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03.「ん? ニュービーか?」

 学舎併設寮の炊事場の裏手にうなり声が響いた。


「うー」

「漬物石はいらないでしょ、第1層なら」


 雑貨屋の娘エルは、サクールトの指摘に渋い顔とともに低いうなり声を発し、手にしたものを放すことに強い強い抵抗感を示す。


「エルねえ、芋虫相手に鈍器はちょっと……」

「でもでも、こう、革布でくるんで振ることで、より勢いよく叩きつけられるようにしたんだよ?」


 リックの妹ハンナの指摘にも、創意工夫の成果を主張するエル。

 サクールトはエル以上に渋い顔でしぶしぶエルの言い分をのんだ。


「確かに、無手で迷宮に行かせるわけにもいきませんが……」

「余ってる私の外棒具(ゲイボルグ)5世なら貸せるけど、素手よりはマシって程度だしね」


 そう言って、ハンナは禍々しき物体を掲げた。


「この子は……これまでのゲイボルグを超えた棒具ボルグEX(エクス)……いや、最上級のESX(エスカ)を冠し、(生まれ変わった)・ボルグ! エスカリボルグ1世!!」


 サクールトの助言に従い、適当な長さと太さのまきの先端部を縦に割き、そこに割れた陶器などの破片を挟み込んだ、実にデンジャラスな外観のこん棒が掲げられる。


「縄で締め付けて固定するのに、下手にこすれると縄が切れちゃいそうで、破片あんまり挟めなかったのが心残りです……」

「いや、その……十分に凶悪に見えます」


 石斧やピック的なものを想定した助言だったのに、どうやら縦に八つ裂きしたようで、全方位対応トゲトゲ仕様になっている。

 予想以上に危険なブツが生まれてしまったことに、サクールトの顔はさらに渋さを増す。

 うっきうきで腰に吊るしたナタを見せびらかすリックはある意味では癒しであった。


「てなわけで、防具もまあ、ないよりマシ程度だろうが準備した」


 リックが動くたびに、うろこ鎧もどきの木片が鳴る。

 地味に音階が違うところがまた味わい深い。


「うん……まあ、伝説の竹アーマーなんてシロモノもあるわけですし、皮一枚、板一枚でもバカにできないから……」

「じゃあ、合格でいいのかな?」

「フゥーフゥー……今宵のエスカリボルグは血に飢えておりますぞ」


 怪気炎を飛ばすハンナをとめる勇気はサクールトにはなかった。

 生まれたばかりのエスカリボルグ様に捧げられる鮮血は、わが身とは無関係であってほしい。


 3人の努力の成果に、よりよいモノを提示できるわけでもない。

 漬物石以外については。

 漬物石は否定したい。

 だけど、しぶしぶとはいえ認めてしまった以上はひるがえしたくもない。

 サクールトは奥歯にものが挟まったような文言をひねり出した。


「現状でできる最善に非常に近いのではないかと思う次第です」

「サク君のお許しがでたぞー」

「よっし! リベンジだ!」

「ただしっ!」


 テンションの上がる3人にサクールトの良心が発した叫びが撃ち込まれる。


「ただし、明日はグループ活動の日です」

「今回も北の森でたきぎ拾いだったよね?」

「ぶっちゃけ森の方が迷宮第1層より危険ですからね? ケガはもちろん疲れを残さないように」


 出現する敵のわかっている迷宮と、何が出るかわからない、比較的安全ではあっても万が一の危険度の上限のない外の森。


「ウィーっす」

「合点承知だよ」

「サク君は心配性ですねえ」


 3人に聞き流されることは承知のうえでの釘刺しは、サクールト自身の良心への言い訳だったのかもしれない。



 ◇ ◇ ◇



 試練の迷宮は、シラクー伯の城下町のはずれにある。

 というよりも、城下町自体が試練の迷宮を町内まちうちに取り込むように造られ、そのせいで若干間延びした掘割や町割がなされている。


 神々が課した試練だから、『試練の迷宮』。


 ある程度の人口が集中する地に出現すると言われ、為政者にとっては大事な目安であり、施設である。

 そういう由来があるので、試練の迷宮が出現した地には神殿も併設される。

 試練の迷宮、神殿、魔物狩り組合(ハンター・ギルド)の3点セットに、聖職者や聖石や魔石関連商人、魔物狩り向けの家屋や宿など、関係する人々の住まいや職場がひとかたまりに集まるエリアが形成されている。


