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試練:とんでもない夏休

俺とレイラは高2の夏も地球の裏側で冬を過ごしていた。試合に向った先に届いたとんでもない知らせ。

お前はレイラを守れ!俺に与えられた重い使命。


高2の夏休も俺達は地球の裏側で冬を過ごしていた。

恒例こうれいのニュージランドキャンプである。

今年もFISの大会があり、俺とレイラはエントリーをしている。

通常のトレーニングは南島中央のマウント・クックで行っている。

試合は島の南端なんたんで行われる為、キャンプをはなれてクイーンズタウンに移動する。


日程によっては、試合に参加して、そのまま帰国する事もある。

ニュージランドは小さな島国だが、日本と同じような感じだ。

細長い国なので島の中央部から南端までといっても飛行機移動である。

俺とレイラは試合の3日前、キャンプ宿舎しゅくしゃを早朝に出発した。

宿の親父さんが空港まで俺達を送ってくれる。

クライストチャーチからクイーンズタウンへは国内線で飛び、ホテルの送迎そうげいバスに乗る。

試合が4日間と事前のトレーニングで2日、約1週間の滞在予定たいざいよていだ。


事件は試合の初日に起こった。


初日としてはまずまずの結果に満足して、俺とレイラはホテルに戻った。

ホテルのフロントで伝言があると言われ、俺はレイラを呼び戻そうとした。

俺よりレイラの方が英語のヒヤリングが正確だからだ。(英語ができるってこと!)

レイラに声をけようとする俺をさえぎってホテルマンが言った。

「レオさまだけ(only)にお伝えするようにと聞いています」

俺だけに(only me?)???「誰から」「ナオ様からのメッセージです」

兄貴が俺だけに伝言というのは、想像そうぞうが付かない。

レイラに内緒ないしょで、というと成績が悪くて学校から呼び出しがあったとか・・・。

それにしても夏休も終わりの時期に・・・。

メッセージは達筆たっぴつのメモである。

俺がぶつぶつと声を出して読んでいると、見かねてマネージャーが説明してくれた。

「急いで連絡したい事があるので、レイラさまには内緒でお兄様に電話をしてしい」

という内容かと思います。

マネージャーの言う英語は俺にも理解できたが、何があったんだ?

メモの内容ではそれ以上は判らない。

フロントが受けた電話では、ナオは弟にだけ伝えるように頼んだそうだ、

妹には気付かれないようにと言われたようだが・・・何故なぜ


クエスチョンで頭が爆発ばくはつしそうになった俺は一旦いったん部屋へやに戻った。

着替えだけ済ませ、「腹がった!何か軽いものを買ってくる」と部屋を出た。

ホテルで国際電話用のテレホンカードを購入こうにゅうし、公衆電話からナオに連絡する。

兄貴のナオから聞いた話がこれまた、よくわけわからない話である。

どうやら、お袋がたおれたとか遭難そうなんしたとか言うのだが・・・。

兄貴の日本語も俺には理解が難しい。お袋の所在地しょざいち不明確ふめいかくだ。


鬼婆おにばばあ(お袋)の夏休は短い。技術屋の宿命ゆくめいだと本人はあきらめているようだ。

夏休には電波の届かないところに逃亡とうぼうする事が以前から多かった。

絶対に呼び戻されない山に登るとか、海外も僻地へきちに出かける。

今回もそのケースなのだろう。

スキー場でも電波が届く便利な世の中になった。

電波の届かない場所を探すのも最近は難しい。

電波の有無は別として、鬼婆の好むのは人里はなれた山間僻地さんかんへきちが多い。


「ちょっとバイクで温泉に行ってきた」

ちょっと行った先が薬研温泉やっけんおんせんという本州の北の果て(下北半島しもきたはんとう)であったり、

「バイクで夜景やけいを見に行った」

夜景を見に行く先が神戸の裏山、六甲山であったり・・・。

時間が無いと飛行機を使って現地でレンタカーを借りて走っているらしい。


近年は世界遺産せいかいいさんに興味を持っているらしいが、出かけるのは難しいようだ。

休みの日程も急に決まる事が多く、ツアーを予約しても変更が必要になることが多い。

「変更が大変だからツアーよりも個人旅行のほうが安い」と婆は言う。

タイのアユタヤやカンボジアのアンコールワットには何度か出かけたようだが、

アンコールワットが大変にお気に入りのようだ。

時間の都合つごうで、東南アジアに出かけるのが無難ぶなんなのだろう。

インカの遺跡いせきに行きたいと口癖くちぐせのように言うが夢はかなっていない。


「今回はカンボジア(アンコールワット)に行ったらしい!」と兄貴は言う。

「らしい、じゃ困るだろう!」と俺が言うと・・・

「お袋が何を考えているのか、俺達に理解できると思うか?」と逆襲ぎゃくしゅうされた。

気ままで奔放ほんぽうな性格、無理とか無茶という事を考えない。

よく言うと大胆だいたん、悪く言えば人騒ひとさわがせ・・・。今回もその例なのだろう。


「お前にだけは状況を連絡したかった!レイラには言うな!」

兄貴は俺だけにというが、俺に何ができるんだ!

「俺は状況によっては現地に飛ぶからお袋は俺に任せて、お前がレイラを守れ!

