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試練の迷宮攻略記  作者: 凡鳥工房


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25/26

25.「迷宮の殺人鬼とかいう噂が流れてるんだと」

 リックたち三人とホライ勢四人による検証は難航していた。


 試練の迷宮・第十層に至る、魔物と遭遇しにくい比較的安全なルートがあるらしいという見込みは、第五層・第六層でほぼ実証された。

 しかし、七人そろう日が週に一日程度しかないのだ。


 そして、迷宮の下層奥まで潜って戻るとなると時間がかかりすぎる。


「直通エレベータ、使いましょう」


 第七層の検証に入るのを契機に、エレベータで第四層までの時間を短縮するようになった。

 短縮された移動時間でエレベータ利用料分の聖石を集められるのであれば、計算上の収支はトントンということになる。


「人型2と幽霊型も!」

「クソッ! とにかく人型だけでも倒すぞ」

「ガス、吸い込まないよう、注意だお!」


 試練の迷宮・第八層では人型の魔物と、ガス状の幽霊型と呼ばれる魔物が出現する。


 やっかいなのは幽霊型で、こいつの身体を構成するガスを吸い込んでしまうと、咳や酸欠、意識障害、最悪では窒息死にまで至る。


 逃げようにも、コンビネーションを組んでいる人型が邪魔。さらに、下手をすると逃げる途中で別の魔物グループも引き寄せてしまう。


 最終的に逃げるにせよ、対処できるうちに対処できる魔物の数を減らす。

 それが連合チームの残した戦訓だ。


 リックたち前衛三人がややかかり気味に展開する。

 玄室の壁を背にするリックの妹ハンナ、幼馴染のエル、ホライ家のミク姫にサクールトの四人との間にスペースをつくり、幽霊型のガスに巻き込まれるのを防ぐためだ。


 リックとマッケンジーがそれぞれ人型の魔物を受け持ち、イワークが幽霊型を引きつけつつ後ずさる。

 幽霊型の攻撃手段は身体を構成するガスそのものであり、イワークは息を止めて短槍を振り回し、すばやく立ち位置を変えて深呼吸というパターンで時間を稼ぐ。


 一行の天敵ともいえる幽霊型だが、倒せないわけではない。

 とにかく切り裂いていれば、いつかは黒い霧と化して消えることはわかっている。


 ただ面倒すぎるので、逃げられるなら逃げるという方針になっていた。


「兄さん、左から入る!」


 タイミングと距離をはかっていたハンナは、投げ網を振り回してリックと相対していた人型を絡めとろうとする。

 その際、勢い付けに振られていた投げ網がたまたまイワークの対峙する幽霊型をかすめたのだが、幽霊、いきなり黒い霧化して聖石を落とした。


「ふぇッ!?」

「ていやぁ!」


 目の前で起こったことに思考が飛んだイワークの気の抜けた叫びと、人型しか見ていなかったハンナの掛け声が重なる。


「シャア!」

「ウラー!!」


 網に絡めとられた人型は、兄妹の滅多打ちを受けてほどなく霧化した。

 もう一方の、マッケンジーが受け持っていた人型も、ミクの投げ網とサクールトのボーラで無力化、難なく倒された。



 ◇ ◇ ◇



「幽霊型が?」

「投げ網がかすったように見えたお」


 イワークと戦略予備の後衛陣が、眼前で霧化した幽霊型について問題提起を行い、ディスカッションが飛び交う。

 推論と実験手順の組み立て、数度の試行を経て、戦術として採用された。


「といやっ!」


 投げ網を打たれた幽霊型が黒い霧化して消える。


 本来、敵を絡めとることが目的の投げ網が、幽霊型を一撃で倒すなど想定するほうが無理だろう。

 一行は、光明となった投げ網様に感謝の念を捧げた。


 偶然の産物で誕生した新戦術の採用で第八層の探索が予想外にスムーズに完了し、引き続き第九層に様子見で下りてみる。


「幽霊型を倒せるようになったといっても、やっぱ第九層はきついな」

「今日は予定外の快進撃で下りてきちゃったけど、もう戻るお」


 試練の迷宮・第九層は、新たに登場する遠距離攻撃持ちの魔法使い型以外は、人型に幽霊型、強化された毒を持つ蝙蝠型に蛇型となる。

