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試練の迷宮攻略記  作者: 凡鳥工房


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16/26

16.「みんなで、幸せになろうよ」

 シラクー伯城下から東に四日ほどの距離にクワードの迷宮は存在する。

 その迷宮を攻略するための準備として、森林中に道と拠点を建設する作業が進められていた。


 リックはホライ衆に加勢して荷駄隊に参加。

 建設の進む前進拠点に食料と資材を運び込み、川辺で涼をとっていたところに、明らかに上役とわかる男たちから声を掛けられる。


「ホライ殿の遺児とお見受けする。しばしそれがしに付き合われい」


 そう告げる男の目が光って見えた。


 野外用の野良着ではあるが土汚れも汗染みもない、生地自体もちょっとよいもの。

 ホライ勢筆頭の若様イワークと公的な序列では最下位のサクールトが、取り囲まれるように連れていかれる。


「とって食われるわけじゃないよな?」

「ホライの名前で呼び止められちゃあなあ、親父たちの縁か?」


 残されたリックとマッケンジーは希望的観測を口にしながら、野営準備を進めた。

 一泊して、拠点周辺でとれた薬草や山菜、毛皮など、当地ですぐには必要ないものを城下に持ち帰る。


「さーせん、この拠点初めてなんスけど、トイレどのへんでしょか?」

「西よりの隅だが……穴足りてないかもだな。縄張りはしてあるから、ついでに一つ掘ってけ」


「ウィーっす」

「最低でも一メートルは掘れよ」


 今回の攻略事業に動員されている中で、少年たちは若輩扱い、つまり下っ端だ。

 雑用を押し付けられるのも庸賃ようちんのうちと思うしかない。


「臭うな」

「臭わないクソなんてないだろ」


 周囲を見ると、使用中の穴のそばに木箱に納められた灰が置いてある。投下物にまぶすのだろう。

 さらに臭いがきつくなるか虫が湧いたら土をかぶせて、埋まるまで使う。


「操典だと一か月の駐留の場合で十人頭で一穴……いや、八人か十二人だったかも」

「クソひとつとっても、人を動かす段取りと手順があるんだなあ」


 町民のリックと違い、武家としていずれは人を使う立場のイワークたちにとって、今回の仕事は単なる荷運びではなく実地研修の場でもある。

 座学と実際の体験とを融合して、ノウハウを身につけることも大切な目的だ。


 トイレ穴を掘って爆撃を行い、割り当ての天幕に向かうとイワークとサクールトが待っていた。


 イワークは12歳という歳に似合わぬ人生疲れした様子を全身でアピールし、サクールトはといえば口をヘの字に曲げて不機嫌さを隠そうともしない。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、少年たちはまだ日の暗いうちから朝餉あさげをすませ、仮設の拠点を発って城下に向けて歩を進めた。

 荷は軽いが足取りはやや重く、口にいたっては最低限必要なやり取り以外、堅く閉ざされている。


 クワードの迷宮攻略は、総指揮官であるシラクー伯の御曹司ムスセイドに箔をつける意図があることは公然の秘密である。

 迷宮周辺は新規開拓地として有望視されており、道路や拠点の建設も、将来の街道や宿場町の原型として工事が進められていた。


 これら一連の事業にかかる費用は、シラクー伯領の経済規模で見れば突出するほど大きくはないが、無視できるほど小さくもない。


 総指揮官である御曹司はじめ幕僚たちが作業監督や進捗確認のために現場を回っており、前日にリックたちが遭遇した上役もその一翼であった。


「ここまでくれば大丈夫ですかね」

「休憩拠点までも間があるし、多分大丈夫だお」


 一服したい頃合いにある休憩拠点を飛ばし、休む気配も見せなかったイワークとサクールトだったが、短くやり取りすると警戒の視線を周囲に飛ばし、ひときわ大きな木の陰によった。


