14.「貧すれば鈍す」
シラクー伯城下の学舎併設寮の応接室に、リークロウ(通称リック・13歳)の姿があった。
「なんていうか、男前じゃね?」
「ハンナたちにもさんざん弄られたんだ、勘弁してくれ」
元ホライ村の、従者ヨシュアリ家のマッケンジー(13歳)の軽口に、リックは青あざや腫れで彩られた顔をしかめた。
湯呑からすすった白湯が口内の傷にしみ、しかめっ面が深みを増す。
「出会いがしらの緊張ほぐしだろ、わかれよ」
「わかるかよ」
試練の迷宮・第四層で、リックと雑貨屋の娘エル(14歳)が別の迷宮チャレンジャーから襲撃を受けるという『事故』から三日。
実力差は明確であり、二人とも殺されていたかもしれない。
助かったのは、通りすがりのベテラン魔物狩りが介入した結果。つまりは運がよかっただけ。
エルの親は当然のごとく激怒し、すでに死んでいる犯人よりも、日ごろから愛娘を連れまわす悪い男に矛先が向いた。
リックの実家のセト屋にしても、男前度を赤丸急上昇させて帰宅したリックに一同大騒ぎとなった。
男前度の限界突破に見て取れるように、リック自身それなりに重いケガを負っていたところに、深夜まで及んだ家族会議、あけて翌日にはエルの家から奥方様がご来訪と、人生イベントが連発したリックは発熱ダウン。
神殿で【治癒】の秘術を受けたエルは、傷は癒えているものの失った血と体力を取り戻すまでは安静を命じられている。
また、施術代としてコツコツためてきた聖石をすべて換金、リックと妹ハンナ、そしてエルの懐具合は貧弱を走り抜けてほぼほぼスッカラカンとなった。
本日、熱の引いたリックは困ったときの神頼みならぬ助言を求めて、いつものようにサクールトを訪ね、軽い事情聴取のあと応接室に通されている。
「サクールトから聞いたけど、改めて、災難だったお」
元ホライ村衆の筆頭、イワーク若様(12歳)が自分の湯呑をテーブルに置いてリックに目を向けた。
「それで、なんでサクは俺たちに回したんだ?」
「えっと、まずはコイツの始末についてだな」
リックは、持参した弓と矢筒をマッケンジーに手渡した。
リックとエルを襲った犯人の装備だったが、いわば慰謝料としてリックたちのものになったブツである。
「25……30kgくらいか。割と小ぶりなのに結構強いな」
「鉄の鏃つきの矢も6本。買うと高いんだお」
肉を裂き出血を強いるための鏃ではなく、貫通目的のかえしのついてない角錐形の鏃。対魔物用としては標準的な品といえる。
外していた弦を張って試していたマッケンジーと、矢筒を確認したイワークが所感とともに納得という雰囲気をかもす。
「欲しいが……」
元ホライ村の衆は野外での活動に際し、飛び道具の必要性を痛感していたところである。
弓矢の始末を相談されたサクールトが、決定権者に投げたのも頷けた。
問題は、リックたちに負けず劣らず、ホライ勢も金がないのだ。
「サクールト曰く、短槍および小楯と交換というあたりでどうかなと」
「確かに、弓を持つなら同時に扱うのは無理だろ」
わずかな沈思黙考の後、イワークとリックは固く握手を交わした。
ホライ勢は飛び道具、リックはナタに代わるメインウェポンとまともな小楯を入手。双方にWin-Winな交換の成立である。
◇ ◇ ◇
「俺、たまにサクールトが黒幕っぽく見えるときがある」
近隣からシラクー伯城下の学舎に送られる者は、小領主や村長・名主など有力者の子弟とその側近候補、つまり優秀な子というのが定番。
元ホライ村からは、村の領主ホライ家の若様イワークとミク姫、従者の子マッケンジー、そしてサクールト。
「サクのご母堂は渡り巫女だったそうでな」
「腹違いの弟だし、信頼してるんだお」
直後に、噂のサクールトが応接室に現れたので少年三人は居心地の悪さを感じてしまう。
蒸かした芋を配り、急須からあつあつのお湯を注いだサクールトも、妙な雰囲気に首を傾げた。
「白湯なのは勘弁してくださいよ?」
「もちろん、気にしてないお」
「それより、弓矢と槍とかの交換の件は助かった」
「なら、いいんですが?」
とってつけたような反応に、サクールトはいぶかしげだが、畳みかけていく。
「で、もいっこ大事な相談な」
