04.「世知辛いのでゴザル」
シラクー伯の城下町は堀と柵、土塁、一部は石積みの防壁といった防御施設でぐるりと囲まれている。
城下町の内と外との出入りは堀の上に橋を架け、門を備えることで対応。
夜間や非常時には分厚い門扉で城下町の外と内とを遮断する、この地方では典型的な構造と運用を行っていた。
北の通用門を出て、外に広がる耕作地を行くのは、リックたち少年少女7人。
学舎においてリックたちと同じ生活班を形成している元ホライ村の面々と、リック、その妹ハンナ、幼馴染のエルは、週末のグループ活動で、北の森まで薪集めに向かっていた。
一行の最年少はホライ家のお姫様ミクと、セト屋先代の娘ハンナで、両者とも数えで9歳。
続いてリックたちに助言者扱いされている、元ホライ村のシーオンの子サクールトが10歳。
ホライ家の若様イワークが11歳で、リックとマッケンジー12歳、最年長のエル13歳となる。
「第4層が壁になるのか?」
「イワークたちもまだ到達してないけど、話を聞く限り大した壁みたいだお」
「人型の魔物が出るんだそうだ」
元ホライ村組のトップで、成人すれば親の跡目を継いで騎士階級に叙される予定のホライ・イワークは、幼少期に木から落ちた時に顔面から着地した傷がもとで若干発音や語尾がすっきりしない。
どもりではないが、唇に大きく残る傷と相まって初対面での印象がよろしくないことを気にしており、身内以外にはあまり口をきかない。そのせいでますます不愛想に見えてしまうのだが、本人は気がついていない。
「エレベータの第4層の乗り降り場まで自力でたどり着くことで到達の証、リボンがもらえるらしいです」
「そのリボンを魔物狩り組合に提出することで、組合員の証にエレベータ利用許可が付与されるんだと」
「許可付きタグを見せて運賃を払えば、第4層直通エレベータが使えるんだそうだお」
組合員の証自体は、魔物狩り組合に入会すれば発行される。
ただし、入会金がかかる。
試練の迷宮チャレンジだけを考えるなら、エレベータを利用できるようになるまで組合には用がない。
「力を見せろってのは理解できるが、面倒くさいな」
「まあ、恩恵を得られる条件も絡みますから」
遠くばかりを見てもしょうがない。
当座の目先へ集中することだなとリックが納得し、会話がひと段落したところでハンナは隊列を下がった。
「ねえ、ホライ様たちは開拓村育ちだから、第4層でも楽勝、なんてわけにはいかないの?」
「ボクらが学舎に送られたのは2年前、ボクが7歳、兄上9歳のときだよ?」
シラクー伯城下で基礎教育などを行う学舎に入れるのは、数え7歳以上という基準がある。
入舎年齢の上限はないが、常識的には10代前半のうちに門をくぐることになる。
「そのおかげで、村が滅んだのにこうして生き恥をさらしているがな」
元ホライ村他、いくつかの開拓村が魔物の大群に飲み込まれたのは、ホライ家の嫡男イワーク、その妹ミク、従者ヨシュアリ家の子マッケンジー、そしてサクールトの4人がシラクー伯の城下町に送られて間もなくのことであった。
それからすでに2年と少々の月日が経過している。
当時の魔物あふれは城下町の外にまで押し寄せたので、リックたちにとっても他人事ではない。
城下の武人、魔物狩り、有志という名の町人壮丁を総動員した抗戦で危機は去ったとはいえ、戦う力がなければ生き残れないことを、城下町に住まう人々に強く印象付けた出来事だった。
リックたちが魔物狩りを志した理由の背後には、この時の体験と印象ある。
「マッキーは捻くれてるなあ、もう」
「俺は武家だ。斬り死には本望だろ」
ホライ家の若様イワークの最側近にして、ホライ組では最年長のマッケンジーは雑貨屋の娘エルがつつこうとするのを軽くいなした。
「そっちの目的は御家再興だもんなあ」
「リックたちは、とりあえず食っていくためだお?」
おなじ魔物狩りを目指すといっても、目的は異なる。
