15.「こういうのでいいんだよ、こういうので」
魔物狩りを志す少年リックの小さなガッツポーズに、新生ホライ家一の臣予定のマッケンジーがこれまた小さく頷く。
シラクー伯の居城内、勘定方の役場に立つ彼らの手には、幾枚かの銅貨が握りしめられていた。
伯の御曹司ムスサードを旗頭とするクワードの迷宮攻略は、夏至祭明けに正式に発表される予定になっている。
その準備行動として、すでに物資の移送と設営は始まっており、ホライ勢ほか滅亡村落からの遺児留学生たちも荷駄隊に参加していた。
リックは城下育ちの町民だが、学舎時代からの縁でホライ勢に混ざっている。
伯家の後継者に箔をつけるための迷宮攻略なのは公然の秘密として、ホライ勢にしてもリックにしても、日銭を稼がせていただけるのだから文句はない。
「こういうのでいいんだよ、こういうので」
「然り、然り」
荷を届けた先で渡された木札を城の勘定方に提出することで庸賃が支給される。
若輩者として一日当たり白銅貨1枚と青銅貨2枚。
今週は三往復六日間。しめて白銅貨7枚と青銅貨2枚がリックの得た代価となる。
冬の公共事業は貧困層向けだったが、今回の迷宮攻略は武家や近習が主な参加者となる。
ゆえに、いわば見習いに準じる若輩扱といえど武家基準で勘案されているためそれなりの庸賃になっている。世知辛くもあるが、当然の格差とも言えた。
「順調すぎて怖くなる」
「貧乏慣れしすぎだお……」
先ほどまでの漲る充実感と打って変わって、掌の中の銅貨を見つめながら暗く淀んだオーラを放出するリックに、ホライ家の若様イワークもまた、12歳という歳に似合わぬ疲れた声を返した。
◇ ◇ ◇
イワークとマッケンジーにサクールトというホライ勢の少年三人とリックは城を出て、学舎併設寮に足を向けた。
「つかさあ、魔物って神様のミスだよなあ。【滅びの因子】ってなんじゃらほいだろ」
「清浄なる世界アガルタに、よき人々を救済するはずがねえ」
迷宮は魔物を生み出す。
千年を数える人類対魔物の闘争は、いまなお終わりが見えない。
「一説には、人類自体が滅びと不可分だった、なんてのもありますよ」
「そいつはなんとも救いがないお」
ともあれ神々は、魔物と相対するための力、恩恵と呼ばれる特殊な技術や能力を人類に授けてくださる。
リックたちは恩恵を得るために試練の迷宮チャレンジを続けていたのだが、しかし、試練の迷宮は金にならない。
「この機会に、しっかり稼ぐお」
「攻略隊のための拠点設営と物資搬入、道拡げるのも並行だろ?」
「三か月、迷宮攻略そのものより準備作業の時間でしょうね」
攻略目標であるクワードの迷宮は、シラクー伯の城下町から東に四日ほどの山中にある。
城から一日の距離まではそれなりの道も整備されていたが、その先は川沿いの森林地帯。
迷宮攻略は迷宮核を破壊すれば成る。
迷宮核を破壊された迷宮は消えるので、跡地に封印の神殿、社を建立し、適切に神々を奉ればよい。
為政者にとっての迷宮攻略は、その地を管理下に置く、自領に組み込むことまでを含んだ一大事業なのだ。
「行って帰るだけで週またぐだろ」
「じゃあ、今のうちにエルに会っとくか」
雑貨屋クリノリンに幼馴染を訪ねると、セットで親御さんとの面会もついてくることに敷居の高さを感じたリックは、手土産を用意することにした。
なんといっても、今のリックの手には白銅貨が7枚と青銅貨も2枚ある。
財布の豊かさは心の余裕を生むのだ。
◇ ◇ ◇
城下で老舗を名乗る甘味所の羊羹は威力を発揮し、リックと妹のハンナはこころよく雑貨屋クリノリンに迎え入れられた。
リックとハンナの前に香ばしい湯気を放つ茶なども出されている。羊羹の甘味に、ほの渋い茶が実にあう。