「はあ?」
シラクー伯城下にて焼き物を商うセト屋先代の子リークロウは、前年末をもって学舎の基礎教育課程を修了、卒業している。
しかし、実家はすでに大兄が継ぎ、適当な奉公先、婿養子先はないという絶望の就職難世代。
ゆえにリックは、幼馴染で雑貨屋の娘エルや妹のハンナとともに、魔物狩りとして成り上がる、成り上がりたい、成り上がれればいいな、まあ成り上がれる可能性がないわけではないし、とにかく食べていくんだと立志したのである。
「ええ、それはよく知っていますが?」
魔物狩りとは、狭義には魔物狩り組合の組合員を指すが、名乗りは自由。
傭兵業含む戦うことがお仕事の者や、もっと広く獣を狩る者も樵も炭焼きも、とにかく野外に出る機会のある戦える者は全員が兼業魔物狩りでもあるといった程度の認識だ。
ここで、一つの希望がある。
試練の迷宮の第十層にある聖杯に聖石を捧げることで、神々からの恩恵を授けられる可能性があるのだ。
もちろん恩恵を得ずとも魔物狩り活動は可能だが、『あたり』の恩恵を得られれば、モノ次第では仕官や就職の道も開けるかもしれない。
昨年中から学舎通いのかたわら、リックたちは試練の迷宮チャレンジを続けていた。
しかし今回、エルが重症を負ったことで貯石は壊滅。エル自身も体調に不安ありという状況に陥っている。
「体調もだけど、あっちの親さんがなあ」
「そらまあ、大ケガした娘をほいほい出せるかってな」
エルの母親主導で行われた両家の話し合いの結果、エルは当面静養。
リックとエルは、恩恵を授かった時点で成人認定すべしとの意向が示されている。
リックとハンナの大兄曰く、「もう逃げられないぞ」だそうだが、何から逃げるのかはリックにはわからない。
「という前置きで、俺一人フリーになっちゃった。金もない。どうしよう」
「前置きは理解したが、どうしようといわれても」
魔物狩りになるという目標は変わっていないものの、一人で試練の迷宮チャレンジは避けたいとリックは主張した。
「迷宮もそうだけど、隊商護衛も、誰が犯人と関わっていたかわからないし」
「藪をつついて蛇を出すことはないお」
当面の間、試練の迷宮に潜らない、魔物狩り組合経由の仕事も避ける。でも、ブラブラしていても金にはならない。
とにかく今は、金が欲しい。
金だよ、金。との赤裸々な叫びに元ホライ勢も同様の叫びを返した。
金がないのは首がないのと一緒。お足がはようございます。金が全てじゃねぇが、全てに金が必要だ。お金がないから何もできないという人はお金があっても何もできない、なんて言ったやつが生活費に困ったとは聞いたことがない。とかくこの世は世知辛い。などなど、嘆きの声が木霊する。
ひとしきり愚痴を吐き出した少年たちは、しばし黙って芋をかじり湯を飲んだ。
◇ ◇ ◇
「今更だけど、リック、ホライに加勢する気はあるかお?」
「手助けがいるならもちろん協力するけど?」
「傘下に入る、部下になるかって話だろ」
リックや妹のハンナ、幼馴染のエルが魔物狩りを目指しているのは、堅気の就職口が見つからないからだ。
ホライ家は武家、イワークが成人の暁には正式に跡目を継いで騎士階級に叙される(予定)。
町人にとって武家への仕官は、比較的わかりやすい『成り上がり』例ではあった。
「むぅうう」
「そりゃ悩むよなあ。没落しきった零細武家に与するかってなあ」
これが例えばシラクー伯の傘下で足軽同心の手下として雇うぞと言われたのならば、悩むほうが失礼だ。
身分は町人のままだし組織内での地位も低いが、社会的信頼と安定の雇用先である。
「ミクがハンナを絡めとろうとしているように、本当に今更だお。御家復興には手勢を増やす必要があるし、村を建て直すならもっとだお」
「えっ? うちの妹、絡めとられてるのか!」
いやでもしかし、とリックは思考した。
ハンナなら、きっとどこででもうまくやっていくだろう。なので問題は自分である。自分とエルの身の振りなのだ。
「えー、非才の身に非常に魅力的なご提案を賜りましたこと感謝申し上げます。本件は実に重要な事案ゆえ、いったん持ち帰り親族一同とともに深く検討をいたしましたうえで改めてお返事を……」
