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05.「しょうがないにゃあ……」

「ヒャッハー!!」


 試練の迷宮の第1層に奇声が響いた。

 ナタをふるい奇声を発する少年、セト屋の先代の息子リークロウ(通称リック・12歳)は調子にのっていた。


 家業を継げないから、適当な奉公先がないから、婿養子の口なんてもっとないから。

 成り上がる……のはともかく、食べていくための現実的な手段として魔物狩り(ハンター)になると立志してから数週間。


 魔物と戦う人の総称を魔物狩り(ハンター)という。

 自称もできるが、リックの目標は試練の迷宮・第10層で得られる可能性がある、神々からの恩恵ギフトと呼ばれる特殊な技術や能力を持つ、魔物と戦う職業戦士(プロフェッショナル)としての魔物狩り(ハンター)だ。


 そのためには、第10層の聖杯に捧げる聖石を集めなければならない。その数、1人頭100個。

 聖石を集めるためには、聖石を落とす試練の迷宮の魔物と戦わなければならない。かつ、第10層に行くためにも、強くならなければならない。

 武器防具をはじめ、松明たいまつや小袋などもそろえ、補充し続けなければならない。


 つまるとこは金がいる……。


 なにより忘れてはならないのは、リックにとって魔物狩りは手段であって、目的ではないということだ。

 死ぬことはもちろん後遺症の残るような大けがをしては元も子もない。


 といった諸々を踏まえ、助言者サクールトにも相談し、リックは当座の目標を試練の迷宮・第4層到達、および、その結果として得られる直通エレベータの利用権と定め、努力の日々を送っていた。


「芋虫は消毒だぁ」


 ご近所に面食いで知られる雑貨屋の娘エル(13歳)も調子にのっていた。


 リックとは幼馴染であり、時折お姉さん風を吹かす少女は、さも当然のようにリックの立志伝に寄り添っている。

 手にするは、まきの中から選別された天然こん棒と陶器片との奇跡のコラボレーションにより生み出されたエスカリボルグJr(ジュニア)

