11.「さて、第4層だ」
梅が、青空の下で白く満開に咲いていた。
神殿広場、試練の迷宮の入り口前に、リークロウ(通称リック・13歳)とその妹ハンナ(10歳)、そして幼馴染のエル(14歳)の姿があった。
春を迎え年改まり、リックたちは一つずつ歳を重ねている。
成り上がりの可能性を含みつつ、ともかく食べていくために魔物狩りとなり、ついでに神々の恩恵を得るための試練の迷宮チャレンジも新たなステージに入るのだと、リックたちは気勢を高めた。
「第三層で様子見をするが、いけそうなら第四層もチラ見!」
「「えいえい、おー」」
勝手知ったる試練の迷宮、第一層、第二層を最短路で抜けての第三層。
この階層に出現するのは犬型の魔物、魔犬である。
数か月前のリックたちには、三人がかりで倒せはするが、一歩間違えると大ケガの可能性もある相手として立ち塞がっていた。
その魔物が霧化して消えていく。
「戦えるもんだなあ」
魔物が霧散したあと、全身の力を抜きながらリックはつぶやいた。
リックと妹のハンナ、そして幼馴染のエルは、冬の間のアルバイト賃を使って革の手袋と靴を調達していた。
野犬程度であれば、つまり第三層の魔犬程度であれば、手元足元に食いつかれても牙が通るかどうかという厚みと硬化処理を施された革は、安心感をもたらしてくれる。
また、木片によるうろこ鎧もどきはあいかわらず趣深い音色を奏でているが、その下に着込む厚手の服も古着屋でゲット。
多少、動きにくくなったが、これまた安心感は大きい。
しかし、安心感と引き換えに資金が尽きた。
仕方ないのでリックはナタ一本を頼りにし、ハンナは投げ網とお手製トゲトゲ棒、エスカリボルグ一世という従来スタイルを踏襲。
エルは、新たにハンナと開発した拘束・打撲兼用のブツを二セット持ちとなっている。
細長い小袋に小石と砂を詰めたものを二つ用意し、それをロープでつなぐ。
投げては俗にいうボーラとして標的に絡み動きを阻害し、殴打用の近接武器として扱えば俗にいうブラックジャックないしサップと呼ばれるモノもどき。
ロープを適当な長さに持てば、ヌンチャクめいて振り回すことも可能と、開発主任ハンナおよび入れ知恵担当サクールトは語る。
「聖石は落とさなかったね、残念」
装備更新の確認の意味もあって、ハンナとエルには万一のサポートをお願いして、まずはリック一人で戦ってみた結果であった。
野犬と戦った経験は大きかったのかもしれない。
姿形こそ似ていても、魔物と獣は全然違う。
知性ある獣と比べれば、魔物の動きは直線的で、フェイントや二手先、三手先を見越した組み立てなどもなく読みやすい。
倒しきるまで全力でかかってくることは確かに脅威だが、動きが読めれば落ち着いて対処できた。
リックは冬のもっこ担ぎで多少の筋肉はついたにせよ、急に身体能力が上がったわけではない。
つまり、気の持ちようひとつで『なんとか戦えていた相手』が『いなせる格下』になってしまったのだ。
そんな所感をハンナとエルに告げると、二人とも似たような感想を抱いていた。
ならばということで、第四層への階段を目指しながら、順番に少女たちも魔犬タイマン。
「こんなもんかって感じだね」
「弱くはないんですよ」
装備の安心感に、場慣れもあるのだろう。
いくら行動が読めていようと、身体に余計な力が入っていてはうまく対応できない。腰が引けていては好機を逃し、押し込まれる。
数か月前の自分たちはそのような姿を晒していたのだろう。
「壁を越えたということですね」
直面しているときはどうしようもない行き詰まりを感じるのに、解決してしまえばどうということもないもの。
それが人生における壁というものの正体らしかった。
◇ ◇ ◇
「さて、第四層だ」
「この階層の魔物は人型だったね」
「そして、【恩恵の器】の条件の一つが、この階でタイマンはれること」
階段を下りたところのちょっとした広間で、リックは松明を振った。
