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01.「食べていける道がそれしか思いつかないんだよね」

「ぐぇぁっ……」


 少年リークロウ(通称リック・12歳)の口から、呻きが漏れる。

 試練の迷宮・第1層。手にした松明(たいまつ)のか細い明かりだけを頼りに迷宮内を進むリックたち3人組の横合いから、黒い弾丸が襲ったのだ。


「兄さん!」


 敵は全長50センチほどの芋虫の姿をしている。

 それが全身をばねにして跳びかかる。まともに食らって下手をすれば骨だって折れる。所詮は第1層だし魔物としてはザコ中のザコのはずではあるが、リックたちのような少年少女にとっては十分に脅威である。


 横っ腹への不意打に体勢を崩すリックとほぼ同時に、2人の少女たちがそれぞれに動いた。

 リックの妹のハンナと、幼馴染のご近所さんで、ときどきお姉さん風を吹かす雑貨屋の娘エル。


「ていやっ!!」


 リックに体当たりを決めた芋虫が華麗に着地したところに、ハンナが手にした杖を突き出し押しやる。

 エルはうずくまるリックを一瞥し、リックの手から零れ落ちた松明(たいまつ)を避けながら芋虫とリックとの間に位置どった。


「リッ君の仇!」

「エルねえ、まだ死んでないって!」


 言葉のあやというか、エルは気迫を込めた叫びとともに、両手で抱えた石を芋虫めがけて振り下ろした。

 この石、エルの家で漬物石を務めていた由緒正しい石である。


 ハンナのサポートもあり、エルによる一撃が魔物の胴体を打ちすえた。

 人の頭くらいはかち割れるだけの威力を秘めた一撃であったが、しかし、芋虫型の魔物のボディには見事な弾力が備わっている。


「んもう! ボヨンボヨンしてっ!」

「エル(ねえ)、そのまま叩いて」


 芋虫ボディに鈍器は相性がよろしくないようだ。包丁でも持ち出してくるべきだったなどど考えつつ、ハンナは杖を操って芋虫をコントロールする。

 コツは、決して正面からあたらないこと。当年9歳のハンナでは力負けする。

 逆に言えば、9歳のハンナにだってさばける程度の動きしかできない、余計なことを考えられるだけの余裕もある。ザコは所詮ザコなのだ。


「チクショウ! 俺だってやってやる」


 脇腹から腰にかけて鈍い痛みが走る身体に喝を入れながら、リックも松明たいまつをつかんで立ち上がった。


 リックとハンナとエル。

 3人が試練の迷宮に入るのは今日が初めてだが、ここまでにすでに3匹の芋虫を倒している。

 ハンナが杖でけん制し、エルが漬物石で殴り、リックが松明たいまつで殴る。


 囲んで殴る。


 戦略・戦術の基本中の基本、数の暴力はとても有効。

 順調すぎてちょっと調子にのっていたのかもしれない。松明たいまつを持った手と逆方向の、薄暗い闇からの不意打ちだった。


「死ね、死ね、死ね」

「えいっ、えいっ、えいっ」


 火のついたままの松明たいまつでの打撃は同時に魔物の表面を焼く。

 生物であれば本能的に避けたいはずの攻撃だが、魔物は火にひるまない。

 姿形すがたかたちや動作がなんらかの生物を模していようが、魔物は魔物とされる理由でもある。


「なな、はち、きゅう……そろそろ」


 リックとエルの、2人の共同作業を横合いからちょいちょいサポートするハンナは、過去3戦から、だいたい何回殴りつければ倒せるのかを見極めようとしていた。


「えっ? あっ……」

「あっ……」


 芋虫を松明たいまつでねぶっていたリックの腕から、急に負荷が消えた。

 倒された魔物は、霧散する。文字通り霧のように消える。

 といって、人は急には止まれない。

 エルの振り下ろしていた漬物石は、そのまま迷宮の床に打ち付けられ……


「ぎゃあああ!!」

「うぉっ! まぶしッ!!」

「目が、目がぁ!!!」


 強烈な光が周囲を染めた。



 ◇ ◇ ◇



「ああそれは、聖石せいせきの発光現象ですね」


 閃光に目を焼かれ、コソコソと試練の迷宮を脱した3人は、その足で学舎併設寮を訪れていた。