 迷宮挑戦の初期に活躍した漬物石は、庭の片隅で隠居生活を送っている。


 ナタと、トゲトゲこん棒。

 2人の物騒な共同作業により、魔物は霧となって消えていく。

 リックの妹ハンナ(9歳)は、そんな兄&幼馴染のお姉さんの後ろで自家製の迷宮地図をにらんでいた。


「やっぱり、巡回路だと競争になっちゃいますね」


 試練の迷宮・第1層に出現する芋虫型の魔物は、はっきり言ってザコである。

 リックたちを含む数グループが、追い越し越されつつ芋虫を求めて周回を重ねている状況だ。


「お手製の武器でも十分倒せちゃいますしね」


 競争相手でもある他グループだって、元からの知り合い含め、もはやだいたいが顔見知りだ。

 初めて潜ったときは痛い思いをした、などとうそぶけるくらいに、リックたちは慣れてしまっていた。


「サク君曰く、ほかのグループと巡回路で取り合いになったときは、素直に引き上げるか、行き止まり分岐をさらうそうですが……」


 リックたちが一方的に助言者扱いしているサクールトは、元ホライ村衆の一員である。

 ホライ家とホライ村の再興を目指すイワーク若様を筆頭とする同グループ内の公式ヒエラルキーでは最下位に位置するが、どういうわけか結構な発言力を持っている。


「でも、行き止まりの道で敵に会えなかったら往復分が無駄足になるよね」

「まだ松明たいまつの残りもあるし、これで引き上げるのもなあ」


 リックとエルは、ハンナの口を経由して語られたサクルートの助言に難色を示した。


 学舎からの卒業を控えたリック&エルと、今年入舎のハンナとでは、受ける授業が食い違う。

 昼までの座学を終えても、昼以降はそれぞれ学費の一部の勤労納付であったり、店の用事や家の手伝いとして労働力の提供を求められたりと忙しい。

 むしろ、魔物狩りを目指すということで、比較的自由にさせてもらっている。実家の仕事を手伝おうと思えば、やることはいくらでもある。


「なかなかねえ、3人で集まれる日も週に2日あるかないかだし」

「第2層、行っちゃう?」

「ちょっとだけ、のぞいてみるだけ」


 しぶるハンナだったが、兄と幼馴染の姉さんの熱意には逆らえなかった。

 ハンナ自身だって、第1層へに飽きていたのだから。


「しょうがないにゃあ……」


 仕方なさそうにつぶやくその手は、エスカリボルグ1世を振っていた。



 ◇ ◇ ◇



 試練の迷宮はその名にふさわしく、各階層に基本的ながら重要なタイプ別の魔物が出現する。

 第2層の敵は甲虫型の魔物。

 大きさは手毬ほどと、第1層の芋虫よりも小ぶりだが、地味に素早いこととも相まって、第2層に降りてきたばかりの者には手強い相手となる。


「くそっ!」

「兄さん、後ろから来てる!」


 会敵時にリックが放り投げた松明たいまつを掲げていたハンナが警告を発した。

 飛びかかる甲虫にあわせたはずのナタは空振り、肩口に体当たりを食らって体勢が崩れる。


「こっちも手が離せない」


 エルもまた、自身にまとわりつく甲虫相手に焦りを隠せなかった。

 体当たりも痛いが、かじりつかれるとなかなか振りほどけないのだ。

 トゲトゲが凶悪なエスカリボルグJr(ジュニア)で払おうものなら、自身が傷ついてしまう。


 もろ肌になっている首や顔面でなければ致命傷にはならないし、こっちの攻撃が当たればちゃんとダメージを与えるが、とにかく倒しにくい。

 そして倒すまでの時間が長引くということは、倒しきる前にお代わりが登場する危険性が高まるということでもある。

 必死に目の前の甲虫を相手どるリックだが、妹たちのほうに飛びかかっていく甲虫に何ら手立てなく、かえって注意がそれたところに付け込まれる。


「壁を背に、少しずつ、下がグゥ!」

「下がるって、ああっ、もう!」


 単純に押し負けているのだから、どこかでバランスを崩さないと勝ち目がない。

 少女たちが下がった分岐手前で、自作の手甲てこうにかじりつかれたのを幸い、壁に押し付けて動けなくし、甲虫の腹側からナタをねじこむ。

 しばらく暴れていたが、ふっと力が抜けたかと思うと霧散した。

 第2層で敵と初遭遇してからようやく訪れたフリーハンド状態に、リックは肩で大きく息を吸った。


「エル! ハンナ?」


 分岐した通路の奥に、投げ出された松明の明かりがゆらめき、甲虫にたかられて凶器を振り回す少女たちがいる。

 駆け寄ったものの、凶器の舞いにうかつに近づけずリックは立ちすくんだ。


「どうすりゃいいんだよ、これ……」


 リックのつぶやきに答えるかのように、エルのたまたまのラッキーヒットが甲虫を弾き飛ばす。

 リックは急いでその甲虫を追い、壁際で逆激を受けることに成功した。

 とにかく、エルやハンナではなく、ターゲットが自分にくれば成功だ。


「リッ君!?」

「っくしょう!」


 痛みをこらえ、強く壁に押し付ける。

 後は、先ほどと同じ手順でナタをねじ込み、ねじねじする。


「えい! えい! もうっ!」


 ハンナは通路行き止まりの壁際で、松明とこん棒を交互に振り回していた。

 手すきになり、一息入れながらリックのやり方を確認したエルが、ハンナに声を飛ばした。


「ハンナちゃん、動かないで!」

「う、動くなってゲブゥ!?」


 ハンナにしてみればそんなことを言われても、である。

 またしても体当たりをうけ、美少女(自称)がしてはいけない音を漏らす。


「私が抑えるから、ちょっとだけ我慢してかじられて!」

「ええーー!!」


 ドタバタと、集っていた甲虫をなんとか始末したものの、少年少女たちは肩を大きく動かし、荒い息をはいた。

 防具と呼べるものを装着していなかったハンナとエルの衣服はところどころかぎ裂きになり、血もにじんでいる。

 9歳と13歳という年齢も相まって、色気はともかく痛々しい。

 木片によるうろこ鎧もどきを装着していたリックでさえ、防御の甘い手足は傷だらけだ。


「まいったな……」

「疲れたよ、リッ君」


 リックの脳裏に兄嫁の顔が浮かんだ。

 兄嫁は悪い人ではない。

 悪い人ではないのだが、彼女からすればセト屋はすでに大兄おおあにと彼女のものである。彼女から見たリックとハンナは夫の弟妹ていまいにして、しばらくは追い出せない居候いそうろうでしかない。

