17.「英雄の詩《うた》って……」
シラクー伯の御曹司に箔をつけるための迷宮攻略事業は、最終段階に近づいていた。
迷宮は、迷宮核を破壊すれば消える。
その際に迷宮内にいた人は周辺の地上にばら撒かれるように出現する。
迷宮核までたどり着ける者たちであっても、激戦の末、重傷を負い、単独で森林に放り出されては危ない。
また、迷宮攻略後には開拓も始まる予定なので、魔物も獣も狩って狩って根絶やしにしてしまってよい。
というわけで、ホライ勢たちに割り当てられた拠点警備は、周辺の魔物・獣の始末も仕事のうちになる。
ホライ勢のような別動隊が拠点や街道周辺を掃討し、同時に御曹司の配下衆からなる支援隊が迷宮の探索を行う。
彼らは迷宮内に出現する魔物の把握と間引き、迷宮核までの地図作成を行い、めどが立った時点で攻略本隊、御曹司様の出番となる。
「まさに今、俺を称える『英雄の詩』の前奏曲が開演したッ!」
ホライ家一の家臣、従者ヨシュアリ家のマッケンジーは雄叫びをあげて魔物に突貫した。
全高は少年たちの胸元くらい、腕部が極端に長い2足歩行型の魔物が飛びかかるのに合わせて短槍を突き出す。
「英雄の詩って……」
「自己暗示は立派な能力強化ですからねえ」
マッケンジーの戦いを見守りながら、リークロウ(通称リック)とサクールトは周囲を警戒していた。
一行の指揮官、ホライ家の若様イワークは、リックとサクールトの間に立ち、矢をつがえた弓を構えて好機を窺っている。
「どっせいー!」
「シャッ!」
マッケンジーが短槍の石突で魔物をはじいたのにあわせ、イワークが矢を放つ。
魔物の肩口に矢が付き立ち、体勢が崩れ致命的なスキを生む。
そのスキを見逃すマッケンジーではない。槍の穂先でなぐように魔物の首を掻き裂いた。
魔物は生物ではない。
心臓・肝臓・肺・脳など、いわゆる致命部位への攻撃であっても平然と活動を継続する。そもそもそんな器官を持っていない。
ただし、四肢などの部位は切り離されると即座に黒い霧と化して消え、首切りが有効な魔物の場合は、頭部も胴体部も霧化して消滅する。
「狙ったとおりに当たらないお」
イワークが地に落ちた矢と魔石を回収しながらつぶやいた。
貴重な鉄の鏃の矢は、回収しそこねるとお財布にダメージが入る。
「的当てとは違いますからね。動いているモノに当てるのは」
そう応えるサクールトの装備は投げ網と石投げ棒メイン。
「次は俺の番だな?」
「待って、『英雄の詩・第2楽章:VIVE LA』コーラスが佳境にはいったとこで……」
戦闘は短いほうがいい。
疲れ知らずの魔物と違い、人間が全力を出せるのはせいぜい五分程度。
マッケンジーの脳内楽団を放置して一行は再び森林の中で索敵を開始した。
「小鬼型って、試練の迷宮の人型よりは弱いんだよな?」
リックがタイマンで倒せる試練の迷宮・第四層の人型の魔物は、戦力評価は雑兵レベルだ。
「小鬼型も大きく人類型のくくりですが、なんでもゴブリン種の姿形だそうです。ゴブリン種の人と会ったことないですが」
「人類型は拾ったものを振り回したり投げたりするから、油断は禁物だお」
この世界アガルタには、他の複数の世界から救済されてきた人類種が存在する。
近辺はいわゆる人間ことヒュム種が圧倒的大多数を占めているが、ゴブリン種が生存圏を広げている地域もある。
「試練の迷宮で武器持ちは見たことないな」
「武器持ち倒したら、喜んで回収しますね。お財布的に」
「違いない」
魔物は目や耳があるわけでもないのに、探知圏と呼ばれるものがある。
できれば探知圏の外から先制したいところだが、見通しの悪い森林内での索敵のため遭遇戦が基本となっている。
地道なサーチ・アンド・デストロイであった。
