⑰タイムリープ
執務室は、重厚で、おちついた設えになっていた。
深い茶色を基調に、ところどころエキゾチックな小物がこの部屋の妖しい雰囲気をつくりあげていた。
家具の配置は、へスぺリデス家のお父様の執務室と変わらなかったが、印象はまるで違った。
黒光りするマホガニーの本棚。
その中には、古今東西の本がぎっしりとならんでる。
けれど、題名のなかには、判読できない言語のモノもある。
本棚を背にして、両袖の引き出しを備えた机と椅子。
その前には四人掛けのソファーセットが、虎の毛皮の上に置かれている。
お父様の執務室よりも広々としている。
壁の絵画は、デスピオ火山の噴火の様子が描かれていた。
猛々(たけだけ)しい様子が、自然の恐ろしさを感じさせる。
こんな絵画は、今までみたことない。
へスぺリデス家の子女として、美術品に触れる機会もおおかった。
そもそも悪魔のデスピオ火山を題材にした絵画は、ほとんどない。
おそらくは、神の子を掲げる宗主国の影響を色濃くうけるのスオカ王国において、無理からぬことなのだろう。
絵に魅入っているわたしに、アスタロト様はソファーを勧めながら咳ばらいをした。
「この噴火の絵は、アンティークだ。私が地上にいでし瞬間を描いたものだ」
「えっ?では、宗教画なのですか」
悪魔が宗教画を所有しているとは、不思議だ。
宗教画は、普通、神を崇めるために存在している。
しかも、アンティークとなれば、かつては、神同様に悪魔を崇拝する人たちもいたのだろうか。
なんだか、親近感をおぼえてしまう。
「まぁ、そうだな」
「この絵は、とても好きです。畏怖の念すら感じます」
「そうか……。ところで、マリーさっきの話の続きだが」
「タイムリープのことですか?」
内心、恐る恐る尋ねてみた。
先ほどのアスタロト様の様子から、聞いてはいけないことなのだと思っていた。
予想に反してあっさりとアスタロト様は、そのことを口にされた。
「ああ、そうだ。それと今後のお前の身のふりかたを話しあおう」
改まった態度のアスタロト様の様子からとても深刻な雰囲気を感じた。
ヤギハシさんとシンシアがローテーブルに紅茶を出してくれた。
他には、お茶うけになるクッキー、ドライフルーツが、綺麗に盛られて出てきた。
その様子は、へスぺリデス家にいたときとなんら変わらない、行き届いたものだ。
以前と同じもてなしを受けていると、ここが悪魔の居城だということを忘れてしまう。
サーブを終えると、ふたりはそのまま静かに部屋を後にした。
「タイムリープとは、自分の意識だけが、時空を移動して、過去や未来の自分の体に意識がのりうつる現象をいうのだ」
まさしくその通りだと納得した。
「人間には、普通はできないことだ。マリー、お前はなぜできるようになった?」
「わかりません」
「よほどのことがない限り、できないことだ。よほどのショックで人間の能力を超えたのか?……いやなことを思い出せるようだが、夫のオイジュス王太子に初夜に殺されたことが、堪えたのだろうか?」
「そうかもしれません。……それと、姉と慕っていたエリス王女の裏切りも拍車をかけたのかもしれません」
初めて殺された時のことを思い出そうとしたが、できなかった。
覚えているのは、何度目かはわからないが、何回もされたバラの鉄柵串刺し死のころからだ。
「よほどの強い思いがあったのではないか?でなければ、時間や時空を意識や魂だけでも移動できるはずがないのだ」
「強い思い……」
「執着といってもいいだろう。なにがお前をそうさせたのか……」
しばらく沈黙が続いた。
わたしは、考え込んでいた。
不思議なことに、アスタロト様の沈黙になにか言わなければいけないという無言のプレッシャーは、感じなかった。
だからこそ、沈黙は長かったかもしれないが、自分の気持ちに気づくことができた。
「……自立したいと強く思いました」
「自立?」
「今の時代は、男性優位だと感じることが多々あります。それに女には、結婚、出産などタイムリミットのような制約もあります。でも、そういった見えない『縛り』から自由になって、自分で考えて、行動して、生きてみたい。そう考えるようになっていました」
「そうか……マリー、もしかるすと、自立して、自由に生きたいという願いが、タイムリープを引き起こし、生きなおしをさせていたのかもしれないな……これからは、どうしたい?」
こんな風にわたしの気持ちを優先して考えてくれる存在は、初めてだった。
悪魔だから、人間とは違うのだろうか?
でも、とても嬉しい。
だからこそ、わたしは、わたしの望みを素直に口した。
「もっと強くなりたいです」
「強くなるか……強くなってどうする?オイジュス王太子やエリス王女の姉弟に復讐したいのか?」
「復讐をしたくないと言ったら嘘になります。ですが、それ以上にひとりでこの広い世界で生きていけるくらい強くなりたいです」
「ひとりで生きていくか……人間の世界では難しいことかもしれないな……」
アスタロト様は独り言ちた。
その様子から、わたしのことを真剣に心配し、親身になっていることが手に取るようにわかる。
だからこそ、わたしはここに来た時から、漠然と考えていた、手の届きそうにない望みを口にする決心をした。
「人ではなくなったら?」
「それは、どうゆう意味だ?」
アスタロト様は眉間にややしわを寄せながら、紅茶のカップを口にした。
「アスタロト様、お願いです!わたしの魂を買って、悪魔にしてください!!」
白皙の美貌はお紅茶を吹きだしても、イケメンはそれすら美しいのだと、わたしは初めて知った。




