6 【祝】3000再生達成!
「――イトベリクさん! あなたは天才です!」
メガミンは感涙を流しながら、ずらりと並んだ料理をがつがつと頬張りつつ、俺への賛辞の言葉を述べている。
忙しないやつだ。
泣くか、食うか、褒めるか、どれか一つにすればいいのに。
俺もまた料理を口に運ぶ。
空腹だったこともあってか、まさに天にも昇るほどの美味であった。
全ては俺の頭脳労働の産物である。
ステータス強奪・付与のスキルによって一挙に500万Gもの大金を手に入れた俺たちは今、酒場のフルコースに舌鼓を打っている。
異世界というだけあって料理はどれも見たことのないものばかりだったが、これまたどうして、美味い。
とりわけ女神の食欲はすさまじかった。
すでに俺の倍ほどの皿を積み上げ、追加注文までする始末だ。
むろんお勘定は心配ないのだが、ふと彼女の胃袋事情が気になって、尋ねたところ。
――私、天界にいた頃は干し芋かカップ麺しか食べなかったので! こんなに美味しいものを食べたのは初めてです!
と答えた。
偏食にもほどがある。
ずいぶんと俗な女神さまもいたものだ……
しかしなんにせよ良かった。
今回の件を通して、俺のスキルは所持金ですら自在に操れることが判明したのだ。
さすがにあまり派手に使えば通貨の価値そのものを暴落させることになりかねないので慎重を期す必要があるが、それでもいい。
最高の異世界生活に向けて、大きく前進である。
そんなことを考えて悦に入っていると――ふいにメガミンが「おおっ!?」と声をあげた。
何事かと思ってメガミンの方を見やると、彼女は自前のスマートフォンの画面を凝視して、目を丸くしている。
「どうした?」
「いいっ、イトベリクさん! 見てくださいこれ!」
メガミンはテーブルから身を乗り出して、こちらにスマホの画面を向けてくる。
見るとそれは“I tube”の動画ページだ。
そしてその動画には――何故か、俺の視界に移る光景そのままが映し出されている。
更に動画の下部には
[【衝撃!】女神的美少女と無職がチート福袋を開封してみたら驚くべき結果に!?]
視聴回数 3364回
いいね! 101 悪いね! 33
という表記が。
「……なんだこれ?」
「私がやるって言ってた異世界転移実況動画です! チート福袋を開封する際に回していたカメラの電源がつけっぱなしだったんですが、その動画がめちゃくちゃ伸びてるんですよぉ!」
「げっ」
てっきりその話はなくなったと思っていたのだが……
じゃあなんだ? 今までの俺たちの動向は全て、ネット動画として全世界に配信されていたという事か?
そしてその動画が、今まさに世界で評価されていると?
悪い冗談だ。トゥルーマンショーでもあるまいに。
「ああ、どうしましょうか! 3000再生ですよ!? これで私も女神的アイチューバーの仲間入りですかねぇ……! 有名アイチューバーさんとのコラボ企画が持ち上がったりしたら、どうしましょうね!?」
「捕らぬ狸の皮算用って言葉、知ってるか」
少なくとも3000再生程度では夢のまた夢である。
俺としては飯がまずくなったような心地だ。
目の前のバカのせいで俺の動向の一つ一つが全世界に発信されているなんて……
スマホの画面には、俺の見ている光景――すなわち子どものようにはしゃぎまくるメガミンの姿が映っている。
そんな様子を見ていると、まぁ夢ぐらいは見させておいてもいいか、なんて気持ちになってくるのだから不思議だ。
そんなこんなで、俺とメガミンは山のような料理をぺろりと平らげると、宿屋に移動する運びとなった。
その際、食べ過ぎからくる腹痛でうんうん唸るメガミンを宿屋まで背負って移動する羽目になったことだけは、本当に解せない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「二名様での宿泊ですね……ありがとうございます……」
町で一番との定評がある老舗宿屋にて、俺たちを出迎えたのは、ひどく顔色の悪い中年男性であった。
もちろん、俺の背中で未だうんうん唸ってるメガミンとは比べ物にならないのだが、まぁ、念のためということもある。
――観察眼。
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名前 :カミル
職業 :宿屋の店主
状態 :風邪
LV :2
HP :12/12
MP :2/2
攻撃力:7
防御力:6
魔法力:2
素早さ:6