◇ ◇ ◇
森林パトロールは、気の抜けない任務だ。
もちろん毎日気を張り詰めていては身がもたないわけで、戦力ローテーションの一環で休暇もある。
城下に戻った機会に、リックは菓子折りを携えて神殿を訪ねた。
「やっぱり、甘味の効果は絶大だな」
試練の迷宮内で『事故』にあったエルを【治癒】してくれたお礼参りにおいて、リックは手土産の威力を改めて確認した。
これぞまさに社会の破城槌、高い敷居をまたぐ通行手形であろう。
「お礼言いに来たのが嬉しかったみたいだねえ」
「『セト屋や雑貨屋クリノリンの名前もあるからな、施術代は払ったで済ませるわけにもいかないだろ』って大兄が」
「商家は、お愛想振りまくのもお仕事のうちだもの」
当事者のリックと幼馴染のエルに加え、リックの妹ハンナも同行している。
少女の笑顔というあざといまでのお愛想であっても、やられたほうが不機嫌になることはまずない。
「けどよかった。顔色もよくなってる」
「最近はハンナちゃんたちの助っ人で北の森に行くくらい元気だよ」
学舎の生活班での薪集めだが、元滅亡村落からの留学生たちの男子がクワードの迷宮攻略関連で出払っているため、拡大女子会として活動しているという。
きっと姦しいのだろうと言いかけたリックだが、かろうじて自制が間に合った。自ら藪を突く間抜けは噛まれるのが定めだ。
現在リックの懐は温かい。
財布の重み、すなわち心の余裕の赴くまま屋台に足を向けようとして、片腕のないおっさんと遭遇した。
片腕のないおっさんは、神殿前広場に拠を構える魔物狩り組合の職員である。かつてリックたちも受けた洗礼、広場で網を張っての新人への注意喚起は、組合職員としての正当な業務であった。
「よう嬢ちゃん、復帰できそうか?」
「うーん……」
身体はともかく、心をやられてしまうとどうしようもない。
そしてまた、追い詰めるような問答もご法度だと知るおっさんは話題を変えた。
「最近、未帰還が幾人か出ている」
もちろん、迷宮探索者の未帰還自体はよくある話である。
試練の迷宮は誰でも入れるということになっている。
おっさんのような有志が自主的にパトロールもするが、貧弱なセーフティ・ネットから零れ落ちる命はなくなりはしない。
魔物は死体を食うというようなことはない。
死体は自然に朽ち果てるか、誰かが連れ帰らない限り迷宮内に放置される。
「でも、第四層までなら、わりとすぐに死体かタグの回収がされるはず?」
組合員の証の回収は魔物狩り組合の常設依頼であり、提出すればいくばくかの謝礼が手に入る。
さすがに腐れている途中の死体を回収しろとは言えないので、タグだけでいいとされている。
ただ、組合員ではない死体の場合はタグ自体がない。
「第五層より下? 行ける人ってどれくらいいるんでしょう?」
「ぐっと減るな。常駐しているのは聖石集めか、第十層への護衛・案内連中くらいだ」
原則として遺品は取得者のものになる。
遺品を剥ぐついでにタグくらいは回収するとしても、タダ働きは誰だっていやだ。知り合いでもなければ、わざわざ未帰還者の探索などしない。
『魔物狩りは自己責任』なのだ。
「二刀流のおじさんも護衛請け負いなのかな?」
「二刀流? ……ああ、双剣の宵闇か。あいつは単独だ」
二つ名は、ベテランの証だ。
リックとエルが『事故』にあったときに助けてくれたベテラン魔物狩りについて、隻腕の二つ名を持つおっさんは首を振った。
「あれもいい歳だ。御曹司様の迷宮攻略が終わったら、新規開拓に応募するんじゃないか?」
新しい町や村をつくるとなると、人がいる。
大工や鍛冶のような職人は当然として、数の上では多数となる農民だって、戦えるか否かは大きな選別要素になる。
