18.「まあなんだ、そういうわけなんだ」
シラクー伯御曹司によるクワードの迷宮攻略は成功し、御曹司は後継者としての地位を確かなものとした。
迷宮攻略はすなわち人類社会の生存領域の拡大。喜び寿ぐべきものである。
その偉大な事業に裏方として参加したリックは、試練の迷宮に足を踏み入れていた。
妹のハンナに幼馴染のエルも伴った、久しぶりのチャレンジだ。
「無理しなくていいんだぞ」
「ん、大丈夫。私はやれる」
試練の迷宮内で魔物狩りに襲われ重傷を負ったエルが、リックの心配をよそに明るい声を返す。
エル本人の強い強い意志もあって、なんだかんだと娘に甘い両親は魔物狩りという将来設計および神々からの恩恵を得るための試練の迷宮チャレンジ再開を容認した。
ぶんぶん丸と称する、細長い革袋に小石と砂を詰めたもの二つをロープでつないだ、投げれば獲物を絡めとるボーラ、殴ればブラックジャックないしサップと呼ばれる鈍器、ロープの長さを調整すればヌンチャク・フレイルもどきとなるお手製武器を主にするのは変わらない。
左腕にはめられた金属製の小盾はリックとおそろい。
リックの三か月のアルバイト代の大部分をつぎ込んだ品であり、エルの親御さんをして「そこは指輪だろうが……」と絶句させた、リックなりの責任の取り方であった。
エルが首に魔物狩り組合員の証とともに下げている【命の石】と呼ばれる魔道具は、親御さんから持たされたものである。
つまるところ娘大事な親バカもリックも、エルの身の安全を第一に考えたという点で同類なのだ。
「よしっ!」
「おつさまー」
試練の迷宮・第四層。
リックとハンナの見守る中、人型の魔物を危なげなく撲滅したエルは弾んだ息を整える。
聖石が落ちていないことを確認し、左腕を伸ばして通路壁際に置き去りにしていた長燭台型松明支えを持ち上げた。
「私は問題ないみたい。ハンナちゃんもやるの?」
「第四層タイマン、今日こそクリアしてみせる!」
経験則として、神々からの贈り物を得るためにはいくつか条件があり、第四層の魔物をタイマンで倒せる程度の実力もその一つ。
リックとエルはクリア済みだが、エルはまだ10歳ということもあって純粋に肉体的な力不足。
しかし、力で劣るなら知恵を使えばいいというのが、三人が助言者扱いするサクールトの方針である。
ハンナは今回、従来の投げ網に加え、投擲に特化した自作の小型ボーラを複数携えてきていた。
動きを制限してから、これまた自作のとげとげ鈍器、エスカリボルグ一世で滅多打ちにするという勝利の方程式を試行する予定。
リックがアルバイトに励んでいる間に、エルやホライ家のミク姫とせっせと縫ったり編んだりした革帽子や革胸当てなど、防御力の底上げも図っている。
だけでなく、背負い袋やベルトポーチなどの細々した備品も揃え、長燭台型松明支えの開発にも手を出すなど、ハンナはハンナで取り残されまいと頑張っていたのだ。
まだしばらくは学舎通いで、二人と足並みがそろわないことがハンナの悩みの種だった。
「くるぞ」
「ヤ!」
ハンナは魔物の接近を告げる兄と入れ替わりで前に出て、左手で運んでいた長燭台型松明支えを壁際に設置する。
帽子掛けのごとき横棒に引っ掛けておいた投げ網を取り、右手のエスカリボルグ一世は地面に落として腰から外したボーラをスタンバイ。
第四層の人型の魔物は戦力評価では雑兵レベルとされているし、疲れ知らずに襲い掛かってくる打撃は、いいところに一発でも貰えばハンナには大ダメージだ。
初手は徹底的な搦め手だ。
「フォゥウウウウウ!」
「おー、おめでとう」
「やったなあ、ハンナ」
ブランクはあっても、ハンナとて何度も足を運んだ試練の迷宮・第四層。
適切な戦術、妥当な道具、落ち着いて自信を持って対処すれば、何のことはなく、魔物を倒すことに成功した。
「ミク姫相手の組手を思えば、拍子抜けするくらい簡単でしたね」
「わかる。魔物って、パターン読めるからねえ」
「魔物は、獣や人とは違うからな」
エルが同業者に襲われた際、手も足も出なかったリックは肩を落とした。
