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⑥むなしい逃走劇

裸足のまま走った。


足の痛みになんてかまっていられない。


「ハァ、ハァ……ハッー-」


鉄の味が、口いっぱいに広がる。


いつの日かの鉄柵で串刺しにされた思い出がよみがえる。


部分的に記憶は、引き継がれるのせいかしら?


それとも、自分が殺されるという強烈な記憶のせいで、トラウマになっているのか。


でも今は、自分の荒い呼吸だけしか聞こえない。


脚を怪我をしているとわかっているけれど、立ち止まることは、できなかった。


殺されるかもしれないから。


だから、死ぬ気で走った。


どうして、新婚初夜を繰り返しているのかは、わからないけれど殺される理由は、はっきりわかっている。


へスぺリデス家の財産相続権、つまり、遺産相続目当てに、妻であるわたしを、夫であるオイジュス王太子は、殺したいのだ。


わたしと婚姻関係になれば、オイジュスはへスぺリデス家の長女の夫という立場になる。


その後、わたしがオイジュスより先に亡くなった場合、へスぺリデス家の遺産相続権を手に入れることができる。


もしも、二人の妹が未婚であった場合、亡くなった長女の夫という立場は、絶大なものになる。


市井いちいの者ならば、考えるかもしれないが、オイジュスは腐っても、王国の王太子。


いかにスオカ王国が小国だとしても、そんな一介の貴族でもない商家の財産を当てにしているとは、考えられなかった。


だが、この繰り返しの中で、こんなにもへスぺリデス家の財産をあてにしているということは、スオカ王国は、尋常ではないほどの財政難なのかもしれない。


思えば、婚礼の支度は、へスぺリデス家におんぶにだっこだった。


王太子の姉のエリスは、親身になっているふりをして、『慣例』の一言で、妻側の負担だと示唆しさしていた。


お父様も、あきれつつも、王家と姻戚になれるならと目をつぶっていた。


もちろん、今世だけでなく、これまでのわたしも同じ経験をしてきている。


けれど、この逃亡劇ありさまでは……。


いまや、わたしが頼れるのは、へスぺリデス家だけ。


わたしは、小鳥たちがさえずりだす、少し薄暗いうちに、へスぺリデス家にたどり着いた。


休むことなく走り続けた私は、生家の見慣れた門番の姿をみて安堵のあまり、緊張の糸がきれ、派手に転んでしまった。


門番は、ギョッとして驚きつつも、あわてて駆け寄り抱き起こしてくれた。


それはそうだろう。


王太子との初夜を過ごすはずのわたしが、泥だらけ、ネグリジェのあちこちが破れてボロボロだ。


逃げている途中で、転んだり、木々に引っ掛けっても、かまわず走ったせいだった。


我が家に使える門番は、こんな格好のわたしを見たことないもの。


だって、わたしだってこんなことなんて、一度もないのだから。


「よくぞ、ご無事で。安心してください。もう大丈夫です。お嬢様が、いや、王太子妃様がお戻りです!!」


声を限りに私の緊急帰宅を知らせてくれた。


このバリトンボイス、どこかで聞いたことがあような……。


門番に抱えられ、わたしは屋敷の中に連れていかれた。





到着後、我が家は、ハチの巣をつついたような大騒ぎになった。


とりあえず、本店へ出向いているお父様を呼び戻すよう執事が、下男に指示を出している。


おろおろするお母様をしり目に、テキパキと指示をだし続ける。


「お嬢様を、いや、王太子妃様を、お部屋へお連れして、着替えてと手当、それと消化のいい、暖かいお食事を。奥様、お気を確かに、大丈夫でございます。旦那様がなんとかしてくださいます」


