22.「何が得られるのか、ドキドキだよね」
数年前、魔物あふれによって滅んだ村々がある。
当時、シラクー伯城下の学舎に留学していたため生き残ることになった者たちは、現在、連合して試練の迷宮チャレンジを行い、一人でも二人でも先行して恩恵を得させようとしていた。
その活動に、町民リックもホライ衆の加勢として混ざっている。
その連合チームが迷宮内で三人の死体を発見したため、遺体を回収し魔物狩り組合に届け出た。
刃物を使う魔物が存在しない階層なのに死体には刀剣傷が見て取れることから、明らかに『事件』、迷宮に潜っている人間による殺しの痕跡であった。
◇ ◇ ◇
「聞いたぞ。せっかく拾ってきてやったのに犯人扱いじゃあ気分も悪いだろ」
「まあ、面白くないですね」
連合チームを犯人呼ばわりするかのごとき事情聴取にリーダー他数人が激怒し、一度仕切りなおそうと週明けまで活動は休止になった。
暇になったリックと妹のハンナ、幼馴染のエルにホライ家のミク姫様とサクールトを加えた五人で迷宮に潜り、聖石集めに精を出してきた。
聖石を預けに寄った魔物狩り組合で、宵闇の二つ名を持つベテラン魔物狩りに声を掛けられ、建物内の隅にあるラウンジに陣取った。
今日のおっさんは、酒は抜けているようだが、目元にはクマが浮かび、ほほがこけている。
ただ、リックをからかうとも慰めるともつかない声は調子よく、眼光は鋭かった。
「組合に登録してから三年だったかの準ベテラン、腕前はそこそこだったらしいぞ」
腰に佩いた双剣がトレードマークの宵闇は、魔物狩り組合の職員から情報を得ているのだろう。
「トラブル、怨恨、突発的に殺ってしまったんじゃないか、などと言われてもねえ」
死体を運んだ際の匂いが鼻孔によみがえり、リックは顔をしかめた。
推理業界でいう『第一発見者が犯人』には一定の説得力がある。
ゆえに連合チームをまるっきり疑わないのも無理ではある。
「組合としちゃあ、疑ってみなきゃならん立場でもある」
「部外者なら、ボクもそう思うよ」
とはいえ、殺人犯と疑われて面白くないのも当然。
『最も利益を得た者が犯人』で対抗し、よう知らん三人を殺しても連合にメリットはないぞと主張。
「お金と聖石だけ抜き取られてて、装備や備品はそのままだったんでしょ?」
「俺たちが犯人なら、わざわざ抜き取らないっつうか、そも死体持ち帰る義理もないてな」
死人の持ち物は、基本的に回収者のものとなる。
抜き取らずとも、届けた上で正当な権利として取得すればいい。
だがそれこそが、犯人と思われないための偽装工作なのでは?
武具がそのままなのは、所持・処分のいずれにしても足がつくのをおそれたか?
口裏合わせをしておけば発見者をよそおうこともできる?
疑い出せばきりがない。
十数人という大人数のチームが、三人の死体を発見という状況がまずかった。
これが逆で、三人が十数人の死体を発見したのであれば、三人が疑われることはない。人数差がありすぎて現実味がないからだ。
試練の迷宮・第六層で活動でき、それなりのベテラン三人を殺せる腕を持ち、犯行が疑われる期間に迷宮に潜っていた者たち……かなりのところまでは絞り込めるが、疑いだけではどうしようもない。
しかも、これらの条件に適合する、第三者目線で一番疑わしいのが連合チームなのだ。
「『魔物狩りは自己責任』。犯人捜しは脇に置いても、殺られた三人が弱かったで終わる話だ」
おっさんの声にどこか蔑むような色が混じる。
【暗視】という恩恵の関係で、単独活動が長い彼にしてみれば、三人で組んでいるのに逃げることもできず斬り殺されているような連中は同情に値しないのかもしれない。
試練の迷宮内での『事件』や『事故』がなくなることはない。
また、おっさんの言うように自己責任が界隈の基本ルール。
『疑わしい』だけでは処分は行われない。
今回の事件もいつものように、犯人不明として処理されるのだろう。
この事件でリックたちが得たのは、不愉快な気分と、組合員の証回収による報酬と、回収者の権利としての遺留品になる。
装備品等はゲンが悪いということで、故買屋という噂もささやかれる中古品取扱い商に買取に出し、連合チーム全員に頭割り。
実に微々たる臨時収入であった。
◇ ◇ ◇
再開した連合チームとしての週に二~三日のアタック、同じく週に一~二日の身内チームによる探索。
休養日にはエルの両親に状況報告を求められ、雑貨屋クリノリンを訪れる。
なぜか今日はホライ勢もクリノリンの奥座敷に集まっていた。
