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10 【ペテン師】悪徳商人と戦ってみた


 ――名付けて「グリーン・マイル作戦」その効果は絶大である。


 ブルーノの虫歯を皮切りに、俺たちの下へ入れ代わり立ち代わり、様々な病を抱えた人間が訪れた。

 流行風邪、関節痛、鼻炎――その全てが取るに足らないものではあったが、メガミンはことごとくこれを治して回った。

 ……正確には、俺がステータス強奪で奪い取ったいわゆるバッドステータスを、片っ端から嫌がるメガミンへ付け替えているだけなのだが。


「おお! あれだけ酷かった肩の痛みが!?」


 重い肩こりに悩まされていた鍛冶屋の爺さんが、一転して腕をぐるぐると回している。

 これを見て、再び周りを取り囲む人々から拍手と歓声が巻き起こった。


「奇跡だ!」


「女神の生まれ変わりだ!」


「次は俺だ!」


 と。


 鍛冶屋の爺さんは、最大限の謝辞の言葉を述べ、意気揚々と帰っていく。

 するとなんらかの病を抱えた人間たちが、次は自分だ! と押し寄せてくる。

 ある程度予想はしていたが、なんという熱狂か。この機を逃すわけにはいかない。


 俺がすかさず次なる病に苦しむ者を招こうとしたところ、突然、後ろからがっと袖を掴まれた。

 何かと思えば、満身創痍のメガミンが俺の足元からすがるように袖口を掴んでいた。

 その表情には鬼気迫るものを感じる。


「もう無理っ……無理でずっで……!」


 先ほど付与された鼻炎のせいか、メガミンが濁った声で懇願してくる。

 ……ううん、そこまで大きな病気を付与したわけではないのだが、いくつものバッドステータスを同時に付与したせいで憔悴しきっているな……

 俺はその場に屈んで、メガミンに顔を寄せた。


「(メガミン、すまんがもう少し我慢してくれ……! 恐らくそろそろヤツがくる、そうしたら終わりだ!)」


「(や、ヤツってなんですか……無理無理無理! 次こそ死んじゃいますよぉ! リクさんがやったらいいじゃないですかぁ!)」


「(俺は自分自身にステータス付与を使えないんだよ! それになんでお前をこの役に抜擢したか、まだ分からないのか!?)」


「(な、なんですかぁ、どうせ近くにいたからとかでしょ……!?)」


「(いいか!? まず前提としてお前はアイチューバーとして致命的なんだよ! 企画力なんて微塵もないし、演技もド下手だ!)」


「(脈絡もなくひどい!)」


「(――だが、お前の単純さは武器になる!)」


 俺はメガミンのことを正面から力強く見据える。


「(お前の単純明快さは、分かりやすく大衆へモノを伝えることができる! マスコットキャラクターとしてこれ以上のものはない!)」


「(ま、マスコットキャラクター……? 私が……?)」


 メガミンが目を丸くした。

 きっと考えたこともなかったのだろう。

 仮にも元女神たる自分が、そんな風に評されるなど。


「(そうだ! 女神もマスコットキャラクターもアイチューバーも本質は同じ! より多くの人間に何かを伝えることだ! お前にはそれができる!)」


「(私には、人に伝えることができる……?)」


「(ああそうだよ! お前、女神的アイチューバーを目指してるんだったよな!? だったら元女神の意地とアイチューバー根性見せてみろ!)」


「(……!)」


 その瞬間、死にかけていたメガミンの目の色が変わった。

 星飛雄馬のごとく、彼女の瞳の中で燃え盛る炎が見えるようだ。

 ……そういう単純なところ、とても良いと思うぞ。


「――分かりました! 不肖このメガミン! どんな難病でも受け切って最高のリアクションを取って見せます! 次はそこのあなたです! さあどんとこい!」


「オレ、ワキガで悩んでるんだけど……」


 アイチューバー根性、そして元女神の意地はものの数秒で折れた。

 メガミンが脱兎のごとく逃げ出したのだ。

 いや、前も言ったが二足歩行で逃げるペンギンみたいなものなので、すぐに捕まえられたのだが。


「往生際が悪いぞメガミン」


「無理無理無理無理!! 私の女神としての沽券に関わりますからぁ!!」


「お前もう女神じゃないだろ、職業:女じゃん」


「都合の良いときばっかり女扱いしてえええええ!!」


 ぎゃあぎゃあ喚くメガミンを引きずり戻して、再びワキガの彼の応対へ当たろうとする。

 すると偶然、人混みの中に見知った顔を見つけた。


「ああ、ベルノルトさん、お久しぶりですね」


 彼は名前を呼びかけられて初め困惑していたようだったが、しばらくしてようやく俺たちのことを思い出したらしい。


「アンタ、あの時の……!」


 紅龍の宝玉、もといガラス玉を抱えた、一見チンピラ風の男。

 ――そう、彼は以前、俺とメガミンがこの世界へ飛ばされた直後に出会った男三人組のリーダーである。


「あの時はすみませんね、ウチの馬鹿が」


「い、いや、それはいいんだが、こんなところで何をしてるんだ?」


「見ての通り、慈善活動です」


 嘘は言っていない。


「ベルノルトさんこそ、何を?」


「それが……俺の勤め先の親方が、ここにどんな病気でも治せる女神様の生まれ変わりがいて、自分も虫歯を治してもらったんだと教えてくれたので、もしやと思い妹を連れてきたんだが……」


