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フェイクじじい  作者: ワーク笹沼
10/11

激闘

 退院後、和久田はしばらく、杖をついて会社へ通っていた。実際あるくのに多少難儀していたのもあるが、杖をつく必要はなかったかもしれない。本人が、杖をついて歩く男というものに酔っているのだった。おそらくそれは、繰り返し鑑賞している脱税をテーマにしたノンフィクション映画に登場する、悪役にあこがれてのことかもしれなかった。アルミ製の、某米国資本、巨大通販サイトを通して購入をした、3000円程度のものを利用して歩いていた。


 それで何日か会社をいったりきたりし数日目、また彼は、件の夢園へ向かうことにした。当然、夢子がいることを期待してのことだった。


 「いらっしゃいませ~」


 店内にお客さんは一人もいなかった。結局のところ、夢子はおらず、またしても厨房に爺さん、ホールは婆さんという定番の配置であり、むしろホッとした。いつものように厨房が見える丸テーブルに座り、アルミ製の杖は右脚の横に、縦に寝かせることにした。婆さんが、メニュー表とおしぼりを手元においてくれた。


 メニュー表を眺め、ハイボールを注文しようかどうか迷ったが、流石に退院したてであり、根が大真面目というか、世の中的に良くないとされていることや、先生から言われたことは守るタイプ、権威主義者であるタイプ、つまり典型的な日本人の気質を備えている和久田なので、酒類の注文はしなかった、


 「すいません、ホイコーロー定食をお願いします」


 「はぁい」


 料理が来る間、おしぼりで指先を一本一本、念入りに拭いていた。この男はアパートの中をゴミ屋敷にする癖、手先だけは常に清潔に保たなければ気がすまないのである。厨房の中を観察していると、爺さんは相変わらず、椅子に座ったままで、婆さんが中華鍋を振っている姿が見えたのであった。爺さんはニートだからそうなるだろう。


 「ごめんくださぁ~い」


 突如、店内にお客さんと思しき男性が2名、入店してきた。あまり、町中華に入店しそうに無いタイプだった。早く帰ってくれ。


 「月々の電話料金がお安くなるご提案をしにうかがいました!」


 2人組のうち、黒縁メガネを掛けた胡散臭い笑顔が得意そうな短髪の若者がそのように発声した。もう片一方はもっさりとしたアザラシのような男で、黒縁メガネが声を出す様子をじっと見守っていた。つまり、悪質な売り込みの可能性が高かった。


 「帰れェッッッ!!!」


 突然、厨房の奥から怒声が響いてきた。夢園に通って数回目で、料理人の皮を被っていた爺さんが、自宅警備員としての役割を果たそうとしていたのであった。


 「お父さん、どうしたのですか。そんなに怒鳴り散らして、我々はN◯Tの代理店に勤めている者でして、怪しいものでは、ございませんよ」


 黒縁メガネは、穏やかな、胡散臭い笑顔でそのように応対し、アザラシ男は静観していた。


 「客じゃないなら、帰れェッッ!!!」

 

 おもむろに爺さんは、中華包丁を右手に持って、厨房から飛び出した。


 「あらまぁ、、話の通じないお方ですね。ご自慢の中華包丁で我々を追い出す気ですか、それではこちらは、正当防衛ですよ。殺されかけているのでね」


 そういって、二人の若者は、果物ナイフのようなものを取り出し、臨戦態勢に入ってしまった。ちょっと意味がわからなかったが、和久田はこのように発した。


 「ちょっと皆さん!意味がわからないですよ、ここを殺人現場にでもしたいのですか。あなた方、闇バイトという訳でもないでしょうに」


 「正解だよ!その闇バイトだよ!ここの家は、隠し金庫に大層な資産を溜め込んでいるということじゃあないか。富裕層が溜め込んだ金を、市中に流通させるのが、我々の役目なんだよぉ!!」


 和久田は、右下においていたアルミ製の杖を、剣道で竹刀を握るかのように握り、片一方の黒縁メガネの喉元に突きをお見舞いしようと試み、見事直撃したが、その後の反撃で滅多刺しにされてしまった。最後に見えたのは、爺さんが、中華包丁でアザラシ男の脳天を真っ二つに割っている姿だった。更に後ろから、黒縁メガネの脳天もかちわり、二人は血を吹き出しながら倒れ、どう見ても死亡していた。


 最後に聴こえたのは婆さんの金切り声だった。


 和久田自身は意識を失い、とうとうここで死ぬことができるのかと安堵しつつも、生涯ニートだった爺さんが、最後に自宅警備員としての職務を全うしたといえるのか、殺人鬼に変貌を遂げてしまったのか、ちょっと判断できるような身体状況でなかったが、ともかくそれが視界に入った生涯最後の映像だった。

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