福祉の精神
夢子と結婚するにしても結婚式に呼ぶ友人などいない、などと考えているふと、もっとも気になっている質問が思い浮かび、招待する友人の心配は、利用料を支払ってレンタルフレンドなるサービスを利用すれば解決だろうとあっさり決着した。
もっとも気になっていたのは、夢園に居座っているだけの、雰囲気だけは老練な料理人といった風貌をした、あの爺さんだった。
「ごめんなさい、お忙しいのに無駄話をしてしまって、、、」
客観的に自分を視ることが出来るアピールを和久田はしたのだった。これで本人は気遣いの出来る人間だと自身を解釈している。
「いえ、今日はヒマなので、大丈夫ですよっ♪まだお話していても!」
「(好きだ)そ、そうなのですか、、であれば、どうしても件の中華料理屋さんで気になっていたことが一つありまして、聞いてもいいですか?」
ついに和久田は核心に迫るべく、本題に入った。
「ん、なんですか?」
とぼけたような雰囲気で夢子は返した。
「え~、、そのぅ、あのお店のマスターさんなのですけどね、私、お料理が来るの待つ間、厨房内を観察していて気付いたのです。マスターさん、なにも料理せず、四六時中椅子に座っていたのが見えまして、料理人でもないとしたら、一体どういう立ち位置なのかなぁと」
「あっ、、気づいてしまいました?」
夢子はイタズラがバレた小学生のような笑みを浮かべ、こう続けた。
「あのお方はですね、要するに、高齢引きこもりなのです」
「え?どゆことですか?厨房に立っているじゃないですか。立っていると言うか、椅子に座っていますけれども」
「はい、父と母との取り決めで、私どもはタカヒロジイチャンと呼んでいますけどね、一日中部屋にこもりきりでは、世間体も悪いでしょう。なので、厨房に座らせて、あとは自由にしていただいているのです。ほとんどお店を取り仕切っているのは、母方の祖母でして、そのお兄さん様なのですよ、タカヒロジイチャンは!」
「うへぇ。どのような経緯でそのように?」
「まぁ、いろいろありまして、あのひと何も出来ないまま年金を貰える年齢まで来てしまったのですけれども、あまりにも世間体が悪いので、であれば、せめて厨房でコック服でも着せてあげあれば格好もつくかなぁという話らしいですよ。あっ喋りすぎてしまいましたね。私はそろそろ戻りますね!はやく、よくなってくださいねっ♪」
夢子の一族は、福祉の精神に溢れているようだった。
「なるほどぉ。そういう事情がお有りだったのですね。引き止めてしまって申し訳ないです。また中華料理屋さんでお会いしたら、ハイボールでもサービスしてくださいね」
「和久田さん、お酒のんじゃだめですよ!」
翌日になり、和久田は一般病棟に移され、平穏に入院生活を過ごしおよそ2週間で退院の運びとなった。一般病棟では、一部屋に4名の入院患者がそれぞれカーテンで区切られたベッドで生活しており、和久田を除く3名はおそらく、50~70代の男性であり、雑談を交わすような仲になっており、病院の中ですら、友達のいない学生時代を思い出すことになるとは、なかなか刺激的な生活だった。