09.「そっか、狩人名乗れるんだなあ、俺」
シラクー伯城下町から見て南の原で、近い将来に魔物狩りとして独立し生計を立てるという目標を持つ少年リック(12歳)は、もっこを担いでいた。
棒のもう片方を担ぐ相方は、雑貨屋の娘エル(13歳)。
「今はまだ身長、釣り合ってるけど、数年もすればリッ君に見下ろされるのかな」
「堂々たる偉丈夫とは言わないが、背丈はそれなりに欲しいな」
2人の吐く息が白ばむ気温だが、額には汗がにじんでいる。
ご当地を統治するシラクー伯は冬期の働き場として、城の南側に広がる耕作地を堀と土塁で囲む防衛事業と領境の山までの街道の拡張事業の2本柱を決定した。
1人前の日当が青銅貨8枚ということからもわかる通り、主な対象は浮浪民や貧民になる。
静かに餓死・凍死するならばともかく、集団で治安を乱されるとコストばかりかかる。ならば炊き出しとわずかな賃金でもって労役に誘い出すのも必要な政策ではあるのだろう。
リックにしろエルにしろ、それぞれ城下に店を構える商家の子であり貧困層に属する者ではないが、さりとて富裕層には程遠い。
貴重な現金収入の話を見逃せるわけもなく、人足募集に応じ、土方作業に従事している。
2人とも午前を学舎で過ごし午後のみの参加ということもあって、作業割り当ても2人セットでせっせと土や石を運ぶもっこ担ぎに回されていた。
リックにも男の子の意地はある。
ペア作業ではあるが自分のほうにより負荷がかかるよう、担ぎ棒と吊り網の位置を調整したり、歩幅に気をつけたり。
ある種、初々《ういうい》しい少年少女の姿に妬みの視線を投げる輩も存在する。
ただリックには、他者の感情を受け流すくらいの器量、あるいは慣れがあった。
『美人は得』なる人生訓が人口に膾炙するように、整った顔立ちとは、それだけで自信につながり、自信は行動につながり、行動は結果へとつながる好循環を生み出す。
ゆえにリックと妹のハンナは日々、自らの容姿を授けてくれた亡き母親への感謝を忘れない。
ちなみにエルは面食いで知られるが、これは幼馴染としてずっとリックのそばにいるから面食い評価なのか、面食いだからリックのそばにいるのか、実のところエル本人でさえわからない。
リックの妹ハンナ(9歳)は、土木作業に比べて賃金は低くなるが、炊き出し班の手伝いに参加していた。
防衛や地域振興に必要な事業だが、貧民対策でもあるので、フルタイムの参加者には日に3度の炊き出しが与えられる。
なお、リックたちと学舎で生活班を組む元ホライ村の面々は不参加。
リックたちのような町民の少年・少女にとってはありがたいアルバイト案件でも、その本質は貧民対策事業。
ホライ勢に限らず、下層とはいえ貴族に属する武家とその近習としては、メンツの問題や政策的な意味から参加できないそうだ。
その代わり、学舎に在する武家関係者にはシラクー伯の名で別件が『打診』なり『要請』なりされているという。
そんなこんなの互いの都合もあって、冬の間、週末のグループ活動は休止となっている。
「午後のみだけど半給、1日で青銅貨4枚。聖石1個で白銅貨1枚(=青銅貨10枚)、悩ましい」
「朝昼の炊き出しをもらってないから、差し引き半給分の自負はあるし、安全で、確実、日数を重ねられる点、こっちに分があるかな」
手堅い商いを行うセト屋に育ったリックは、12歳とはいえ、その日の糧にも苦難する貧民層の同世代とは身体が違う。
まして夏からの数か月、週に1~3度の迷宮チャレンジを行い、実戦で鍛えてきた。
貧困層基準で設定されている仕事量でみれば、リックもエルも、十分に半給に値するだけの働きをしていた。
身体さえ動かしていればいい作業は、慣れてしまえば割と暇だ。
2人であーでもないこーでもないとおしゃべりする姿に、とても妬ましい視線をぶつけられることもあるが、気にしなければどうということはない。