お上批判にならないよう、マッケンジーは言葉を選んだ。
「領の戦力を保持するために、魔物狩りになることや恩恵を授かることを政策的に誘導している面もあるんだろ」
「戦える力は欲しいよね」
魔物という目に見える脅威が身近に存在するこの世界、個々人の戦う力は重要だ。
戦いに役立つ恩恵を得られれば、ものによっては千人の兵を揃えるよりも強い。
反面、恩恵のせいで、対魔物用の軍隊を整備するより個々の魔物狩りに任せたほうが効果があると思われていることが、『(できれば)領民総魔物狩り化』などという政策目標が存在する理由でもあるのだが、閑話休題。
得られた恩恵がたとえ戦いに役立たなくても、多くの場合は生かせる道がある。
例えば【記憶】の恩恵を得た男は、今は学舎で講師をしている。
神殿の勧誘激しい奇跡・医療系はもちろん、活躍の場を選ばない【識別】や【鑑定】に、特殊なところでは女性に人気の【安産】という恩恵もある。
なお、恩恵の出現率と、人々の認識している有用度とは別物。
レアリティの高い恩恵でも、使いこなせないものやどこで役に立つのかいまいちなものは『はずれ』とされる。
「俺はできれば【頑健】か【強筋】がいいな。次点で【機敏】だろ」
「イワークは肉体強化系もいいけど、指揮系でもいいお」
「いや、男なら【剣聖】を夢見るくらいでよくないか?」
「運ですからね、こればっかりは」
◇ ◇ ◇
「とうりゃ、ハッ!」
どさり、と音を立てて幹から切り離された枝が地面に落ちる。
リックが手に入れた新しい力、ナタをふるって下枝を払い、横目に周辺警戒しているマッケンジーがダメだしをする。
「軸がぶれてるだろ」
「重さ負けしてるんだよ。筋肉つけばマシになるって」
「力任せだと、刃がすぐに痛むぞ」
「うっ……」
「筋肉で振るってよか、重さを活かして流す、うーん、うまく説明できないな。といって武術の受講は、金がねえよなあ?」
イワークやマッケンジーは武門の出ということもあって武術・体錬系も修めようとしているが、その学費はシラクー伯へのツケという形で積みあがっている。
将来のホライ家を背負って立つ御曹司様曰く「ツケられるだけツケちまえばいいお」。
成人前から御恩でがんじがらめへの開き直りだ。
親や保護者に後援者、そして学生自身が学舎に納める学費は、金銭に限らない。
穀物や布、薪炭などの物納に、学舎や行政関係での勤労奉仕で納めるという手もある。
勤労奉仕の例としては、サクールトがやっている寮の賄い方の手伝い、機織り・裁縫、城下町のどぶさらい、役場のメッセンジャーとして町中を駆け回る……などの仕事がある。
本日のグループ活動での薪集めも、物納のためだ。
人里に近い、比較的に森の浅い部分での薪集めだが、掘割土塀などで守られた城下町の外での作業である。
魔物狩りや狩人、樵などといった者たちが逐次間引いているとはいえ、いつ魔物や獣が出没してもおかしくない。
特に北の森は、対魔物領域の最前線エリアであり、この森を先に進めば元ホライ村や元タズ村など、2年前の魔物の氾濫に飲み込まれた村落の跡地が存在する。
危険性の分、北の森に縄張りを主張するのは元開拓村出身者くらいで、他グループとの競争も少なく、薪を集めやすいというメリットはある。
「やっぱナタいいよなあ。俺の脇差じゃ、枝払いとか灌木刈りとかやりたくないだろ」
「脇差なんて武家の身分証みたいなもの、何度も斬った張ったできるものじゃないお」
リックがナタをふるって開闢した場所を集積所にして、ツタで束ねた薪を放り投げたイワークが腰を伸ばした。
入れ替わりでマッケンジーが薪集めに向かう。
全員が下を向いていては万が一に備えられない。適宜の休憩時間は警戒要員をやる時間でもある。
「金物屋で砥石買う予定だけど、今日の稼ぎで足りるかどうか」
「ナタならそこまで目を立てなくていいから、荒目の小さいの1つ買えば足りるお?」