魔物狩りとしての実績がある者はこの点有利だ。
人類圏が広がって雇用や生業が拡大するとき、いわば余剰人口の受け皿となっている魔物狩りから充足を図ることは、為政者的にも否はない。
◇ ◇ ◇
休暇を終えたリックたちが補給物資を担いでクワード迷宮攻略の最前線拠点に戻るのとほぼ時を同じくして、シラクー伯御曹司による迷宮攻略本隊も現地で活動を開始した。
攻略本隊は、全身革鎧をベースに部分部分を金属で補強しているのをはじめ、業物を携え、強者のオーラをまとっている。
「遠目なのに気圧されるってあるんだなあ」
「みんな何かしらの恩恵を持っているんだろ?」
例えば【強筋】の恩恵は、ガッチガチに鍛えぬいた人の五割増しくらいの力を当たり前に出せる。
恩恵を得るというのは、それだけ隔絶した技術・能力を得るということだ。
現在リックたちの所属する拠点警備隊は、周囲の魔物をほぼ掃討したとして、迷宮攻略支援隊のそのまた支援という位置づけで、迷宮浅層の間引きと、深層アタックのための迷宮内拠点への物資搬入に投入された。
間引きによる魔石ゲットのボーナスタイムと、背負子生活を交互に数回。
クワードの迷宮攻略が成されたのは、現場に御曹司が登場してから一週間後のことであった。
◇ ◇ ◇
迷宮攻略とともに夏も終わった。
「というわけで、改めて席を設けてみたお」
「イェーイ!」
「イェーイ?」
いつもの寮の応接室には色付きのお茶と軽くつまめるものが用意されていた。
リックたちを呼び出したのは、ホライ勢に組み込む勧誘活動の一環だという。
「俺としては、悪くない話だと思うんだが……」
「だが?」
リックとエル、ハンナが魔物狩りを志したのは、ほかに食べていく手段を思いつかなかったからだ。
武家への仕官は、町民からしてみれば十分に成り上がりではある。
しかし、未だ正式に家を継いだわけではないうえシラクー伯への借金生活を続けるホライ家一党。輝かしい将来展望があるかというと悩ましい。
「なんていうかこう……。それに、俺だけの話じゃないからな」
「わからんでもない。男だもんな」
マッケンジーが頷いている。
きっと、男児たる野心がどうとか、成り上がり英雄立志伝とか、雄大で壮大な叙事詩が脳内に鳴り響いてしまっているのだろう。
リックはエルに向き直った。
「『男にできるのは死ぬことだけ。だけど女は、子を産める』」
「はぁ?」
「『狩りなんかよりももっと大事な仕事。それは出産と子育てである』」
「はぁ……」
「エルは、俺に付き合って無理に魔物狩りを目指さなくてもいいんじゃないか?」
「はぁ~」
リックを片手で遮って、エルはもう片手で自分のこめかみをぐりぐり揉みほぐした。
極めて政策的なスローガンを、リック本人が考え出せるわけがないとの厚い信頼がエルをして犯人探しに向かわせる。
「ねえリッ君、気持ちはうれしいけど、誰に吹き込まれたの?」
「エルの親父さんが……」
「お父さんか。私まだ14歳なんだけどなあ」
「けど、ほら、あんなこともあったし」
「実際、また迷宮に入れるか、魔物と戦えるか、他人を信じられるか……不安だらけだよ?」
マッケンジーは幸せ者であった。
石ころと化したイワークたち観客と異なり、脳内には愛の調べが響きわたり、まさに特等席で人生劇を――それも他人の!――観覧せしめているのである。
「だけどッ!」
エルは両手を握りしめ天を衝いた。
「だけどまだ、私は折れていない!」
「おおっ!?」
「私はッ、リッ君の隣にいるからねっ!」
「おおっ!!」
石ころは、二人の世界を邪魔しない。
しかし観客は違う。
「ブラヴォー! おお、ブラヴォー!」
観客の惜しみない賛辞と拍手。それこそが演者への褒賞である。




