた。
冷徹に聞こえるように、低い声で静かに言った。
「それは無理よ。エリスお姉さま」
「なんですって!!」
「明日、わたしの裁判を行い、同時にへスぺリデス家に衛兵をむかわせるつもり?どれだけの衛兵をうごかすつもり?よーく考えてみて?」
「できるわ!」
「そうね……エリス、百歩譲って、できたと仮定しましょうか。でも、王都をゆるがす大事件、王太子妃の不義密通の裁判とへスぺリデス家の大々的な捜査。なにか『おかしい』と思わない?都合よすぎるというか。王太子妃の不義密通の容疑を調べる生家の捜査が、そんなに大掛かりなのは。民衆はなんと思うかしら?痛い腹を探られなければいいのだけれど、そのあたりは、どう考えているの?」
「くっ」
「なにをそんなに焦っているの?エリス」
「うるさい!!!」
「大きな声だこと。エリス王女様が、ここにいることが周りの囚人にばれたら……」
「うっ」
「エリス、アドバイスなんだけれど、聞いてくださるかしら?へスぺリデス家から全財産を差し押さえるのは、時間がかかるわよ」
「そんなこと!簡単なはずよ!」
「生家の自慢をするようでちょっと気恥ずかしいのだけれど、他国にまで名をとどろかせている豪商よ。財産の規模が違うわ。おそらくそうね……スオカ王国の財源の三分の一はあるわ」
「なんですって!」
エリスの目は輝いた。
この人は、本当にお姫様だ。
いかに豪商でも、そんなにはないと思う。たぶん。
「マリー、あなたのご実家は私財没収のうえ、お取りつぶしよ。スオカ王国きっての長い歴史を持つ家名もとうとう終わりね。目障りだったのよ。本当にいいきみだこと」
エリスの甲高い笑い声が響いた。
勝利を確信してのことだろう。
「ねぇエリス、わたしわからないことがあるの。なぜそんなにお金に困っているの?」
エリスの顔は一瞬で凍り付き、『鬼』に戻った。
「困って!……そうね、あなた、忘れたのね。子供のころ、あなたが、女学院の初等科に入学したときに、わたくし以上の豪華なドレスを来て登校したこと!!しかも入学式で、首席のあいさつもしたわ!!!」
「ああ、あれはーー」
成り金といじめられるきっかけになった。
悪夢のピンクフリフリキラキラドレスの事だわ。
お母様の少女趣味全開を押し付けられた。
さらに、お父様から平民でも頭脳明晰であることを貴族の子弟どもにわからせてやれと圧をかけられた。
二人の執念が、あの悪趣味なドレスに集約された。
それが、ピンクフリフリキラキラドレスこと、別名『魔改造ドレス』。
わたしは、もっとシンプルだけど上品な紺色の控え目パフスリーブのベルベットドレスにしてほしかった。
無論、両親の虚栄心満載のドレスを拒否することなど、かつてのわたしたちには、無理な相談だ。
「だから、生徒役員会をつうじて、質素を旨にした、簡素な制服を導入したのよ」
そうだったのか。
まったく知らなかった。
あれは、羨ましがられるというより、黒歴史の逸品だ。
だけど、わざわざわたしへの嫌がらせのために、制服を導入させるとは、凄い執念だ。
「あれからずっと、王女のわたしよりお金持ちのあなたを羨んだわ。お父様は国王なのに、自由になるお金は、少なかった。だから、お母様を毒殺して遺産を手に入れたわ。貴族たちにお金をバラマキ、あいつらをとりまきにした。でも、見かえりを要求してくる奴が多くて……王女のわたしからよ!」
「オイジュスとの関係のことで、揺すられていたの?」
「フン!あの子が言ったの!?」
「見ればわかるわ、バレバレよ~。だから事前に察知して、抵抗したら、あのざまよ」
「うるさい!うるさい!!うるっさい!!!私たちは、王太子と王女よ。この国のお金は、全部私たちのものよ」
お金が必要な理由が、わかった。
エリスは、金の亡者で、欲深い人間だった。
知りたくなかった。
なんてつまらない理由。
そんなことのために、わたしは殺されるのだ。
覚悟を決めた。
どうせ殺されるのなら、精いっぱいの時間かせぎという、抵抗をする。
せめて、妹たちが助かるよう。
お父様に託す(たくす)。
お父様自身への信頼はないが、損得勘定にたけているお父様は、さっきの話に乗るはずだわ。
「エリス王女様は、お気の毒ね」
「なにがよ!」
「あなたが禁忌をおかしてまでも愛したオイジュスは、わたしに向かって言ったわ、さっき。『味見をしておけばよかった』って」
嘘ではない。
前世の昨日いわれた。
「処女がお好きなんじゃないの?」
「うるさい!うるさい!!うるさい!!!オイっ!!!!」
エリスは、入り口に向かって乱暴に声をかけた。
黒づくめの男が二人、わたしのいる牢屋にはいってきた。
「ほんとに殺したら、お姫様、金くれんのか?」
「いいから!!早くして」
「オイ!待ちきれないらしいな」
下品にニヤニヤしながら近づいてくる。
「後悔しなさい!せいぜい苦しんで、むごたらしく死になさい!!」
ひとりが、背後から抑え込んできた。
もう一人は、正面にまわり、液体の入った小瓶を無理やり口に流し込まれた。
「ねぇ、マリー。お嬢様にとってここは、過酷な状況だわ。それか、しでかしたことへの悔恨で服毒自殺。明日の裁判閉廷ね。むろん計画通りに、へスぺリデス家は取りつぶすわ!」
死はもうすでに覚悟している。
家族の逃亡の時間稼ぎにすこしでも。
薬が回りきる前に、動けるるうちに。
「エリス王女は、実の弟のオイジュス王太子とできてるわ!あいつの一夜花嫁のわたし、マリー・へスぺリデスがじゃまになってころ……」
口がしびれて言葉が出てこない。
苦しみのあまり喉をかきむしった。
のたうち回るわたしをしり目に男たちは、エリスへ向かっていた。
「なっ!何なの!!あんたたち!お金は欲しくないの?……いや!やめてっ!!!汚らわしい!!はなしなさい!!!」
嘔吐にまみれ、石の床にのたうち回る。
「きったねぇなぁ~」
「気にすんな、ほっとけ、それより、こっちだ」
エリスの悲鳴が聞こえてきた。
吐しゃ物が、喉奥につまった。
息が……息が、できない。
またも、惨めな死にざまだわ。
来世は、もっと冷静に考えなくてわ。
今度こそ、生き延びなくては。
生き延びる?
何のために?
死にたくないから、なんとかしたいだけ?
生きる目的が、曖昧だ。
来世で、わたしは蘇りたいんだろうか?