24.「やっぱり、ここで戦闘になるんですね」
試練の迷宮で豪商子弟グループが行方不明になった。
四日前、捜索依頼が出されリックたちも参加。
そして今日、子弟を失った四家の通夜めぐりという気の滅入る挨拶行脚の一日となり、セト屋当主ことリックとハンナの大兄は不機嫌に疲れていた。
「お疲れ様です」
「付き合いとはいえ、包むものだってバカにならん」
親や兄弟、縁者の嘆き悲しみは理解できても、さほど親しい縁のなかった部外者の本音はそんなもの。
嫁になだめられた大兄が我が子たちの顔が見たいと言って奥座敷に引っ込み、店舗部分にはリックとハンナが残された。
「兄さんもお疲れ」
「いやほんと、気疲れだな」
豪商子弟四人は神々からの恩恵を得るために、一流の護衛兼案内人二人に連れられて試練の迷宮・第十層に向かった。
しかし、予定を大幅に超過しても戻らず、憂慮した親により魔物狩り組合に捜索依頼がなされた。
こうして動員された者たちにより、出発日から数えて三日目の捜索で二人の遺体を回収。続く二日で、個別に六人分全員の遺体が回収された。
事件性の有無を検分するため城から検視官が派遣されたのは異例のことであったが、なにせ豪商の子弟である。そういうこともあるのだろう。
通常は魔物狩り組合によってとりあえずの犯人捜しはされるが、とりあえず以上のものではない。
疑わしい人物がいようと、確証がなければ迷宮入りで終わる。
『魔物狩りは自己責任』なのだ。
「なんでお前が生きていてうちの子は、みたいな?」
「さすがに口に出されはしなかったが……」
家を継げない者たちが集って魔物狩りを目指したという立場は、リックも彼らも同じある。
実家の権力財力というバックボーンの差に嫉妬を覚えもしたが、共感するところもあった連中だ。
ハンナは目を伏せて首を振った。
「私でも想像しちゃうくらいだし、親御さんにしてみれば、そういう、誰かにぶつけたいキモチってあると思う」
「ぶつけられるほうは、たまったもんじゃない」
理解はできるが納得はできない。
リックはどかっとあぐらをかくと 手近なツボを太ももにのせた。
ささくれだった心には無心のツボ磨き、精神安定の儀式が必要なのだ。
◇ ◇ ◇
検死が済み、豪商子弟たちの葬儀は合同葬で行われることも決まった。
通夜に続き、セト屋も城下の商家という縁で参加せざるを得ない。公の祭事でもあるので、従者というか付き人っぽい立ち位置でリックも引き回される。
その前にと、リックとエルは魔物狩り組合を訪れた。
受付で、捜索に参加し第五層以下に行った者への報酬として心付け程度の額を受け取る。
「よう! こっちこいや」
「あ、うぃーっす」
宵闇の二つ名を持つベテラン魔物狩り、双剣のおっさんが、定位置ともいえるラウンジの隅からリックとエルを呼んでいた。
手元には酒瓶。赤く染まった顔はだらしなく緩み、上機嫌に見える。
「ご機嫌ですね?」
「俺は、おひとり様見つけたからな。不謹慎たぁわかっちゃいるが、ご馳走様ってやつだ」
リックたちは、さすがに苦笑いしか返せない。
ボーナスに加えて、発見者のルールにより所有物もおっさんの物になるはずだ。なるほど不謹慎だが、美味しい思いをしたのだろう。
「アホが、口をつぐめ」
「いよう、隻腕の」
低い叱責とともに足を引きずってあらわれたおっさんが、腕の入っていない袖で宵闇を打つ。
組合の職員で、普段は神殿前広場を徘徊しては目を光らせている。エルの『事故』の際の事情聴取を担当するなど、そこそこの権限を持っているらしい。
「ったく、宿無しお武家連中が解散したと思ったらすぐコレだ」
連中が幅をきかせていた一か月、苦情はあれど事件・事故なく平和だったのにと、片腕のないおっさんは髪をかきむしりながらぶつくさ呟いた。
宿無しお武家連中こと元五村連合は、迷宮チャレンジ活動中に『事件』性のある死体を発見回収。
犯行疑惑をかけられた連合と魔物狩り組合との仲が険悪になるというイベントがあったが、連合チームの活動中は迷宮全体でみれば平和であったという。
片腕のないおっさんは双肩のおっさんから酒瓶を取り上げ、一気にあおった。
「ゲフ……。一応、事故で片ぁつきそうだが、なんとも臭い」
「一応、というのは?」
「刀槍傷と、当人たちの回収された武器との一致ってことで、同士討ち、あるいは人型の線が濃厚って話さ」
第十層への護衛兼案内人二人、豪商子弟四人の計六人の遺体は、第七層から第九層でバラバラに発見された。
遺体に残った刀槍傷が事件性をにおわせたが、組合の職員も城からの検視官も、傷口と回収された武器との一致から第三者による犯行の線は薄いと判断。
