13.「娘を傷物にしやがって!!」
試練の迷宮・第四層に苛立ちを隠せない舌打ちが響いた。
「チッ、人かよ」
リックは、その言葉の意味がわからなかった。
脇腹に矢を生やしたエルは膝から崩れ呆然としており、横分岐の通路から弓を持った青年が現れる。
「あーもう!! クソッ、どうする? どうするよ俺ぇ!」
「お、お前?」
青年は無造作に矢をつがえると、エルめがけて撃ち込んだ。
「ともかく証拠さえ、証拠さえなければいい。いいんだよな!?」
「ギャッ!!」
「お前何してる!!」
太ももを地面に縫い付けられたエルの悲鳴に、リックの全身が熱くなった。
「ああもう。俺ビビってるじゃん、手元狂ってるじゃん。この距離で外すかぁ?」
「貴様それでも魔物狩りか!」
突進したリックを半身でかわしつつ足払いをかけ、青年は叫び声をあげた。
「『魔物狩りは自己責任』なんだよ! 死ねや、死んでなかったことになれ!」
「ざッけんじゃねー!!」
頭に血がのぼっている。
無駄な力が身体を固くしている。
それはわかるのに、自分自身を御せないリックはいいように青年になぶられた。
膝を蹴られ、肘撃ちを叩き込まれ、しなる弓や弦が顔面をはたき耳を切る。
少なくとも自分の相手をしているうちは、エルに手を出せないのだと、それだけでリックの頭はいっぱいいっぱいだった。
視野と思考の狭窄、対人戦経験のなさが露骨に表れ、ついにリックは地面に叩きつけられた。
神経がショックを起こしているのか、身を起そうとする、その力をうまく伝えられない。額か瞼か、流れた血が目に入って視界が霞む。
「あーめんど。やっちまったよなあ。魔物のしわざじゃ、刃物NGだもんけ。女のほうどうすっかなあ」
「ギざ……まぁ……」
地に伏しもがくリックを残し、青年はエルに近づくと力任せに矢を引き抜いた。
意識があるのかないのか、エルは声を上げることもなく蹴り転がされる。
「矢羽根回収っと。これ残しちゃ俺だってバレるじゃん。傷の偽装は……」
神経質に周囲に目をやった青年は、横分岐の通路、壁際に転がる松明に目を止めた。
リックが手放したものだ。
「焼いときゃ、ごまかせるか?」
リックの視界を横切って、青年は松明に向かう。
青年が松明に手を伸ばし屈んだらしき衣擦れの音の直後、空気を裂いたようなかすかな擦過音がした。
数瞬の間をおいて、どちゃっ、と、微妙に水っぽい音を立てて何かが落ちた音がリックの耳にとどく。
とにかく起き上がること、身を起こすこと。
それだけに集中するリックに無造作な足音が近づく。
「……あー、えーと、ルーキー?」
なんとか首だけを回すが、淡い光を背負った声の主は、二刀流のおっさんであるらしかった。
霞む目に、逆光に、その表情は見て取れない。
どれくらの間があったのか、なかったのか、おっさんはリックの手首を引っ張り無理やり起こすと、両肩を叩いて気合を入れた。
ついでとばかり、弓も首に引っ掛けてくる。
「しっかりしろ! お前は嬢ちゃんを担げ」
「あ…い」
リックは呆けたままのエルを担ぎあげる。
射貫かれた脇腹と太ももが血でぐっしょり濡れている。
「はぅ……」
意識が戻ったのか、エルの両手はリックをつかんで握り締めた。
「しっかりしろ、大丈夫だ」
「ついてこい、エレベータで上に戻る」
ベテランのおっさんは件の青年の両足を小脇に抱えて走り出す。
後ろを走るリックは、その頭部がないことに気づいたが、不思議と何も感じなかった。
◇ ◇ ◇
「先払いです。【治癒】の秘術一回銀貨2枚。傷は二か所。【治癒】二回で銀貨4枚になります」
地上に戻りおっさんと別れ、エルを担いで神殿に駆け込んだリックは、手慣れた感じで施術室へ案内され、応急処置とともに事務的な口調で告げられた。
銀貨1枚あれば一週間食べていける。簡単に払えるというものではない。
だが、かなりの重症でも確実に傷を癒し痕を残さない奇跡、それが【治癒】の恩恵持ちの施術である。
神殿は【祈り】などと同様に、【治癒】や【封傷】などの恩恵保持者に熱烈な勧誘を行うことで人員を確保している。
