21.「こういうの、本当、悩ましいよなあ」
シラクー伯城下にて雑貨屋を営むクリノリンの当代は、親バカである。
内外に知られたかかあ天下だが夫婦仲は良好であり、五人の子をもうけ、二男一女が生存。
エルは唯一生存中の娘であり、親バカっぷりをいかんなく発揮した両親にたっぷり可愛がられたことはいうまでもない。
「というわけで、エルに見合いの打診がきている」
「聞いてないよー!」
大事な話があるから、幼馴染のアレ、ほらセト屋のアレ、何でもいいからアレ連れて来いと言われてリックを呼んできたエルが叫び声をあげた。
「悪い話ではなさそうなのよ。あなた後添えは嫌と言っていたけれど互いに初婚、あちらさんは二十歳前の好青年だそうよ」
「むう」
「おぃいい!」
父親のサプライズに立ち上がりかけたエルが、母親の説得に居住まいをただす。
今度はリックが叫び声をあげた。
「商売のご縁もあるところを介しての話だ。チッ」
「わたくしもね、リッ君の男気には期待していたのだけれど、親から見てどちらに軍配をあげるかとなると、ねえ?」
露骨に不機嫌な親父様と、どこか楽しんでいる風情の奥方様。
自分を試すような視線を感じたリックは、隣のエルにならって居住まいをただした。
「それで、俺まで呼ばれた理由はなんでしょうか?」
「ハァー……」
心底言いたくなさそうに、親父様は顎をしゃくりながらわざとらしいため息を長々と放つ。
それくらいの意趣返しは親の特権だ。
「あなたたち、まだ清い身ですよね?」
「「ブフッ!!」」
奥方様の身も蓋もない要撃にリックとエルがそろって姿勢を崩した。
なるほど色気づく年ごろの男女が行動を共にしているのだ。当然の疑問ではある。
ましてリックとエルは幼馴染であり、ご近所様にはリックはエルの予約済みとの認識も持たれている。逆ではないのがミソともいう。
「……どうかなー?」
首をひねって瞼を瞬きするエルに、身に覚えのないリックが慌て、親父様の重低音がかぶさる。
奥方様の制止がなくば親父様の十八番、ずぶねりがリックに炸裂していただろう。一触即発の気配が室内に満ちた。
「ハァ~。あなた、清くない身と匂わせれば消える話だと思っているでしょう。相手様によっては強引に確認されるか、そこまでこだわらないお方であれば無関係に話が進みますよ」
「うっ」
母娘が通じ合う隣では、男同士の不毛な眼力バトルが継続している。
顎のしゃくりに眉ピクも交えたそれは、はた目にはただの睨めっこに見えるが、当人たちにお笑いの意図は毛ほどもない。
「今回のお話、若干の裏があるとわかっています」
「チッ、チッ、チッ」
奥方様の説明によると、エルが神々からの恩恵を授かろうとしていることを先方は知っている。
先方の身代と雑貨屋クリノリンとでは釣り合いが取れないが、エルの恩恵次第では話が変わる。
『つかえる』恩恵持ちは、家格の壁を少々越えてでも身内に抱えたい。
「あなたの恩恵が『つかえない』ものだった場合には、掌を返されますわね」
「うわー、えげつない」
「そこに愛はあるのだろうか」
「フンッ」
なので、あくまでも打診。正式な見合いの申し込みではない。
人を介したやり取りであり、エルが恩恵を得るまで見合い日程引き伸ばしからの直前キャンセル話お流れくらいはするだろう、というのが奥方様の見立てであった。
力関係というものは、弱者にとことん不利を強要する。富む者はますます富むのである。
「面白い話ではありませんが、家として親として悪い話ではないのも事実です。騙されてみせるのも一手。お断りするのであれば、相応の理由を用意しないといけません」
「フンッフンッフンッ」
しばし黙想していたエルが手を挙げた。
「『つかえない』恩恵を得てしまうというのは?」
本来いかなる恩恵を授かったのかは自己申告である。
切り札を隠すのは当然だからだ。
「無理でしょうね。こっそり【鑑定】されて裏を取られるのがオチでしょう」
「そっかあ」
「ハンッ。先方にしてみれば、ノーリスクの保険のつもりなんだ。『つかえない』なら捨てる札で、『つかえる』ようなら取り込んでやろうってな」
リックも嘆息した。
取り込むと言われれば、自分たちはホライ勢に取り込まれかけている。エルの両親に説明しておくいい機会かもしれない。