「地味に遠いんだよね」

「俺たちの普段来るような場所じゃないからな」


 神殿広場の端に試練の迷宮の入り口があり、魔物狩り組合から派遣された門番が立っている。

 迷宮入り口の隣には平屋建ての建物があり、魔物狩り組合の看板が掲げられている。

 さらに隣にはややこじんまりした建物があり、時折、いかにもな迷宮挑戦者たちが出たり入ったりしている。


「あっちの建物がエレベータってやつだな」

「第4層に直通してるって話だよね」

「お金かかるみたい。とりあえずは関係ないですね」


 リックとエルは、これまで自分たちに関係ないと思っていたものが、意識が変わると意味を持って見えてくる感覚に浸っていた。

 2人の世界のすぐ脇で、ハンナはエスカリボルグ1世をスイングしている。


「もうちょっと、腰を入れないとダメかな?」

「おう、あぶねぇだろ。広場で獲物振り回すんじゃねーよ」

「うひょ!」


 注意されたハンナはそそくさとリックの背後に回り込む。

 ハンナを叱った片腕のないおっさんが、足を引きずりながら近づいてきた。


「見ねぇ顔だな。組合ギルドに用か?」

「いえ、組合登録が必要になるのは、第4層にたどり着いてからって聞いてます」


 だいたい全部、サクールトからの情報。


「あー、まあそうだわな。浅いとこうろちょろしてる分には組合員の証(タグ)もいらんし、聖石(いし)も預かるほど集まらん」

「魔物の情報も、わざわざ買いませんしね」


 おっさんは3人を値踏みするように眺め、鼻を鳴らした。


「ま、あるもんで勝負するしかないわな。芋虫に効きそうな獲物持ってきてるだけマシだ」


 乾いた笑みを口元に張り付けるリック。

 後悔と反省をしたところで何も考えずに突入した過去は消せない。過去とはただ、受け止めるしかないものである。


「俺の知ってる中で最悪だったのは、第1層で腰骨折られたヤツだな」


 おっさんはかぶりを振った。


「動けない、意識はある、治るあてはない、金もない。しかもよぉ、中途半端に恵んでたヤツがいたからなかなか餓死もできない」


 試練の迷宮・第1層に出没する芋虫は、はっきり言ってザコ中のザコだが、それでも身体のできていない子供には死の危険があるし、当たり所次第では成人の骨だって砕く。

 リックたちの笑みがどんどんひきつっていく。


「しまいにゃぁ、『殺してくれ』ってぇ……」

「「「……」」」

「ま、新顔ニュービー脅しなんてガラでもねぇこたぁここまでだ」


 押し黙ってしまった3人に満足したのか、おっさんは背筋を伸ばした。


「ようこそ、試練の迷宮へ。先達せんだちとして貴殿らがよき恩恵ギフトを得られることを祈る」


 わざとらしい丁寧な物言いののち、ニヤリと口元をゆがめる。

 年季の入った悪ガキの顔であった。


 そんな元悪ガキなおっさんに脅されたからといって、現役の悪ガキたちが引き返す選択肢はない。

 リックたちは試練の迷宮第1層に足を踏み入れた。


「前方に芋虫発見、フリーだよ!」

「突撃じゃー!」

「イェーイ!!」


 神々の課した試練だし、領民が神からの恩恵を授かることは為政者としても推奨すべきことだ。

 そしてアガルタ1000年史における暗黙の了解として、『入場者の少ない試練の迷宮は消えてしまう』というものがある。


 領内の試練の迷宮が消えてしまうということは、特にシラクー伯領のような魔物領域との最前線に位置する土地では致命的に望ましからざる事態といえる。

 よって、誰もが試練の迷宮に入ることはできる。……ことになっている。


「聖石……なしッ……」

「残念……」


 しかしだからといって、人的資源は無為に損なってよいものではない。

 十把一絡げの挑戦者が死ぬだけならまだしも、重傷を負ったり後遺症が残ったりして他人の手を煩わせるような事態は、できれば避けたい。


「ちゃーっす。午前ぶりー」

「おう、リックたちか。魔物狩り目指して迷宮デビューか?」

「だすだす」

「この先は3組ほどいるから、芋虫にありつけないと思うぞ」