ではなぜ同士討ちをしでかしたのかとなると、まず浮かんだのがガイドが報酬を吊り上げた説。
引き返せないところに来てからの報酬吊り上げ。渡し船追い剥ぎなどで見られる伝統的な恐喝手法である。
しかし、一流と呼ばれるガイドであり、また、それぞれに破格ともいえる銀貨20枚の報酬が約束されていたことが判明し、組合と検視官はこの説を捨てた。
次に、遺族は認めていないが、四人のうちでの遺恨説が取り上げられた。
しかしこの説も、子弟同士で一人二人の刃傷沙汰ならともかく、ベテラン二人まで含む全員が殺されている点で疑問が残る。
「第九層で蝙蝠型の幻覚を受け、あるいは幽霊型を吸って意識障害。それで同士討ち……」
「なくは、ないのか」
手の込んだ自殺説やら第三者の犯人を否定するなら、そういうシナリオしか成り立たない。
ただし、同士討ちにこだわる必要はない。
「まだ回収できてない剣があるんだよなあ……」
「第七層から下は、人型がいますよね」
人型の魔物は拾ったものを振り回し、武器にすることがある。
こうなると、刀槍傷にしても魔物のしわざという可能性が出てくる。むしろ、同士討ちよりもこちらのほうが理解しやすい。
ただし検視官によれば、最終的な死因が刀槍傷によると断言できる者はせいぜい二人。
「それぞれの発見位置から、おそらくは第八層の奥か第九層すぐのあたりで何かがあったんだろう」
刀槍傷を脇に置けば、死体の発見位置はバラバラで、個別に魔物に追い詰められた可能性が高い。
なぜそうなったのかは、それこそ同士討ちか手傷を負って分断されたか、幻覚による暴走か、あるいは何か。
ともあれ最終的に、上にも下にも逃げ切れずに死んだという状況が浮かび上がる。
「第十層までたどり着ければ」
「転送で帰ってこれたンだろうがなあ……」
面白くなさそうに、片腕のおっさんはテーブルをたたいた。
それを双剣のおっさんがにやけた笑みを浮かべて眺めている。
「俺の拾ってきたヤツ、装備から持ち物から全部残ってただろ。盗人の犯行たぁ考えられないよなあ?」
「他の遺体も、水袋がないとかランタンが壊れてるとか財布が消えてたとかはあるが、ルール的には問題ないな、クソ」
遺体の所持品は、どうせ回収者のものになるのである。
届ける前に金目の物を抜き取っても、ちょっと手癖が悪いととるか、うまくやったととるか、その程度の話だ。
「第一、一流のガイドつきの六人だぞ。第八層でも第九層でも、そんな連中を狩れるだけの実力持った犯人がいるのかよ」
「クソッ、そうだよ。その通りだよ!」
だから、犯人という名の第三者がいない『事故』。
そういう結論で収まるだろうと、片腕のないおっさんは苦虫を噛み噛みしながら喉の奥でうなる。
「けどな、魔物相手につまらんヘマをするような連中じゃなかった。何かがおかしい、おかしいんだ」
「隻腕よぉ、元ガイド仲間の身びいきもほどほどにな」
◇ ◇ ◇
リックとエルは探索報酬の分配のために、学舎にミク姫とサクールトを訪ねた。
そのまま、授業上がりのハンナとともにいつもの応接室に案内される。
「事故、かお」
「錯乱しての同士討ちかあ。無いとはいえないだろ」
「チームが崩れるきっかけには十分ぽいからなあ」
元五村連合の第十層突入チームに参加していたイワークとマッケンジーが顔を見合わせる。
突入と戻りの際、二人は幽霊型のガスと蝙蝠型の毒で苦しんだが、チーム全体としては幸いなことに死者は出ていない。
「連合でさんざん苦しんだ第八層・第九層でも、ちゃんと遺体回収できてるってすごいよね」
「俺たちは恩恵持ちがいなかったからな、その点は割り引いてほしい」
実は、連合を組んでいた元五村衆にも城のほうから深層捜索の打診はあったらしい。
伝手の広さは、さすが豪商だ。連合解散にいたる圧力も、出どころはもしかしたら……な豪商である。
疑惑あるいは邪推でしかないので決して意趣返しというわけではないが、人数という力技で押し切っただけで、解散した今となってはとても無理というやり取りがなされたそうだ。
「実際、俺らホライ勢だけで第八層行けるかって、ムリだろ」
「幽霊型が厳しいお」
「タンチャウのあの人は?」
「魔法型ではないらしいし、難しいんじゃないかな」
一か月強に及んだ連合としてのアタックでは、獲得した聖石は都度チームメンバで頭割りされた。
よって出向人数の多いところがより多く獲得する結果となり、元タンチャウ村の衆は二人が恩恵を得た。若様ではなく従者のほうが『あたり』らしい。
「若様のほうも別に『はずれ』じゃないみたいだお」
「あー、えーと……」