「エルから聞いているかもしれませんが、俺たち、学舎で元ホライ村の一派と生活班を組んでいた関係で、何かとご縁が続いています」
例えば現在進行中の、滅亡村落留学生連合による試練の迷宮アタックでは、リックはホライ勢として認識されている。
ホライ勢の中で真っ先に恩恵を獲得するのはイワーク若様になる予定だ。
しかし、仮にリックがイワークを主と仰ぐのであれば、ホライ勢とリックたちの貯石を統合して、イワークとリックに先行獲得チャンスということになる可能性もある。
町民から武家への仕官といえば、十分に成り上がり。
が、滅亡村落の零細弱小すぎるお武家様というネームバリューは、主従関係を結ぶのにためらいを覚えるには十分であったりもするわけで。
イワークにしても禄を払えないので、決断をせかされているわけでもない。
「と、こちらそういう状況でして」
「没落零細とはいえお武家様から勧誘されているのはオイシイ状況ですねえ」
「むううう」
「私も、悪い話じゃないとは思うんだよねえ」
うなり声をあげる親父様はさておき、母娘は膝をつめて認識の共有化を進めている。
たまに眼光鋭くリックをみやる奥方様にエルの面影を感じ、親子だなあなどと思ったりもするリックであった。
見合いの話も仕官の話も、結局のところは恩恵次第だと結論し、様子を見ながらの先送りという対処方針が決定する。
「ところでリッ君、ちゃんと言葉にして欲しいんだけど?」
「え、何?」
「リッ君は私のこと、どうするつもりなのかってこと!」
「え、まあ、それは……「チッ! チッ! チッ!」
親父様インターセプトが炸裂したが、まあ、そういうことで。
◇ ◇ ◇
アザークス勢を筆頭とする恩恵獲得合同チャレンジは、とりあえず期限は今年一杯、残り六か月弱と区切られた。
第一陣に関しては、できれば一か月以内の獲得を目指して計画が立てられ、当座は準備期間。
まずは各層の地図を完成させないことには、恩恵チャレンジ隊を第十層に送り込むことすらできない。
地図も魔物の情報も、魔物狩り組合で金を出せば買えるが、そこは触れないお約束である。
なにせみんな金がない。
しかたないので連合という形で合力し、伝手を頼って情報を集め共有している。
それらを統合していく作戦本部に、ホライ勢からはサクールトが送り込まれていた。
「第六層では蛇型の魔物が複数で出現し、しかも毒持ちだそうです」
「うげぇ」
本日のアタックチームに配置されていない者たちへの事前レクチャーに、リックも混じっている。
サクールトは、ホライ党序列的には最下位で、連合メンバ全体の年齢でも下よりにいる。
しかし、寮の炊事場に隠然たる影響力を持つこと、つまりは胃袋を握っていることから、年上格上の連中も素直に情報伝達と質疑応答をこなしていく。
「毒で死にはしないがそうですが、腫れてとにかく痛いらしく、三日は安静にするしかないとか」
「【治癒】だけじゃ痛みは抜けないんだと。【安息】の秘術を頼めば別だが、どっちにしてもお布施がないだろ」
「ははッ」
自らの金欠を笑い飛ばしていくスタイル。
空元気ではあるが、リックも嫌いではない。
「飛ばして第八層では幽霊型。ガス状の魔物らしく、吸い込んでしまうと咳、酸欠、意識を失う、最悪では窒息死」
「やべーじゃん」
「続いて第九層は強化された毒持ち蝙蝠。これは発熱や幻覚、麻痺。さっき挙げた蛇も強化されているようで、とにかく痛いうえに血も止まらなくなるとの話」
「めっちゃ、やべーじゃん」
「ほかにも遠距離攻撃飛ばしてくる魔法使い型が出現するだの、魔犬と人類型がコンビネーションきめてくるだの」
試練の迷宮は、タイプ別の魔物とやりあえる、腕試しにはもってこいの場所なのかもしれない。
恩恵を目指すだけならば、いやらしい邪魔でしかないが。
さておき問題課題がはっきりすれば、次は対策である。
「蛇型も蝙蝠型も、毒対策にはとにかく肌を露出しないのがキモでしょう」
「厚手のブーツ、手袋は当然として、首回りまでカバーできる帽子・兜を用意したいところだな」
「襟巻だけでも違うかもしれん」
「幽霊型はどうやって倒せばいいんだよ……」
希望があるとすれば、歴史上あまたの人々が第十層まで到達しているのだ。
腕利きの護衛ともなれば、二~三人で倍する者たちを引率して第十層に送り届けている。
つまり、道中どうにかなる、なんとかする方法は存在する。