アクティブスキル
【なし】
パッシブスキル
【接客技術・中級】【料理・中級】
称号
【老舗宿屋の店主】
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……やはり“状態:風邪”の表記がある。
観察眼の扱いにも、大分慣れたものだ。
「すみません、ただいま満室でして、一部屋しか用意できないのですが……」
「ええ、構いませんよ」
「そうですか……では、二階突き当りの部屋になります。ごゆっくり……」
俺はせめて店主から風邪をうつされないよう軽く会釈をして、早々に指定された部屋へと向かった。
階段を上り、廊下を渡って、突き当りの扉を開けると――なるほど良い部屋だ。
それなりに手入れが行き届いているし、ベッドも広い。
さすがに現代日本のホテルなどとは比べ物にはならないが、異世界の宿屋と聞いてイメージしていたものよりは数段は良い。
「おら、ついたぞ」
俺はいい加減背中におぶったメガミンを、ベッドに横たわらせる。
メガミンはうう、と唸って
「襲わないでくださいね……私は女神的アイチューバーなので……」
などと、うわごとのように呟いていたが、無視した。
厚かましいにもほどがある。
俺は適当にベッドに腰かけて、ふうと一息。
そののちに、思い付きからスキル観察眼を使用する。対象は、自分だ。
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名前 :イトベ リク
職業 :冒険者
状態 :通常
LV :2
HP :14/14
MP :4/4
攻撃力:7
防御力:5
魔法力:3
素早さ:5
アクティブスキル
【観察眼・天】
【ステータス強奪】
【ステータス付与】
パッシブスキル
【なし】
称号
【転移者】
ストックしたワード
【神】【破】【損】
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うむ、スライムを6匹ほど踏みつぶしたおかげだろう、レベルが1上がっていた。
しかしこれではあまりに効率が悪すぎる。
ヘタをすると俺が世界で一番強くなるまでに、本当に300年経ってしまうかもしれない。
でも、なあに、問題ではない。
俺のステータス強奪・付与は、無限の可能性を秘めている。
要は俺がいかにこれを上手く扱うか――すなわち俺の発想の柔軟さ次第なのである。
今は疲労と満腹と眠気のせいで上手く考えることはできないが、ひと眠りすれば泉のようにアイデアが浮かんでくるはずだ。
そうすれば今日のGの時のように、一瞬でレベルを上げて世界一の強者として躍り出る方法。
もっと上手く使えば、人の信頼を集め、出世することも可能なはずだ。
しかし――そのためには、やはり彼女の存在が足枷となってくる。
俺は、ベッドに横たわりすうすうと寝息を立てる彼女の寝顔を観察する。
起きている間は生意気な口ばかり利いていたが、こうなってしまえば外見相応の少女そのものだ。
もちろん、俺にも多少の引け目はある。
俺が彼女から“神”の一文字を奪ってしまったせいで、彼女は女神の権限を剥奪され、俺とともに異世界へと飛ばされる羽目となったのだ。
……いっそ“神”のワードを、彼女に返してしまうか?
そうすれば彼女は女神としての役割を取り戻し、無事天界へと帰還することができるのだろうが――いや、何を考えているのだ。
俺はこの同情心にも近い感情を、即座に振り払った。
“神”の一文字が、今後手に入る保証はどこにもない。
誓ったはずだ。異世界で、俺は誰もが羨む“一番”になる、と。
誰よりも金を稼ぎ、世界で一番の金持ちになる。
誰よりも身体を鍛え、世界で一番の強者になる。
誰よりも出世して、世界で一番偉いやつになる。
前世の俺が見るも無残な人生を送ったのは、こうした決断の場面で自身の甘さから自らが損をする選択肢ばかりを選び続けてきた、その結果ではないか!
ならば選ぶべき選択肢は一つ――彼女が寝ている間に、姿を消す。
俺は音を立てないようベッドから立ち上がり、彼女の寝顔を一瞥すると、枕元に金貨を何枚か置いておく。
……まぁ、Gはいくらでも増やせるわけだし、これぐらいはくれてやってもいいだろう。
いわゆる手切れ金というやつだ。
「じゃあな」
俺は夢の中にいる彼女へ、別れの言葉を告げる。
そうだ、偉いぞ俺! 上出来だ!
その調子でこれからも安い情に流されたりしなけりゃ、一番になんて、すぐになれるさ!