もうここに戻ることないと思っていた自分の部屋のベッドで、横たわっている。


体は、ひどく疲れているけれど、眠くなかった。


引っかかっていることがある。


門番は、初めて見る顔だった。


でも、あの声には、聞き覚えがある気がした。


どこでだったかが、思い出せない。


思いだそうとすると、頭の中にかすみがかかったようになる。


会話も奇妙だった。


まるで、わたしが戻ってくることを知っているような口ぶりだった。


ノックなしでドアが勢いよくあけられた。


「マリー、帰ってきているのは、本当か!?」


「お父様!!」


「なぜ戻ってきたんだ!!」


当然の問いだ。


素直に答えた方が、お父様の理解と協力を得られるだろうと判断した。


意を決して、お父様に打ち明けた。


「王太子に殺されそうになって」


さすがのお父様もギョッとしていた。


部屋に控えているメイドたちを、直ぐにさがらせた。


最後の一人がドアを閉まるのを確認してから、ベッドへ近づき声をひそめるようにしてお父様は、話し出した。


「本当か!?マリー!!」


「嘘ではありません。もう何度も」


「……何度も?」


「ええ、いえあの……」


しまった。勢い込んで、話過ぎた。


案の定、いぶかしんだお父様の顔に、あきらかな疑いの眼差まなざししがみてとれた。


「ハァー、マリー!また、お前のホラ話か!?」


「そっ、そんな言い方!」


「小さいころから、見たことあるだの、ここであーしたことがある。こーしていたと、ありもしないこと

を嘘ばかり。いい加減大人になって、なおったと思っていたのに」


「嘘ではありません」


「もう、たくさんだ。マリー。初夜の晩に逃げ帰ってきたと思ったら、夫である王太子に殺されそうになっただと!?」


「ほんとうです!」


「おまえは、自分のしでかしたことがわかっているのか!?」


「!?」


わたしは、生家に頼るという、自分の判断があまかったと痛感した。


お父様と過去のわたしとの関係を思いだせば簡単なことだ。


わたしは、お父様にとって平民から貴族の仲間入りをするための手駒にすぎない。


なんど、転生を繰り返しても、かわらない事実だった。


嫌な予感が、全身をつつみこんだ。


どうやら、今世は、ここまでかもしれない。


階下から怒鳴り声が、聞こえてくる。


自分の意思なくして考もせずに、生家にたよるという安直な行動が、いけなかったらしい。


言い争う声は、だんだんこの部屋に近づいてくる。


お父様は、わたしに背を向けて窓の外を見ている。


その背中が物語っていた。


これから起こることを、お父様は、すでにご存じなのだ。


ならばせめて、お母様や二人の妹たちを守りたい。


むざむざ、オイジュスとエリスの思い通りにはさせない。


「お父様、このままでは遠からずへスぺリデス家は、全財産を没収され、家はおとりつぶしになります」


お父様は背を向けたままだ。


「わが一族は、貿易で身を立ててきました。抜きんでた海洋術と長距離船があります。いますぐ、めぼしいものとお母様と妹たちをつれて出航してください!」


「そんなことをして、どこへ向かうというのだ」


「スオカ王国の宗主国です」


「何のために」


「宗主国は、実の姉弟の性的な関係は、お許しにならないでしょう。戒律でも禁じています」


「オイジュスとエリスか……」


「エリスの体を調べれば、処女でないことは明白です。尋問でもすれば、王女様です、すぐ相手の名を口にするでしょう」


お父様は背を向けたままだったが、うなずかれた。


荒々しく階段を駆け上る音が、次第にこの部屋に近づいてくる。


それ以上は、お父様とわたしは、言葉をかわさなかった。


わたしは、どうすれば、よかったのか?


ひとりで、なんとかすべきだったのか?


それとも、信頼できる人間を見誤ったのか?


ふと、助けおこしてくれた門番のことを思い出した。


どうして?


あんな風に言っていたのか?


あの顔、門番にしてはキレイすぎる。


濡れたような漆黒のオニキスの瞳が、印象的なひとだった。


どこかで……、結婚式……?


あの声……時折聞こえるバリトンボイスに似ている?


彼は、だれ?


衛兵が、数人なだれ込んでくる。


「マリー・へスぺリデス!オイジュス王太子殺害未遂の件で連行する」


「!!」


わたしは、王太子殺害未遂の罪で逮捕された。


繋がりかけた思考は、霧散していった。


とても、大切なことに気づきかけている気がするのに。



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