愚直で素直なヘンゼルと、ちょっとあれなグレーテル。
あるところに、ヘンゼルとグレーテルという兄妹がいました。
兄妹は、山の麓のボッロボロの狭い家で、両親と四人で、良く言って『子供だけ清貧な』生活をしていました。
父は木材業の素材生産、母は専業主婦です。
数年前に学者が発表した『森林伐採による生態系への影響』などの問題で、ここ最近は父の仕事がうまく行かず、お腹も懐も厳しい日々が続いていました。
「貴方、もう無理よ……あの子達を捨てるしか、方法はないのよ」
「だが、なぁ」
「なによ――――! ――――じゃない!」
ボッロボロの家で、真夜中に行われている夫婦会議。
「丸聞こえ、なのよねぇ……」
「うーん、むにゃむにゃ、もう……たべれないよぉ」
グレーテルは、幸せそうに口をもにゅもにゅさせて眠っている、ヘンゼルを見て、はぁ、と溜め息を吐きました。
ヘンゼルは十五歳にしては子供っぽすぎる性格ですが、とても素直な良い子です。
グレーテルは、十歳にしては、頭の回転が良すぎるうえに、常識に囚われない柔軟で斜め上の発想をする……たぶん、良い子です。
真夜中に行われた夫の立場が弱めの夫婦会議の結果、ヘンゼルとグレーテルは山奥に捨てられました。
「ごめんな、父さんの仕事がうまく行かなくてな。生活が厳しいんだ」
「そうだったんだ! それなら仕方ないね!」
「…………りょーかーい」
チラチラと、何度もこちら振り向きながら、父親は山を下って行きました。
「なぁなぁ、グレーテル」
「なぁに、兄さん」
「ここらへんって、魔女がいるって噂の森だろ?」
「……森? 山ね」
「木がいっぱいだから、森だろ?」
話が進まないと判断したグレーテルは、ヘンゼルの言葉を右から左へと、『ちくわ耳』よろしく、聞き流しました。
「それで、魔女が気になるの?」
「おう! 魔女に弟子入りしようぜ!」
「……その発想、悪くはないけど、却下」
「なんで⁉」
グレーテルは、知りたがりの子供のように『何で何で』を繰り返すヘンゼルを一瞥し、黙らせました。
「にらまなくてもいいじゃん」
「兄さんは、私が『いい』って言うまで黙ってて」
「なん――――はい」
何で、と言いかけて、またグレーテルに睨まれて怖かったヘンゼルは、素直に黙りました。
魔女の家を探し出し尋ねると、魔女に大歓迎されました。
たくさんのお菓子を出され、ヘンゼルは大喜びで食べていました。
「お嬢ちゃんは食べないのかい?」
「いま、虫歯なのよ」
「おや、そうかい。なら、甘くないものを出そうかねぇ」
魔女の家の大鍋にはぶっとい骨が沢山入ったスープがありました。
この『骨』スープは、とても栄養価が高いのだと、魔女は言います。
魔女が震える手で、それをスープ皿に注いでいる時に、グレーテルは急に子供らしく話し始めました。
「魔女さん、私達のがっしりしたお父さんと、ボン・キュッ・ボンなお母さんもとてもお腹を空かせているの」
「……がっしりしたお父さんと、ボン・キュッ・ボンのお母さん、かい?」
「ええ――――」
魔女がそわそわとした雰囲気で復唱しました。
グレーテルは、ニッコリと嗤いながら、更に復唱しました。
魔女との交渉の末、ヘンゼルとグレーテルは家に帰る事になりました。
「なんでだょぉ、俺、あそこにいたかった!」
下山中にグズるヘンゼルを軽くシバきつつ、グレーテルは家に戻りました。
「…………おかえり?」
絞り出すように言う父親。
「ちょっと! 帰って来たじゃないの! どこに捨てたのよ⁉」
ボロボロと口を滑らす母親。
「えっ、俺達、捨てられたの? 別居じゃなくて⁉」
謎の勘違いをしていた兄。
――――はぁ、カオスだわ。
溜め息をグッと飲み込んで、ゆっくりと深呼吸をしたグレーテルは、とても楽しそうな演技をしつつ、話し出しました。
「あのね、山の中に魔女の家があってね。そこでね、たぁぁぁくさんの食べ物を出してもらったの! ね! 兄さん?」
――――はい、ここで、更なる誘惑。
「ん? うん! すっげぇ、甘い物、いっぱい食べたよ! あ、これ、クッキー。一枚ずつお土産だよー」
ヘンゼルが両親にクッキーを渡します。
二人はそのクッキーを食べて、いたく感動していました。
「なんって、美味しいの!」
「はぁぁ、染み渡る美味さだ」
もっと無いのかとせっつく母親を嘲笑いつつ、素敵な事を教えました。
「魔女さんが、母さんと父さんを招待してくれるって! なんでも、木材業の事や家庭料理の事を知りたいらしいの。でも、私達って子供だから、うまく説明が出来なかったの」
――――はい、ここで、もうひと押し。
グレーテルは、とびっきりの笑顔で言い放ちました。
「魔女さんが、お礼は食べ物をくれるんだって、材料はいっぱいあるけど、お菓子と『骨』スープしか作れないんだって」
「なるほどねぇ…………」
母親がニタニタとし始めたので、今回の計画は大成功確約です。
両親に魔女の家を教え、ヘンゼルとグレーテルは玄関で二人を見送りました。
「俺も、もう一回行きたかったなぁ」
「だーめ」
「なんでー?」
「んー……大人になったら教えるよ。それよりも明日からは二人がいないから、ちょっと大変だろうけど、私達二人だけで頑張ろうね!」
「俺、わりと大人――――はい、頑張ります!」
ヘンゼルは、グレーテルに睨まれたので、素直に頑張る宣言をしました。
グレーテルは、ヘンゼルにいつ本当の事を教えようかなぁと考えつつ、ボッロボロの家に入って行きました。
グレーテルは、魔女の家で見た風景を思い出します。
魔女の震える手、妙な獣臭、大型動物のような骨、火葬場のような独特の臭い。
「……カニバリズムって、本当にあるのね」
「え? カーニバル? いつ?」
「……さぁ? 景気が回復したら、町であるんじゃない?」
「おー、楽しみだな!」
「そうねー」
両親に捨てられたヘンゼルとグレーテルは、なんやかんやで逆に両親を捨て……というか、処分しました。
二人は協力しあって、真面目に働き、普通に、平和に、暮らしました。
―― おしまい ――
閲覧、ありがとうございました。