「リッ君、順調そうでなによりだよ」
「なんとかってとこだけどな」
まだ、顔色がちょっと悪いなと言えば、部屋から出てないからねえと返される。
「リッ君は知っているかい、ひじきに鉄分はちょっとしか含まれていないんだって」
「嘘だろ!」
【治癒】の秘術で身体の傷は治っても、失った血を再生産するためにはとにかく鉄分であるという。
エルは養生中に仕入れた豆知識を開陳するなど穏やかな時間が流れたが、それだけでは終わらない。
「学舎での噂ではね、試練の迷宮で『事件』があったみたい」
ハンナのいう『事件』とは、故意による探索者同士での殺し合いを意味する。
エルが重傷を負った件は、少なくとも発端は故意ではないという理由で記録上『事故』とされたが、シームレスに殺傷隠蔽口封じに移行したことから、実質『事件』だと当事者としては思っている。
「やっぱり第四層で、犯人不明。遺体に残っていたのが刀剣による切り傷だから『事件』って判断なんだって」
「また、余所者のしわざなのか?」
試練の迷宮・第四層の魔物の攻撃で刀剣傷が残るわけはない。
正確にはないわけではないが、まずないことを魔物狩り組合の職員たちは知っている。
死体発見時、所持品をあさられた形跡があるなども総合的に勘案して、故意による探索者同士の殺傷『事件』と判断された。
「『禍福はあざなえる縄の如し』。リッ君、外で荷駄隊の仕事見つかってよかったよ」
「エルに大ケガさせといて禍福とは言いたくないな」
「そういうとこだぞ」
少しばかり血色が戻ってほほに赤味のさしたエルのつっつきにリックは身をよじり、ハンナは黙ってお茶をすすった。
◇ ◇ ◇
シラクー伯城下からクワードの迷宮までは四日の道程。
つまり宿泊拠点兼物資集積所だけでも最低四か所、拠点間の移動休憩所はその倍以上が必要となる。
迷宮攻略の本体となる御曹子配下の戦力とは別に、先遣隊は荷駄隊と、拠点建設と防衛を担当する隊、そして道路隊の三つに役割を分担していた。
リックたちは背負子に米俵と薪などを積み上げて、ひいこら言いながら森林内を歩いていた。
自分の荷物も含め、総重量にして八十kgほど。
農村だと四俵を担ぐ熟練の技持ち女性も珍しいものではないが、武装して森を行く少年たちにとっては厳しい道中だ。
リックの場合で腰にナタを結わえ短槍も杖代わりに、イワークは先日交換で入手した弓矢を背負子にかけるなど、いつもの戦闘装備に近い装いはしているが、いざ魔物や獣と遭遇したならば荷を捨てて逃げると決められている。
本来ならば、荷駄隊はできるだけ大部隊を組みたいところだが、道路事情と休憩所の許容量などの問題で小班単位での活動を余儀なくされていた。
「獣道っちゃあキツイな」
「荷車を通せるようにするはずですが、追々ですからね」
迷宮攻略後も見据えて道路工事も順次進行中だが、開通を待たずに人力運搬で前進拠点を建設、点と線をつないでいく。
一見効率が悪そうだが、どのみち周囲の魔物、獣を散らしつつの道路工事・拠点建設なので、同時並行して進めることが結局は早く、安く上がるとの計算であった。
「一日に一人頭米二合を食すとして三か月……余裕を見て百日で、人足三百動かすと、兵糧だけでどれくらい必要でしょう」
「二合×百日×三百人で、えーと……六万合だから六千升で六百斗で……えー、六十石も必要なのか!?」
お米一石は、一人が一年食う量の目安。
一俵は四斗で、六十石は百五十俵。必要なのは米だけではない。せっせと運ぶしかない。
「三か月で先行開拓も兼ねながらの攻略、三百人動員でも多くはないお」
「成人の日給が白銅貨2枚だろ。百日三百人だと、白銅貨6万枚かあ」
