19.「先行の話決まったお」
シラクー伯の城下には領内村落や近隣小領主からも人を集める学舎が存在し、城下に住まいを用意できない留学生たちは併設寮に入る。
寮生たちの胃袋をなだめる炊事場の仕事は尽きることがない。
城下で焼き物を商うセト屋に生まれたリークロウ(通称リック)は、学舎併設寮・炊事場の裏手で芋の皮をむきながら感慨にふけっていた。
本日は連接棍を試作してみるという妹ハンナと幼馴染のエルが別行動をしているため、なんとなく手持ち無沙汰で、助言者サクールトを訪ねたところである。
サクールトの属するホライ勢は武家とその近習ということで、町民のリックたちと違い基礎教育部分だけで修了とはならず、引き続きより高度な学問や武芸、為政者向けの統治教育などを受講や実践で学んでいる。
「『はずれ』恩恵を引いた悲哀かあ」
サクールトが、双剣のおっさんの境遇に強い哀悼の意を示す。
「一年で聖石100個貯められない? ……生活費がかかるか?」
「それに、二つ目の恩恵を得られる条件って不明なんだろ?」
経験則として知られる、恩恵を得るための条件。
数え10歳以上であること。
第四層の人型の魔物とタイマン張れるだけの実力を有すること。
曰く、神様が恩恵を注いでも、受ける人の器が足りなければこぼれるだけ。【恩恵の器】と称される条件である。
そのうえで、試練の迷宮・第十層にある聖杯に、聖石を100個奉納しなければならない。
ここで恩恵は、一人につき一つが常識として知られていた。
二つ目の恩恵とやらが、単に今一度、聖石100個を聖杯に捧げればよいのであれば、歴史の中で試した者もいたはずだ。しかし、成功したという話は伝わっていない。
「条件がエグイとか秘匿隠蔽されているとかの可能性もありますが、でもなあ、秘密ってのはえてして漏れるものですし」
「やっぱ、記録のミスなんじゃ?」
試練の迷宮は金にならない。
恩恵を得るために捧げる聖石が、浅層ではなかなか集まらない。
かといって深層で魔物を狩れるのなら、恩恵などなくとも魔物狩りとして十分にやっていける。
街道筋を行き交う隊商の護衛や、比較的近場で魔物の間引きを行うくらいなら、第三層の犬型の魔物をあしらえる程度の実力があれば十分だ。
「聖石集めで無理して下層に潜って、大ケガでもしたら元も子もないですし」
「未帰還、行方不明。たまに出てるそうだぜ」
『魔物狩りは自己責任』。ケガも死も、自分の責任として受け入れるしかない。
「商店会の、羽振りのいいとこの子息グループなんか、聖石買い集めてるらしい」
「それも一つの手ですから」
リックの実家も商家だが、儲かってウハウハ左うちわとは程遠い商いをしている。
富豪子弟グループとは以前に迷宮内ですれ違ったが、そのときの装備の差も思い出してしまった。
試練の迷宮に挑み始めてから一年以上経過した今なお、リックたちの装備はもっぱら手作り感あふれる品々で賄われている。
職人謹製装備の数々を、親の金で入手している豪商子息グループを妬むのは仕方のない話であろう。
商家に生まれ、跡継ぎではなく、魔物狩りを目指しているという共通点から、微妙な親近感を感じないでもないところがまた、リックの嫉妬心を刺激する。
◇ ◇ ◇
数日後、リックとエルは、学舎通いのハンナを通じてホライ勢に呼び出された。
馴染みの学舎併設寮の応接室にて、サクールトの持ってきた白湯とふかし芋を楽しみながら、呼び出したイワークを待つ。
「ごめんね、兄上たち急な会議になっちゃって。もう少し待ってね」
「お武家様は大変だよね」
ホライ家のミク姫とリックの妹ハンナは、同い年の自称・美少女同士ということもあって割と仲がいい。
御家再興、故郷復興を目指すホライ家のミクによって、勢力拡大人員としてハンナがロックオンされているともいう。
「これが、例の新兵器だね」
「連接棍として生まれ変わった、エスカリボルグ二世です!」
「ぶんぶん丸二世だよ」
ハンナとエルの持参したすこし長めの棒の先、縄によって繋がれたぶんぶんする部分に馴染み深い凶悪トゲトゲがぶら下がっている。
「慣れる必要はあるけど、リーチは稼げるし打撃力もあがるはず?」
サクールトも感慨深げにエスカリボルグ二世とぶんぶん丸二世を観察している。
サクールトの余計な助言がなければこの世に生まれなかったトゲトゲこん棒、エスカリボルグ様も連接棍化することで心なしスタイリッシュになったような気さえする。
一世を粗野な田舎者丸出しだったとすれば、二世は都会に慣れ垢ぬけてきたがしかしてまだ野性味を残している。粗にして野だが卑ではないといった塩梅だ。
地味に学舎系迷宮挑戦者たちの間に拡散しているエスカリボルグ亜種に続き、新たなムーブメントでシーンを牽引するカルチャーになるかもしれない。
レジェンド誕生の悪寒に、サクールトはそっと目をそらした。
「資金のめどがついたら、これに錘と鎖を組み合わせる予定です」
「ボーラと投げ網は別で持つけど、私たちだとどうしてもね、真正面から堂々となんて無ぅ理ぃ」
「だよねー」
力で劣るなら、知恵で勝てばいい。