 身体の傷よりも、衣類のダメージがリックの気を重くしていた。


「地図、書いてる暇なかった……」

「多分、そっちの分岐を左なんだが、その先がちょっと」

「第2層に下りてから、そんなに歩いていないはずだけど……」


 現在地を始点にマッピングをやりなおせば、そう遠くない場所に第1層への階段があるだろうことは予想できる。

 しかし、闇雲に歩いても、敵と遭遇する危険性が増すだけ。

 エルの手にあるエスカリボルグJr(ジュニア)も、ハンナの本家エスカリボルグ1世も、挟み込んでいた陶器片が細かく砕け、最盛期の殴るものみな切り裂くかのごときトゲトゲしかった印象はもうない。


「とりあえず、少し休もう」


 賛同の声を聞きながら、リックは通路壁に背をもたれ水袋を口にあてた。

 ねばついた口内をゆすいで吐き捨て、もう一度、水袋から水を吸い出す。喉を下るぬるい水が無性にうまかった。


「し、染みるぅ……」

「これあてて」


 ハンナは、甲虫にかじられ引っかかれて傷ついた肌を洗って、エルが差し出した布切れを巻いて縛った。

 当て布にじわっと赤い血がにじむ。

 エルだってリックだって似たようなものだ。


 腰を落として傷の手当てをしながら体力の回復を待つ。

 疲れと、そして不安のせいか、3人とも口が重く、会話が続かなかった。


 地面に置いた松明たいまつの明かりと、時折混ざるはぜる音。

 立ち上がることのできなかった3人の目に、遠く、分岐点を過ぎゆく明かりが見えた。


「待って!!!」


 考えるより先に声が出ていた。


「む、誰かいるのか?」

「いる! いるいるいる!!」


 少しためらうような間があって、明かりと足音が近づいてきた。

 リックたちもなんとか重い腰を持ち上げた。


「えーと……タズ様のとこの人だったっけ?」

「そうだが? ……ああ、ホライの連中とつるんでる町民か」


 先頭で松明を掲げていたのは、近隣村落から学舎への留学組、かつ元ホライ村のように2年前の魔物あふれで故郷を失った者たちの一派、元タズ村の誰かであった。

 リックの背後に隠れたハンナが袖を引っ張る。


「知り合い?」

「顔は見たことある。確か、去年卒業?」

「基礎教育分は修了しているが、まだ寮住みだぞ」

「今出てるのは礼儀作法や午後の体錬だし、お前らとは会わんな」


 狭いようで広い、広いようで狭い。学舎で培われる人脈をそう評した者がいるとかいないとか。

 元タズ村のグループは、やや投げやりに、いぶかしげに問うた。


「で、なんだ?」

「第1層への階段のとこまで、ついていかせてください、お願い」

「お願いします」

「します」


 見栄とか外聞とか、そんなものは捨てられる。

 同じ学舎で学んだ仲間、美しい友情、助け合いの精神、人類みな兄弟?


「はっ、無茶しすぎたな」

「俺たちでさえ最近ようやく第3層だっての。第2層は意外とキツイんだよ」

「返す言葉もございません」


 しゅんとする様子がお気に召したのか、あるいは何かしらの琴線に触れたのか、隊列中央の、おそらく元タズ村の御曹司が初めて口を開いた。


「弱きを助けるも武士もののふの務めだ」

「だ、そうだ。第1層にのぼる階段のところまでは連れていってやる」

「「「ありがとうございます」」」


 かくしてなんとか迷宮を脱したリックたち。

 この後、学舎併設寮・炊事場の裏手にサクールトの雷が落ちる。





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