12.「チッ、人かよ」
リックは、サクールトとの愚痴合戦に勝利するという、むなしい栄冠を手にしてしまった。
リックとエルの二人で、隊商の護衛など魔物狩りっぽい仕事を請けるという話は双方の家族から消極的な反対があり保留。
そも、隊商護衛などの仕事は魔物狩り組合が仲介するルートが主であり、リックたちはまだ組合員ではない。
「登録費が一人頭銀貨1枚。痛いよなあ」
「保証金も兼ねてるって話だけど、お金がないと仕事を請けることもできないなんてねえ」
「金を稼ぐのに金がいるとはこれいかに」
世の中そんなものである。
組合からすれば、銀貨1枚、つまり慎ましやかに一週間を暮らせる程度の額の種銭も用意できない者に護衛が務まるかという話になる。
厚手の旅装束にまっとうな靴、剣の一本を用意するだけでも、その何倍ものお金がかかる。
新規登録する組合員本人の身なり実力を保証する金と考えれば、銀貨1枚は安すぎるともいえるが、これは、どこで足切りするかという政策上の都合でもある。
さておき、『たったの』銀貨1枚で登録できるということは、『魔物狩り組合の組合員』というのは、例えば『シラクー伯城下の商家、セト屋先代の息子』よりも社会的信用がない。
政治的な意味で、社会的下層民、貧困層に対し最低限の身分保障を付与する組織が、魔物狩り組合といえた。
◇ ◇ ◇
結局リックたちは現状維持のまま春という時期を過ごし、そろそろ夏という今日も、地道な試練の迷宮チャレンジを続けている。
「外でお仕事するリスクを避けたともいえるけどね」
「私だけ残されてもというのは、確かにあるんだけど……」
ハンナの眉が寄る。
ハンナ一人だけ学舎通いが続くことも、年齢差、つまりは体格差による体力・戦力不足も、兄と幼馴染のお姉さんの足を引っ張っていることは間違いない。
「私だけ、まだ第四層タイマン成功していないし」
「焦ることはないけど、私のぶんぶん丸使う?」
エルの、ボーラ・ヌンチャク・ブラックジャックもどきな形容しがたい獲物は、ぶんぶん丸という名称に落ち着いていた。
「投げ網は使いでがあるし、もちょっと素直なボーラを用意して併用してみるかなあ」
「サク君とミク様パターンだね」
エルとハンナは魔物の動きを阻害してから叩きのめすという戦法に頼っている。
リックにしても、【恩恵の器】の条件とされる第四層タイマンをクリアするために一度は人型の魔物と真っ向勝負をしたが、その後は妹と幼馴染の搦め手込み、連携で戦っている。
無駄に危険な真似をする必要はない。
「相性なのか、むしろ第三層の魔犬のほうがやりにくい」
「魔犬は、こう、低いんだよね」
魔物の探知能力は謎である。
目も耳もないのに、明らかにこちらに気づく、そんなタイミングがある。
そして、魔物の目や耳を警戒する必要がない迷宮では、他グループとの事故を避ける意味でも挨拶重点が暗黙の了解となり、慣れてくるとおしゃべりしながらの探索も珍しくなくなる。
声を発するということが山歩きにおける熊鈴のような存在のアピール、他者に対し自分たちは魔物じゃないぞの意味合いが生じるのだ。
「……多分、この通路だぞ」
「後回しにする理由もないし、行っちゃお」
松明を高く掲げたリックに、ハンナも手元のメモ紙を確認した。
通路を進むと前方が明るくなり、道を塞ぐように頑丈そうな鉄格子がある。その向こうに係員の控える小部屋が見えていた。
魔物狩り組合が運営する、地上と第四層をつなぐエレベータが奥にあるはずだ。
三人を認めた係員が鉄格子の向こうから声をかけてくる。
「地上に戻るのか?」
「えっと、初めてここまで来たんだけど、到達の証ってのがもらえるとか?」
「ああ、まずは入れ」
係員はカギを使って鉄格子をあけると三人を小部屋に招き入れた。
ランタンのそばの壁にかかっていたリボンにはシラクー伯の家紋が描かれ、番号が記されている。それを各自に渡してきた。
「到達おめでとう。乗って帰るか?」