 目的とした人物は炊事場の裏手で野菜を洗っていた。

 元ホライ村のシーオンの子サクールト。当年10歳。リックが一方的に助言者扱いしている学友である。


「えーとつまり、4匹目で初めて聖石ドロップしたけれど、こわしちゃった、と?」

「そう」


 ハンナの確かめるような復唱にサクールトがあっさり返す。

 試練の迷宮の魔物が落とす聖石は圧力に応じて光りを発する性質があり、強力な圧力には瞬間的な閃光を放ち崩壊してしまう。


「もったいない……」

「いや、あれは仕方ない」


 肩を落とすエルを慰めるように、リックが言い切る。

 魔物に対して手加減を考えられる状況でもなければ、聖石のドロップだって運次第。ともかく倒すことが最優先、そういう状況であったのだ。


「試練の迷宮では出ないはずだけど、魔石だったら惨事になってただろうし、不幸中の幸い?」

「魔石だったら……爆発かあ」


 聖石が光を発するように、魔石ませきは熱を発する。

 性質の違いはあれど、魔物がドロップするどちらの石もある種のエネルギーの塊と認識されていた。


恩恵ギフトを授かるには、1人につき100個いるんでしょ? 1個くらい誤差よね」

「深層ならドロップしやすいらしいし、記念ネタにはなったんじゃない?」

「ネタかよ」

「むしろネタにしないと元が取れない」


 エルが何事か考えだしたのを横目に、リックは話題を変えた。


「ともあれ、だ。第1層とはいえ、油断できないことは経験した」

 実はまだ脇腹が痛い。あばら骨をやってなければいいなとリック。


「うん。やってやれないことはない、とは思った」

 漬物石を胸に抱くエル。


「現実問題として、ほかに選択肢がないのよね」

 ため息をつきながらのハンナ。


『成り上がるなら、魔物狩り(ハンター)だ!』


 『今どきの若い者は!』と双璧をなす古式ゆかしいスローガンだが、今なおその文言は色あせていない。

 おおよそ1000年もの間、魔物を狩り人類領域を拡張する、終わりの見えない闘争が続いていることを端的に示している。


 創世神話の語るところによれば、この世界アガルタ(Agartha)またはアスガルド(Asgard)とは、別の滅び行く世界に心を痛めた神々が避難地として生成したとされる。

 良き人々や動植物、神々の目にかなったもののみを救い出すはずが、滅びの因子もついてきてしまった。

 世界を滅ぼそうとするチカラ、それが迷宮を創り魔物を生み出し、人類の生存闘争は続いている。


「俺も12歳。卒業と成人の時期は近いが、婿養子どころか奉公先のあてもない」


 焼き物を取り扱うセト屋先代の息子、リックは天を仰いだ。

 セト屋はシラクー伯の城下町で手堅い商いをしているが、店を広げるほどの余裕はない。

 夏も終わりかけのこの時期、来春の学舎卒業が実感として見えてきたリックは、真剣に将来を考える日々が続いていた。


「うちはもう大兄(おおにい)が継いでるし、義姉(ねえ)さんの子も順調だし……」


 リックの妹ハンナは9歳。家に帰れば、さほど年の離れていない甥っ子たちがいる。


「私は、後添えなんかに押し込まれてもねえ」


 雑貨屋クリノリンの娘エルは13歳。

 はやければ12、遅くとも19あたりまでが女性の結婚適齢期とされるこのご時世、決して安穏としてはいられない。


「成り上がりどうこうは脇に置いても……」

「食べていける道がそれしか思いつかないんだよね」


 消去法でもあり、現実的な手段でもあり、リックたちは魔物狩り(ハンター)を目指すことにしたのだ。

 身近に参考例があったことも大きい。


「うちのシロウ兄さんも、隊商護衛で兼業魔物狩りやってるし」

「それに、サク君たちに相談できるのは大きいね」

「まあ、僕らは魔物狩りを名乗るしかない立場ですからねえ」


 シラクー伯城下の学舎は、数え7歳以上で入舎可となり、通常3年で基本的な読み書き・計算・歴史を含む一般常識を教える。加えて希望者は、体術・武術、高度な算術なども履修できるが、追加の学費がかかる。