 ここに芋虫型と犬型がいたら試練の迷宮に出現する魔物のオールキャストだ。


 第八層に上がり推定・比較的安全なルートを小走りで抜け、第七層に上ってすぐの階段の間で小休止をとる。

 上下の階層をつなぐ階段の間は、魔物が出現することがほぼない場所として認識されていた。


「聖石持ってきてたら、行けたかも……」

「俺たちだけなら、帰還の間から転送でいいんだけどな」

「リックたちは、聖石持っとくべきかもな。それにしてもまさか幽霊型がなあ」


 滅亡五村の遺児で連合を組んで、十人以上の大人数で挑んで、ひたすら切り裂く以外に有効な手立てがなかった幽霊型である。

 火術や風術の、いわゆる魔法型の恩恵ギフト所持者でないと実質無理だと思われていた幽霊型である。

 幸いにも移動速度は遅いため、息を止めて振り切るのが限りなく正解に近い対処法だと、そう思われていた幽霊型である。


「一の魔物としての一体性理論がどうたらで、一体性を保てなくなった部位は霧散して再生しないわけで」

「ガス体を、網の目で切り取ったから部位破壊、その累積ダメージで?」


 連合チームで、幽霊型にさんざん苦しめられてきたイワーク、マッケンジー、リックは、もやもやとした感情を唇の形に表出した。

 反対に、後衛よりの四人はガスを吸い込んで窒息しかけたり咳に苦しんだり、息を止めての立ち回りに全身が悲鳴をあげたりといった経験がなかったため、これで倒せると単純に喜んでいる。


「釈然としないのはわかるけど、問題はそこじゃない」

「『この情報は拡散する? 秘匿する?』かお」

「この情報は拡散する? 秘匿する? ……ハッ!!」


 イワークの得た【時戻ときもどり】という恩恵は、当人の意識を数秒前の過去に戻すというもの。

 現在のところ、このようないたずらめいた使い方しかできない、戦闘の役に立たない、いわゆる『はずれ』恩恵であった。


「……比較的、安全なルートがあるというのはともかく、具体的な魔物との遭遇ポイントやルートどり、そしてこの投げ網マジ最強説はなあ」

「ルートも、第十層への護衛兼案内人ガイドさんたちの飯のタネだろうし、下手に広めると後ろから刺されそうだよね」


 人は、既得権益を侵すものを全力で排除する。

 比較的安全なルートの存在が世に広まっていないのは、そういうことなのかもしれない。


 リックはハンナを促した。まぐれとはいえ、幽霊型に投げ網が威力を発揮することを発見したのはハンナである。


「……広まってないのは、やっぱり隠されているから?」

「投げ網使いがどれだけいるか考えると、気づかれていなかった説をとりたいところだけどねえ」


 ハンナとミク、自称・美少女たちは口を濁した。

 新発見であったのならいい。誰かの飯のタネ、秘匿されていた既得権益だった場合が怖いのだ。


「玉虫色だけど、様子見が私の希望です」

「ボクも賛成」

「私もそうだねー」


 女子組三人がさように仰せであれば、男子組は従うのみである。



 ◇ ◇ ◇



 幽霊型への対抗手段を手に入れたとはいえ、第九層の地図はなかなか埋まらなかった。


 リックたち三人ではやや無理をして第六層、ホライ勢から何人か一緒になっても第七層まで。

 七人そろわないと第八層や第九層には行けない。


 また、第四層直通エレベータを使ってなお、第九層まで行くには時間がかかる。

 加えて、なるべく戦闘を避けるルートはかなり遠回りとなり、これまた時間がかかる。


 せめて第七層までは最短距離を蹴散らして駆け抜けることができないと、第九層との往復だけでも一日がかり、十分な探索を行うには露営ビバーク前提となる。


 しかも、試練の迷宮でまたしても事故、あるいは事件が発生した。


 今回の犠牲者は、タンチャウ村の従者。

 『あたり』恩恵を引いて調子に乗っていた彼である。


 学舎併設寮の応接室で、ホライ勢もリックたちも、そろって重い空気をかもしていた。


「死体発見は、第九層なんだお」

「第九層ではぐれたって言ってたからな」


 【槍名人】という戦闘技能、いわゆる『あたり』恩恵を得た彼は、積極的に仲間を引っ張り聖石を集め、その日はついに次の恩恵獲得予定者を引き連れ、第十層チャレンジを行っていたのだという。

