10.「やっぱり大兄は、ここぞで甘いなあ」
学舎の個別自習室と呼ばれる小部屋に試験対策として集まったリックたちとホライ勢とは、久方ぶりに近況報告を行った。
「俺たちは平日の午後を土方で、午前は授業か試験対策」
「イワークたちは村からの留学生で連合組んで、週末、安息日を絡めて外で間引きだお」
シラクー伯城下の町で焼き物を商うセト屋先代の息子リック(12)歳と、その妹ハンナ(9歳)、および雑貨屋の娘で幼馴染のエル(13歳)の町人衆。
魔物の群れに滅ぼされた村からの留学生にして遺児、ホライ勢は、若様のイワーク(11歳)をはじめ、最年少のミク姫(9歳)、従者マッケンジー(12歳)にシーオンの子サクールト(10歳)の四人。
リックたちと元ホライ村の衆は、学舎で生活班を組んでいる。
入舎年度の区分けでいえばハンナだけ別なのだが、兄がいるからと同じ班に配置。
ただしこの冬の間は双方の都合がかみ合わないため、週末のグループ活動は休止中。
「兄さんやハル姉が卒業して、私一人とりのこされちゃうんだよねえ」
「ボクたちは基礎を修了しても、すぐに学舎や寮から出ていくわけじゃないから、ハンナとはまだまだ一緒だよ」
学舎の基礎教育は、冬の終わりに行われる試験すべてに合格すれば修了。
より上級の学問や武術、礼法などを修めようというのでなければ、晴れて学舎を卒業となる。
リックとエルは今回の試験で卒業予定。
「つまり、ハンナも実質的にホライ勢。ボクらと一緒にやっていこう!」
「お、おー?」
学舎は、単に民衆の教育水準を底上げするだけではなく、統治者の手足、官僚や武人を養成する機関としての側面もある。
また、近隣小領や村落から学舎への留学生活は、伯への人質という側面もないわけではないが、むしろ伝手・コネ・人脈を築くために重要な社会システムとなっていた。
ホライ勢他、滅んだ村からの留学生たちは、後見人であるシラクー伯が許す限りは学舎で学び、併設寮に住むことができる。
ホライ家のイワークは成人すれば騎士階級に叙される予定であり、立場にふさわしい礼儀作法や統治手法、武家の当主として武芸などまだまだ修めるべきものがある。
ただし、魔物狩りを目指すという点で、リックたちとホライ勢とは共通の目標を持っていた。
「しばらく迷宮に潜ってないから、弱くなってないか心配だ」
「私たち、やっと第三層の魔犬とやりあってたレベルだからね」
「そう簡単になまるもんじゃない。むしろ、キッチリ稼いで装備を整えるほうが先だろ」
「いやーそれが、お給金は家に返す分、学費の分だから」
ハンナは困ったようにはにかんだ。
金の悩みはどちらも同じと、ホライ家の若様の一の従者、というか唯一の従者、マッケンジーは額に手を当てうつむく。
シラクー伯のご温情で学舎・寮に住まっている面々は、この御恩に奉公働きを返さなければならない。
「北の森の魔物間引きの『要請』も、奉公の機会を与えるということでしたし」
「戦場に立つのは、あくまで当人の意思ということなんだと思う」
「建前はともかく、断れるものでなし断る理由もないだろ」
「お武家様も大変なんだな」
魔物は迷宮で生成される。
ある種の縄張りのようなものがあるらしく、数が増えると迷宮から押し出されるように地上に出てくる。
地上でも同様に玉突きが発生し、混雑状態が限界を超えると暴発的に周囲に拡散する。
これを『魔物あふれ』『暴走』『(魔物の)氾濫』などと称する。
魔物あふれを防ぐには、魔物の巣である迷宮を攻略してしまうか、間引いて密度を下げるか。
「今週あたり、ドカ雪で中止になりませんかね」
「中止ならいいけど、遠征中に降られたくないなあ。ボクは寒さに弱いんだよ」
肩を落とす主従の姿に、本当に、お武家はお武家で大変なんだなと、リックは口の中でつぶやいた。