自分たちよりいい暮らしをしているくせに。
半日しか働かないくせに。
子供のくせに。
バカップルは滅べ。
他者を妬むこと、憎むこと、責任をかぶせることでしか己を慰めることのできない人というものは、どうしたって一定数はいる。
『思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。』
古の聖女が残したとされる警句である。
リックは表に出る言葉や行動がどうこうではなく、心根の部分をどうにかしない限り相応の運命にしかならないという理解をしていた。
エルは逆に、表に出る部分を意識して自制することで、心根に働きかけ矯正していく技法としてとらえている。
リックやエル、ハンナなどにとってはこんな警句も一般教養だが、そもそも学舎に通えない者にとっては、知りようもない思想であり技術なのだ。
知らなければ、正しようもない。
心根がどうこうなんてことより、まず目先の、生きるために食わなければならない。
「連中をかばう気はこれっぽっちもないが……」
「生まれの不幸を呪ってもらうしかないよねえ」
他者の不幸は、リックたちが背負うことではない。
なにせ自分のことですらままならないのだから。
◇ ◇ ◇
工事が休みになる週に1度の安息日は、リックやハンナにとっては家業の手伝い日となる。
セト屋の店先に並ぶツボを磨きながらリックは独り言ちた。
「安息日って、週に1日くらいは休むべきという神様の教えらしいぞ」
「ほう、良い教えだな。疲労をためこむと考えも鈍るしミスも多くなる」
勘定台で帳簿を繰っていた大兄が口だけでこたえた。
「良い教えだと思うなら、実践すべきであると考える次第である」
「何を言う。他人様が休んでいる日に働くのが商人の勤勉さというものではないか」
どうやら商売の神様は、お休みというものを軽視なされているらしい。
「第一、ツボ磨きは心の安らぐ時間、つまりは実質的な休みだろう?」
いえ、それはそういう趣味の人のみだと思います。
大兄に口で勝てないリックは、心中を口に出すことはせず、ただ無心にツボを磨くことに集中した。
◇ ◇ ◇
飯場に野犬が出たとの叫びに、リックとエルはもっこを担いだまま現場に走った。
飯場ではリックの妹のハンナが働いているのだ。
気を揉んだリックたちだったが、幸い、ハンナとは途中で合流できた。
「無事なんだな?」
「無事無事、私は無事」
「ケガがなければなによりだよ」
結構な人数が、あきらめきれないといったていで、飯場を荒らす野犬の様子を遠巻きにうかがっている。
どうやら、作業員たちの夕食は無事ではないらしい。
「犬っころが、俺たちの賄いをッ!!」
「くそっくそっ」
「たった1頭じゃねぇか」
遠目に、散らばる具材や投げ出された器具、ひっくり返った大なべ、地面に染み込む粥などといった惨状の中で、一心に食糧をむさぼっている野犬が見て取れた。
ただ、飯場の惨状の割りに、ケガ人はいないようだった。
「班長が真っ先に逃げたからね、私たちも気兼ねなく逃げられたんだよ」
ハンナ曰く、一目散の疾走であったという。責任者としてその行動はどうかとも思うが、結果としてみれば人的被害がないわけで……。
「死ねやこらっ!」
我慢できなかったのだろう。
遠巻きにしていた誰かが、野犬に石を投げつけた。
近くに転がった石を無視した野犬だったが、つられた幾人かが手当たり次第に石を拾っては投げつけだす。
その一石が野犬に直撃した。
「グァオオオオオオーーン!!」
咆哮を浴びせられた者たちが今度は慌てて野犬に背を向けた。
逃げやすいほう、道なりに、リックたちがいたほうへと人が流れてくる。
「まずいよね、これ」
自分たちを押し除け我先にと逃げていく者たちと野犬とを見比べ、エルが眉を寄せた。
もっと距離をとるべきだった、逃げておくべきだったとは思っても、野犬に見据えられている状況で背をさらす間抜けにはなれない。
