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07.「壁、だなあ」

 試練の迷宮の第3層の魔物は、肩高60センチほどの犬の姿形すがたかたちをしている。

 通称も見た目そのまま、魔犬。


 魔犬はリックの大振りのナタをかいくぐり、後方に控えていた妹ハンナと幼馴染のエルに向かった。


「しまった!?」

「せいやぁ!」


 あわてず騒がず、エルはアンダースローから投げ網をつかんだまま横なぎに払い、魔犬の突進をいなすことに成功する。

 体勢が崩れた魔物に、即座にハンナのエスカリボルグ1世が襲い掛かった。

 当年9歳のハンナの渾身の一撃は、しかし非力は否めない。

 魔犬にとってたいしたダメージにはならないが、跳び退すさる行動を引き出した。


「こなくそ!」


 魔犬の背後から、リックが今度こその斬撃を当てる。

 魔犬の後ろ片脚がちぎれかけになり、裂け目から黒い霧のようなものが空中に溶けていく。


 見かけの姿形すがたかたちはどうあれ、魔物は血肉のある生命体ではない。

 心臓や肺、肝臓、脳など、生物であれば致命傷になりうる部位へのダメージや欠損であっても、そもそもそんな器官がない。

 通説では、滅びのエネルギーが充填された仮想体といわれている。


 しかしまた、形状による能力をそぐことは可能である。

 この犬型の魔物の場合、四肢の一本でも欠けば運動能力は明らかに低下する。


 一の魔物としての一体性がどうたらとやらで、切り離された四肢などはすぐに霧散し再生はしない。

 レアケースとして欠損部位の再生能力を持つ魔物も存在するが、閑話休題。


 武器を持った成人男性でも1対1で勝てるかどうかというのが、通常の生物としての犬の戦力評価であり、第3層に出現する魔犬の評価もそれに準ずる。

 が、それはあくまで万全であれば。

 後ろ脚の一本を欠き、かつ3対1という数的優位が成立すれば、数の暴力によるフルボッコ・タイムの開幕となる。


「よし、撤収」

「おー」


 魔犬との戦闘を終えたリックたちは、試練の迷宮・第2層に戻り、第3層へと下りる階段脇の広場で休息をとっていた。

 階段の間と称されるこの玄室には魔物が出現しないとされ、迷宮内の安全地帯として休憩などをする場所となっている。

 もちろん絶対安全ではない。


「魔犬には首狩りが有効らしいけど、狙っても成功しないなあ」

「弱点が、あっても、それを生かせない」

「字足らず字余り、力及ばずだねえ」


 リックたちが試練の迷宮チャレンジをはじめてからはや数か月、季節は冬の始まりに移行している。

 失敗を繰り返さないよう、ちゃんと情報も集めている。主にサクールトから。


「サク君のお仕事の手伝いが、情報の対価に見合っているかとなると考えちゃうけどねえ」

高いのか安いのかトゥー・ビー・オア・ノット・トゥー・ビーそれが問題だザット・イズ・クエッション


 学舎併設寮の炊事場は年中無休。

 専任の料理人もいるが、学費の一部を勤労で替えるという制度にのっとり、学生たちがシフトを組んで回している。

 リックたちの頼る元ホライ村のサクールトは、その炊事場でヘビー・ローテーション勤務を行う者だ。


 ホライ組の面々ように、魔物あふれで滅んでしまった村落出身者は、寮費や学費に生活費までをシラクー伯が負担することで細々と暮らしている。

 そのツケを一部なりとも働きで返すという姿を見せるためにも、彼らは積極的に学舎関連の仕事をこなしていた。


「御恩のツケは将来の奉公でお返しとはいえ、いまいまの現金収入得るために苦労してるみたいだ」

「女の子は特にねえ」


 通路の奥から松明たいまつとはちがう、弱く淡い光がゆらゆらと近づいてきた。

 リックは立ち上がり、警戒態勢をとって通路奥に声を飛ばす。


「3層行きかー!?」

「おう、下層行きだ」


 返事からしばし、リックたちの前に現れたのは、腰の両側に小剣をいた、いかにもベテランの雰囲気ただようおっさんであった。

 背負い袋に縛り付けられたランタンから、淡い光が漏れている。


「なるほど、両手があいてる」

「でも……明るさ足りなくない?」