「マッピングもしないとな」
「サク君いわく、練習だと思って自分たちでマッピングすること。どうせお金もないし」
魔物狩り組合では各階層の地図や魔物の情報なども販売しているが、買う人は少ない。
リックは松明を掲げる左腕の内側、手袋に張り付けた紙を新しいものに変え、同じく手首に紐で結わえた筆で印を書き込む。
道に迷わない程度のメモだ。清書は地上で、三人分をつき合わせながら。
「通路は右と、左……ん、誰か来る?」
「上に行くのかな?」
三人から見て左側の通路の奥に人影が見えた。
向こうもこっちに気がついたのか駆けだした。
「待て! おい、誰だ! 返事しろ!!」
「あッ! 明かり持ってない」
「え? 敵?」
広場に飛び込んできた人影は、一直線に三人に向かって突進してきた。
「二人は下がれ!」
「そやっ!」
リックは人影に松明を向けながら、腰のナタに手を掛けた。
斜め後方からハンナが網を投じる。
だが、腕に絡んだ網を気にもせずに、人影はさらに前進した。
「敵だな? 敵だろ!? 魔物だな!!」
この期に及んで返事もない。
揺らぐ松明の明かりでははっきりとしないが、顔があるべき頭部も、なんとなくぬめっとした印象を受ける。
それでも万が一をためらうリックを、抜き手が襲った。
「ッチ」
松明を振って、抜き手を腕ごとはたき落としたリックが跳び退るとほぼ同時に、リックの右側、敵から見て左側に回り込んだエルが、ヌンチャク・モード最大リーチで鈍器袋を叩きつける。
「兄さん!」
「大丈夫、いける!」
エルが敵の左腕部に巻き付いたヌンチャク・ボーラもどきごと引きずられかけているが、それは敵の動きを阻害しているということでもある。
リックはナタを抜き放つと、ローアングルに脚部を狙った。
ナタの切っ先に、肉を斬る感触はない。血が飛び散るでもない。
「魔物、確定、敵」
その言葉を待っていたのかいないのか、ハンナもエスカリボルグ一世を振りかぶる。
合わせてエルがヌンチャク・ボーラの綱引きの手を緩め、敵は体勢を崩す。
ラッキーでジャストミートなヒットが魔物の頭部に決まった。
起き上がれないように二セット目のヌンチャク・ボーラで容赦ない打撃を加えるエルと、うなるハンナのエスカリボルグ一世。
ついでにリックが首狩りを狙うが、これは失敗。
袋叩きのダメージの蓄積により、間もなく魔物は霧となって消えた。
第四層の魔物が人型をしていることは知っていた。
判別方法として声掛け重点であることも知っていた。
だが、とっさのことに正しい対応ができなかった。
「おーつかれさーん」
「!!」
背後からの声にあわてて振り向くと、ランタンを掲げた一行、四人組の青年たちが階段そばに陣取っていた。
剣に革鎧、盾や兜などを装備している者もいる。
「お、その感じ、もしかして四層童貞ブレイクか?」
「……ああ。今日初めて下りてきた」
背後のハンナにつつかれ、リックはなんとか挨拶を絞り出した。
いつからいたのか、まったく気がつかなかった。それだけ、初の人型魔物戦に気を取られていた。
「そっかー。ま、初見じゃキツイわな」
「お嬢ちゃんの武器ってお手製? それでここまでくるとはすごいねえ」
「おい、よせ」
揶揄、なのだろう。
エルに向けてにやけた笑みを浮かべていた男は、リーダーらしき者の叱咤に舌打ちした。
「ま、がんばれや」
「じゃーねー」
空気が悪くなる前に、との判断だろうか。一行はリーダーに促されるように第四層の奥へと進んでいった。
曲がり角があるのか、ランタンの明かりと後姿が見えなくなって、ようやくリックは肩を落とした。
◇ ◇ ◇
リックとエルは学舎を卒業している。
が、それはそれとして助言が必要だと第四層チャレンジの翌日、学舎併設寮・炊事場の裏手にサクールトを訪ねた。
「はいはい、芋ならいくらでもありますよ」
「皮むきならマカセロー」
助言・情報の対価は労働で。いつもの光景である。
