第10話 中庭にて
任命式から数日経った昼時、セスティールはクラスメイトの女生徒と並んで座っていた。
2人の前には、教室用のやや小ぶりな机と、その上に教材が置かれている。
セスティールは、隣に座るその女生徒に頼まれて勉強を教えていた。
該当箇所を指し示しつつ、時折目を合わせながら、セスティールは丁寧に説明していく。
しばらくして、セスティールは机上に広げていた教材を閉じると、立ち上がった。
そのまま立ち去ろうとすると、その令嬢に引き止められた。
「ご指導くださり、ありがとうございました」
「ああ」
「とてもわかりやすかったです。さすがセスティール様です!」
「…それはよかった」
「あのっ、セスティール様。今日のお昼、共に昼食をとりませんか?我が領地からたくさん特産品が届きましたので、ぜひセスティール様にも味わっていただきたく…」
またか。
その言葉に、セスティールはすっと視線を鋭くした。
ここ数日、セスティールは令嬢達から次々と呼び止められて勉学の指導を求められた上、昼食に誘われるという謎のループに引き摺り込まれていた。
セスティールは、同じ誘い文句を口にした何人目とも知れないその令嬢を一瞥する。
下から上目遣いで見上げる目。
一言発するたびに染められる頬。
まるで恋しているかのような彼女の様子は、見れ見るほど庇護欲を掻き立てられ、可愛らしく感じられる。
セスティール以外には、だが。
「すまない。今日の昼は先約があるのでな」
「でしたら、また明日でも…」
「失礼する」
「あっ」
令嬢からの誘いをにべもなく断り、その場を後にする。
1人残された令嬢が悲しそうな顔をして手を伸ばしたが、セスティールが気に留めることはなかった。
セスティールは急いで目的の場所へと足をすすめる。
今日は、友人数人と中庭で共に昼食をとる約束をしていた。
その途中でも何人かがセスティールに声をかけようとしていたが、総じて無視した。
教室を出て、中庭に差し掛かったとき、オスカーも令嬢から話しかけられていた。
「ではレディ、今回はここまでです」
「ええ、指導ありがとう存じますわ」
「いえいえ、むしろ美しい貴女と素晴らしい時間を過ごせた事、私の方こそ感謝に耐えません」
「まあまあ」
オスカーが去っていく令嬢にひらひらと手を振る。
セスティールは、その光景を眉を顰めて眺めた。
「おやおや、随分と機嫌が悪そうだな」
オスカーは何がおかしいのか知らないが、くすくすと笑みをこぼし、その貴族らしい長い髪を揺らしている。
ふざけた態度だが、別に人を馬鹿にしているわけではない。彼は素で振舞っているだけなのだ。
共に学年会役員になってから交流する機会が増え、そんなことが分かるくらいには関係は深まってきていたのだが、
今日に限ってはその態度がやけに苛ついた。
「別に何も不愉快なことはない」
「嘘はつかない方がいい。女性に対する態度が雑だぞ。レディの扱いがなっていないではないか。貴族男子たるもの、俺のように紳士的に接せねば」
オスカーが、戯けたように両手を広げてそう宣った。
前言撤回しよう。今こいつはふざけている。
「お前のそれは単に弄んでいるだけに見えるが」
「とんでもない!女性の心の機微を理解していると言ってくれたまえ」
変わらないオスカーの態度に思わずため息が漏れる。
すると、それまで黙って成り行きを見守っていたもう1人の班員が口を挟んできた。
「オスカー、俺にもお前の態度は弄んでいるようにしか見えん」
「なんだと!」
ケラケラと笑いながら会話に加わってきたその茶髪の少年は、名をレヴィウスという。天使の平民だが、色々縁あって人族の貴族であるオスカーと幼馴染なのだとか。
「お前、俺と古くから親しくしているのにそんなことを言うとは!」
「その長年の付き合いの上から発言してるんだよ。なあ、セスティール?」
「ああ」
セスティールと知り合ってまだ間もない2人だが、見るたびに漫才かのようなやりとりをするものだから、セスティールとしても遠慮が少なくなってきてしまっている。
失礼ではないだろうかと思ったこともあったが、ルイスにいいことじゃないかと言われたこともあり、順調に距離は近づいていた。
今ではオスカーやレヴィウスもセスティールを敬称なしで呼ぶようになった。
「で、だ。何故貴殿は、そんなに不機嫌なんだ。他人に褒められるのが嫌いなのか?いや、違うか。媚を売られるのが嫌い、なのか」
「…ああ。まあ、な」
是とも否とも言い難い。煮え切らない応えを返せば、オスカーは微妙な顔をした。
「わからなくもないが…。貴殿ほどの家柄の者であれば、擦り寄られることなど日常茶飯事なのではないか?慣れねば大変だぞ。ただでさえ、学年会の補佐2席を巡ってそう言う輩が増えるのは確実だというのに」
「わかっているが…」
学年会役員の定員は1学年7名である。そのうち5名は入学時の成績で決まり、残った2名はそれぞれ学年会役員が随時選出するのだ。
要するに、大部分の者にとってまたと無い大チャンスというわけである。
以前から多かったセスティールに近づこうとする者たちが、その勢いを増していた。
ここ数日の自分の周囲の様子を思い出して、今日何回目かも分からないため息を漏らす。
オスカーのいう通り、セスティールは他人から媚びるような品定めされるような目を向けられることがーー特に、女性からのそれがーー大嫌いだった。
仕方のないことだとはわかっている。
高位貴族の息子であり、学年会会長などという大層な任を受けてしまった自分は、他人からあのような視線を向けられることなど、当たり前だというのに。
頭で理解することはできていても、腹の底から湧き上がってくる嫌悪感はどうしても止められなかったのだ。
「あれ、皆さん、突っ立ったまま何してるんです?座らないのですか」
セスティールの思考を断ち切るように、ルイスが中庭の向こうへと続く小道から現れた。
「ご要望通り、昼食を四人分後御用意しましたが、何か問題でもありましたか?」
「いや、大丈夫だ。良い昼食の席だな。ありがとう」
いかに学園において生徒は身分関係なく平等だと言われていようとも、実際のところは建前でしかない。
貴族の集まりにおいて会場の手配等を行うのは、最も身分の低い者であることは常であった。
「俺は平民なのに、貴族のあんたに色々やってもらってすまなかったな」
オスカーの横でレヴィウスが申し訳なさそうな顔で謝罪する。ルイスは笑いながら、気にするなと返事をした。
「ここは人気の場所ですから、確保するのが難しいんです。それに僕たち、友人ではありませんか」
「そうか、そうだな!ありがとう」
「ええ。…それでは、皆さんいい加減に席につきましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」
その声をきっかけに、四人は揃って席についた。
「今日は、サンドウィッチと、スープを用意しました。どうぞ、召し上がってください」
ルイスがメニューを紹介するとともに、和やかな雰囲気で食事が始まる。
最近の出来事や趣味の話。それぞれが思いのままに話題を提供しつつ時間が進んだが、特に盛り上がったのはオスカーの話だった。
「野外演習?まだ入学して間もないのに、そんな物があるのか」
「ああ。四、五人の班に分かれて、実際に魔獣を倒すらしいぞ。最も、低ランクの魔物に限られるそうだが」
「一日でまとめて学年300人全員でか」
「そうだ。教師は引率するようだがな」
その言葉に、オスカー以外皆一様に微妙な顔をした。