 ベテランの装備や道具の使い方を参考にしようと食いついたハンナに、エルが疑問を呈す。

 聖石ランタンは聖石をねじ式の万力で挟み込み、ねじり具合でかける圧力、すなわち明るさを調整できるようになっている。

 おっさんのランタンの明かりはあまりに弱く、はかなさすら覚える。


「俺は【暗視】の恩恵ギフト持ちでな、こんくらいの薄明かりがちょうどいいのよ。つうか、会ったことあるか?」

「多分、秋前にすれ違ったかと」


 言われてみれば、リックたちの松明たいまつからは目をそらして直視を避けているようだ。


「ああ。となると、もう初心者ニュービーとは呼べないか」

「3層でつまってますけどね」

新人ルーキーが数か月で3層行けるなら上等だ。3層でケガせず安定するなら外でも通用するぞ」

「そうなんですか?」


 単独の野犬、狼と戦える、と言い換えればいい。

 なるほど犬や狼は群れをつくる獣だが、それは人類だって同じこと。戦いは数だよってなもんである。


「聖石ランタンは熱を持たないのがいい。もちろん松明たいまつ松明たいまつで役に立つが」


 松明たいまつは、とっさに投げ出しても壊れるようなことはほぼないし、壊れたところで消耗品と割り切れる。

 また、手元に火があると便利なことは多い。


「ちょっとした調理に魔石コンロや、火おこし用の魔石着火具なんてのもあるが……おっと、先輩風せんぱいかぜは嫌われるか?」

「そんなことないです、参考になります」


 おどけて肩をすくめるおっさんに、リックは朗らかに笑みを返した。



 ◇ ◇ ◇



 迷宮チャレンジの数日後、週末のグループ活動で、リックたちはいつものように元ホライ村4人衆とともに北の森に来ていた。


「壁、だなあ」

「壁か」


 リックは、集めたたきぎを束にし、その上に腰かけて弁当の塩むすびをほおばる。

 立ったまま周囲の警戒を続けるマッケンジーがリックの嘆きに応じた。


「倒せなくはないんだが、こう、違うっていうか」

「違うと言われてもな、リックはリックにできる戦いをするしかないだろ」


 第2層の甲虫で効果を発揮した投げ網で絡めてタコ殴り戦術は第3層の魔犬にも有効だが、標的の大型化および敏捷性の向上により捕獲率が落ちている。

 とはいえ捕獲できなくとも退避行動を強いる、『崩し』として助けられることは多い。


「『敵の動きを止めて殴れ』は、ひとつの基本形だお」

「おぜん立てされたとどめを刺すだけって、前衛の仕事じゃないよな」


 悔しそうに首をひねるリックだが、元ホライ村の若様イワークには違う認識がある。

 いわゆる前衛、壁役は、敵の攻撃から後衛を守ることを大前提として、敵の動きを止めることで攻撃をしやすくするという機能もまた求められる役割だと。

 ほかにも重戦士と軽戦士などと分類されるスタイルの違いもある。


「敵を拘束する役割を果たせるなら、スタイルはお好みってもんだろ」

「とはいえ噛まれたら大ケガじゃあ、どうしても及び腰になるお」


 経験と理論に基づく効率的な体裁きや武器の使い方、いわゆる武術の修練を師について続けているイワーク&マッケンジーと違い、リックはどこまでも我流でしかない。

 そのイワークとマッケンジーの主従は、厚手の革手袋やすねあてももあてなど防備を増強している。

 もちろん魔犬に噛まれないことが第一だが、防具があることで踏み込める、心が決まる場面というものもある。


「前衛・後衛でわけるよりも、支援サポート火力ダメージ・ディーラーの分類のほうがリックたちにはしっくりきそうだお」

火力ダメージ・ディーラー前衛(タンク)を兼ねるのがリックの理想かもしらんが、数か月でモノになるわけないだろ」

「まずは装備を整えることが先決だお」


 いつだって正論は耳が痛い。

 正論は解決策ではない。ただただ正しいだけなのだ。

 何も言い返せないリックをかばったのか、エルが口をはさんだ。


「私たち、家の手伝いもしなきゃだし、卒業試験の準備もあるし、仕方ないけど足踏みばかりで気が沈むよねー」

「ベテランさんには、第3層でやれるなら、外で十分に通用するって言われたのになあ」

「前聞いた小剣2本()きの人かお?」