 せっかくの情報だったが、リックたちは会敵よりもマッピングを優先。サクールトの口が酸っぱくなる助言の賜物と言えよう。


「行き止まりだねえ」

「奥行は30メートルくらいかな?」

「分岐中央から55歩だから、もうちょっと短いかも?」


 神殿は【封傷】や【治癒】、さらに【安息】【祈り】といった恩恵ギフト持ちを勧誘し、医術のみならず恩恵ギフトによる奇跡の力で人々の健康を守る役割を担っている。

 魔物狩り組合の職員には、大けがなどで現役を引退した元魔物狩り(ハンター)が多くいる。


「聖石2つ目ゲット!!」

「シャーっ!!」

「これが……ビギナーズ・ラック!?」


 魔物狩り組合の職員さんが新人にちょっとした『教育』を行ったり、たまに浅層を徘徊していたりするのは、新人たちを不幸な事態から遠ざけようという努力だったりする、らしい。

 片腕のおっさんから新顔ニュービーへの洗礼を受けたばかりのリックたちは、しかし、ノリにノっていた。


「いやー、準備って大切だよね」

「オッシャル トオリデ アリマス」


 エルに脇腹をつつかれたリックは、まだ消えない鈍痛を我慢しつつ、本日何度も繰り返し言わされたセリフを(リピート)した。


「兄さん、松明たいまつ、もちょっと近づけてくれる?」

「ああ、こんなもんか?」


 ハンナは3人がそれぞれ記していたマップをざっと見比べた。


「距離感はバラバラだけど、道順自体はみんな同じ、だと思う」

「細かいところは帰ってから確認だね」


 エルはリックの掲げる松明たいまつを見やった。

 明らかに炎の勢いが落ちている。途端に、迷宮の闇が身近に迫ってくるように感じられた。


松明たいまつ、もう少しで燃え尽きそう」

「え? 気づかなかったけど、言われると、結構経ってるような気もする」

「予備はあるし、まだ行けそうだけど……」

「『まだ行けるはもう危ない』だよ、リッ君」


 歴史の中で培われた警句は数多い。

 最年長のエルが、ここぞとばかりにお姉さん風を吹かせた。


「自覚ないけど、結構疲れてるのかもしれないし、またサク君に叱られるのもちょっとね」

「あいつ、心をえぐる責め方するからな」


 明日のグループ活動に支障をきたしては何を言われるか……3人は顔を見合わせた。


「よし、帰ろう」

「りょーかーい」

「承知」


 本日の、芋虫を倒すまでの過程は先日とは打って変わってスムーズだった。

 だからこそ調子にのってしまったのだが、準備一つ武器一つでここまで変わるかと思わされるところでもある。


「芋虫には、刃物が効く!」

「適材適所だね。反省材料だけど」


 鼻息の荒いハンナに、本日あまり活躍できなかったエルは悔しそうな顔をする。

 漬物石ぶんまわしはコントロールが難しく、なかなか当てられていない。せめて重量が半分程度の石にしておけばまだマシだったかもしれない。


 もう少しで迷宮入り口というところで1人の男とかちあった。

 なんとなく、壁際によって道を譲る3人。

 迷宮内の通路の優先権に関してルールというほどのものはないので、本当になんとなくの行動だった。


「ん? ニュービーか?」


 あちこち傷の目立つ、それでいて手入れはされている深い色合いの革鎧を着込み、背負い袋には薄明かりを放つランタンや木のカップが結わえられている。

 小ぶりだが腕にはめるタイプの金属盾を両腕に装備し、小剣を腰の左右にいている。


「はい。えっと、はじめまして」

「おう、はじめまして。……まあ、無理せずがんばれや」

「ウィーっす」


 地上に出た3人が仰いだ天では、日がだいぶ傾いていた。


「んっんー……。お日様がまぶしいねえ」

「ああ……」

「リッ君、どうしたの? 疲れた?」

「……あ、いや」


 エルにつつかれたリックが迷宮を振り返った。


「さっきの人、すごいベテランに見えたけど、あんな人でも試練の迷宮に来るんだなって」





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