状況がハッキリするまでは現在のジョブを遂行すいこうしろ!」

「ジョブの遂行」???これって、よくお袋が言う台詞せりふだ。

「情報を入手したら知らせる」というスパイのような一言で兄貴は電話を切った。

全く、皆して勝手のし放題ほうだいなんだから・・・俺はどうすりゃ良いんだ!

レイラに内緒といわれると俺には相談相手が居ないということだ。


俺は情報を整理しようと少ない頭の中身をフルに使いながら部屋に戻った。

「レオ、何を買って来たの?」

部屋に入る早々、レイラに声を掛けられ、俺は固まった。

食べ物を買うと言って部屋を出たんだっけ?!

うろたえる自分に落ち着けと言い聞かせながら俺の頭脳ずのうはフル回転している。

「やめた!」汗が出るほど頭脳を動かして返した言葉がこれだ!

「なんで?」レイラの質問に更に追いめられる俺!

「な〜、あれ食いに行かないか?」思わずでまかせ・・・。

「あれじゃ判んないよ〜。レオなんか変だよ!疲れているの?」

「そりゃ、俺だって疲れることもある!」何となく会話になってきた。

「早めに食べてチューンして、早く寝る?」

「ウン!」「ところであれって何なの?」

「ほら、お前の好きな親子丼!」いいぞ、素直に言葉が出た・・・。

「いいよ〜!!」レイラは好物を食べられると二つ返事だ。

着替えるから待って!・・・レイラは着替えを持ってバスルームに飛び込んだ。

レイラに気付かれるとまずい。俺は記憶にふたをした。

一緒の時は考えるのをめよう。


高校2年になって俺とレイラがツインルームを使うのはツインズだから・・・。

それでは洒落しゃれにならない。中3の時にシングル2部屋を予約した事がある。

俺の部屋を訪ねようとしたレイラが部屋のオートロックで閉め出された。

眠り込んだ俺が起きなかったためにレイラはスエット姿で数時間を廊下で過ごした。

昨年も今年も奴がツインルームを予約した。英文メールで直接ちょくせつ予約をするらしい。

文句もんくある!」ってすごまれると、「いえ、ございませんお姫様ひめさま!」

俺は王子様やナイトではなく、どう見ても執事ひつじである。


俺達はレイラの好物の親子丼を食べに出かけた。

親子丼と言っても怪しげな日本料理?で和食の親子丼とは全く違う。

軽くスモークした鮭のスライスとイクラをレタスとライスに乗せたサラダである。

現地の人にはヘルシーさが好まれているが、俺達には安い日本の味である。

レストランというよりもパブに近い、カウンターがメインの店に入り注文する。

「今年も来たのか!?」と主人が歓迎かんげいしてくれる。

俺が何時いつになく元気がない、とマスタが食後にホットワインをご馳走ちそうしてくれた。

「疲れが取れるよ!これを飲んでぐっすりお休み!」

ホットワインは文字通り暖めたワインに蜂蜜はちみつを入れた飲み物だ。

(子供にはアルコールが飛ぶまで加熱する)

体が温まり、少々の風邪なら治ってしまう。日本の玉子酒に似ている。


宿に帰ると体も温まり、すっかり、リラックスだ!

俺って何か深刻しんこくな事を考えなくては・・・と思いつつ・・・。

ワックスは明朝と決めて直に眠ってしまった。

明朝、4時に飛び起き、あわてて試合の準備にかると・・・。

レイラが俺のワックスも掛けてくれている。

お礼に彼女の分も仕上げることにした。持ちつ持たれつだ!

一人で手を動かしながら、昨日の兄貴の電話を思い出す。


お袋に何があったのだろうか?

日本とは時差が8時間あるが新しい情報は入ったのだろうか?