大金貨換算で90枚超となる。米換算すると百二十石弱あたり。
先ほどの兵糧と合わせるとですでに百八十石相当。このほかに資材の分や上級人員の給金が加算され……
「お給金おいしいです」
「おいしいです」
リックは思考を放棄した。サクールトもわざとらしい無邪気な声で唱和する。
いずれ村の復興も志すイワークは、飛び交う数字に胃を痛くする思いだった。
「小村ひとつじゃ賄えないだろ」
「迷宮を攻略して周辺を開拓すれば何倍にもなって帰ってくるけど、伯くらいの力がないと無理だお」
乱暴な計算だが、千石相当を突っ込んだとしても、税収が年百石あがれば十年で元が取れる。
現実の税収は漸進的にしか上がらないだの、利子だ年金原価係数だのを考慮に入れてもペイまで二十年から三十年も見ておけばいいだろう。
新規開拓とアグリビジネスは為政者にとって鉄板の投資先なのだ。
◇ ◇ ◇
「お武家様はそういうことも考えなきゃならんのか」
「人の上に立つっちゃそういうことだ」
実体験と数字で見ることの相互補完に、人の集め方に動かし方、組織化および運用ノウハウなどなど。
「軍隊として動くとカネ食うから、対魔物を魔物狩り任せにしたがるのもわかっちゃうお」
傭兵・護衛などを主とする兼業魔物狩りでは恩恵持ちは少数だが、魔物討伐や迷宮攻略を専らとする職業魔物狩りでは逆に、恩恵を持たない者のほうが少数派になる。
神々からの贈り物、『あたり』をひけば、戦える恩恵を得たならば、魔物を狩るほうが金になるのだ。
比較的出現率の高い【頑健】【強筋】【機敏】のような肉体強化系でも、恩恵を持たない一般人とは一線を画する。
ただし、恩恵の内容は千差万別であり、何が得られるのかわからない。
これは集団力を発揮する軍隊とは相性が悪い。
治安維持活動、警察業務が主な仕事の領軍で、一芸特化した者を適切に使いこなせるのかという話だ。
もちろん領主配下にも、恩恵持ちを集めた部隊は編成されている。ただこれは特殊な用途向けである。
「特化しすぎちゃうんですよねえ、恩恵持ちは」
「部隊に一人だけ【強筋】持ちがいてもなあ」
「部隊の中核に据えるのはいいけど、士分、隊長格・指揮官級の地位に見合うかというと……だお」
単に魔物戦だけを考えるならば、ケガと弁当を自分持ちしてくれる個人事業主こと個々の魔物狩りに任せてしまうほうが都合がよい。
維持費がかからず、魔石買取という形で報償を出しておくだけでいいのだから。
「誰でも、身体一つでできる仕事。魔物狩りをそう位置付けることで、貧困層の受け皿として誘導しているんだお」
「俺自身もそうじゃん。誘導されてるじゃん」
魔物狩りにまつわる世の不条理さと為政者の冷徹さを嘆きつつ、さりとて成り上がりの芽でもあるという事実に希望を抱かざるを得ないやるせなさを感じながらリックは歩いた。
木々が切り倒されて開けた場所に出る。
柵を組み立てている人、穴を掘っている人、仮設の天幕からは監督役か、野外作業向けの衣装ながら汚れがないことで周囲から浮いている一団の姿が見て取れる。
「とうちゃーく!」
「いぇーい!」
ホライ家のイワークを筆頭とする四人は暫定倉庫に荷をおろし、汗を拭いた。
「喉かわいたな」
「井戸はまだだし、川辺にいこうぜ」
ルートが川沿いなので、当座の水は川から汲んでいる。
生水なので控えめに喉を潤し、水に浸した手拭いを首に巻いて涼をとっていたところに、汚れのない装いの男たちがやってきた。
明らかに上役ということで、四人は場を譲り離れようとしたが、待ったの声がかかる。
「ホライ殿の遺児とお見受けする。しばしそれがしに付き合われい」
おそるおそる振り向くと、中心の男の目が光って見えた。