「リックぅ、おまえそういうとこだぞ」
手で顔を覆ったマッケンジーと前後して、イワーク若様は破顔して一笑する。
「んまあ、そういう道もあるってことだお」
「うぃっす」
一瞬でイワーク若様のお顔が曇る。
「第一、今今で部下になるなんて言われても禄が払えないお」
「ああ、そうだよねえ……」
「けれど、当面暇で、イワークたちの手助けをする気はあるんだお?」
「ああ、まあなあ」
先に提示した件を断らせておいてから、次の件を出してくる。
一度断っていると次は断りにくいという心理をついた交渉術をしかけているところ、実に一党のトップらしい。
指示を受けたサクールトが説明役になった。
「この夏、シラクー伯様の御曹司ムスサード様が迷宮攻略を企図しておられます。直接の戦力は配下衆ですが、遠征隊の露払いや荷運びに、僕ら、滅亡村落の留学生連合も参加する予定です」
「ほむ!」
神々が管轄している試練の迷宮以外の通常の迷宮は、魔物を生み出す魔物の巣である。
なんらかの力が淀む場所、集まる場所、俗にいうパワースポット的なところに迷宮核が発生することによって生じ、迷宮核を壊せば消える。
「場所は東に四日ほどの山中。川沿いを下ってたどり着く、通称クワードの迷宮です」
「魔物あふれと後始末で延期になっていた迷宮攻略、ようやく手をつけられるようになったってことだろ」
「御曹司の箔付け、公然の秘密だお」
迷宮が生成した魔物は押し出される形で外へ出ていき、最後は魔物あふれを引き起こす。
元ホライ村他、三年前に滅んだ村落はシラクー伯城下から北に位置するので、クワードの迷宮と直接の関係はない。
以前よりクワードの地はシラクー伯の直轄領に組み込まれる予定であったので、伯家の優先順位として東に目と手を向けるという話である。
滅亡村落の衆は、最年長格のアザークス勢の組下という形になる。
彼らにしてみればシラクー伯からの支援という御恩へ奉公の機会を与えられた立場なので、参加しないという選択肢はない。
「リックも加勢するなら、ホライ勢扱いですね」
「着実に絡めとられてるってヤツじゃないディスカー」
「荷駄隊だけど、日銭はコレくらい出るらしいお」
「よろしくオナシャス!」
リックは、ホライ勢に合力して荷運びに精を出すことに快く同意した。
◇ ◇ ◇
男子たちが篤い友情を確かめあっていたその日、雑貨屋クリノリンの住居部は姦しかった。
エルの見舞いに、リックの妹ハンナと、ホライ家のミクが訪れている。
「……と、いう感じで、迷宮攻略の荷駄隊にリックも巻き込んでいると、ボクは思うんだ」
「リッ君、巻き込まれてるかあ」
「お兄ちゃん、流されやすいからなあ」
とはいえ、実情はエルもハンナも理解している。
むしろ気心知れたホライ勢と一緒に行動するならば安心もできる。
「私、大事なところで何もできてないな」
「ハンナは学業修めるほうが先だからね。むしろ私こそ焦ってたのかなって反省」
手詰まり感の中で、はっきり見えていた目標、聖石集めに意識が向かい、無理をしていたのだろうかとエル。
結果、第四層で『事故』を実体験する羽目になった。
「むー、どうしようもなかったとボクは思うけどなあ」
「……私ね、体調戻ったらまたリッ君と一緒にやっていけるのか、ちょっと不安なんだよね」
ミクとハンナに向けられたエルの手は細かく震えていた。
「ちょっとじゃなく、結構、かな。あはは」
顔は笑っているが、エルの様子はどこか張り詰めた感じがした。
「体調は気分に影響するから、落ち着くまで考えすぎもよくないよ」
「うん……。御曹司様の迷宮攻略って男子のみだったよね?」
「そう。ボクはお留守番」
シラクー伯の御曹司に功績を立てていただくための迷宮攻略は、特殊な恩恵持ちを除いて基本的に男だけで行われる。
足掛け三か月を予定する攻略事業に、下手に女っ気が混じるとイロイロ危ないという常識的な判断の結果である。
「考える時間に、ちょうどいいのかな。……三か月あれば、小袋に背負い袋に内肌着なんかも仕立てられるかも」
「小物入れや吊り下げベルトなんかも欲しいですね」
明るい声はカラ元気かもしれないが、少女たちのおしゃべりは、ああでもないこうでもないと続いた。