日本と東南アジアでは時差じさがあるはずだが・・・。

「おはよう!」後ろから急に声を掛けられて俺は飛び上がった。

思わず、手がすべる。

「あっ!」俺は自分の親指に熱さを感じた。

見ると親指がぱっくりと切れている。

指の真ん中に立てに3から4cmの線か入り、そこから血が出て、赤線が見る間に太くなる。

血が手のひらを流れてぽたぽたと落ちた。

「ゴメン、おどかして・・・ゴメン!」レイラが飛んで来た。

俺の指を一目見たレイラは顔色を変えて、てきぱきと手を動かす。

親指の付け根を工具の中にあったひもしばり止血して、ハンカチで傷を抑える。

実に冷静れいせい処置しょちだ。俺は血を見ただけで気分が悪くなるのに・・・。

「ちゃんと手当てしなくっちゃ!」

俺はレイラにれられて部屋に戻りレイラに俺の右手を預けた。

レイラは消毒をして傷にガーゼを当て、かなりきつく包帯ほうたいを巻く。

「どうしよう!病院にいく?」

「大げさだろう!たかがエッジを引っけただけで・・・」

「でも、血が止まらなかったら・・・」

俺は血を見て気分が悪いのだが、レイラは心配で青ざめている。

「大丈夫だから・・・それより試合に集中しろよ!」


レイラのおかげで試合の準備はほとんどできている。

俺はレイラに助けられてウェアに着替きがえ、試合会場に向うバスに乗り込んだ。

エッジで切るなんて久しぶりだ、集中していなかったからだ。

しかし、時間の経過と共に傷はズキンズキンと鼓動こどうに合わせて痛み出す。

ちょっとやばいかも・・・。


試合会場に付きコースのセッティングを確認する。

インスペクション(コースの下見)では俺はストックをまとめて左手に持った。

包帯をした右手はウェアのポケットに入れていた。

試合は女子から行われる。レイラの試合では俺は荷物を運ぶ。

「レオ、スキーは下ろさなくても良いからね!」

試合直前まで俺を気遣きづかうレイラに俺は・・・。

「良い滑りをしろよ!」と声をかけた。

俺の顔を見てレイラがコクリとうなづいた。

俺はレイラのスキーとウェアを持ち少し下った急斜面きゅうしゃめん陣取じんどった。

シード選手に続いてレイラがスタートする。

スタート順は悪くない。レイラの急斜面の滑りを観察かんさつし俺はホッとした。

滑りは安定している。コース取りもまあ良いだろう。


レイラの姿が見えなくなると俺はゴールに急いだ。

「お待たせ!タイムは?」

「まあまあかな!レオ!板は下ろさなくても良いと言ったのに!」

レイラがウェアを羽織はおると直ぐにレストハウスに向った。

俺も準備をしなくては・・・。


「手を出して!」何時になく強い言葉に俺は叱られているみたいだ。

「ハイ!」血の色が嫌いな俺は右手をレイラにあずけて横を向く。

レイラはそっと包帯を外し、出血の危険をけるためガーゼはそのままでテーピングする。

俺はレイラの手元に見とれる。やつのテーピング技術はプロ並だ。

グローブに右手を押し込む時には流石さすがに痛みで顔が引きつった。

レイラに知られまいとするが思わず力が入る。

やっと押し込んだもののストックを持てない。こうなると意地も面子めんつもない。

「レイラ、悪い、ストックもテープで止めてくれ!」

「判った」俺の顔をちらりと見る。

レイラは俺にストックを持たせるとその上からテープを巻いた。


俺はスタートに向った。

俺のゼッケンはレイラよりも大きいが男子の中で3割以内に入っている。

それ程、コースも荒れないはずだ。

何時もなら点呼コールで脱ぐ上着だが、寒気さむけがするのでスタートまで羽織はおっていた。

スタート前にウェアをレイラに渡し、俺はスタートハウスに入った。

レイラがコース脇を俺の板を担いで飛んで行く。

俺は深呼吸してスタートに付いた。


俺の頭はみょうんでいた。

スタートからゴールまで俺は本能のままに滑っていた。

ゴールで確認したタイムはトップとの差が思ったよりも少ない。

レストハウスに戻り、レイラに手伝わせてグローブを外す。

「アッ!」レイラが声をあげた。右手が血まみれだ。

レイラは俺の手を押さえつけ、消毒、ガーゼ交換を手際てぎわよく進める。

「レオ、無理だよ!病院に行こうよ!」

「判った!試合が終わったらな!」


俺たちは2本目の準備を始める。

レイラは俺のスキーも並べて手入れをしている。

「いいよ、自分で・・・」「駄目だめ!」俺はレイラに怒鳴どなられた。

このようなレイラにさからうのはご法度はっとである。


レイラも俺も二本目を無難ぶなんにこなしてかくポイントを獲得しゅとくした。

ホテルに戻り、近くにある病院に飛び込んだ。

フロントから連絡を入れてもらったので処理が迅速じんそくだった。

俺の右手は再度、消毒薬で洗われ、痛い傷口をこすられた。

俺の右手をながめながら「ぬううかな?」と医師いしがいう。

「でも、試合が・・・」「圧迫帯あっぱくたいとテープで止めてみる?」「はい!」

何となく違和感いわかんを感じてレイラを見るとクスクス笑っている。

俺ははっと気が付いた。この医者、日本人だ!