イワークは、腰に差した短刀の柄をぽんぽんと叩く。
脇差のような高価で繊細な刃物は、手入れ一つでも砥ぎ専門の職人に依頼するのが定番だ。もちろん、相応のお金がかかる。
「迷宮で2人並んで使えるもの、短剣か短槍かで悩んでたけど、短剣よりもナタのほうが潰しが効きそうだお」
「獲物は場所や用途によりけりかあ」
「だお。例えばここや迷宮で長物振り回せるかって、無理だお」
リックは、長物ではないがエスカリボグル1世を振り回す妹ハンナとは、あまり近い位置取りをしたくないなとうなずいた。
ふと、昨日迷宮ですれ違ったベテランぽい人の姿が脳裏に浮かぶ。
「そういや昨日みかけたベテラン魔物狩りっぽい人、小剣を左右に佩いてたな」
武器以外にも、使い込まれた革鎧であったり、腕にはめるタイプの小ぶりの金属盾であったり、実地・実戦で選ばれてきた装備だと思えば、参考にせざるを得ない。
「小盾、バックラーは父上もしていたお」
「やっぱ盾はあるほうがいいのか」
「兄上、ちゃんと警戒してる?」
「兄さんも、口だけじゃなく手を動かしてよ」
ミクとハンナの美少女(自称)ペアが薪束を積み上げながら口をとがらせる。
「いや、ほら、ちょっとは休憩いれないとね?」
「へー、じゃあボクらも少し休もうか?」
「だよねー、あーあー腰にクるなあ」
ワイワイと騒ぎながらも作業は続行。
持ってきたご飯を遅いお昼として食べてから、結構な量を集めた薪を手分けして背負い、帰路につく。
獣道の、森と耕作地の境界付近で、一行の先頭を行くマッケンジーの合図に全員腰を落とした。
重い沈黙と緊張感が漂うことしばし、マッケンジーが右手前方を指さす。
「確認!」
薄茶色の、コモっとした塊を見つけ、ミクが小さく発した。
農家の敵、うさぎだ。
ミクは音を立てないよう慎重に薪束を下ろし、腰帯に挟んでいた獲物を手にした。
Y字型の木の枝の股部分に手拭いを結わえたものに、小石をセット。振りかぶって、……投擲ッ!
投石に倒れたうさぎにはまだ息があったが、サクールトがさっさとさばいて内臓を捨てる。
皮剥ぎは後回し、適当な枝に吊るして道すがらに血抜きしていくことになる。
「ふふふ、ボクのディビッド4世は今日も活躍しましたねえ」
「ぐぬぬぬぬ」
悔しがるハンナの今日の友は慣れ親しんだ外棒具5世で、本来の杖として活躍している。
「私も後方からの投石棒にすべきかなあ」
「芋虫相手でも威力不足だし、石だって数を持ち歩けるわけじゃない。それに迷宮で飛び道具はどうだろうねえ」
自称・美少女組の物騒な会話を横目に、エルは、難しい顔をしているリックの腕をつついた。
「成り上がりはともかく、魔物狩りを目指すこと恩恵を得ること、それは変わらないんだね?」
「ああ。俺の頭じゃそれ以外の道が思いつかない」
「私もだけどねー」
武家の意地、御家再興を悲願とし、シラクー伯の御恩に武者働きでご奉公するしかないホライ家の面々と違い、リックたちの将来は固定されたものではない。
さりとて、じゃあ選択肢があるのかと言われると困る。
「当面、俺とエルは学舎卒業、成人まで銭貯めて、装備整え、力をつけて、第4層を目指すって感じでいいか?」
「いいよー」
「私は?」
ハンナが割り込む。
「ハンナは卒業までの猶予がまだまだあるだろ。焦ることはない」
「リックとエルは追い出しに引っかかるのかお」
学舎の基礎教育部分の在学目安は3年。
別に1年で卒業しても5年かかってもいいのだが、特に理由がなければ3年という暗黙の了解が存在する。
「俺たちよりも先に迷宮攻略進むかもな」
「家の手伝いもあるし、卒業しちゃうと使える時間はむしろ減るかも?」
家からすれば、子供だって貴重な労働力。せめて学費分の元はとりたいのも人情といえよう。
「なんていうか、町人も大変なんだねえ」
「世知辛いのでゴザル」
自称・美少女たちはそろってため息をついた。