◇ ◇ ◇
一時退室したサクールトが、湯呑とふかし芋を持って帰ってきた。
リックも配られた湯呑を手に、一口すする。
白湯が舌と喉を熱し腹に落ちる。ほうっと息が漏れた。
「……こないだ、飯場に野犬が出て、逃げ損ねてやりあうことになったんだけど、魔物とはずいぶん勝手が違うんだな」
「そりゃまあ、獣と魔物は別物だわなあ?」
リックは、自分の感じたことをなんとか言葉にしようと唸った。
「こう、感触から違う。斬れば血が出るって、当たり前だけどうわぉっていうか」
「ああ、魔物はなんていうか……こう、無機質な?」
「そうそう、だから、シャーっとやってザーって?」
「グワってくるのを、ジャストなスイングで」
リックとイワークの感覚論じみた魔物・獣談義の隣では、残りのメンバーがいま少し実りのある会話を展開する。
「北の森での間引き、冬の野外設営、防寒対策してもしきれない」
「とにかく寒いよね。それと、魔物より獣の相手ばかり」
「二泊程度で行ける範囲ですし、おかげで解体はかなりうまくなった気がします」
北の森での魔物の間引きは、留学生連合として行われている。
人数的に余裕があるため、ミクやサクールトは後方業務に回されているようだ。
「ここら近辺は、人類領域になって長いからな。熊や狼の群れだってわざわざこっちまで来ない」
「ホライ村って、へき地だったんだねえ」
北の森からさらに小山を越えた先、それが元ホライ村他の今はない開拓村の立地であった。
「山向こうって、やっぱり魔物多いの?」
「魔物って獣ともやりあうから、熊だの狼だのの縄張りだと普通に倒されてるお」
「残った魔石をこっそり回収するのがいい小遣い稼ぎになったんですよ」
単なる強さではなく、強かでなければ生き残れないのが最前線の開拓村なのである。
「周囲全部魔物、薙ぎ払って切りとって人類領域にしてやるぜって、そういうイメージだったのに」
「人類、魔物、獣の勢力圏争いというのが実態ですね」
「ただし、魔物って虫けらや小動物は相手にしないし、獣の領域をすり抜けてしまうのもそこそこいるだろ」
「考えてもしょうがないんだけど、あいつらの行動原理って本当、謎だお」
ともかくも、人類の安全圏の確保のためにも、随時の間引きは必須といえた。
「本当にヤバイのは迷宮の奥の魔物。それと、魔獣化した獣だって聞かされたお」
「俺の親父が大けがした相手が猪の魔獣だって、武勇伝だな」
何か思い出したのか、イワークとマッケンジーは苦い笑いを口の端に浮かべた。
武勇伝は語る側には武勇伝でも、何度も聞かされる側には、まあ、そういうものであろう。
なんらかの原因で魔石を体内に宿した獣を魔獣と呼ぶ。
「もともとの獣に準じた知性を備え、身体能力が強化されたやっかいな相手だろ」
「僕ら人類が神々の恩恵を授かるのとの対比で、俗に【闇の恩恵】とも」
獣と魔獣はぱっと見では見分けがつかない。
やけに強いなと思いつつ、倒して解体してみてはじめて魔獣とわかるケースが大半。
「知らなかったそんなこと。世界の闇が広がっちゃった」
「ハンナが知らなかっただけで、もとから広がっている闇だよ」
「じゃあ、闇が深まった」
世界が闇に呑まれても日々は過ぎていく。
◇ ◇ ◇
冬も終わろうとする日、セト屋当代、リックとハンナの一番上の兄にして父親代わりの男は、特別な時にしか使わない真字混じりの証書を確認した。
┌───────────────────────────────────
│
│ 白河伯城下・焼き物商瀬戸屋・元義の子・六郎
│
│ 上の者、白河伯城下学舎にて、
│ 読み書き・計算・一般常識の基礎を修めたことをここに証する。
│
└───────────────────────────────────
