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02.「金はない。……金はない、が……しかし、……知恵は、ある……」

 シラクー伯の城下町で焼き物を商うセト屋先代の子リークロウ(通称リック・12歳)は疲れていた。妹のハンナ(9歳)も同様である。


『魔物と戦う魔物狩り(ハンター)になり、財と地位を得る!』


「つーか、それ以外で食っていく道筋が思いつかん」

「僕に言われても……」


 リックの立志決意は、リックが一方的に助言者扱いしているサクールト(10歳)との対話の中で行われた。

 その場に立ち会っていたリックの妹ハンナと、リックと行動を共にすることが多いご近所の幼馴染、雑貨屋の娘エル(13歳)が好意的中立な反応を返す。


「だからッ! サクの知恵を俺にくれッ!!」

「はぁあ?」

「だから、友情に頼って自分も努力して、最後は勝利!」


 リックは熱く拳を突き出した。


「『友情・努力・勝利』、これぞ黄金のトライアングル、完璧なサクセス・ストーリーィイ!!」

「『友情・努力・勝利+恋愛』は勝利の方程式だね!」


 リックいわくの黄金のトライアングルは、エルによって勝利のカルテットに書き換えられたようだがそれはともかく。


「サク君はサク君で将来設計が限られてるだろうけど、現実問題として、私たちみたいな特別な才能もコネもない子の勤め口って限られるから……」

「世知辛いよねえ」


 頷きあう少女2人。


「しょうがない、のかなあ?」

「しょうがないじゃない。俺が決めたんだ。だから、これでいい」

「おお! リッ君の『たまにカッコイイ』モードだ!」


 サクールトのしょうがないは、協力することを自分自身に納得させるためのしょうがないであって、選ぶ道がなかったことを前向きに変換するリック自身のしょうがないではないのだが、ああもうとにかくしょうがない。そういうことにしてしまう。

 サクールトは、リックが魔物狩りを目指すことと、自分がその偉大な事業に『友情』にのっとり助力することとの両方を、あきらめ気味に受け入れた。


 ともかくも、魔物狩りになって成り上がる。

 そういうことにしたリックは学舎併設寮での仕事があるサクールトと別れ、平静な妹となぜかはしゃいでいる幼馴染とともに家路についた。

 その途中で、思い立ったが吉日と、3人そろって様子見に試練の迷宮に行先を変えたのは若さのなせるわざというもの。

 幸いにも大けがなく帰ってこれたのであるが、ろくな準備もせずに突入したことをサクールトにとことん叱られ、叱られながらついでに芋や大根の皮むきをさせられ、日が落ちるころあいになってようやく解放され家に帰って、サクールトの助言に従い現在のセト屋一家のあるじである一番上の兄に相談したところ、これまた迷宮に入ったことをさんざんに叱られ、ついでに店に並べてある皿やつぼを磨かされ、そんなこんなでリックとその妹ハンナはいささかげんなりして床に就いたのだが、それでも朝はやってくる。


 もうすぐ季節は秋になるというのに、夜の寝苦しさはまだまだ夏の残り香がした。

 店舗兼居宅の裏庭で、朝日の下、諸肌脱ぎになったリックは井戸から汲んだ水を頭にかぶって眠気やら倦怠感やらを振り払った。


「おはよう、兄さん」

「おう。おはよう、ハンナ」

「昨日は、……失敗したね」


 リックは井戸に桶を落とし、ハンナ用の水を汲む。


「ありがと」

「ん。『失敗は成功のもと』。同じ失敗を繰り返さなければいいんだ」

「『たまにカッコイイ』モードは、エルさんの前だけで十分だと思うよ?」

「お前もエルも失礼だよな」


 リックは前髪をかきあげた。


「俺は『いつもカッコイイ』んだぞ?」


 髪についた水滴に陽光がきらめき、口元には爽やかな笑みが浮かぶ。

 が、そんなものを見ていないハンナからの返事は、バシャバシャと顔を洗う音だった。


 朝の諸事を片付け、学舎へと向かう。

 基礎的な読み書き・計算などを学べる学舎では、基本的に午前が座学、午後に体錬系の科目で授業割が組まれており、リックたちのように基礎のみの履修であれば、通常3年で卒業となる。