搦め手で敵の動きを阻害し強みを殺したうえで殴り倒す。対魔物だけでなく、対人でも有効な戦術だ。
女子たちに自覚はないが、実は割とえげつないので、男子組にはそこはかとなく恐れられてもいる。
「光源が安定するから、長燭台型松明支えは外せないなあ」
「あれいいよね。ボクらも導入させてもらったけど、小荷物引っ掛けておけるのもいい」
迷宮探索において光源となるものが松明である。
ランタンもあるが、初期投資および運用資金ともに少々お高いためリックたちは持っていない。
さておき、戦闘時に松明を振り回すのも地面に投げ捨てるのも、いずれにしても光源がふらふらすることで、視界が安定しない。
という問題をサクールトとのディスカッションで明確に意識したハンナは改善に取り組み、燭台として自立する杖……のようなものを用意した。
3股4股になっている枝をいい塩梅に切りそろえて足とする。そこに長さ2メートル弱の棒を足して、先端部に松明を結わえれば完成。
長燭台型松明支えと命名したが、杖代わりにも使え、戦闘時や休憩時には手放して、置き照明とする。
「問題は、ちょっと重いのと、長燭台型松明支えと武器で、両手が埋まっちゃうんですよね」
「両手ふさがるのは剣と盾持っても同じですし、杖代わりと思えばまあ」
リックは湯呑から白湯をすすった。
一部では妙な人気もある木片うろこ鎧もどきはリックの作だが、これは真似する者が出ていない。
見るからに作成も手間だし、手を出しにくいのだろうか。
対してハンナ作のトゲトゲこん棒ことエスカリボルグや長燭台型松明支えは、学舎の同輩で魔物狩りを目指す者たちの間でじわーっと広がっている。
一人のクリエイターとしては寂しさ悔しさを感じないでもないが、それはそれとして、妹が評価されるのは嬉しいものでもある。
◇ ◇ ◇
待ち人イワークとマッケンジーが室内に入ってきた。
「呼び出しといてすまんお」
魔物あふれによって滅亡した村落からシラクー伯城下に留学していた、文字通りの遺児たちは、最年長格のアザークス勢を要とした連合を組んでいる。
学舎への留学年次的に、上からアザークス勢、タズ勢とタンチャウ勢と続き、イワークたちホライ勢とシーマス勢が一番の若手という立ち位置となる。
「先行の話決まったお」
「全員分の聖石集めるまで待つんじゃなくて、100個貯まったら恩恵もらってしまおうということだろ」
遺児たちは、かつて村落を差配していた武家小領主や庄屋・名主といったエリート層の子弟であり、同時に故郷を失ってから現在まで、シラクー伯の恩情によって学費・生活費を援助されている身でもある。
御恩に報いるための御奉公、戦働きを暗に求められている立場だ。
そうでなくとも、御家復興・故地奪還を目指すならば、戦う力は必須となる。
よって構成員の大多数が魔物狩りとなり活動することは既定路線であり、戦いを有利にするための恩恵を求めて試練の迷宮チャレンジを行っていた。
「恩恵のあるなしは劇的だからな。【強筋】を得られれば、大人でも出せない怪力を振るえるだろ」
「先行して恩恵を得た者に牽いてもらえば、聖石集めも第十層まで行くのも楽になる。そういう目論見だお」
戦闘系の恩恵を授かることができれば、その個人の単純戦力は最低でも倍になるともいう。
だからグループ、チームの全員仲良く揃っての恩恵チャレンジではなく、誰かを先行獲得させ、その人にひっぱってもらう。
「そう都合よく、戦闘に有利な恩恵を授かれるものでしょうか」
神々からの恩恵は、戦闘に関連しない技術・能力を授かることも多い。
「会合でもその点が問題になったお」
「だからこそ、連合として協力すべきって論調になったがな」
「例えばホライ勢が『はずれ』でも、『あたり』をひいたタズの誰かがひっぱってくれる、そういう話かな?」
イワークとマッケンジーは頷いた。
『あたり・はずれ』が確率論ならば、母数を確保して平準化すればいい。考え方自体は間違いではない。
連合の人員は男子だけでも二十人を超える。
うち五人に先行獲得させたとして、戦力増強になる恩恵を得た者には、女子も含めた残り全員のサポート義務が生じる。
そういう約束でも、実際に迷宮で魔物と戦い続けることに当人が納得できるかどうか。
あるいは一党の判断として、余所より自分たちを優先するということはないのか。
「善意に期待しすぎる契約には問題があるというのが、商家の娘としての意見だねえ」
「まあなあ」
「信用が絡む話になる。さすがに突っ込めなかっただろ」
雑貨屋の娘エルと、リックおよびハンナだけでなく、武家とその近習であるホライ勢も顔をしかめる。
問題が潜んでいることはわかっている。
が、その問題を突っつくと連合の結束を破壊しかねない。
信用という目に見えないもの、人情の機微に関わるものだけに、会合に参加した者たち全員が下手に踏み込めなかったようだ。
「私たちにそんな話を聞かせているというのが……」
「ボクとハンナはズッ友だよね!」
ミク姫のハグによる口封じ。
リックたちに対するホライ勢への取り込みは順調に進行している。