いつの間にか俺は英語から日本語にスイッチが変わっていた。

彼は俺の痛い傷口の周囲に薬をり付けしばらく傷を見ていた。

刃の付いていないメスを傷に入れて切り口を内側に押し込んだ。

傷口を強い力で縦に引っ張り直接テープを張る。

痛いところをグリグリいじられ、痛い傷を引っ張られ・・・

我慢がまん限界げんかいにきた所で手が止まった。

「指先は麻酔ますいかないんだ。明日、見せに来られる?これが開くようなら縫うから!」

「開いたら、やり直し・・・」「そうだよ!試合に出るんだろ!」

俺は体の力が抜けた。

「先生、テーピングの方法を教えてください」

レイラは薄いガーゼを当ててテーピングする方法を教わっている。


痛み止めと抗生剤こうせいざいを受け取り、ホテルに戻った。

ドーピングに引っかからない薬を使うから強い痛み止めは出せないと医者に言われた。


ズキンズキンと頭のてっぺんに痛みがひびく。

食欲もなく、動くのが面倒めんどうくさい。

俺はレイラが買ってきたクラブハウスサンドを二人前食べてベットに入った。

兄貴の電話・・・と思いながら、薬がいたのか俺はいつの間にか眠ってしまった。


目覚ましをレイラが止めたらしく、俺は寝過ねすごした。

ヤバイ、あわててチューニングルームに飛び込むとレイラがかみみだして作業をしている。

「レオ、どう?大丈夫?」レイラが俺に気付いて顔を上げた。

「ウン、落ち着いたから大丈夫だよ!」

俺がチューン用具にさわろうとするとレイラに怒鳴どなられた。

「もう、終わっているから触らないで!」

何だって・・・??一人で何本の板を整備チューンしたんだ。

確かに、試合用も予備サブスキー整備チューンが終わっている。


レイラにせかされて部屋に戻り、サンドイッチとコーヒーで朝食。

食べるにも、着替えるにも何時いつもよりも時間がかる。

何時ものバスに乗る。今日からはスラローム(回転競技)だ。

大回転とは違い、ストックを使う割合わりあいが大きい。

「傷が開いたら二本目は駄目だめだからね!でも、レオはいつも二本目が無いよね!」

通常つうじょう、小回りのスラロームは完走率かんそうりつが低い。俺は一本目で失敗する事も多い。

失敗すれば二本目は滑れない。レイラは完走率の低い俺に嫌味いやみを言ったのである。

しかし、今回のレースは俺は絶対ぜったいに完走したかった。

消息がわからないお袋が無事でいることを願って完走を誓った。

俺が全部を完走する奇跡きせきを起こせばお袋が笑って帰るような気がしていた。


女子、男子と試合が開始され、俺達は一本目を無事に滑り終えた。

「レオ、今日の滑りは大人しいね!痛みがひどいの?」

レイラが傷を気遣きづかってくれる。

スラのストックはガードが付いているのでテーピングがやり難い。

レイラが器用にグローブとストックをテープで巻き固定した。

俺は痛みを我慢がまんしてストックをテーピングしたまま手袋から手を抜いた。

傷の押さえは直張りのテープである。ガーゼがないので指が細い。

テーピングしてもグローブに収まる指の太さである。

昨日の無理やり押し込んだ痛みを思い出して思わず身震みぶるいする。


レイラは実にかいがいしく俺の世話をする。

「レオは此処ここに座っていて!」

食事を取りに行くことも止められた。

俺の怪我けがに責任を感じているのだろう。

レイラが可哀相かわいそうだが、考え事をしていたとも言えない。

言えば兄貴との約束が怪しくなる。

二本目を滑り終わると流石さすがの俺も疲れてぐったりした。


ホテルに戻り、病院に行って、食べて、薬を飲んで・・・

俺は何も考えずにレイラの指示するままに動いていた。

「後一日、終わったら帰ろう。」俺はレイラに言った。

「ウン!その心算つもりで昨日、飛行機の手配しておいた。」

レイラは帰国便の手配も済ませていた。

週一本しかない、直通便に飛び乗る心算つもりらしい。


終わったら帰れる。

「良い滑りをしなくては・・・」

最終日、レイラは自分に言い聞かせてスタートに立った。

俺は何も考えずに体の反応するままにコースを滑った。

俺の分まで板の整備チューンをしてくれたレイラの気持ちにこたえたかった。

俺もレイラも記録を残した。年齢を考えれば上々の出来だ。

俺が滑り終えると試合結果の正式発表を待たずにホテルに戻った。


ホテルのフロントでホテルあて送られてきたという兄貴からのe-mailイーメイルを渡された。

e-mailをホテルてに送り、宿泊者に渡してもらうサービスがあるらしい。

俺が怪我けがしたため、レイラが用具を管理している。

先にフロントに行ってキーをもらうのが幸いな事に俺の仕事になっている。

前回、電話をしたときに兄貴がフロントで聞いて、早速さっそく、利用したようだ。


兄貴からのメールには、お袋のやとった案内人から得た情報が書かれていた。

俺は自分が試合で全てのレースを完走した時にお袋の無事を確信していた。

兄からの連絡はお袋の無事を知らせるメールではなかった。

俺は何となく、神様に肩透かたすかしをされたように感じた。

メールに目を通すと、帰国便をフロントに告げ、兄にメールで知らせるようにたのんだ。

部屋に戻り、荷物をバックにほうり込んでいるとレイラが戻った。

俺の着替きがえを手伝ってくれる。とりあえず、荷物を全部突っ込むしかない。

フロントから聞いた、バスの時間も迫っている。

レイラは髪をとかすこともせず、自分の荷物を仕上げ、俺を手伝った。


部屋がノックされた。出てみるとベルボーイが立っている。

俺が怪我けがをしている事を知っているフロントが手伝いに手配てはいしてくれたらしい。

「ありがとう」緊張きんちょうで顔がかたかったレイラに笑顔えがおかんだ。

ベルボーイが手伝ってくれたおかげで、俺たちは飲み物を買ってバスに乗る余裕よゆうができた。

空港へのバスの中で兄貴のメールを思い出していた。

後でレイラに見つからないように読み返そう。

「現地の案内人から次の連絡が来たら、情報を元に、俺も現地に向う。」

確か、メールの最後に兄貴が書いていた。現地って何処どこなんだ!!


俺は荷物も運べない不甲斐ふがいなさと、気になるメールを読めない事で苛立いらだっていた。

空港に着くとバスの運転手が荷物を手押し車に積んでくれる。

ベルボーイが頼んでくれたらしい。俺がれいをいうとお互い様だとにっこり笑った。

レイラが一人で走り回って、手続きを進めている。

俺にできるのは荷物の番人、全く役にたたない。

出発までの時間が思ったよりも短い、何時もだと時間をつぶすのに苦労するのに・・・。

レイラに連れられて、荷物を預けた俺たちは出国ロビーに向った。


機内に入り、座席に着くとレイラがホッとした様子で俺を見た。

「間に合わなかったらどうしようかと思った!」

確かにタイトなスケジュールだ。通常は2時間前に空港に着く。

この便に乗るならばバスも1本前が妥当だとうだ。一時間程度で出国はあわただしい。

空港でも何人かスキーを運ぶ選手が居たが、何れも女子選手だ。

男子は試合が終わるのが遅い。

離陸テイクオフすると直ぐに機内食が出て来た。

狭い座席で右手は固定されている。機内食を開く事もできない。

思うようにならずにイライラする!