人は、戦闘時のストレスによって身体能力は上がる反面、精密動作能力は落ちる。
パニックもこの一種で、火事場のバカ力は出るけれど、思考力が極端に落ちて判断能力を失うのだ。意思と肉体で齟齬が生じセルフ金縛り状態に陥ることもある。
ゆえに、考えなくても身体が動く、覚えている。そんな状態まで身体に染み込ませ刷り込んだ技や動作でないと、実戦では使えない。
そして、身体が覚えた動きしかできないということは別の問題もあると、ホライ家の面々から指摘されている。
リックの身体が覚えた自己流の動きは、ナタを用いた対魔物戦闘に偏っているのだ。
短槍はお世辞にも槍として扱えておらず、ただ刃物付きの棒として振り回すか突いてるだけだと評された。
「リーチがあるのは有利だから、ナタ一本というのもオススメしかねるんだと」
このまま見よう見まねで短槍を使い慣れるべきか、ナタの延長線上にある肉厚の小剣を目標にすべきか。
しかしまた、刃物は扱いが難しい。高い技量を要求してくる武器でもある。
武装選択はリックだけの悩みではない。
「私も、エスカリボルグの延長線上だとメイスになるけど、扱えるかどうかって」
こん棒の延長線上に位置するメイスは、技の比重が増す刀剣などより扱いやすいことは事実だが、どうしても武器そのものの質量に依存していく。
となると、ハンナの筋力で扱いきれるかどうか。
成長の先にあるムッキムキな姿は、将来に期待大とされる自称・美少女として、いささか受け入れがたい外観だ。
「私は連接棍か鎖鎌か、このままいくとどっちともつかない変な型になるっぽいね」
ボーラ的な搦め手、敵の動きを阻害する方面でいけば、鎌はともかく錘付き鎖は有力な選択肢になる。
ただし綱引き勝負となると、ハンナと同様、筋力的な問題が生じる。
「いっそリーチをとって槍系に乗り換えるべきか」
「私もただのメイスより、打撃威力を増す連接棍で、そこに錘付き鎖を組み合わせて……」
ハンナとエルは顔を見合わせた。
「それだっ!」
「それかっ!」
「鎖なんて買う金ないあるよ」
現実は非情である。
◇ ◇ ◇
シラクー伯城下の試練の迷宮には、第四層直通エレベータが設置されている。
迷宮から地上に戻るぶんには只という、裏技めいた探索者の知恵を駆使し、三人は地上に戻った。
神殿前広場に吹く風は秋らしく涼しくなってきたが、空には残暑を放つ太陽が元気に輝いていた。
試練の迷宮には、神殿と魔物狩り組合がセットだと思ってほぼ間違いない。
神殿は信仰の場であり、かつ、治療の場でもある。
魔物狩り組合は、魔物や迷宮に関する各種情報の売買、聖石・魔石の預かり・買取・販売、護衛・傭兵の依頼仲介などを行っている。
三人は聖石を預けるため、魔物狩り組合に立ち寄った。
組合の建物内、こちらとあちらを仕切る受付のひとつで、聖石を組合員の証とともに器に乗せると、慣れた手つきで回収される。
「ひー、ふー、みー……」
刃物傷なスジが刻まれた顔の怖いおっさんが、聖石をひとつずつ持ち上げては別の器に移していく。
時間がかかる煩わしい手続きに思えるが、きっちり見せ聞かせしないと、誤魔化しだと文句をつけるバカが出るゆえだ。
数がかぞえられない者は意外と多い。
教育なしに生活の中でなんとなく習得できる数概念は、現物があり、両手の指を折って把握できる程度の数までである。
例えば米が二粒と、たくさんの米粒からなるおにぎりが二個。あるいは、おにぎりが二個とパンが二個でもいい。
両方の二が同じ二であると、何の疑問もなく納得できるなら、それは数を概念化できている証左である。
数が概念化できていないと認識が現物に引っ張られるため、米粒とおにぎり、おにぎりとパンというそれぞれ『別』の物を『同じ』二と判断できない。
基礎的な教育を施す学舎への就学率はお察しであり、農村部も含めれば無学の者が多数。
そういった下層民の受け皿機能を担う魔物狩りという職および魔物狩り組合は、彼らに合わせ、彼らに理解できる程度のサービスしか提供できない。