 リックも、妙に凝った肩を回してほぐす。

 マッケンジーなどは背負子に結わえていた短槍を手に、軽い演武めいた動きで全身をほぐしている。


「どこから話すお?」


 水を向けられたサクールトは面白くなさそうに眉を寄せた。


「じゃあまず、恩恵ギフトにはいろいろありますが、鑑定系と呼ばれるものはご存じですか?」

「【鑑定】や【感知】だろ。有用だって聞くな」


 神々からの贈り物(ギフト)、特殊な技術や能力(スキル)について、人類は出現度や有用度のほかに系統分類も行っている。

 例えば【頑健】【強筋】【機敏】といった肉体強化系や、【封傷】【治癒】といった神官・医療系、【暗算】【記憶】といった文官系など。


「その【鑑定】、あるいは【看破】か、昨日の人、それ持ってるぽいお」

「一般的な対人用途は嘘発見器ですね。といっても、発言者当人に嘘をついているという意識がなければスルーしてしまう程度のものらしいですが」


 リックは首をひねった。


「意図的な嘘がわかるだけでも便利だとは思うが、なんでそんな不機嫌なんだ?」

「パッシブでならその程度ですが、アクティブに使えばいろいろ覗けるそうです」


 受動的パッシブまたは常時型オールタイムとは、当人が意識せずに常に恩恵が発動していること。能動的アクティブは逆に意図的に恩恵の技術・能力を使うことをいう。


 【鑑定】や【看破】の場合、アクティブ時には目が光るのだそうだ。

 川辺で声を掛けられたとき上役の目が光ったように見えたのは、恩恵の能力(スキル)で四人を『視た』ためであったらしい。


「対象の許可ない【鑑定】は攻撃も同じ。つまりアイツは僕らに突然斬りかかってきたクソ野郎です」

「でも、受け入れるしかない立場だお」


 紳士ルールである。

 上役という立場と権勢、ついでに実力をもってすれば紳士ルールなど自ら紳士的に身をひく。


「ただまあ、いくら格下の小童わっぱが相手でも外聞は悪いでしょう」

「なので、荷駄隊の活動が終わった後、拠点警備の仕事を回してくれる、これで手打ちにしよう、みたいな流れだお。表向きは」



 ◇ ◇ ◇



 夏の盛り、シラクー伯城下の学舎併設寮の応接室にもセミの声が響いていた。

 全開にあけ放たれた窓際にマッケンジーが立ち、外の景観林を眺めているが、涼んでいるわけではない。


「……リッ君、どうしようもなく取り込まれてるよね?」

「拒否権がなかったんや」


 雑貨屋の娘エルと、リック、リックの妹のハンナはそれぞれのポーズで頭を抱えた。


 人に向けられた【鑑定】や【看破】によって得られる情報は数多い。

 名前、年齢、ある程度の経歴に、そして血統などなどなど。


 それらの個人情報を丸裸にされたリック、イワーク、マッケンジー、そしてサクールトは、まず単純に不愉快な感情を抱いた。


 紳士ルール云々を抜きにしても、人には知られたくないことが絶対にある。

 どこまで情報抜かれているのかわからないのも怖い。


 元ホライ村のサクールトは、イワークやミクの腹違いの兄弟という微妙な立ち位置にいる。


 その母シーオンは村に定着した渡り巫女であり、シラクー伯の嫡子ムスセイドが出来立てのホライ村を視察した際の夜伽相手でもあったそうで、さる筋で御曹司のご落胤疑惑が囁かれていたそうだ。


 さてじゃあ、シーオンの子サクールトの、本当の父親は誰なんでしょうか。

 注目の鑑定結果やいかに。


「この件、闇に秘すことで口止め料を約束くださいましたよ!」


 さっぱりした顔で言われても、リックたちのほうが困惑してしまう。


「そのほうが安全だと、脅《説得》されたんだお」

「実際、そうでしょう。変に色気を出したらコレですよ、コレ」


 サクールトは手刀で自分の首を刎ねて見せる。


「事実がシロだろうがクロだろうが、疑惑はどこまでも。担がれた自称ご落胤なんか、伯家にとっては迷惑でしかないですからね」

「闇から闇へ。ホライ家一党ごと消されてもおかしくないお」


 【鑑定】の恩恵持ちは他人の嘘を暴けるが、【鑑定】の恩恵持ちがつく嘘を暴ける者はあまりいない。

 ことに政治案件では、事実よりも都合のよい真実とやらのほうが重宝されることもままある。


 イワークの薄笑いで、ホライ家一党にはリックたち三人も含まれているんだぞ、の言外の意は正しく伝わった。


「こうどに せいじてきな はんだん なんですね」

「しんちょうに じょうせいを みきわめ、てきぎ てきせつな たいしょを おこなう ひつようがある と はんだんします」


 エルが首を小刻みに振りながら同時にリックをつつくという不可思議な動きをし、ハンナは空の湯飲みを持ち上げたまま硬直している。

 夏の暑さとはまた違う理由で発した汗が背中を伝っていく。


「……口外しないし、できないです。これでいいですか?」

「この件はそういうことだお」


 イワークとサクールトはとびっきりの笑顔を浮かべたが、リックには、その笑みが沼の底で獲物を待つ邪悪な生き物のものに見えた。


 セミの声が応接室を満たす。


 ミクは、ハンナの手を包み込むように両手を添えてほほを寄せた。

 ハンナの耳元でミクが囁く。


「みんなで、幸せになろうよ」



 ◇ ◇ ◇



 リックたちに強烈な思い出を残した夏も盛りが過ぎゆき、荷駄隊は一部を残し解散となった。

 シラクー伯城下からクワードの迷宮まで荷車を通せる道が開通し、後の宿場町予定の拠点四か所および拠点間の休憩所も形になっている。


 滅亡村落の遺児たちは、引き続き各拠点および新街道警備の仕事に割り当てられた。

 内々に約束のあったホライ勢だけでなく、アザークス組下の留学生連合すべてに仕事が与えられた名目は『若手の育成』。


「イワークが、御曹司様の前で滅亡村落の者として生かされてきた御恩に報いる機会を得たいと熱弁を振るって、感じ入った御曹司様が働きの場を与えた。……ということになってるお」

「うわー、すごーい、わかさまー。ひゅーひゅー」


 仏頂面のイワークを、自称一の臣マッケンジーが茶化す。

 実際には、口止め料云々の関係で、落としどころとしてのカバーストーリーこみのアピールを演じさせられたわけで。


「『若手に機会を与える御曹司』、イメージいいでしょう?」

「これでは道化だお」


 ホライ党、シラクー伯アーブ家とは無関係。

 当方はそれで納得している。


 だが、ひとたび疑惑を抱いた者は、どこまでも幻を抱き続ける。

 人間は、自分の価値観で他人を判断するし、余計な心配をする生き物なのだ。


「過ぎたる野心はないとわからせるには、単純な金品地位をねだってぎょしやすい小物と思われるほうがいいかな、みたいな」

「古典戦記でもあったお。あえて俗物臭や小さな欲を見せることで安心させるって」


 ともあれそういうわけで、リックは引き続き労働収入のアテを得たのだった。





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