「ほほほ、うちの娘がお仕えするかもしれないお武家様ですからね、ご遠慮などなさらずに」
「ご丁寧に痛み入りますお。エルさんもリックも、そしてハンナさんも、ぜひとも我らに合力願いたいものですが、なかなか色よい返事を頂けずにおりますお」
だって零細弱小領地なしの借金持ちだもの、とは言わず、クリノリンの奥方様はにこやかな笑顔を崩さなかった。
旦那様は気合負けしたのか、早々に座敷から撤退している。
「今日は、ハンナたちにも通しておきたい話があってね」
「あらまあ、じゃあおばさんはお邪魔かしら?」
「んもう、母さんわかってて意地悪。あっち行ってよもう」
「はいはい、ごゆっくりー」
リックは、隣室とのふすまが微妙に開いていることに気がついたが、リックでさえ気づく程度のことを他のメンツが見逃すとも思えない。
今日の話も特に隠すことはないのだろうと判断して放置した。
「連合組んでの大人数でのアタック、お城の筋から望ましくないみたいな話が出ているそうだお」
「試練の迷宮を独占するのはいかがなものか、だそうだ」
そも試練の迷宮下層をメインにする者は少なく、また総勢三十人程度で独占などできるものではないのだが、印象というものであろう。
十数人のチームで各階層を念入りにマッピング、サポートチームも用意して迷宮内での露営も行っており、目立っているのは間違いない。
「商人系の筋でもちょっとね、よくない噂が流れてるんだよね」
「豪商さんの子弟たちのグループが恩恵もらいにいかないのは、途中で妨害されるのを嫌がってるとかなんとか」
リックたちも迷宮内で顔を合わせたことのある青年たちのグループである。
彼らが第十層に行くのに、いくら優秀な護衛をつけたところで、数で押しつぶされてはたまらないということらしい。
「つうか、俺ら悪者か?」
「なんでよそ様の邪魔しないといけないんだお」
商人筋の噂は初耳のイワークたちが憤るが、理由はあるのだ。
「第六層の死体、いまだに犯人として疑われているわけだし」
「それに、豪商というだけでも妬まれるもの。もしかすると、恨みを買うような覚えもあるのかもね」
客観的に連合チームが、迷宮入りしている迷宮内殺人事件の犯人として疑わしいことは否めない。
真実事実がどうかではなく、疑わしい。
疑わしい連中とかち合いを避けるのは、リスクヘッジ的に当然の行動でもある。
「いつ解散が命ぜられるかわからないから、とにかく一回だけでも、先行獲得やってしまおうって」
「なんつうかなあ、焦ってるのか」
五村連合を主導するアザークスとしては、とにかく一度は第十層に到達、恩恵を得たいと主張。
現在の活動は、連合した数の力あればこそとリックも理解しているので、その利を活かせるうちに次の手掛かりを得ておきたいという気持ちは理解できた。
「私たちだけだったら、今でもせいぜい第五層だしね」
「私としては第六層のほうが楽なんだけど」
第六層、地を這い迫りくる蛇型の魔物に投げ網をかぶせて、動きを止めてからの滅多打ち。
ハンナとしては蝙蝠型の魔物に対空警戒を強いられる第五層より第六層のほうが相性がいい。
ただし、一度でも噛まれその毒に苦しんだ経験のある者は第六層を毛嫌いしている。蛇毒に呻いたイワークとマッケンジーは、蛇嫌い同盟員だ。
「俺は第七層がいいな。毒なんてものに気を遣わず、真っ向からの力勝負ができる」
第七層は人型の魔物と魔犬とのコンビネーション。仲間との連携が肝になる。
問題は第八層、第九層だ。
「幽霊型はさあ、どうしろってのよ。とにかく吸わないように散らせってもさ」
「いわゆる魔法系の恩恵持ちがいると楽勝らしいんですけどねえ」
幽霊型以外にも強毒を持つ蛇型や蝙蝠型、はては魔法使い型まで出現する第九層は、まともにやるなら戦える恩恵を得たのちだと結論付けられていた。
ちなみにリックも幽霊ガスで丸一日咳が止まらず、苦しい思いをした。
「最短で抜けるためにも地図をつくらなきゃいけないんだよ」
現在、主力チームが地図作成に挑んでいるが、幽霊型のガスを吸い込んでしまって動きが鈍る、毒をくらって脱落、麻痺してオブジェ化といった具合に、三チーム編成を崩して構成員を次々に入れ替えざるを得ない状況になっている。
伝聞によれば第十層には魔物は出現せず、聖杯の間のほかに帰還の間もある。
「帰還の間の魔法陣に乗ると、神殿に転送されます。というか、転送先に神殿を建てるんです」
「じゃあ、行きさえなんとかなれば帰りの心配はいらないの?」
「そうもいかないんです。神殿に転送帰還すると、いかなる恩恵を得たのか【鑑定】されてしまいます」
