七行詩 421.~440.
『七行詩』
421.
私が何も 用意していないよう見えますか
壊さぬよう 抑えるのにも
想いの力が必要なのです
ただ放つよりも ずっと強く
長い時間が必要なのです
いつか二人が 並ぶ日に口にするものは
期の熟した 葡萄酒でなくてはならないのだから
422.
次にお近づきになれるのは
この世の果てか この代の果てか
死してなお 貴方への謁見を求めるために
私は長い列に 並ばねばならないでしょう
貴方に惹かれた 全ての魂の 最後尾へ
罰により 羽を奪われても 貴方のもとへ参ります
私の魂が 貴方へ導かれる限り
423.
書き足しては かき消す 貴方への手紙が
このまま完成しなくても
私は自らに杭を打ち
他の誰かのもとへは 行きません
そこに貴方が居ないとしても
私の過去であり 現在を詰めた紙切れは
今さら宛名を 変えて出すことは 出来ないので
424.
身を切り 振り切り 辿り着く先の隠れ家は
蝋燭の灯りだけが照らし 命の灯火だけが揺れる
貴方を守る盾となり 貴方を覆う屋根となり
貴方を連れゆくための翼を
貴方の手により 休めてください
朝が来れば また何処までも
逃げ続けなくてはならないのですから
425.
夜明けまで 線路の上を歩いていれば
誰より早く 朝焼けの色に気づけますか
飽きるまで ずっとその目を見つめていれば
誰より早く 貴方の心が 動く瞬間に気づけますか
全てを知ることは難しい
全ての始まりの出逢いにさえ
とても長い時間がかかったのだから
426.
私が騎士であったなら
貴方を奪い返しにくる 魑魅魍魎を切り伏せて
二人の城まで 守り抜くことを誓います
私が無力であったなら
渋る貴方を説き伏せて
大見栄を切った約束だけは
二人の墓まで 守り抜くことを誓います
427.
貴方が自分を閉じ込める場所は
扉一枚 隔てただけの 小さな部屋
貴方は知らない そこから貴方を
さらってゆくものの正体を
それは貴方の力です
貴方の持ち得た力こそが 絶えず流れる大河の中で
岸辺へとたどり着かせるのです
428.
聞こえないフリをしていました
やがて聞こえなくなりました
あんなにしつこく 付きまとっていた貴方の声
思い出せるのは 正しく貴方の声なのか
あれはいつからだったでしょう
貴方が 私を見つめ始めたのは
そして貴方の目が ついに離れてしまったのは
429.
時間や人の 大きな流れの一部となっても
強い芯を持つ 貴方の傍を
すり抜けてゆくことができなかった者がいます
貴方へと一歩近づくためには
全ての流れに 逆らい行かねばなりません
その先で貴方に拒まれようと
それすら乗り越え 歩を進めねばなりません
430.
幸せは 貴方が帰るべき 家の形をしています
そして それは等しく
私の描く 軌道の中心にあるものです
部屋に朝日を迎え入れ
夜はベランダから 遠くのビルや 天の川
明かりの中で生きましょう
最も眩しい 互いの光も 決して見失うことなく
431.
届けられる 言葉に限りがあるからこそ
私は選ばねばなりませんでした
木に茂り やがて足元に散らばる落ち葉は
言葉という実を 結べなかった想いのようです
その中から 私はいくつか 大事なものを拾い上げ
卓上に 手紙の上に並べ終えたら
遅れて貴方に届けに行きます
432.
気づきませんか 人形のように 宝石のように
人の心は 手に取り 並べられるものではないと
一つを見つめ続けることは
他の全てを 見逃すことでもあるのだと
その一つさえ 最も輝く表面だけで
全ては見えていないのです
その対象が こちらに歩み寄らぬ限り
433.
言葉を失うということは
ただ立ち尽くすということは
突きつけられる現実に
感情が置き去りにされるからで
頭中で繰り返された後 私は遅れて涙する
“何も言わなくていい、何もしなくていいですよ”
“貴方には 如何することも出来ないのだから”
434.
もう一度 突き放されるとわかっていても
その日が来るまでは 確かに
貴方の背中は 私にとっての救いなのです
もう何度 突き放されることがあっても
崖の淵へと立たされても
海の底から 救い上げてくれるのも また
貴方の存在であったので
435.
驚かすのは 得意ではない
喜ばせるのも 得意ではない
貴方が人に見せる笑顔を
私はどのように 引き出せば良いのでしょうか
程よい知らせを持ちながら
準備ができていなかったのは
私の方かもしれません
436.
夏は 日傘の影に隠れている
町角 涼しげに歩を進める
枝葉の影が揺れている
公園の側で待ち合わせる
バスが少し遅れている
きっと大勢の人を乗せている
貴方と顔を合わせたとき 二人の休日が始まる
437.
感情という 情報などは置き去りに
私たちは思い知らされる
全ては移ろい行くものだと
構想する 未来へと辿り着くために
荒れ地をさまよう 靴は悲鳴を上げている
その先で 私のもとに 舞い込んでくるのは
美しき 不変の 貴方の手のひらであってほしい
438.
私たちが持ち得た過去に
名前や値段はつけられない
あの日 針を叩いていた時計の
電池は切れてしまったので
見つめていても 直せたとしても
今はもう 動き出すことはないでしょう
薄明かり 微睡みの中の あの夢は
439.
欲しくても 過去は買えないけど
未来は買えるものだとしたら
私は切符を買うでしょう
貴方と席を並べるために 私は列に並んでいる
これから始まる旅を思えば
寂しくなどはありません
同じ過去より 同じ未来を見つめたいので
440.
土を両手で掻きむしり 私は満足しているでしょう
百夜の凍える嵐を抜け 貴方の部屋の郵便受けに
ようやく手紙を 届けることができたので
貴方の返事を聞くことなく 私は力尽きるでしょう
私の罪は 醜い姿は 降り積もる雪が 覆い隠し
再び 目にかかることは叶わず
私は貴方の 奥底に眠る 思い出となる