「よろしい。卒業おめでとう、リークロウ」
「リークロウさん、おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
リックは、危なげなく修了試験に合格し学舎卒業にこぎつけた。もちろん雑貨屋の娘エルも同様である。
おかずが4皿も並ぶという大盤振る舞いの夕餉ののち、リックとハンナは書斎で大兄と対面していた。
「さてリック、無事卒業と相成ったわけだが、魔物狩りになるという未来絵図に変更はないか?」
「ないなあ。野犬とやりあえるってわかったし、シロウ兄さんみたいに隊商の護衛の口でもあれば、明日からでも働けるってエルが」
「あの面食いの話は脇に置いとけ」
尻に敷かれているという風情でもないが、幼馴染の意見をそのまま口にするリックに大兄はため息をついた。
しかしだからといって、リックを押し込む奉公先のあてもなければ養子、あるいは入り婿なんて話もない。
セト屋を拡大、新店舗を任せるなど夢にすら出てこない。
「ハンナはどうだ? お前は私と違って母さん似だから、数年もすれば嫁入りの話も出てくると思うが」
「んー、エル姉も言ってたけど、どこぞの後家に入れられて介護役、お亡くなりになったら尼寺コースなんてのは絶対に嫌」
「あの娘は辛らつだなあ……」
またしても幼馴染の意見に説得されている妹を見て、とはいえありえる未来絵図だと自身納得してしまう大兄。
「いい話があれば別だけど、自立できるよう魔物狩りを目指すという方向性はあっていると思う」
「ああもう、それでいい」
リックは卒業だが、ハンナはまだ二年は学舎にいる予定である。焦ることはない。
「お前たちの意思は確認した。ハンナはもちろんだが、リックにも成人までの猶予がいるというのが、セト屋としての結論だ」
「ほむん?」
「【恩恵の器】だったか、『100個の聖石、10歳以上、第四層でタイマンはれる実力』」
「試練の迷宮で恩恵を授かるには、その条件をクリアする必要があるみたいね」
「シロウはなんとかやっているようだが、恩恵を得られるならば得たほうがいい」
「まあ、そりゃ、そうだわな」
リックとハンナの兄のシロウは恩恵を得ていないが、魔物狩りとして隊商護衛などで身を立てている。
「なので成人までの一年は家にいろ。セト屋として働けとは言わん」
「ほむ!」
「次に学費だが……」
「ほむぅん」
飴がくれば鞭がでる。
リックは思わぬフリーハンドに身を乗り出しかけ、学費の話で身を縮こませた。
「基礎教育のみの履修で年銀貨4枚の三年で12枚。そこから一部免除や物納控除があって、セト屋としての実質の持ち出しは銀貨で6枚弱となった」
銀貨1枚あれば庶民レベルの生活を一週間は送れる。
学舎運営側から見れば破格の学費だが、手堅い商いを行うセト屋であっても、けっして軽くない出費であった。
大兄は銅銭の納められた小袋を二つ取り出し二人に向けた。
「この冬の賃が、リックが青銅貨240枚、ハンナ同じく120枚」
「足りなかったなあ」
「まあ、足しになればって話だったし」
青銅貨は10枚で白銅貨1枚の価値となり、白銅貨も10枚で銀貨1枚となる。
だが大兄は、銭袋を二人に押しやった。
「ほむうん!?」
「人を雇えば雇い賃がかかる」
子や家人の労働力を期待するのは人の常だが、あくまでも商人としての勘定だと大兄は言い切る。
「店番・手伝いの分を勘定にいれれば、お前は自分の学費を自分で納めたといってもよいだろう」
「ほむ!」
「子の成人まで衣食の面倒をみるのが親の務めである以上、お前はセト屋になんの負債もない」
「兄者ぁ!」
親子ほどに年の離れた兄弟がひしと抱き合う光景を前に、ハンナはニヤケ顔でつぶやいた。
「やっぱり大兄は、ここぞで甘いなあ」