レイラは自分の料理を全て開き、一口大に切ってから俺のとトレイごと交換こうかんした。

スプーンだけで食べられるようになっている。

「サンキュー助かった!にするかと思った!」

レイラの顔が少しなごんだ。

俺は何時もの通り、一人前を平らげ、レイラの分も手伝った。


食後の珈琲コーヒーを飲み、リラックスしている俺にレイラがかたい顔で話しかける。

「ゴメンねレオ、あと少しの辛抱しんぼうだからね!」

「何をあやまっているんだ?」「だって私が・・・レオに怪我けがさせて・・・」

「これは俺のドジだろう!俺がお前に迷惑めいわくをかけているんだろ!

疲れただろう。重い荷物を一人で運んで・・・悪かったなぁ!」

「だって・・・、何かしていないとつらくって・・・ごめんなさい。」

レイラの目から涙があふれる。俺はいたたまれない気分だ。

右側に座って良かった。俺はレイラの肩に左手を回した。

「ごめんなさい。レオ!」レイラが俺の肩に顔をめる。

「バカ!お前のせいじゃないって!俺のドジなの!!」

レイラは俺をびっくりさせて、怪我けがをさせたと思い込んでいる。

俺は確かにおどろいたが、心が此処ここに無かった俺に責任があるのだが・・・。

レイラに何と説明できよう。まてよ!俺は何時レイラに知らせるんだ?