 だが第九層で交戦中にはぐれ、他のメンバは断腸の思いで第十層まで強行突破し、帰還の魔法陣で地上に戻ってきた。


「幽霊型も込みの魔物の群れから逃げようとして、殿しんがりをつとめたんだそうだお」

「……投げ網の件、教えておくべきだった?」

「対策不足で突っ込んだのなら、それは彼ら自身の責任だとボクは思う」


 ふさぎこむハンナだが、リックもミク姫同様、突っ込んだ者たちの自己責任だと考えていた。


 いくら頭数の多いタンチャウ勢でも、【槍名人】の彼を加味してもなお、連合時代の突入チームより総戦力では劣るハズだ。


 毒を警戒して蛇型に気を取られていると蝙蝠型と幽霊型がうざくからみ、そこに魔法使い型の遠距離攻撃が……といったコンビネーションがありうるのが第九層。

 逃げ切れる見込みがあれば、無理に戦わないのも連合時代の戦訓である。


 ゆえに逃げが悪手というわけではない。場合によっては殿しんがりを置いての時間稼ぎもアリだろう。

 全員で逃げた先で別の魔物と遭遇、手間取るうちに追ってきた魔物に挟撃されるのが最も嫌なパターンだ。


 【槍名人】の彼は、殿しんがりからの離脱タイミングの見極めを失敗した。冷酷だが、そう評価するしかない。


 引っかかるのは、魔物の群れという表現である。

 脱出帰還した中にはかつての前線メンバも混じっていたのだし、魔物数匹のコンビネーションを『群れ』と言うだろうか?


 ともかく、地上に帰還したタンチャウ勢は、アザークスはじめ連合を組んでいた各村勢に頼み込み、急遽編成された捜索隊十二人が遺体を発見・回収。


「アザークスの若様が、多分【火術】の恩恵で幽霊型を蹴散らしたおかげで楽だったけど」

「ともあれ数は力だ」


 だが、さらなる物議が持ち上がった。


「刀傷は、第九層には人型もいるし金持ち連中の回収されてない剣もあるから、ありえなくはないんだが……」

「金と聖石がなくなっていたんだお」


 魔物が、わざわざ金と聖石を持っていくはずがない。

 つまり、お金と聖石を抜いたのは人間のしわざなのだが、さて問題だ。第九層をうろつける人間はどれくらいいる?