「え? でもお高いんでしょう?」
「到達のご褒美ってヤツだな。正規の利用はそのリボンを組合に提出し、組合員の証へ記録してもらってからだ。運賃は一人白銅貨1枚、ただし下りのみ。上りは、こんなとこで銭金なんて確認してられないだろ」
何度もこなした会話なのだろう。係員はニヤっと笑ってから淀みなく言い切った。
「じゃあ、帰りだけ使えばずっとロハ?」
「『賢い』連中にはそうするヤツもいるな」
もちろん裏技的な利用法であり、組合として積極的に広めてはいない。
気がついた者だけ得をするというと印象が悪いが、『魔物狩りは自己責任』。悪知恵だろうと知恵は知恵なのである。
低い声で含み笑いを交わすエルと係員の向こうで、リックは小部屋の奥の木枠の籠に取りついてた。籠は四人も入るといっぱいいっぱいになる大きさだ。
男の子だもんね、とハンナは新しい玩具に目を輝かせる兄に生ぬるい視線を送る。
「これがエレベータか? なあなあ、せっかくだし、乗せてもらおうぜ!」
「乗ってけ乗ってけ。さあ中に入った」
三人が籠に乗り込んだことを確認した係員が壁際に生えているレバーを操作する。
「うぇへまいりまぁ~す」
微妙に裏声の、謎の掛け声とともに三人を乗せた籠はグッっと上昇をはじめた。
「うぉおおおお! 上ってる、上ってるぞコレェ」
「ふむ、ロープで吊ってますね」
途中で空の籠とすれ違う。
籠の天井には太いロープが結わえられており、それで吊るしているようだ。
「左右の籠をロープでつないで、片方上がれば片方下がる仕組みだね」
「天秤みたいな構造なんですね。動力は何でしょう」
「スゲェ!!」
リークロウ(通称リック・13歳)、エレベータ初体験に大興奮でご満悦。
◇ ◇ ◇
試練の迷宮・第四層直通エレベータを納めた建屋を出ると、そこは神殿前広場になる。
「なんか、人多くない?」
「見た目はいかにも魔物狩りっぽいけど」
地上に戻ったリックたちの前で、広場にいつにない活気が満ちていた。
見渡せば、下手をしたら100人以上の、武器防具を携えた年齢性別もとりどりな人々が、数人あるいは十数人ないし単独でたむろしている。
「夏至祭向けの隊商そろそろ着いてもおかしくない頃だし、その護衛さんたち?」
「ああ、もう夏至祭かあ」
「シロウ兄さんも来てるかな?」
リックとハンナの兄のシロウは、魔物狩りとして独立してからは実家のセト屋に寄りつかない。
大兄や嫁いだサン姉との手紙のやり取りをしているくらいなので、仲が悪いわけではない。
が、それはそれとしてである。リックにもなんとなくわかる気がした。
「はいはい、リボン提出して組合員登録済ませちゃお」
空気を読んだエルが、幼馴染の兄妹の背中を押して魔物狩り組合に向ける。
組合の建物内部は手前と奥とで大きく二つに仕切られ、手前はさらに広いだけの空間と椅子やテーブルがおかれたコーナーで分けられている。
「あ!」
「お? ……えーと、ルーキーか?」
きょろきょろと見渡していたリックは、壁際でくつろいでいたおっさんと目があった。
腰の左右に佩いた小剣が特徴的な、いかにもベテランの魔物狩りっぽいおっさんだ。
「今日、ようやくエレベータに到達です」
「そいつは重畳、めでたいこった」
「なので組合に登録を済ませてしまおうかって」
「OKOK、先輩に任せとけ」
いつぞやのように先輩風を吹かせたくなったのか、おっさんは壁際を離れリックたちを受付の一つに連れて行った。
「へいへい、カモちゃんがネギしょってきたぜ、あくどく商売しろよ」
「うるせぇ、万年ソリストは引っ込んでろ」
「リボン持ちだぜ。預かり口座ひらかせりゃ、おめぇにだって歩合が入るだろ」
「報償なんざ雀の涙だって知ってるだろが」
掛け合う言葉はともかく、見知った中であるようだ。
なおも先輩風を吹かそうとする双剣のおっさんを追い払った受付の、ドスの利いた顔のおっさんはリックたちに向き直った。