帰国してから話すのか?????兄貴には帰国便を知らせてもらった。

だけど、兄貴の動きは俺には全く判らない。

俺は未知数みちすうが多くて絶対にけない連立方程式れんりつほうていしきを出された受験生の気分だ。

思考しこうが飛びい、パニックになっている俺は肩にレイラの涙のぬくもりを感じた。


食後に飲んだ薬の効果こうかか俺は直ぐに眠り込んだ。

どのくらい眠ったのだろう。軽食を準備する乗務員の気配けはいで目がめた。

お茶とブランディケーキかスコーンが出てきた。

俺は食欲が落ちているが、レイラよりは食べる。

何時もなら、機内では俺が一人で二人前を食し、レイラが眠っている事が多い。

一人で食べる事もできないのでレイラが眠らずに俺の世話を焼く。

レイラの分まで食べた俺は音楽を聞きながらウトウトしていた。


レイラの寝息が聞こえる。

俺はレイラが眠り込んでいるのを確認かくにんして兄貴のメールを開いた。

案内人からの連絡が箇条書かじょうがきにまとめてある。


お袋の依頼いらいを受けて、遺跡いせきを案内すべく乗り物を準備して待っていた。

遺跡までの移動距離いどうきょりがあり、到着までには2日くらいかかる。

移動の途中(2日目)にお袋が体調をくずした。

引き返すにも時間がかかる。

近くにあった軍の施設しせつに運び支援を要請ようせいした。

お袋は軍の手配で都市の病院に運ばれた。

自分は軍にことわられて付きえなかった。

今、収容しゅうようされた病院を探している。

情報がわかり次第連絡をいれる。


俺は状況を把握はあくしようと目を閉じて集中した。

「何なの!」「痛っ!」

レイラに左手のメールをひったくられ取り戻そうと思わず右手が動いた。

勿論もちろん、メールは取り戻す事はできず・・・。俺は青くなった。

ヤバイ!俺はおそおそるレイラの様子ようすをうかがった。

「・・・」レイラの視線しせんが二度、三度、メールの上を走る。

レイラの顔から血の気が引き、体に緊張きんちょうが走るのがわかる。

レイラの反応は見なくても判る。俺は目を閉じた。

来るぞ・・・思わず体に力が入る。


「レオ君、これはどういうことなのかな?」「・・・」

「判るように説明しなさい。レオ!」「・・・」

俺は左手をレイラの肩に回した。レイラはふるえている。

アイツの緊張きんちょうが俺に伝わってくる。

「判らない!」「えっ?」「俺にもわからない!」「・・・」

出発間際しゅっぱつまぎわにホテルで兄貴のメールを受け取った。

書いてあるのはそれだけだ。何が起こっているのか判らない」

「だって・・・」「帰ればもう少しくわしい情報が入るだろう」「・・・」

「日本に着いたら兄貴に電話してみよう。兄貴も情報が無いと書いている」


レイラが俺の頭を引き寄せ、自分のひたいと俺のひたいをくっつけた。

幼い頃から、俺たちは二人で何かを考える時に頭脳ずのう合体がったいする。

頭と頭を寄せ合い、目を閉じると相手の思いが伝わってくる。

最初に感じたレイラのいかりは直ぐに消えて不安がレイラを満たした。

「日本についてから・・・」「そう、日本に着けばきっと判る」

俺たちは声を出さずに会話をしていた。

レイラの不安があふれる・・・

「つぅ・・・」思わずに手を差し伸べようとした俺は痛みに顔が引きつった。

また、右手を使ってしまった。レイラの不安が心配に変わった。

レイラは俺の痛む右手にそっと触れ、俺の顔を見てうなずいた。


俺とレイラは並んで座ったままお互いの肩を寄せ、頭をくっつけた。

俺の左手をレイラの右手の上に重ねる。

幼い頃からのくせで、こうするとお互いに落ち着くから不思議ふしぎだ。

小さい時には俺達は心細こころぼそい時、こまった時こうして一つになっていた。

俺の頭の左側とレイラの頭の右側を付けてりかかり合う。

何年ぶりだろう、俺はとてもなつかしい気分に成っていた。

俺の方が背が高くなったので多少、頭の位置が高い。

当時は背丈も・・・レイラの方が大きかったかも知れない。

兄が学校のキャンプで留守るすの日に母の帰りが遅く心細かった時。

一人では不安なのだが、こうすると相手に寄りかかっていられる。


俺は目をつぶった。レイラも目を閉じた。

お互いに眠っていない事は判っていた。

機内食が運ばれてきた。

レイラはトレイを受け取ると、俺のために準備をしてくれた。

俺はなやみがあっても食欲は落ちない。「レイラ、これ、食べてみ!結構けっこう美味うまい!」

ニュージーランド航空の機内食は結構いける!!

レイラはほとんど手を付けずに、俺の為に食べやすくした機内食を俺に回した。

レイラに知られたのが今日であったことを神に感謝かんしゃした。

もし、知って直ぐに話していたら試合どころではなかった。

成田に着けば、もう少し状況も判るだろう。


食欲のないレイラの分までしっかりと始末しまつした俺は・・・。

レイラの様子を横目で見ながら成田到着後の手順を考えていた。

まずは入国審査、荷物の受け取り、電話するなら外に出てからか・・・。

兄貴に電話して・・・。自宅か携帯か・・・。

すでに現地に向かっている可能性もあるのだろうか?

現地に向かうなら、兄貴の事だから航空会社のカウンターに手紙を預けるだろうか?


機体が高度を下げ始め成田が近づく。

レイラの緊張きんちょうが高まるのがわかる。

定刻ていこくよりも20分早く、成田に到着した。出発は10分遅れだったのに・・・。

レイラが執念しゅうねんで飛行機を急がせたような気がする。

入国手続きがもどかしい。荷物の受取もイライラする。

・・・と言っても片手の使えない俺は荷物の番人だ。

二人分の荷物を山のように積んだ重いカートをグイグイ押すレイラの後ろに従う。


ゲートを出たら右手に電話があるはずだ・・・と記憶きおくをたどりながらゲートへ!

「レオ!レイラ!」ゲートを出た途端とたんに声をかけられ、俺達の目が泳いだ!