「ねえリッ君、入舎が認められる『数え7歳以上』って、なんでか知ってる?」

「死ににくくなるからだろ?」

「せっかくお金かけて学ばせても、元を取る前に死んじゃったらパーだもんね」

「ハンナちゃんはもうちょっとこう、言い方に手心というか……」


 リック、妹のハンナ、幼馴染のエル。いつもの3人組で固まって講師を待つ。

 リックとエルはハンナと入舎年度が違うので、こうして同じ講座に集まる機会はあまりない。

 本日の座学は一般常識。歴史や社会制度、一部理系分野も含む、悪く言えば雑学として肩ひじ張らない授業のためか、いつも受講者が多い。


「分別ついて考えて体動かすことができるようになる年ごろでもあるな」

「店番とかお使いとか、お仕事任せられる年ごろでもあるのよねえ」


 リックたちのような商家の子は、入舎前から手習いをさせられていたため、基礎教育の範囲の読み書き・計算に関しては修了試験に合格レベルとされ、学費一部免除を受けている。

 しかし一般論で言えば、親にとっては労働力を失うばかりか結構な学費までとられる。そのため、就学率はどうしても伸び悩む。


「でもさ、基礎教育修了ってことは最低限の読み書き・計算と常識を知っているってことだし」

「伝手やコネにもなるしな」


 学舎卒とは、文字通りハクがつく。

 特に城下町で店を営む人々にとっては、最低限の教育も受けていない・受けさせられないような連中は、現金売り以外の関わりを避けるべきと認識される。


「ん! 今日もわが講座は盛況であるな!」


 丸顔の初老の男性が室内に入ってきた。

 なお、彼の頭髪についての話題はタブーとされている。

 出席者を確認しつつ、それとなく講義内容を組み立て、知りたいことを教えてくれることが、講座の人気の秘訣である。


「なるほど。魔物狩り(ハンター)になるから、そのへんのおさらいをしたい、と?」

「うっす!」


「確かに、卒業後に魔物狩りになる子も多いし、大事なところだな」

「俺も気になるー」

「成り上がるぜ!」


 リックたちとはまた別の男の子たちが目を輝かせながら講師のつぶやきに応じる。

 男性講師は教室内では年長組に属するエルを指名した。


「じゃあエル、そもそも魔物狩りとはなんだ?」

「えっと、魔物狩りとは、魔物を狩る人たちの総称です。魔物を倒して人類の生存領域を拡張することに貢献しています」

「カクチョーだあ!」

「ぶっ殺すぜ」


 模範的な回答を述べるエルの声に、教室内から合いの手が混じる。

 講師はにこにこと頷いて、次にリックを指名した。


「ではリック、魔物狩りはどうやって生計を立てている?」

「魔物を倒したときに手に入る魔石を売るのが主な収入です」


 笑顔を崩さないまま続きを促した。


「え? えっと……あー、うー……」

「がんばれー」

「……うちの兄貴? ああ、……領主様とか輸送業者とかに雇われて、山狩りや護衛なんかをするときの報酬も大事な実入りになるのよ……だそうです!」

「うん。魔石販売、護衛等の報酬のほかに、野の獣を狩って肉や皮革かわを得ることも大事な収入源だ」


 ひとつずつ、指を立てていく。


「魔物狩りの収入3本柱、みんなしっかり覚えたな?」


 魔物の領域と人類の領域は明確な線で区切られているわけではない。

 驚異の度合いはともかく、シラクー伯城下町のそばにだって魔物が出没することはある。

 普通の動物、例えば熊やら猪やらだって十分に危険な相手である。


「なかには、迷宮……魔物を生み出す魔物の巣だな、こいつの攻略に特化した魔物狩りもいるが、むしろ野山で獣を狩ったり、そういうところで活動するから魔物狩りでもある、そういうケースが大半だ」