 元ホライ村のサクールトたちのような周辺村や開拓村からの入舎は、縁者がいなければ併設寮へ入るため寮費もかかる。

 誰もがその費用を負担できるわけではなく、城下町・周辺村落あわせた就学率は高くはない。


 付近の小領主や、各村の名主・村長といった有力者の子らは、学びと、そして伝手・縁・繋がりをつくるために学舎に集う。

 同時に、小作のせがれでも優秀であれば有力者が費用負担して、わが子の付き人・将来の側近候補として送り込むこともある。一般論として、このように費用負担された者は、その御恩に報いる義務が生じる。

 借りたら返す、人としての当たり前。


「サクールトには悪いが、どっちみちここは前線領だしな」


 リックたちはシラクー伯の城下町に住んでいるが、伯の領地は魔物に対する人類領域の最前線に位置する。

 城下町だって魔物による襲撃を受けたこともある。決して安全地帯ではない。

 である以上、戦う力を持っていて困ることはない。


「まあ、もう2年経ちますし、心の整理はついているつもりですよ」


 『元』ホライ村。

 魔物に抗しきれず滅んでしまった村出身で、縁者や引き取り手もなく孤児となったサクールトのような者たちにかかる費用を、誰が負担しているのかとなると、シラクー伯その人となる。

 この御恩に報いるために、将来は魔物狩りとして戦いの最前線に立つ。

 そんな元ホライ村一派とリックたちとは、学舎では同じ生活班(グループ)に属する。


「サクールトのところ、お武家様だし若様たちは御家再興が目標だもんね」

「『恩恵ギフト』にあたりはずれはあっても、授かって損ということはないんでしょう?」


 エルは話を自分たちの関心ごとに引き戻した。

 神話ないし伝説、歴史物語によれば、魔物との闘争に、神々は人類を支援する一手を放った。

 それが『恩恵ギフト』または『加護』とも呼ばれる、神々から与えられる特殊な技術や能力であり、試練の迷宮で授かることができる。


 魔物との戦闘に役立つ、例えば【強筋】や【機敏】などは、『あたり』とされている。

 戦闘に役立つとは言えないが、【暗算】や【安産】の恩恵だって、損にはならない。


「戦うための恩恵が欲しいのに、【安産】なんてもらってもしゃーなくない?」

「【安産】なめんなコゾー!」

「おにいがもし女の子に生まれてたら、同じこと言えるか? 言えるか!?」


 リックのうかつな発言は、即座にエルとハンナの吊るし上げを食らった。


「得られる恩恵は1つだけ、何が得られるかわからない一発勝負、最悪『はずれ』の可能性もある……」

「うん、まあ、そういうことになっていますね」


 やや強引に話題を変えたリックにサクールトも口ごもりながら付き合う。

 神々からの贈り物(ギフト)は、試練の迷宮の第10層にある聖杯に、聖石を100個奉げることで得られる『可能性が』ある。

 聖石は試練の迷宮の魔物がドロップする。

 聖石集めて恩恵ゲット頑張れ、というマッチポンプにみえなくもないが、いわゆる神様の試練なんてそんなものといえばそんなもの。


 恩恵がなくとも魔物と戦うことはできるが、『あたり』を引けば無双できるかもしれない。

 かつ、戦う力を磨くという意味でも、試練の迷宮は有用。

 迷宮の下層まで潜れる実力があれば、地上にいる魔物の多くは倒せるという目安にもなる。


 一区切りついたところで、サクールトはずっと抱いていた疑問を口にした。


「ところで、試練の迷宮入ったにしては、武器や防具は?」


「これ?」

 漬物石を掲げるエル(13歳)。


「愛用のゲイボルグ5世だよ」

 杖を掲げるハンナ(9歳)。


「ほら、今日はお試し、とりあえず行ってみるかってことで」

 松明の残骸を後ろ手に隠すリック(12歳)。


「この大バカ者どもがぁ!!」


 学舎併設寮・炊事場の裏手にサクールト(10歳)の雷が落ちた。





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