「情報は逐次更新しますので、提供もよろしく」
「「「うぃーっす」」」
解散となり、リックは編成表で自分の入る日を確認してから作戦本部を後にした。
◇ ◇ ◇
人員をとっかえひっかえで総当たり顔合わせの終わった頃合いで、チーム編成が固定化しはじめた。
リックのような五村以外からの加勢も含め、男子およそ三十人が三チームに分けられる。
ホライ勢として戦闘よりチームに編成されたメンツはリックとイワーク、マッケンジーで、サポートチームにはサクールトが配置されている。
戦闘重視の二チームが交互に下層に進み、手すきの側あるいはサポートよりのチームがその一つないし二つ上の階層をおさえる。残りの一チームは休養。
現在はサポートが第五層、戦闘重視が第六層という段階にある。
この先、六層・七層、七層・八層と順次攻略を進めていく予定だ。
「いてぇよぉ、いてえんだよお」
太ももがぶっくりと腫れ膨らんだ少年が泣きながら呻く。第六層の魔物、蛇型に噛まれたのだ。
同じ小班の仲間に肩を借りて歩くが、彼はもう最低三日は使い物にならない。
チーム・リーダーは難しい選択を迫られていた。
攻略、および聖石の収集効率を考えると、行き帰りのロスをなくすため戦闘重視チームは三日くらい迷宮内で過ごすことが望ましい。
必要物資をサポートチームが直上層まで運搬。合流して露営という一連の流れを試す予定であったが、蛇型の毒牙が炸裂した。
「小班長は集まれ。各班員、周辺警戒」
「承知!」
四つの小班からリックを含む四人が全体リーダーのもとに集合した。
今のところ小班長は持ち回りでやっている。
「おまえの班だけ脱落させても、じゃあ第五層抜けて地上に戻れるか?」
「第五層は、無事な二人でもなんとかなるが、余力がないな」
第五層の魔物は蝙蝠型と芋虫型。
飛行する蝙蝠がうざいが、芋虫ともども強くはない。二人でも対処は可能だ。
ただしそれは、安全マージンを削ったうえでの対処可能であり、何かあったときには一気に危険にさらされる。
しかも、第六層の蛇型の毒を受け、痛みに苦しみ歩行も困難な仲間を抱えての撤退戦だ。
リーダーは、額に手を当て目を細めた。
「全員で、第五層に戻る。サポートチームと合流できればあっちに任せ、無理そうなら俺たちでエレベータまで送る」
「リーダーが決めたなら否はない」
件の脱落者を出した小班長は明らかにほっとしているが、誰だって明日は我が身なのだ。
仲間に見捨てられると思うより、一人のために最善を尽くしてくれると思うほうが精神にやさしい。
「来た道戻ると遠回りっぽいんだよな」
「といって、未踏査領域がつながってるかどうか?」
第五層に上る階段と現在位置とを確認したリーダーの苦悩は果てしない。
選択肢のどちらかに分がある、あるいは明らかにダメとわかるならば問題ない。どれを選んでもリスク・リターンの釣り合いがはっきりしないことが困るのだ。
責任ある決断の経験がリーダーを育てるのだろうが、正直なところリックは背負いたくない責任だな、などと考えていた。
「こういうの、本当、悩ましいよなあ」
「それでも決めるしかないんだよ。このまま、最短と思われるルートを進むぞ」
痛い痛いと呻く仲間を抱え、一行は未踏査領域に踏み込んだ。
運が良ければ、地図上の空白を埋めながら第五層への階段まで短時間でたどり着けるだろう。
運が悪ければ?
幸いなことに第六層の蛇型の魔物の毒で死にはしないはずだ。
目論見は半分成功、半分失敗とでもいうべき事態におちいった。
通路に人が倒れているのを発見してしまったのだ。
声をかけるが反応がない。
前列を担当していた小班が、長燭台型松明支えを伸ばして明かりの範囲内に倒れた人を収める。
「三人、魔物は?」
「いない……うわ、やべえぞこれ」
倒れ伏していた三人全員の死亡を確認するが、明らかな刃物傷が見て取れた。
「今回のアタックは完全に中止だ。急ぎサポートチームとも合流し、地上に戻る。遺体はリック班で確保頼む。タズ班前を、シーマス班後ろを警戒」
試練の迷宮で刃物を扱う魔物は通常いない。
絶対いないと言い切れないのは、人類型の魔物には拾った道具を使うという特徴があるからだ。
そして、試練の迷宮・第六層に人類型の魔物は出現しない。
つまり三人の死体は、はっきりと『事件』が起こったことを示していた。