むしろ、有用で貴重な人材を保護するためだとさえ言い切る。
「手持ちは、ないけど、うちに、言えば……」
セト屋の名も、雑貨屋クリノリンの名も、神官は無情に首を振る。
ルールはルールである。
踏み倒しの前例がでれば、じゃあ俺も踏み倒す、むしろタダでやれ、そんな声があがる。
『命を金で量る偽善者め』
ひたすら施しを求めるだけだった者たちから、感謝ではなく罵倒と恨みを受けることすらある。
そんなこんなの歴史の中で確立した『先払い』ルールなのだ。
エルは診療台の上で脇腹を押さえ、目をつむった。
簡単な止血はしたものの、結構な血を失ったためか青ざめた肌合いもあり深くしわを刻む眉の間が痛々しく見える。
「聖石を売って金をつくる! 組合はすぐそこだ、すぐ戻るから【治癒】を頼みます!!」
集めた聖石は三人で分配せず、リック一人の口座にまとめたままになっている。
預けてある40個を買い取りに出せば、銀貨4枚。
「……お急ぎください」
ルールはルールだけど、杓子定規では世の中回らない。
血の通った弾力的な運用は、あくまでも個人の裁量というカタチで黙認される。
「ありがとうございます」
施術をはじめた神官に勢いよく頭を下げたリックは、魔物狩り組合に走った。
組合内はざわついていたが、リックは構わずいつもの窓口に直行する。
「買取、お願いします。預けてるの全部」
「あいよー」
首に下げていた組合員のタグを渡す。
どういう理屈か、このタグは表面に刻まれた名前や組合のマーク以外にも、専用の台に置くことで情報が読み書きできるらしい。
聖石・魔石の預かり数も記録されているそうだが、窓口のおっさんは紙の台帳と相互に見比べて確認していた。
「預かり44個、全部買取でいいの…」
「全部、それで」
かぶせてこたえたリックの勢いに気圧されるでもなく、おっさんは白銅貨を数えながら積み上げる。
リックは落ち着きなく、おっさんの動作の一つひとつにイライラを募らせていた。
そのリックの肩を叩く者がいた。
「リークロウ君だな。ちょっと話を聞きたい」
「急いでいるんで、後にしてください」
「行先は神殿だろ? その件だ。歩きながらでもできる」
いつぞや広場で出会った片腕のないおっさんは、リックの肩に乗せた手に力を込めた。
思わぬ痛みに顔をゆがめるリックに換金受け取りを促し、片腕のおっさんは共に神殿へ向かう。
リックが金を持ち帰る間にエルは都合二回の【治癒】を施術され、隣室で横になっていた。
「大事をとって夕方までは休んでいくように」
大きな傷をふさぎ、損傷した体組織を修復し、抵抗力を底上げ……。
施術費を渡しながら、リックはそのような内訳を上の空で聞いた。
神々の下された恩恵の名に相応しい、奇跡の御業である。
エルの顔色はやや青ざめたままだが、呼吸はスムーズに、眉根も緩んで表情は穏やかになっていた。
が、失われた血や体力を回復させるには相応の休息が必要となる。
◇ ◇ ◇
「口裏合わせてる時間はなかったし、状況的にもお前たちが被害者、正当防衛で決着か」
リックは、片腕のないおっさんに証言の突き合わせをされた。
組合が、死体を持ち込んだ二刀流のベテラン魔物狩りの言い分を鵜呑みにするわけにいかないのは当然のことだ。
『被害者』の状況確認の意味もあって、神殿に付き添ったうえでのリックへの取り調べとあいなったのだという。
「施術前の矢傷みときゃあ完璧だったんだがなあ」
まあしゃあないと、片腕のおっさんはリックの面構えをほめた。
エルほどの重症ではないが、殴る蹴るの暴行を受けたリックの、特に顔面は、額が切れ瞼やほほが腫れるという、実に男前なことになっている。
「『魔物狩りは自己責任』だしなあ。うちで発行したタグじゃなかったし、先日着いた隊商護衛の誰かって線が濃厚だが……」
片腕のおっさんは、これぞ苦虫をかみつぶしたという表情をつくった。
「たまにあるんだよ。魔物狩り稼業でドサまわり、腕も自信もついてきて、じゃあいっちょ恩恵もらっとく? みたいなノリで試練の迷宮入って、そいで第四層、人型の魔物にパニクっちまう」