「うちのとーちゃんきこりが本職だけど魔物狩りもやってる、みたいなー」


 近隣村落から学舎に送られてきた留学生たちは、城下町住まいのリックたちよりもはるかに魔物や獣、自然の脅威に近い。

 彼らは、あるいは武家の者であり、あるいは村社会のエリート層に位置する者の子弟であるが、その点を脇に置いても、リックたち町住みとの心構えの差は歴然としてあった。


「さて、魔物を狩る人たちの総称が魔物狩りだった。では、魔物とはなんだ、ハンナ?」

「はい。『セカイを滅ぼそうとするチカラが生成した、セカイの敵』です」


 丸顔の男性は指を振って教室内の全員を見渡した。


「なるほど魔物とは、今ハンナが言ったように定義されている。が、だから何? と思った者、挙手!」


 特に年少よりの子たちが一斉に手を挙げる。


「それを知るためには、世界アガルタがどうして創られ、われらの祖先が植えられたのか歴史から紐解く必要がある。神話や伝説や英雄譚も歴史の一部だ」

「「「はーい」」」


 その手の知識を刷り込み、認識をそろえるための『一般常識』の授業なのだ。



 ◇ ◇ ◇



 午後も遅く、セト屋の裏庭にリックの声とカチャカチャ音が鳴った。


「どうよ、これ?」

「このさい見てくれには目をつぶるよ」


 一般常識の授業後、サクールトを捕まえ助言を求めたところ、「とにかく、武器防具をなんとかしましょう。金が無いなら無いなりに」とのお言葉を賜ることに成功した。


「金はない。……金はない、が……しかし、……知恵は、ある……」

「あるハズ。あってほしい」


 そういうわけで、リックとハンナは鵜の目鷹の目で使えそうなものを求めてさまよい、店に出す焼き物を運ぶのに使われた木材をきつけ置き場からせしめた。

 形を整え組み合わせ、縄で縛って手甲てこうじみた盾もどきを作ったり、短冊状の板に穴をあけ、太糸でつないでうろこ鎧めいたシロモノを作ったり。

 兄妹の素人工作を、混ざりたそうに見ていた甥っ子たちは、義姉あねに回収された。


ひざあて、ひじあては必須だって」

「布を巻くだけでも違うそうだけど、布は高いからなあ」


 幼馴染のエルは雑貨屋クリノリンの娘だ。

 クリノリンのご夫婦がもうけた2男3女のなかで唯一生存中の娘ということもあり、可愛がられている。

 店舗で商っている革ひもや布小物はともかく、商品にならない端切れが手に入ればいいなとリックは答えた。


「ここにいたか」

大兄おおにい?」


 昨日さんざん叱られたハンナは素早くリックの背後に回った。

 現セト屋のあるじ、リックたちの一番上の兄は黙ってナタを差し出した。


「いいのかい?」

「ハンナだけじゃなく、クリノリンさんとこのエルも一緒だそうじゃないか。お前はともかく、女の子を傷物にするわけにはいかんだろ」


 ありふれた品物ではあるが、立派な金物かなもの。野外活動に使い勝手のいい刃物である。

 手を伸ばしたリックだが、大兄は仏頂面のままナタを手放さない。


「朝の水汲み、3か月」

「うげぇ」

「うちがもっとお金持ちだったらねえ」

「仮に大店おおだなだったとしても、タダではやらんぞ」


 リックの後ろから顔だけ出したハンナに、大兄はバッサリと言い切った。


「いやー、大兄おおあにってここぞで甘いからあるいは、きっと?」

「そのへんはキッチリ躾けないといかんだろ。弟妹おといもだからってな」


 リックもハンナも、義姉ねえさんの手前だよね、とは口にしないだけの分別をもっている。

 タダじゃない。甘やかしではない。対価として労働で支払わせる。

 モノを渡すにも、そういう言い訳が必要なのだ。


 ナタを後ろ腰に結わえてにやけ顔のリックを眺め、大兄はこれ見よがしな大きくため息をついた。


「魔物狩りを目指すのはいいが、昨晩も言ったが、もうちょっとこう、考えてから行動するようにしてくれ」

「『男は、ちょっとバカなくらいでいい』ってエルが」

「あの子は面食いなだけじゃないか!」

「「母さんには感謝しかない」」


 リックとハンナは胸を張った。

 ちなみに大兄は父親似である。





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