兄貴だ!兄貴が俺をむかえに来ているって事は・・・。

レイラはグイグイとカートを押し、兄貴にぶつけそうになって止まった。

「お兄ちゃん、ゴメン!」レイラの第一声である。

「ごめんって・・・」目を白黒させているナオ。

「ママは?ママはどうしたの?」

レイラはあふれる涙をぬぐおうともせずにナオにせまる。

「ママって・・・」あせって、俺の顔を見た兄貴に俺は言葉をえらんで言った。

「兄貴が俺達オレタチに送ってくれたメールを飛行機の中で読んだんだ」

それだけか?兄貴の目が俺にたずねた。俺は大きくうなずいた。

兄貴は自分が送ったメールの内容を思い起こしているようだ。

「お袋がカンボジアの遺跡いせきを見に行く途中でたおれて病院に運ばれたって・・・」

兄貴が説明しようとする声をさえぎり、レイラがせまる。

「ママは?ママは無事なの?」「だから、俺にも情報が・・・」

「ゴメン、私、レオに怪我けがをさせて・・・」レイラが兄貴の胸に顔を埋めて泣き出した。

あのやろう!俺の時は肩なのに・・・とくだらないことを考えた途端とたんばつが・・・。

レイラがくずれ落ちる。咄嗟とっさに支えようとした兄貴の手をすり抜けた。

間一髪、俺のレシーブが間に合った。双子には別のかんが働く。

レイラが頭を打たないように俺は右手をレイラの下に差し込んだ。

「ギャー!痛ってーぇ!」俺は・・・思わず声を上げたが、レイラははなさなかった。

「ナイスカバー、レオ!」ナイスじゃないだろうまったく。

レオは俺の右手の下に手をいれレイラをかかえあげた。

俺の右手は再度、レイラとナオのはさちにあう。

「押して来い」兄貴は俺に声を掛けるとレイラをいて近くのベンチに向かった。

俺はにぎると押せず、にぎらないと進まないカートと悪戦苦闘あくせんくとうした。

レイラの顔色は真っ青だ。疲れとショックで貧血ひんけつをおこしたらしい。

俺がカートを操れずに四苦八苦しくはっくしているのに気付いた兄貴はやっと俺の右手に目をめた。

「何やったんだ?お前は・・・?」「エッジで切った」「試合でか?」

「いや!チューンしていて・・・」「ドジ!」「ウン!」

レイラは・・・俺たちの声が聞こえたのかゆっくり目を開いた。

誰が知らせたのか、空港の係員がやってきた。心配する係員に兄貴が説明した。

「多分、疲れて軽い貧血ひんけつを起こしたのだと思います。」

レイラが落ち着くのを待って、兄貴が車を回してきた。

空港係員もカートの押せない俺と足元がふらつくレイラと山積みの荷物の異動いどう断念だんねんした。

車が停車できるよう、表で兄貴の回してきた車を誘導ゆうどうしてくれた。

荷物を積み、レイラを支えながら車に運ぶと一緒に後部座席こうぶざせきに乗り込んだ。

「ココアが買ってあるから、レイラ!受け取って!」

レイラが缶のココアドリンクを受け取り一口飲み込む。

自分でも何かを口にしたほうが良いと思うのだろう。

兄貴が空港線を途中でれた。

「どこかにるの?」「ホテルを押さえてある。」「私なら大丈夫よ!」

「無理をしなくてもいいよ!今日は成田で泊ろう」

車を取りに行ったときに予約したのだろうか?やけに手回しが良い。

ホテルの部屋は和洋室と呼ばれるファミリールームだ。

部屋に入るとレイラをベットに休ませた。

「食事は?」「もう少し、落ち着いてからでもいいかしら?」

「ああ!レオは?」「俺、腹減はらへった!」

俺は兄貴の目配めくばせせの意味をさっして腹ペコを主張する。

「二人で食べてくれば?私は後で良いから、レオはもう一度、食べれば良いでしょ?!」

「ウン、何か買ってこようか?」「いらない、私、少し眠りたい」


俺と兄貴はホテルのカフェテリアに移動した。

兄貴はピサと珈琲コーヒーを注文し、俺はスパゲティとアイスコーヒーを注文する。

「お前は大丈夫なのか?」兄貴が俺の手に目をやる。

「ウン、切ったときはヤバかったけど、血も止まったし・・・」

俺は自分の手を・・・まずい、包帯に血がにじんでいる。

さっき、レイラを支えるのに捨て身のレシーブをしたからか・・・。

「後で、見てやるよ!」兄貴も血のにじんでいる事に気が付いた。


お袋の消息しょうそくは情報が交錯こうさくしていて現状が把握はあくできないという。

現地の案内人からは「お袋が見つかった」とか「連絡が取れた」と知らせが来たが不明瞭ふめいりょう

飛行機で帰国させるという知らせがハノイから入ったが、出所が良く分からない。

ハノイはたしかベトナムの大都市だ。

お袋はアンコールワットに行っているから、カンボジアに居るはず。

カンボジアからだとタイのバンコク経由が一般的なルートだ。

案内人は英語と日本語とフランス語を酷使こくしして電話で説明するらしい。

・・・それで、兄貴は22時に到着するハノイ便を待ちたいらしい。

レイラを連れて出かけるのは無理なので、俺がレイラと残る事に兄貴と話が着いた。

兄貴は友人と会うと行って出かける事で話を合わせる。


話をしながら、何時の間にかスパゲティが無くなり、兄貴のピザにも手を出す。

「相変わらす、良く食うなぁ〜」兄貴にあきれたように言われた。

「その手は何時、怪我けがしたんだ?」「連絡をもらった翌朝よくあさ!」

「何でレイラがお前に怪我けがをさせたと言っているんだ?」

俺は自分が考え事をしながらチューンをやっていてレイラに声をかけられた、

あの朝の一部始終いちぶしじゅうを兄貴に語った。

怪我けが功名こうみょうかもしれないな。怪我をしていなかったらレイラに気付かれたろう」

確かに兄貴のいうとおりだ。元気が無い事も、滑りが大人しいのも怪我の性にできた。

普段ならレイラが俺の様子に気付かないはずがない。


俺たちはレイラを起こさないように部屋に戻った。

兄貴がパソコンを取り出し、ネットワークに接続してメールをチェックする。

もし、お袋が本当に今日帰国するなら本人から電話かメールがあるはずだ。

ハノイからの通知つうちというのが良く分からない。

あまり、上手くない英語で電話があったらしい。

若い女性らしい声で「飛行機に乗せるから」とだけ・・・?


「戻ってたの?」レイラの声に兄貴があわててパソコンを操作する。

「どうだい!調子は?」「ウン、眠ったら、落ち着いたから・・・大丈夫!」

「何か軽くでも食べた方がいいな!ルームサービス頼もうか?」

「レオ!どうしたの?手を見せて・・・」

俺は思わず、右手を後ろにかくした。

「ああ、レイラ、俺が見てやるから大丈夫だいじょうぶだ!一寸、動かしたから・・・」

ナオがホローしてくれた。

「どうする、食事に行くならしたくしろ!俺はレオの包帯を交換する」

俺達はお袋の勧めで一応、日赤の救急講習を受講している。

でも、自分の傷を手当てするのはむずかしい。

「和食が食べたいかなぁ〜!」レイラが起き出し、荷物をかき回している。

着替えと一緒に医療いりょうセットを取り出し、ナオに渡す。


「手を出せ!」レイラと違って兄貴は手荒てあらだから・・・。

「優しくね!そっと!」「馬鹿!何がそっとだ!ドジした癖に、バカだなぁ〜」

包帯をぐるぐると手荒く外したが、ガーゼは消毒薬をしみこませてはずれるのを待つ。

俺は力ずくで引きがされるかとヒヤヒヤしたが、それはなかった。

「ほぉ〜う!綺麗きれいに真っ直ぐ切ったなぁ、れたらけんがやられたぞ!」

「やられると、痛いってこと?」「指が曲がらなくなるって事でしょ!」

俺はぞくぞくして来た。確かに見事な深い傷だったけど・・・。

傷口をそっと見ると第一関節よりも下はほとんど細い線になっている。

指先のふくらんだ部分、丁度、ふくらみの頂点部分が1cmくらいの長さで開いている。

「良かったな、これなら消毒して傷の固定テープで大丈夫だろ!