試練の迷宮で魔物相手に戦いを重ねていたリックたちは、パニックにもなれず、さりとて自分が状況をどうかするなどという蛮勇もなく、無為な時を刻んでしまった。
「警備の人まだかいな」
はた目に、棒立ちスキだらけにみえたのかもしれない。
低いうなり声をあげていた野犬は、一気に駆けた。
とっさの反応だった。
リックは担いだままだったもっこを捨て前に出ると、後ろ腰に結わえていた愛用のナタを振りぬいていた。
「あっ」
魔物と違い、切り裂いた皮膚から血肉がはじける。
常と違う感触の差に違和感を感じてしまうほど、リックは迷宮で対魔物戦ばかりをこなしていた。
「ガウァッ!!!」
怒りの咆哮もまた、魔物とは違うことを意識させる。
リックは息を腹にためて、対抗の叫びを絞り出した。
「スッゾコラー!!」
掛け声とともに全身に力が入り、怯えと、無意識の硬直を解除する。
完全にリックを敵と定めたらしい手負いの獣は、油断なく身体を左右に揺らしてから大きく横に跳び、即突進とリックの意表を突いた。
フェイントに、無機質な殺意とは程遠い燃えるような憎しみの気迫。
何もかもが魔物とは違うことに戸惑いつつも、しかし、リックは野犬の動きが見えていた。
意表は突かれたが見えていて、対応もできてしまった。
低い位置からの突進をヤクザキックでカウンターし、前脚が浮いてよろめいたところにナタを振り下ろす。
野犬は跳び退るが、ダメージの蓄積で動きが悪くなる。
「魔物とは違うか」
魔物は、生物的な痛みや疲労を感じることはないと考えられている。
倒されるその瞬間まで、最大出力、全力全開で襲いかかってくるのが魔物だ。
だが、目の前の野犬は明らかに疲弊し、傷をかばい、やや腰を引き気味にリックのスキをうかがっている。
野犬の敗因は、リックにばかり意識を集中しすぎたことだった。
ハンナがもっこの網を担ぎ棒の先端に手早く結わえなおし、エルが野犬の死角から振り下ろした。
野犬は意識外からの攻撃に驚き、とっさに横っ跳びでかわす。
が、続けざまの横振りでは、直線的な棒とは異なる動きをする網部分を避けられず、したたかに脛のあたりを痛打する。
「キャン!!」
リック自身も野犬に集中しすぎて周りが見えていなかったのだが、理解より先に身体が動いていた。
上半身が浮いた野犬に、踏み込んだリックがナタを横なぎに振りぬく。
のど元を切り裂かれた野犬は、間もなく己の血だまりに沈んだ。
地に伏した野犬の眼から恨めしそうな光が消えていくのを眺めながら、リックには勝利の余韻と呼べるものはなく、拍子抜けにすら感じられた。
「……いろいろ違うもんだ」
ダメージは確実に蓄積し、知恵があり、形勢不利と見れば逃げることもありうる獣。
野生動物の相手は、魔物との戦いばかりしていたリックには、戸惑いを覚えさせるものであった。
「アンちゃんやるじゃないか。魔物狩りさんかね」
魔物を狩るから魔物狩り。
伝説・神話にはその名を冠するゆえん、数多の英雄を率いた【狩人】の恩恵持ちの活躍が語られている。
ただしこの『伝説の魔物狩り』さん、クセのある英雄たちを使いこなしたされる点はともかく、世界を股にかけてあちこちに縁故があったり、絶対に同一人物じゃないよねという事績があったりするので、実像については謎が多い。
よくある歴史のなんとやらだろうというのが、サクールトやミク姫の見解である。
「そっか、魔物狩り名乗れるんだなあ、俺」
名乗るだけなら、今のリックたちでも十分に名乗れてしまう。
魔物狩りの名とはその程度のものなのだと実感し、リックはどことない寂しさを覚えた。
おっつけでやってきた警護の役人たちと監督・指示方に事情を説明し、ねぎらいの言葉と本日の作業を免除されたリックとエル、そしてハンナはあれこれと感想を語り合いながら家路についた。
※古の聖女の警句:マザー・テレサ(1910~1997)より