「お見苦しいところを失礼いたしました。ウチの連中はアンなのばかりってわけじゃあございませんので……ってこりゃ客向けだ。おう、登録だな? リボン出せや」
「は、はい」
顔が怖いのである。こういう人には逆らわないのがリックの人生訓だ。
「登録費、一人頭銀貨1枚だが、現金か? それとも魔石か聖石買取を回すか?」
「聖石でオナシャス!」
聖石1個が白銅貨1枚。買取値はどこの魔物狩り組合でも固定だそうだ。
三人分30個で登録費に充てる。
「預かり口座ってのはアレだ、魔石・聖石なんて大量に持ち歩くもんじゃないだろ。だから組合で預かる。預かって、記録して、売るといわれりゃその分金を払い、返せといわれりゃ物を出す」
「それぞれの手数料はいかほどですか?」
「ないない。バカには手数料なんて理解できないぞ」
エルの質問に受付のおっさんは手首を振った。
各種依頼の仲介手数料と、魔石・聖石の売買差額、そして領主からの支援・補助金が魔物狩り組合の主要な収入源である。
魔物狩り組合には、基礎教育すら受けていない社会的底辺層の受け皿としての機能があるため、そっち向きの窓口業務に限れば単純な規則でしか運用できない。
「じゃあ、預けちまうか?」
「そだね」
昨年の夏の終わりから始まった試練の迷宮チャレンジでため込んだ聖石も、残りは40数個。
「あらためて数えると、とほほって感じだな」
「一人頭100個は遠いねえ」
「でもほら、これで組合経由の依頼を受けられるようになったと思えば」
三人から登録に必要な事項を聞き出した受付のおっさんは金属棒をとっかえひっかえ小箱から取り出しては木槌を叩きつけていた。
手元には金属片があり、どうやら名前を打刻しているらしい。
手持ち無沙汰で待つことしばし、三人に、紐通し穴のあいた金属片が渡された。
名前と組合のマーク、そしてリボンを模したものであろう印が刻まれている。
「そいつが組合員の証、証札だ。口の悪い奴は犬の鑑札なんて言ったりもする」
「魔物狩りなのに猟犬か?」
「『人類様にご奉仕するワンッ!』ってな。ま、諧謔のひとつもうそぶけなきゃ、職業・魔物狩りなんざやってられねぇよ」
魔物狩りを本職にする者、せざるをえない者のための組合なのだ。
続けてタグの機能、例えば紙台帳と同時にタグにも聖石・魔石の預かり数が記録されていること、身分証としての扱い、死者発見時にはタグの回収依頼ときて、各種依頼受託の流れまでをざっくりと説明された。
「わかんなくなったらまた来いや」
ニタリと笑うその顔も怖い。
見た目以上に口の悪いおっさんであったが、どうやら先輩風をびゅうびゅうに吹かせているようだった。
◇ ◇ ◇
魔物狩り組合に登録した翌日、リックとエルは朝から試練の迷宮・第四層に来ていた。
ハンナは学舎で授業なので二人のみであるが、地図は完成しているし魔物もそれぞれタイマンでも倒せることはわかっている。
「潜っていればいずれ貯まるとはいえ、頑張ってお昼までに二個か三個か」
「倒せる数次第だからねえ」
組合員登録のために、貯めていた聖石の半分近くを手放してしまった。
すこしでも穴埋めしておくかという意識が二人を迷宮に向かわせた。
いつものように松明を持ったリックが先行し、すこし距離をあけた後ろをエルがついていく。
第四層の人類型の魔物の索敵圏は、だいたい手にした明かりが届くかどうかの距離になる。
横合いへの分岐通路を軽くのぞいて人影が確認できなかったリックは、そのまま進んだ。
エルも警戒しつつ分岐を通過しようとする。
ヒュッっという音が聞こえたような気がするとともに、エルは、わき腹に火箸を押し付けたかのような熱を感じた。
「え?」
身体が勝手によろめき、膝から崩れ落ちる。
「え? なに?」
「どした……!!」
振り返ったリックが松明を向けると、わき腹に枝をはやしたエルが呆けたように崩れ座っていた。
「チッ、人かよ」
突発時に思考が固まる二人の耳に舌打ちが聞こえた。