なんとも微妙な恩恵を得てしまったイワークを前に、『あたり』『はずれ』の話はやりにくい。
空気を読んだサクールトが、試練の迷宮の地図を広げた。残念ながら、第八層・第九層は未完成のままである。
「第十層に至るコツについてなんですが、いろいろ考えましたが魔物に遭遇しやすい場所はあるんだと思います」
「双剣のおじさんも、なにかコツがあるみたいなこと言ってたね」
「索敵圏がどうとか。確かに魔物の索敵範囲に引っかからなきゃ襲ってこないもんな」
護衛兼案内人の飯のタネらしき、第十層までたどり着くなんらかのコツがあることはわかっている。
護衛相手というお荷物を抱えているのだ、極力魔物と遭遇しない方向性だろうと見当はつく。
「比較的安全なルートが存在するという線が濃厚なんですが」
「下層って玄室増えるけど、玄室で遭遇しやすい気がする」
「そういえば、通路で戦闘ってあまりないね」
七人で地図をのぞき込みながら思いついたことをあげる。
写しはあるということで、テーブルに広げられた地図上に、戦った覚えのあるポイントをマークしていく。
「絶対とは言い切れないけど、この部屋、だいたいいつも戦ってるよね?」
「言われてみると……」
戦闘地点の×印横に、覚えている限り敵の編成も書き出す。
「この通路で戦った覚えはないだろ」
「いや、俺はある。あるけど……あれは撤退戦だったか?」
「逃げきれずに引っ張っちゃったパターンかお?」
暫定△印。
小一時間が経つ頃には、地図上にはっきりと濃淡が現れていた。
◇ ◇ ◇
豪商子弟とガイドたちの合同葬が執り行われた翌日、リックたち三人とホライ勢四人は合流し、試練の迷宮・第五層にやってきた。
全員の都合のつく日ということで、なんとも微妙なタイミングではあったが、リックは、葬儀場からまとわりついてきた辛気臭さを払うのだと前向きにとらえている。
「やっぱり、ここで戦闘になるんですね」
「魔物って、出現ポイントやパターンも決まっているのかな」
「んー、編成には幅があるっぽい」
第五層の魔物は蝙蝠型と芋虫型。
手の届かないところを飛行する蝙蝠が多少厄介だが、ちゃんと見てカウンターを決めれば叩き落とせる。
先日の書き込みをまとめた地図を手に、しらみつぶしの検証のつもりで次の戦闘予定地点を目指す。
そこには先客がいた。
「うぃーっす」
「おう、ホライのご一行じゃないか」
「そっちはタンチャウの。若様は今日は休みか?」
イワークも含め先行して恩恵を得た者たちは、己の得た技術・能力の把握と習熟に努めていた。
戦闘系の『あたり』を引いたらしいタンチャウの従者は、今日は三人組を率いている。
「まーほら、『あたり』恩恵持ちが残りをひっぱるって約束だったじゃん。俺っちもう、休みなしだぜ」
そう言いつつも、手にした短槍をこれ見よがしにさばいて見せる。
わかりやすく喜んでいるというか、調子に乗っているというか、自信満々、鼻高々といった風情だ。
確かに素人目にも振りは鋭くブレがない。明らかに高度な技量とわかる。それだけの技術・能力がポンと得られる。恩恵のすさまじさであった。
「俺っちこのまま第六層行くから、ついてくるなら安全だけど獲物はいないぜ」
「イワークたちは、安全重視で第五層巡りだお」
「安全重視。うんうん、わるいこっちゃねえよ。身の丈ってあるもんな」
タンチャウの従者は鼻息も荒くリックたちと別れて進んでいった。
同じ方向に進んでも検証はできない。一行は小休止もかねて改めて地図を覗き込んだ。
「第六層へ下りる階段までの最短路は後回しですね」
「魔物がいたりいなかったりのパターンは、さっきみたいに他のグループが片づけた後や余所に引っ張られたのだとすれば、つじつまはあいます」
ルートかぶりを避け、次に向かう地点を決めたところで休憩終了。
リックが長燭台型松明支えを持ち直すと、ハンナが袖口をつついて通路のほうを指した。
松明を向けてみるが、特におかしいところはない。
「どした?」
「ん、あっちの角にね、こう、黒っぽい人影がみえたような」
第五層に人型の魔物はいない。
ほかの探索者であれば、明かりを持っているはずだが通路奥には暗闇だけが広がっている。
「魔物なら襲ってくる距離だろ」
「ハンナ、気を張ってるもんね」
「気のせいかな」
「気を緩めて危機を見逃すよりは、結果的に何もなくとも警報を出すのは正しいです」
ここは試練の迷宮。
つい先日も有望な若者四人とベテラン二人が死亡する『事故』がおきたし、連合チームだって『事件』の痕跡に遭遇した。
さらに言えば、リックとエルは他の魔物狩りから殺されかけた実績がある。
気を抜いてよい場所ではない。