神殿が転送帰還者に【鑑定】を行うことは、特段隠していない。
その記録が恩恵の出現率や系統分類、研究に役立てられていることも事実だ。
しかし恩恵は、切り札である。ゆえに伏せ札として秘匿したいものとなる。
だからこそ、不意打ち抜き打ちな相手の承諾を得ない鑑定系の使用は攻撃とみなされるのだ。
「チームとしては、よほどひどい状況でなければ自力帰還の方針だお」
「戻り路は、恩恵の試し切りって意味もあるしな」
イワークたちは武家である。
どうせ隠しきれるものではないにせよ、伏せようと努力した姿勢そのものが評価対象にもなり得る。
そのため、帰還の間からの転送ではなく迷宮内を自力で逆踏破する必要がある。
「何が得られるのか、ドキドキだよね」
「『はずれ』だったときが怖いね」
昨日までの貧弱な坊やが、怪力無双の英雄になるかもしれない。
あるいは、関係がそっとフェードアウトしてしまうかもしれない。
「イワークが聞いた話だと、他人に聖石を入れてもらうと『あたり』がでやすいそうだお」
「俺の聞いた話だと、とにかく無心だっていうぞ?」
いやいや、恩恵を与えてくださる神々に祈るしかないでしょう。
祈るだけじゃ足りない、感謝の気持ちを忘れずに。
気持ちだけでいいわけじゃない、態度で示さないと──そうダンスだね。などなど、ジンクスとも呼べない何かが次々と開陳される。
「えー、まとめますと、夜明けにあわせて他人が後ろ向きに聖杯に聖石を入れ、当人は逆立ちで神々と世界への感謝の祈りを踊り歌いながら、疑わず無心の心で息を止めて……」
「他人の直後と、神殿に寄付をはずんでから行くが抜けているぞ!」
「できるかっ!!」
古来、願掛けには独特の作法があるという。
信じる者は救われる?
◇ ◇ ◇
連合チームのアタック開始から数えれば一か月が過ぎるころ、不完全ながら第八層・第九層の地図もできたということで、恩恵獲得のための第一陣を突入させることが決定した。
ホライ勢からはイワークとマッケンジーが突入チームに出向。
恩恵を得るのはイワーク。マッケンジーの分までは聖石が足りなかった。
リックたちの分を貸そうかと問えば、逆にリックに融資しようかと返され、微妙な駆け引きの末、ゆるい連帯関係の現状維持となっている。
リックは突入チームの戦力保存かつ退路確保のためのサブチームに配置され、第七層までを先導し、以後は露営して突入チームの帰還を待つ役割を担う。
サクールトは別のサポートチームで、こちらも第五層で露営。一日二回をめどに第七層と連絡する予定。
男手総勢三十数人のすべてを三チームに分配した総力戦であり、気分的にも失敗はできない状況であった。
万年金欠の彼らだが、退けないとの覚悟で、全員、白銅貨1枚を支払って第四層直通エレベータを使用する。
第三者からすればエレベータを長時間占有する邪魔者だが、悪名は今更だ。
迷宮突入からおよそ四十八時間が経過したところで、リックたちサブチームは第八層から上がってくる一団を確認した。
「死者なしだが、被害甚大」
突入チームのリーダーが引きずる脚はむごく腫れあがり、きつく縛られた布に血がにじんで止まる気配がない。
同様の、蛇型の強化毒を受けたのは他に二人。あとは咳こむ者、微妙にふらふらしている者。
突入チームに無事な者は一人もいなかった。
サブチームの半数を症状の重い者の補助にあて、ただちに撤収開始。
第六層途中で定期連絡に下りてきていた予備のサポートチームと合流。
さすがにまとまっては移動しにくいため、二チームに編成しなおして状態の悪い者を優先して地上に送る。
比較的程度の軽い者とその護衛からなる第二チームは、第五層で時間つぶしと体力回復を兼ねて大休止を行った。
「グホックホホホッ」
「きついだろうけど、イワークはまだマシなほうだから我慢してくれよ」
マッケンジーも軽い咳と赤い顔をしてる。
二人とも自力で立っていられるだけましということで地上帰還は後回し。
「それで、第十層には届いたのか?」
「予定のぉ、人員がぁ、恩恵……得たンが、行きでぇやられすぎた」
帰還の間から転送で戻る手は突入チームのリーダーが却下。
恩恵を秘匿する、当初の予定通り再度の強行突破による帰還を選択した。
第七層まで戻ればサブチームが待っているのだから、分の悪い賭けだったとは言えないだろう。
とにかく逃げて逃げて階段を目指したのだという。
『風聞宜しからず』
城から内々に、連合チームの解散が指示されたのは翌々日のことであった。