「妹?」


 言われて見てみると、彼の傍に目深にフードをかぶった小柄な少女の姿が確認できた。

 ベルノルトは彼女が人混みに揉まれないよう、細心の注意を払っている。

 ははぁ、彼女が話に出ていた病気の妹か。


「この“紅龍の宝玉”も妹の病気には効果が無かった……これからデニスさんのところへ行って別の薬がないか尋ねようと思っていたんだが……」


 ……それはやめた方がいいと思うけどな。

 だってデニスとかいうタヌキ親父が“紅龍の宝玉”だと偽って売りつけたソレはただのガラス玉だし。

 それにアイツ、次にアンタが尋ねてきたら妹さんを攫うとか言ってたぞ。


 それはあまりにも気の毒というかなんというか……よし。


「――分かりました、治しますよ、妹さんの病気」


「えっ……!?」


 ベルノルトがこちらの申し出に驚愕した。

 彼の隣に立っていた妹さんもフードの下でぴくりと反応する。


 直後、あまりに立ち話が長すぎたせいであろう、人混みが大きく波打った。

 近くにいた男がよろめき、その際に男の肘が妹さんのフードに引っかかり、そのままの勢いでフードをまくりあげてしまう。

 あっ――

 彼女は小さく声をあげたが、あえなく隠されていた彼女の顔が露わになる。


 その瞬間、彼女の顔を見た数人から伝染して、観衆の中にどよめきが広がった。

 そして彼女の顔を指し、誰かが言う。


「――竜鱗病だ!」


 竜鱗病、なるほどこの上なく分かりやすい病名であった。

 まだ幼さの残る彼女の顔の左半分が、爬虫類じみた鱗に覆われていたのだ。

 そして鱗に浸食された側の瞳が、白く濁っている。

 彼女の挙動から察するに、どうやらそちらの目は見えていないようだった。


「竜鱗病って、あのリザード系モンスターに噛みつかれるとかかるっていうあの……?」


「あの病気にかかると鱗が顔中に広がって挙句両目とも失明しちまうそうだ……」


「これじゃあすぐにもう片方の目も見えなくなるぞ……若いのに気の毒な……」


 四方八方から投げかけられる心無い言葉。

 彼女は苦しそうに表情を歪め、肩を震わせながら耐えている。

 ベルノルトは、そんな彼女の肩にそっと手を置いた。


「……俺のせいなんだ、以前、妹と二人で薬草を摘みに行ったら、うっかり地這いトカゲの巣に迷い込んじまって……逃げることはできたんだが、妹が……」


 彼女は精一杯の力を振り絞って、ふるふると首を横に振っている。

 きっと、あなたのせいではない、と伝えたいのだろう。

 声が出ないのは病気のせいか、それとも彼女にそれだけの気力が残っていないからなのか――


 そんな時、人混みを強引にかき分けながらある男が現れた。

 でっぷりと膨らんだ身体、偉そうなヒゲ、そのタヌキのようないでたちは見間違えようはずもない。

 悪徳商人デニス、またの名をタヌキ親父である。


「ベルノルトさん、こんなところにいらっしゃったのですか。困りますね、あなたが話があると言うから待っていたのに」


「で、デニスさん……!」


 ベルノルトが彼の名を呼ぶ。

 そして俺もまた、彼の名を心の中だけで呼んだ。

 待ってたぜ、本日のメインゲスト、ようやくお出ましだ。


 デニスが、じろりとこちらを睨みつける。


「……こんなペテン師どもに引っかかってはいけませんよ。さあ、ことは一刻を争います。妹さんを連れて、こちらへ」


「で、ですが……」


 デニスがベルノルトの腕を掴んで、強引に引っ張る。

 ベルノルトもベルノルトでガタイはいいくせにどうしていいか分からず引きずられるがままだ。

 俺はそこに、待ったをかけた。


「――私たちのように愚直に布教活動に励む者どもにペテン師などとは勿体ないお言葉です。むしろその称号はデニスさん、あなたにこそふさわしい」


「……なに?」


 デニスがぴたりと動きを止める。

 細まった目には、明確な敵意が宿っていた。


「聞き捨てなりませんな、あなた今、私のことをペテンと?」


「違うのですか?」


 はっ、とデニスが鼻で笑う。


「違いますとも、私は私が仕入れた選りすぐりの商品を、代金と引き換えにこれを必要とする皆様へ提供しています。世界の真理とも言うべき、単純明快な取引です。ところがあなたがたはどうです」