「その人ならボクたちが見かけたときも単独ソロだったけど、あの人、なんで試練の迷宮に来てるのかな」


 ミク姫が小首をかしげた。

 自称・美少女の傾城しぐさは、将来に期待ということにしておこう。


「魔物狩りとして活動していたけど、まだ恩恵ギフトを得ていないとか?」

「【暗視】の恩恵持ちって言ってたよ」

単独ピンでやってる魔物狩り(ハンター)なら、上層の魔物は比較的安全に狩れるとか?」

「もっと素直に、魔物狩り組合(ハンター・ギルド)経由の依頼かなんかの調整中で、なまらないよう肩慣らしだろ」


 他人様の事情を憶測で語っても実りはない。

 語り合うべきは今の自分たちに必要なもの、そう言いかけたリックだったが実際に口から出たのは嘆きの言葉であった。


「ああ、力が欲しい。ベテランさんみたいな装備が欲しい。それにつけても金の欲しさよ」

「先日の連絡会でも、金の問題は話題になったお」


 イワークの表情に陰がさした。

 元ホライ村ほか、魔物領域に切り拓かれた人類の最前線基地、開拓地であった村々が魔物の群れに押しつぶされて滅んでから2年ばかり。

 それらの村落から学舎へ留学しており遺児となった者たちは、シラクー伯の恩情で暮らしている身である。


 イワークたち滅亡した各村の代表一同は、シラクー伯へのお礼と状況報告をするため、月一で登城する。

 シラクー伯その人が面会するわけではなく所定の世話役への顔出しだが、各グループの代表者が集まっているのだから、そのまま横の連絡会という流れがルーチン化していた。


「試練の迷宮に挑み始めた時期は差があっても、みんな同じところで行き詰まるんだお」

「それがお金の問題ということ?」

「第4層の【恩恵の器】問題を越えても、どこまでも立ち塞がる【試練の迷宮は金にならない問題】だってお」


 なおこの横の連絡会、グループ代表として配下には言えない愚痴が飛び出す、ガス抜きの場でもある。

 身内以外には口の重いイワークは、聞き役に回ることが多い。


「待って、【恩恵の器】って何? 初耳だよ……です、イワーク様」

「【恩恵の器】とはね、神々からの恩恵を授かるには、当人にそれなりの器がいるのではないか、ということだよ」

「神々が恩恵を注いだところで、器に容れられなければムダだろ」


 エルは慌てて言い直したが、かしこまった場でなければ多少言葉遣いがアレしてもケチをつけるような仲ではない。

 ミク姫様と若武者マッケンジーが補足してくれる。


「リックたちは第3層……サク、第4層と【恩恵の器】の説明はまだなんだお?」

「第4層の魔物は人型だから、覚悟ができるまでは絶対に下りるなということと、挨拶重点くらいですね」


 迷宮内で人型のシルエットを持つ魔物と迷宮チャレンジャーとを、見た目で瞬間的に判別することは難しい。


 魔物は外観の姿形すがたかたちはともかく、目や耳といった諸器官も持たないため、明かりを必要としない。

 よって明かりを持っているかどうかは見分ける大きなポイントになる。


 しかし、松明たいまつが燃え尽きたとか、ランタンが壊れてしまったとか、なんらかの事情で明かりを失った状態の迷宮チャレンジャーがいてもおかしくはない。

 おかしくはないのだが、では、そういう者たちとの遭遇時に冷静に対処できるかとなると別の話になる。


「『事故』も発生する階層だからな、下りるのは覚悟がいるのは確かだろ」


 敵味方を瞬間的に判別できないと、不幸な事故だって発生する。

 経験則として編み出された敵味方判別法が挨拶重点だ。


「イワークは人型だからどうこうは特になかったけど、気にする人は気にするみたいだお」

「ボクはちょっとね、慣れるとは思うけど……」

「単純な戦力評価だけなら、それこそ雑兵レベルだそうですけど」


 現在、第3層で手こずっているリックたちでも、いずれ挑む第4層の情報は貴重なものである。

 が、それはそれとして。


「【恩恵の器】と【金にならない】問題について、もうすこし詳しくプリーズです」

「ボクはいいと思うけど、兄上?」


 自称・美少女2人に見つめられたイワークは、実にあっさり頷いた。





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