リックにも身に覚えがある。
情報なしの初見で人型の魔物に相対したら、まずは驚き、次いで怒り、生き延びることができたら今度は疑心暗鬼。
あのシルエットは、人か、それとも魔物か。
魔物との戦いは、いかに探知圏の外から先制するか、単純な行動を利用してハメるか、そして接敵後はとにかく倒すか探知圏外まで逃げるか。
勢い、サーチ・アンド・デストロイが基本となる。
シラクー伯城下の試練の迷宮では、誤射を避けるため飛び道具は自粛する傾向があるが、これはルールではない。
迷宮チャレンジャーによる暗黙の紳士協定、マナーによる自粛だ。
「愚痴になってるぜ、隻腕の」
「宵闇か。けっ、余所者のオイタだぞ、愚痴でも言わなきゃやってられん」
控室に入ってきたベテランが、存在をアピールするために壁をノックし、片腕のないおっさんをからかった。
おっさん同士の掛け合いは、場の空気を和らげるための、意図してのものだろう。
「助けていただき、ありがとうございました」
「たまたまだし、あまり気にするな。気にしたってどうにもならん」
リックの首にぶら下がったままだった弓に目をとめたベテランは、微妙な表情で矢筒を差し出してきた。
リックは、とりあえず矢筒を受け取ったものの、どうしたらいいものかわからないので、肩にかける。ついでに弓も首から肩に掛けなおした。
「ひどい言い方になるが、俺は損していない。バカの身包みは、死体回収ルールで俺の取り分になるからな」
「筋としちゃあ、お前たちも被害者としての取り分を主張できるんだが」
特に迷宮内に限った話ではなく、放置された死体の残留物は回収者のものとなる。
たとえそれが己が殺した相手であっても、正当防衛と判断が下されれば、むしろ慰謝料として要求すべきとなる。
「いえ、助けていただいたわけですし、むしろ救助費なり謝礼なりを払うべき……なのか?」
「だ・か・ら、気にするな。被害者としての取り分と、俺への謝礼でチャラ! これでおしまい」
リックは、頭を下げた。
エルへの【治癒】施術代としてコツコツ貯めていた聖石を失ったが、命は助かったのだし、手痛い授業料と思うしかない。
「逆恨みで返り討ちなんて御免だし、俺ぁしばらくおとなしくしてるぞ」
「そうしろ。むしろどっかへ行っちまえよ」
犯人が隊商の護衛としてやってきたのなら、もし関係者がいても、しばらくすればいなくなる。
そんなことを話しながら、おっさんたちはリックを残して神殿から去っていった。
◇ ◇ ◇
夕刻になって目を覚ましたエルは怒気を含んだ声でリックに一つの要求を行った。
「俵担ぎはない。リッ君は女心がわかってない!」
お姫様抱っこでのご帰還となった雑貨屋クリノリンでは、エルを下ろしたとたんに親父のヤクザキックがリックに炸裂。
さらに、血まみれの衣服に気づいた奥方が悲鳴を上げ、親父さんのボルテージはますます上昇、リックの胸元をがっしりホールドし、フェイス・トゥ・フェイスでの詰問が執り行われる。
結果、今度は住居側、裏庭に舞台を変えて、リックは地面に投げ飛ばされた。
「娘を傷物にしやがって!!」
「やー、このとおり【治癒】でばっちり……」
「俺が責任取るさ、お義父さん!」
「誰がお義父さんだぼらぁああ」
着替えた上着をめくって傷一つない脇腹を見せるエルだが、誰も見ていない。
エルは少し不機嫌になった。
「あなたっ! 少しは落ち着いてください、エルだってリッ君のそんな姿見せられて嬉しいわけないでしょう」
「いや、しかしだな……」
迷宮でのフルボッコに、エルの親父さんによる親心アタックが加わったことで、リックの男前度はかなり上がっている。
鼻血のたれ具合などは、芸術点も加算されよう。
「リッ君……いえ、リークロウさん。今回のエルの『事故』とリークロウさんの責任の件、近いうちにセト屋さんも交えて詰めた話をしなければなりませんね!」
「いやおまえ、それは話が……」
「よろしいですねッ!!」
「「「はい」」」
奥方様の一喝に、三人分の返事がそろった。