「捜索班の誰かがガメたんじゃないかって」

「連絡会は大荒れだお」


 イワークとマッケンジーは大きく肩を落とした。

 わざわざ捜索に出てやったのに疑うのか、捜索チームにはタンチャウの者もいただろう。だが、捜索隊の誰かが盗んだとしか思えない。


「しまいには、それはそれとして本来なら恩恵を得た者が残りを引っ張る約束だったじゃないか、履行しろ云々って」

「火の魔法なんて見せられちゃあなあ。幽霊型はもちろん、魔法使い型との遠距離戦でも後手に回らずにすんだし、約定守れくらいは思うだろ」


 人間の特性として、不幸は比較的分かち合えるが、幸福を分かち合うことは難しいというものがある。

 もちろん、個々人の人間性の問題や程度問題に帰する場合も多い。


「なんつうか、なんだなあ……」

「信義と利益、ついでに死人も出たばかりで、感情こみこみだろうしねえ」

「ボクたちにはどうしようもないよ」

「葬儀も、出る出ない、呼ばない来るな……」


 いったんこじれた関係というものは、なかなか元には戻らない。


 三年前の魔物あふれで故郷を失い身寄りをなくしたという共通の背景を抱え、艱難辛苦を共に耐えてきた者たち。

 連帯連合して積み重ねてきた信頼が裏返った連絡会では罵詈雑言が飛び出す事態になり、元五村はバラバラに分裂した。


「そんなこんなの状況説明と、共有です」

「第九層、今回の件で地図が多少埋まったお」


 サクールトが一枚の紙を差し出してくる。

 滅亡五村連合、最後の成果だと、イワークは寂しく笑った。



 ◇ ◇ ◇



 一部不完全ながら地図と魔物との遭遇ポイントの情報、ひっくり返せば比較的安全な経路の情報を手に入れたリックは、魔物狩り組合(ハンター・ギルド)に預けていた聖石を引き出した。


 今日のメンバはリックとハンナとエル。

 三人で第十層を目指すつもりはないが、七人そろったときは引き出している時間がない。

 先だってのように、いざチャンスが訪れた時に聖石がないでは話にならない。


 可能性は、準備をしていない者には掴めない。幸運の女神は用意のできていない者にはひどく冷淡だ。


「行くのか?」

「チャンスがあれば」


 バカ丁寧に聖石を数え、受け渡しの際の短いやり取りのあと、受付の顔の怖いおっさんは声を潜めた。


「迷宮に事故や事件はつきものだが、ここんとこは異常だ」

「穏やかじゃないっすね」


 思わずリックも声を潜める。


「黒い影が迷宮の闇に潜んでいる。迷宮の殺人鬼だ。そんな噂が流れている」

組合(ギルド)として何かするとかは?」


「ハッ、『魔物狩り(ハンター)は自己責任』だぞ。殺人鬼が出たなら返り討ち。無理なら尻尾まいて毛布かぶってろってな」


 試練の迷宮内で探索者同士の間で何が起ころうが、よほどヘマをしなければ生き残った側の証言が採用される。

 否、そうせざるを得ない事情がある。


 ルールとして、確たる証拠なしに人を裁くことはできない。いくら怪しかろうと、誰かの心証だけで誰かを罪人としていては法の意味がない。

 かつまた、いくら法で罪を定めようと、強制力がなければ効果を発揮しないこともまた事実。


 聖石も200個集まれば嵩張り、それなりに重い。

 ラウンジの隅に、いつもの双剣のおっさんがいないことを流し見て確認し、聖石の重さと心の重さを抱えながらリックは組合を出た。


 神殿前広場では準備万端のエルとハンナが待っている。


「どうしたの?」

「迷宮の殺人鬼とかいう噂が流れてるんだと」

「怖いね」


 今日の予定はタイムアタック。

 第四層直通エレベータを使い、第五層・第六層、そして第七層を最短時間で駆け抜けるルートの検証を行う。


 比較的安全なルートでは時間がかかりすぎるが、単なる最短距離でも今度は魔物との遭遇が増えてしまう。

 よって、戦闘回数を抑えつついかに短時間で突破できるか、そのバランスを探るのが目的となる。


「いよう!」

「あ、ども」


 第四層直通エレベータの建屋前では、腰にいた双剣が特徴的なおっさんが薄く笑って手を挙げていた。

 いつもの革鎧に、背には肩から尻下まであるずだ袋状のものを背負い、日除けの黒いフードをかぶっている。


「さっき組合内で見かけたが、お前らも潜るのか?」

「ええ、まあ」


「俺も潜るし、なんなら途中まで護衛してやろうか?」

「えっと、松明たいまつ大丈夫っすか?」


 宵闇よいやみの二つ名をつけられたおっさんは、【暗視】の恩恵を持ち、そのせいで明かりがきついはずなのだ。

 現に今も、頭に黒いフードをかぶり顔全体を影に収めている。


「あー、それもそっか。かーっ、やっぱおじさん仲間できねーのなあー」

「すません、せっかくのお誘いだったのに」


「あいあい、まーせいぜい互いにがんばろうや」


 双剣のおっさんはフードを目深にかぶりなおしながら笑った。

 黒い噂など聞いてしまった直後のせいか、リックの目に、その口元の薄ら笑いがひどく剣呑なものに見えた。





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