「病などという目に見えないモノを吸い取るだの請け負うだの、全くペテンも甚だしい、どうせ最初に因縁をつけてきた男もサクラか何かでしょう」


 観衆にざわめきが広がる。

 言われてみればそうだ、病を吸い取るなんて、傍から見てわかるもんじゃねえ。

 そういう声も聞こえてきた。


 得意の弁舌で思った通りの反応が返ってきたからだろう。デニスもご満悦の表情である。


「それに比べて私の商品はどうでしょう、確かにモノがそこにあって、効果を実感したお客様がいる。そこのあなた」


 デニスは、人混みの中から一人のご婦人を指さす。


「わ、私?」


「先日、私のところから“アルラウネの蜜”を買っていったでしょう」


「は、はぁ、買いました。喉風邪がひどくて……でも、あれを舐めたらたちまち治って」


「ほら見たことですか!」


 デニスがいやに縁起臭く、こちらへ翻って言った。


「これで分かったでしょう、私の商品は安心確実、いただくお代金は信頼の正当な対価なのです。さあ皆さんも早く目を覚ました方が良いですよ、こんなペテン師に騙されてはいけませんからね」


 彼は去り際に勝ち誇ったように言い、踵を返す。

 人々もこれによって戸惑いを覚えたらしく、先ほどまでの熱狂が嘘のように、場の空気は冷め切っていた。

 なるほど、伊達に今までペテン師をやってきたわけではないらしい。

 口先だけで民衆をここまで惑わせるとは。


 きっとこの舌先三寸で、今まで多くの人間を騙しおおせて、踏み台にしてきたのだろう。

 事実、俺たちも今、踏み台にされようとしている。

 彼の偽りの信頼を盤石なものとするための土台に。


 しかし、見誤ったなタヌキ親父。

 踏み台は――お前だ。


「――ええ、おっしゃる通り、デニスさんのところの商品は素晴らしいですよ。こんなにも上等な“ハチミツ”ならば喉風邪もたちまち治ってしまうことでしょう」


「は?」


 デニスが間抜けな声をあげて振り返る。

 俺の手には、昨日余分に買った“アルラウネの蜜”の小瓶が握られており、人々は再びざわめいた。


「は、ハチミツ? アルラウネの蜜じゃなかったのか?」


「いや、私も確かに似たような味がするからまさかとは思ったけど……」


「たかがハチミツにあれだけの金を払わせたのか!?」


「え、い、いやっ、ち……違いますよ! あああいつは出鱈目を言っています! あれは私自ら仕入れた本物のアルラウネの蜜……!」


 デニスがしどろもどろになって弁解の言葉を吐いている。

 得意の弁舌にも陰りが出てきたな。

 俺はダメ押しとばかりにメガミンを引き連れ、デニスの下へ歩み寄る。


「ちなみにこれは“日陰ニンジン”ですね、これもまた滋養強壮にいい。軽い風邪なら一発です」


「あれマンドラゴラの根っこじゃねーの!?」


「ウソ!? 日陰ニンジンなら20Gもあれば買えるじゃない!」


「う、うちの女房が10本も買い溜めしてたのに……!」


「ででで出鱈目っ! 出鱈目ですよ!? こいつは私を陥れようとしているんです! 証拠! 証拠がありません!!」


「ああ、それと私これだけは分からないのですが――ちょっと借りますよ」


 俺はそう言ってベルノルトの下まで歩み寄ると、彼からある物を拝借した。

 それは“紅龍の宝玉”だ。


 俺はこれを持って、デニスに詰め寄る。

 デニスも今の流れで何かを察したのか、口角から泡を吹きながら必死に口を回している。


「ななななんだね!? その“紅龍の宝玉”がなんだというのかね!? 私が彼に売った“紅龍の宝玉”! “紅龍の宝玉”が!」


 そんなに連呼しても、もう遅い。

 メガミン、俺は彼女の名を呼ぶ。

 すると彼女は、唯一事前にした打ち合わせの通りにスマホを取り出し、音量を最大にしてある動画を再生した。


『……カモだよ……カモ……勿体ないな……』


「えっ?」


 デニスが間の抜けた声をあげて、硬直する。

 理解が追い付かないようだ。

 そりゃそうだろう。この世界には“録音”などという概念が、そもそもないのだろうから。


 ちなみにこの動画のタイトルは[生放送中に悪徳商人が自らの悪事を勝手に暴露wwww]。

 これは生放送を見ていたメガミンTVの視聴者の一人がご丁寧に、あの夜隣の部屋のデニスが自らの悪事を暴露していたシーンだけを切り取って、アイチューブに別個でアップしていたものだ。


 余談だが、メガミンの動画の再生数がある時期を境に爆発的に伸びた理由は、どうもこの動画がネット上で話題になったから、らしい。


[【衝撃!】女神的美少女と無職がチート福袋を開封してみたら驚くべき結果に!?]


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「辺境アパートの新米大家さん(実は世界最強の神話殺し)」
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