俺は自身に言い聞かせながら、ドアノブに手をかける。
その時だった。
「……イトベ、リクさん……」
突然名前を呼びかけられ、俺は咄嗟に振り返った。
しかしメガミンは未だ目を閉じたままで、こちらに気付いた様子はない。
なんだ寝言か、びっくりさせやがって……
メガミンはむにゃむにゃと寝言を続ける。
「私……考えたんです……私とあなたのコラボ企画……これは絶対受けますよ……ふふ」
こいつ、夢の中でもI tubeのこと考えてんのかよ。
呆れるやら感心するやら……まぁいい。
俺は再びドアノブに手をかける。
「……大丈夫ですって……だってあんなに再生数の少なかった私の動画……あなたのおかげで、あんなに伸びたんですよ……」
……寝言なんかに耳を傾けるな、俺。
早くドアノブに力を込めろ。
そしてさっさと出ていくんだ。
「私たち二人なら……アイチューバー界の頂点にも……立てますよ……」
「うっ……」
ドアノブから手が離れる。
俺の夢が、俺の理想が、手元から離れていく。
クソ、開けろ開けろ開けろ、俺は他人を蹴落としてでも理想を掴むと決めたのに……
――結局のところ、俺は異世界でも変われなかったのだ。
自身の理想と、安い同情を天秤にかけ、あまつさえ同情が勝ってしまうなど。
俺はドアから離れ、力なくベッドに腰を落とす。
押し寄せる後悔の念で、圧死してしまいそうだった。
「はぁぁぁぁ……結局俺って、いっつもこうなのか……」
奇しくも会社をクビになった直後、公園で発泡酒を煽っていた時の自分と、今の自分が重なった。
それに気付くと、余計惨めになる。
俺はもう一度深い溜息を吐き、頭を抱える。
すると――なにやら声が聞こえてきた。
「……カモだよ……カモ……勿体ないな……」
「うん……?」
どこからか聞こえてくる男の声。
しばらく耳を澄ませてみると、どうやらその声は隣の部屋から聞こえているらしいということに気付く。
壁が薄いのだろうか?
俺は好奇心から壁に耳を当てて、隣の部屋の会話に聞き耳を立てる。
「……キミも見ただろう、あのベルノルトとかいう男、あろうことかただのガラス玉を買っていきおった……」
「貧乏人は本物の紅龍の宝玉を見たことがないんだな。ただ傍に置いておくだけで、どんな難病でもたちまち快復する宝玉……そんな代物がたったの2万Gぽっちで買えるものか……ハハハ」
「しかもそれが妹のためだというのだから笑わせる。彼はあろうことかやっとの思いで稼いだはした金でガラス玉を買ったのだ……まったく滑稽だな……キミもそう思うだろう?」
……絵に描いたような悪役がいるな。
時代劇かなにかか。
そしてベルノルトという名前には聞き覚えがある。
十中八九、昼間に出会った、妹の病気を治すために紅龍の宝玉とやらを買った彼のことだろう。
やはり俺の観察眼は正しかった。彼はパチモンを掴まされたのだ。
そして妹思いの彼にパチモンを掴ませた悪徳商人が、どうやら隣の部屋で寝泊まりしているらしい。
壁向こうの彼は、俺が聞き耳を立てているとも知らず、語り続ける。
「いいカモだったんだが、そろそろ潮時だな……予定通り明後日には町を出よう」
「いや、実はな……キミにはまだ言ってなかったんだが、もしも紅龍の宝玉で妹の病気が治らなかったら私の下へ妹を連れてくるようにと、彼に伝えてあるんだよ」
「え? 何故そんなことを、って? はは、決まっているじゃないか、適当に理由をつけて妹さんをさらっちまうのさ、そして売り飛ばしちまうんだ……」
「まぁ、あのブ男の妹だから顔には期待できそうにないけどね……ハハハハハ……」
ここで、俺は壁から耳を離す。
……なるほど、なるほどね。
妹思いのベルノルトに、妹さんの病気を治すものだと嘯いてパチモン商品を売りつけ、挙句妹さんまでさらっていこうという魂胆か。
しゃぶれるのならば容赦なく骨の髄までしゃぶる。
あっぱれ、商売人の鑑である。
そんな素晴らしい商人サマサマの計画を偶然知ってしまったとなれば――
――当然、利用するに決まっている。
「メガミン、起きろ」
「ふぇ?」
メガミンが寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。
寝起きの顔、ひでえな……いやまぁそれはともかく。
俺は寝起きのメガミンにずいと顔を寄せて、そして言った。
「――良い企画が思いついたぜ、これが成功すれば再生数も鰻上りだ」
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