「どうせなら、貯石だけじゃなくお金も預かってあげればいいのに」
別の受付で、買取の払いらしき白銅貨をほくほく顔で小袋に詰め込んでいる魔物狩りを横目に、ハンナはつぶやいた。
厚手の服は擦り切れほころんでいる。足元は草履であり、裸足でないだけマシとしか言えない。腰の剣は鞘を見る限りろくな手入れもされていないようだ。
赤の他人だが、装備は自分の命に直結するもの。
払い戻しをちらっと見た感じ、何回か貯めればブーツ、革手袋には十分に手が届くように思われた。
「白銅貨じゃかさばるから銀貨にしてくれ、なんて言ってもらえりゃ両替くらいはするが。金絡みはなぁ」
厳密には両替商に質屋といった、専門職組合の利権にひっかかるのだという。
魔物狩り組合建物内の一部を有償・無償のレンタルという形で両替商に店先を出してもらっているところもあるらしいが、ここ、シラクー伯城下の魔物狩り組合ではやっていない。
「そりゃなぁ、金を貯めて装備買って、ついでにケガや引退後に備えとけってなあ、理想よ?」
「理想でしかないの?」
「良くも悪くも『魔物狩りは自己責任』ってな。まぁ、両替して手数料、預けて手数料、引き出して手数料……訳もわからず目減りさせるくらいなら全部てめぇで持ってるってのも、間違いじゃあねぇのよ」
それに、と窓口のおっさんは眉間にしわを寄せた。
金のあれこれにしても、ちょっと先の見通しにしても、あるいはほかの何事かにしても。
「いくら言ってもわからねぇ」
わかろうとしないではなく、わからないんだぞ、とおっさんは深くため息をついた。
無学に加え、日々をしのぐことが最優先で将来を見越す余力などない生き方をしている、そういう生き方をするしかない者にご高説を垂れたところで聞く耳などありはしない。そもそも、そんな耳を持てないのだ。
といって、人は生まれを選べない。貧困に生まれた者が貧困のまま生き、そして死ぬ。そういう社会である。
「それはともかく、お疲れさん」
「あざーっす」
◇ ◇ ◇
魔物狩り組合内のラウンジ的な場所に、見覚えのある姿がテーブルに突っ伏していた。
「ちわーっす」
「ん……久しいな、ルーキー。……ルーキーでいいのか?」
リックの挨拶に、小剣を両腰に佩いたおっさんが突っ伏していたテーブルからのそりと顔をあげた。
エルとリックの危機を救ってくれた、宵闇という二つ名持ちのベテランの魔物狩りで間違いない。
「嬢ちゃんも一緒ってこたぁ、フン切れたか?」
「その節はお世話になりました」
せっかくなのでお礼かたがた、ベテランの先輩風を期待してみるが、今日のおっさんは淀んでいた。
「俺の恩恵、【暗視】ってのはさあ、それなりにレアなのよ? けど、使い勝手がさあ……」
恩恵の出現率と、人類にとっての有用度とは必ずしも一致しない。
【暗視】は薄明かりでも鮮明にものが見える反面、日中は眩しすぎて外に出たくないんだぞとおっさんはくだをまく。
オン・オフを切り替えることのできる能力・技能もあるが、【暗視】はいわゆる常時発動型らしい。
嘆きを聞く限り、どうやら『はずれ』恩恵と認識しているようだった。
「それでもこれが俺の手札だ。人間、持ってるもんで勝負するしかない。幸い、食えちゃいる……そんなとき、噂を聞いたんだ」
おっさんはテーブルに身を乗り出すと声を潜めた。
思わず三人も顔を近づけ、酒臭さにむせた。
「恩恵、二つ目を与えられた事例があるってな」
恩恵は、一人に一つ。それが常識である。
しかし、例外があるらしい。おっさんはどこかでそのことを知ったようだ。
「しばらく食ってくだけの金はあったし、十何年ぶりに試練の迷宮チャレンジさ」
なけなしの貯蓄と集めた聖石を取り崩し、毎日の出費を抑えつつ。
といって無理はいけない。深く潜れば魔物とのエンカウント率も聖石ドロップ率も上がるが、同時に死亡率も上がる。無理だけはいない。
しかし、一年近くをかけてもまだ、希望は希な望みのままである。
「まあなんだ、そういうわけなんだ」
おっさんは、酒臭いため息とともに血走った赤い目を伏せた。




