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第2話 出立

早朝6時。


広い庭の中に、ヒュンヒュンと空を裂く音が響いている。


セスティールが日課の鍛錬を行なっていた。


地獄は罪人を罰する地であるため、穢れが溜まりやすく、魔物の発生数が多い。

自分の身を守れる実力を身につけることは安らかな暮らしに直結する重要事項である。

そのため、入学式当日の朝といえども鍛錬を怠ることはしなかった。



セスティールは、愛刀を右手に持ち、基本の型を再現していく。

流れるようなその動きは、まるで舞を舞っているかのようだった。


一連の動作の後、最後に真横に剣を振り抜く。

きらりと、刀身が鋭く光った。


刀を鞘に収める。軽い疲労感が心地よい。真剣での鍛錬を行なったのは久しぶりだったが、門出の日にふさわしい朝を迎えられたと満足した。


魔族は基本、戦闘には魔法を使う。が、セスティールは魔法と刀を併せた戦闘スタイルだった。

幼い頃に武器屋で愛刀の輝きに魅せられてから、常に戦場での相棒だった。


タオルで流れる汗を拭いていると、メイドから声がかかった。

気づけば1時間経っていたようで、もうすぐ朝食の時間になっていた。


汗臭い状態で朝食を食べるわけにもいかないので、自室のシャワールームで軽く体を清める。


食堂へ向かうと、すでに母のエリーと弟のエイダンが食卓についていた。


「母上、エイダン、おはようございます。清々しい朝ですね」

「ええ、そうね。おはよう、セス」


挨拶すると、母はにこやかに返してくれた。対して、エイダンはだんまりを決め込んでいる。

エイダンの隣の椅子ーー彼の母の席に関しては空席だ。その様子を見て、セスティールは密かにため息をついた。


次男のエイダンは、政略結婚で結ばれた側腹の子だ。彼の母である側室のカミラはエリーよりも爵位の高い家の出身で、加えて気位が高い。カミラが我が家に入った時には、父はすでに優しく慈悲深いエリーに愛情を傾けていて、そこにカミラの入る隙はなかった。カミラにとっては自分が正妻ではないことも、父の寵愛を受けられないことも許せないことであり、その憤りを晴らすべく自身の子であるエイダンを次期当主に仕立て上げようとしていた。


通常であればそんな目論見が成功することはないし、そもそも計画の時点で頓挫するはずだ。しかし、彼女の策略は今でも上手く運んでいた。

その原因は、エイダンとセスの名前の由来にある。


我が神貴家には、新しい子に名前をつけるにあたり一つのルールがある。それはその名が、プラフラマ家の象徴である炎に関係する意味を持つことである。

特に長男については、今までそのルールから外れた例は1人もいなかった。

しかし、セスティールの名には、炎についての意味はない。ならば、より高貴的で大層な意味なのかと言われるとそういうわけでもない。

対してエイダンは「火に生まれた」だの「熱烈に燃えている」だの、まあしっかり決まりを受け継いでいるわけである。

貴族という生き物は、常に世間での己の権力を追い求めるものである。それはカミラの実家とその派閥も例外ではなく、エイダンは担ぎ上げる神輿として持ってこいの存在になり、いつの間にやら我が家は、エイダン派とセスティール派に二分されていた。


無駄な争いは家を衰退させるだけなので本来ならば御免被りたいのだが、結局我が家は家督争いに突入してしまったのだ。

エイダンにしてみても、兄の持っていない重要なものを自分が持っていることが誇らしいらしく、あからさまに対抗心を燃やしてくる。担ぎあげられるのも満更でもないようだ。全く面倒極まりない。


そもそもなぜ父は、あんな命名の仕方をしたのだろうか。本妻の長男に家の決まりと関係ない名をつけたなら、次男以降もそれに準ずるべきではないのか。聡明な父ならば、争いの火種になることぐらい容易に想像がついただろうに。

父にしては珍しいほどの失策だと思った。


だが、まあ言っても栓なきことである。今更改名できるわけでもないし、無駄なことを考える必要はない。自分に今必要なことは勉学鍛錬に励み、実力をつけることのみだ。何事も、良い時に成るようにしかならないのだから。



別に自分は、次期当主の座に拘っているわけではない。ただ、長男としての役割を果たそうとしているだけだ。仮に父が次期当主にエイダンを指名すれば、甘んじて受け入れるつもりでもある。



そうこう考えつつ、父を待つ間、母と世間話をする。貴方が今日からしばらく帰ってこないなんて寂しいわと、何度も言ってくれる。少し嬉しい。


しばらくして、父が食堂に入ってきた。

そのまま静かに朝食が始まった。


我が家の朝食は、基本誰も話さない。静かに始まり、静かに終わるのだ。それは誰かの誕生日だろうと、両親の結婚記念日だろうと変わらない。それぞれ腹の中で何を考えていようと表面上は割と穏やかに進む。


今日もそれは変わらなかった。父が言葉を発するまでは。


「そういえば言い忘れていたが、今日の入学式での新入生代表の挨拶はお前だ、セスティール」


思わず驚きの声をあげそうになった。口の端が引き攣っているのが自分でもわかる。

なぜ今それを言う。

今じゃない。二重の意味でそれを言うのは今じゃない。


何百人と人が集まる入学式の式辞を当日に考えさせるのもおかしいし、息子の門出の日の朝食の空気を本気で悪くするようなことを平気で言うこともおかしい。

今貴方と俺のことを恐ろしい目で睨みつけている者のことが見えないのか。


「なんだ。まさか当日に言ってくれるな、などと思っているわけではあるまいな。たかだか入学式の式辞くらいすぐに考えられなくてどうするのだ。神貴家次期当主が」


爆弾二発目投下。

おかげで部屋の温度が一気に低下したではないか。

やめてくれ、ほんとに。

せっかくの門出の日なのに。


明らかに空気の悪くなった食堂の中で、父はフォークを置いた。

「では、セスティールは学園でも精進するように。エイダンもな」

「「承知しました」」

「うむ」

1人、立ち上がって食堂を出ていく。

続いて母も去っていき、結局セスとエイデンだけが残された。

自分も、そろそろ支度をしなければならないと立ち上がる。

その時、それまでずっと黙っていたエイダンが声を上げた。

「調子に乗るんじゃないぞ。プラフラマ家を継ぐのはお前じゃない。俺なんだ」

ちらりと視線を投げかけると、エイダンがまるで鬼のような顔でこちらを睨みつけていた。思わずため息が溢れる。返事をすることなく食堂を去った。

弟を無視しても、今日くらい許されるだろう。

だって何度も言うようだが、今日は俺の晴れ舞台なのだ。これ以上不快な思いはしたくなかった。


自室に戻り、制服に着替え、中央広場の越界の門へ向かう。

門の中の魔法陣の中央に立ち、魔法の起動を待つ。

しばらく待つと、陣が眩く光り始める。

その中心で、セスティールは思わず空を見上げた。

地獄の空は今日も赤い。

これから青い空の下で過ごす日々に思いを馳せながら。

セスティールは、魔法陣の光の中へと消えていった。











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