「なんちゅうか、装備ちがうってチートだよな」
「剣一本、盾一つでも世界は変わりますね」
リックたちは、冬の間のアルバイト賃で防具を刷新、武器だって知恵を絞った。
そのかいあって、これまで壁だった第三層を突破、第四層に足を踏み入れることもできた。
せっかくの第四層到達&対人型魔物戦初勝利だったが、後背に現れた四人組の装備に高揚感がつぶされて、魔物への対応遅れの反省と苦い思いだけが残っている。
「なんかさあ、金持ち有力者は出だしから大差ついてるのかよみたいな?」
エルによれば、第四層で遭遇したグループは、城下でも羽振りの良い豪商の子弟たちであるらしい。
隠居の後添えがどうこうという話がでたときに、見かけた顔があったとか。
雑貨屋の娘エルは14歳。
学舎を卒業したこともあり、婚活シーズンへ本格エントリーを迫られているらしい。
「私たちも、十分に恵まれているほうなんだけどね」
その日の糧にも苦しむド貧民からしてみれば、飢えを知らず屋根壁ある家屋に住まうリックたちは憎しみを込めて妬ましい存在である。
ただ、この手の話は相対的なもの。
「『上を見ればきりがない。下を見ては情けない』。それより、第四層の人型どうでした?」
「魔物だな。少なくとも俺は、人の姿だからどうこうってのはない」
装備云々はただの愚痴だ。
吐き出せば心が多少軽くなるが、解決方法などはない。
「私もかな。アレ、迷宮だから困るけど、お天道さまの下だったら、単に気持ち悪いだけじゃない?」
「ただ、アレとタイマンで勝つとなると、やっぱり装備がね」
第四層タイマン勝利は、神々からの恩恵を授けられる条件の一つと思われている。
人型魔物は戦力評価でいえば雑兵相当。倒せないようでは魔物狩りを名乗っても先がないことも事実だ。
「資金稼ぎに、私とリッ君の二人で護衛か山狩りか、魔物狩りっぽい仕事してみるのも手かなって」
「ハンナはまだ猶予あるし、サクたちのほうで見てくれてるなら俺たち外に出れるってな」
「うーん、こっちもあまり余裕はないんですよ」
新年度はじまりのときに、ハンナを別の生活班に入れておくべきだったとサクールト。
「ミク姫様が許してくれるなら、でしょ?」
「ハンナの意思もあるぞい」
二人の自称・美少女の友情というかミク姫による勢力拡大活動はともかく、元ホライ村の衆の公的な序列でいえばサクールトは最下位。
だが母親の身分的なアレでソレだが、ご落胤には違いなく、イワークやミクと異母兄弟。
ゆえに、私的な序列は割と高めで、意見も通りやすい。
サクールトのそういうところが、リックをして助言者と崇め奉ることにつながったのだがそれはさておき。
元ホライ村の衆のような武家とその近習には、実地訓練と称した活動が追加されているという。
それにともない、野外で有利な飛び道具の調達と訓練習得というのが目下の最大の問題なのだそうだ。
「鉄砲とかクロスボウとか?」
「タケーよ! 買えるワケねーじゃん! ふざけんなコノヤロウ」
リックの迂闊な発言に怒ったサクールトだが無理はない。
鉄砲こと銃は、本体もクソ高いが、弾薬がやけクソに高い。俗に銀貨をばら撒く玩具といわれるくらいコストパフォーマンスが悪いほうに突き抜けてしまっている。
威力はともかく、金持ちや地位の記号になっている。
クロスボウはまだマシだが、これまた調達にくわえ整備で金が飛ぶことで有名な品だ。
「で、弓矢か。魔物狩り主力業務の一つ、猟師さんのイメージではある」
「試練の迷宮だと誤射が怖いから飛び道具はめったに使われませんけど、野外だと射程が正義。接敵前にダメージを重ねられる利点が大きいです」
「装備は場所や相手によりけりってなあ」
「でもさあ、そんなに何でもかんでも揃えられないよねえ」
「結局、金なんだよ。金、金、金!」
「否定できないのが、悲しいです」
助言者サクールトは、歳に似合わぬ疲れた表情を見せた。