しかし、俺が抱きとめられなかったのによく、レイラを受け止めたなぁ〜」

「そりゃ、レイラの動きは直に伝わるさ!」

「えっ!レオが受け止めてくれたの?」

「そ〜だよ!この右手で!」言ってからしまったと思うがもう遅い!

レイラの目に涙が・・・「ゴメン、レイラ!悪かった!もうしません!こめんなさい!」

レイラが泣きそうな顔で笑った。「ありがとう」


「寿司か、天ぷらか、とんかつか・・・」俺がホテルのレストラン案内を見ていると、

蕎麦そばという選択肢せんたくしはないの?」とレイラ!

「えっ、蕎麦?」俺はなさけない声をだした。

「わーい!嘘だよ!レオが蕎麦そばで足りるはずないよね!」

兄貴とレイラが俺の顔を見て笑っている。

「いいよ!蕎麦屋そばやだって、俺はカツ丼を食べるから!」

「レイラは何を食べたいんだ?蕎麦そばか?寿司か?」

「私、天ぷらが食べたい!」

レイラのお陰で俺はホテルの名店街にある老舗しにせ天国てんくにで天ぷらにありついた。


部屋に戻ると、「俺、友達に会いに出かけてくる」と兄貴が言い出した。

予定通りの会話だ。

「私も行く。連れて行って!」想定外そうていがいの一言に俺はあわてた。

「お前は調子が良くないのだから、俺とホテルでゆっくりしようぜ!」

「レオは行きたくなければ待っていたら?嫌なの何かしていないと・・・不安なの」

「だったら、トランプとか・・・」「レオの馬鹿!」

「判った!但し、便名があやふやだから空振からぶりかもしれないよ!」「ウン!」

レイラは何かをさつしているのだろうか?俺はかんの良いレイラがこわくなった。

「レオ!お前はどうするんだ?」「行くよ!勿論もちろん此処ここにいても腹が減るだけだから・・・」

「お前は食べる事ばっかりだなぁ!」


俺達はシャワーを浴びて、空港へと兄貴の運転で引き返した。

定刻よりもハノイ便は30分遅れている。これでは23時を過ぎるだろう。

空港へは22時過ぎに付いたが、コーヒーショップで時間をつぶす。

話すことがないのでニュージーの話題に・・・。

「ナオ!聞いて、レオったら4試合完走なの!新記録だよねぇ」

「本当か?暴走族ぼうそうぞくのお前が・・・?」

「人聞き悪いなぁ〜。俺だって、完走するつもりで滑れば・・・」

「じゃぁ、何時いつもはDF(Don'tFinish)のつもりで滑るの?」

「違うよ!勝負をけるんだ!」

奇跡きせきねらっても、技量以上の滑りはできないだろう!」

どうも分が悪い。

「待ち人は男?女?」俺は思いっきり意地悪いじわるな質問をしてやった。

「女性だ!」兄貴がきっぱりと答える。今度は俺があせった。レイラもおどろいている。

「その方、美人なの?」「勿論!お前ぐらい美人だ!」

「ええっ!恋人なの?」「大切な人だ!」

俺は兄貴とレイラの会話をはらはらして聞いた。

「そろそろ行かない?」23時近くなり、店も人が少ない。

俺達が席を立つと、待っていたようにウェイターが片付けに来る。


俺達は入国ゲートで、出てくる人を見守った。

俺はいつの間にか手を組み、心でいのっていた。

困った時の神頼みっていうか・・・迷える子羊になっていたというか・・・。

若い綺麗きれいな女性が通過するとレイラがさぐるように兄貴を見る。

兄貴は平然とかまえている。

ハノイ便は既に到着し入国手続きが終了している。

出てくる人もまばらになった。

「待ち人帰たらず」レイラがつぶやいた。「いや、もう少しだけ!」兄貴が答える。

15分が経過し、ゲートは人がほとんど通らない。

「帰ろう!」俺が言い、兄貴もうなずいた。「母さん!」兄貴の声に俺達は振り返った。

ゲートからザックを背負って早足にお袋が出てくる。一回り小さくなったような気がする。

「ママ!」レイラが固まっている。「母さん。こっち!」兄貴に呼ばれて母が立ち止まった。

兄貴は母の荷物を受け取り、「何があったの?」一番聞きたかった事をたずねた。

「ママ」兄貴を押しのけてレイラが母に抱きつく。

「何?皆で迎えに来てくれたの?」「皆でじゃないぜ!全く・・・。」


「ホテルに帰ってゆっくり話を聞くから・・・!」という兄貴にお袋は・・・。

「あら、ホテルを取ったの?悪いけど、私は今日中に家に戻らないと明日の仕事が・・・」

兄貴のにぎめたこぶしがふるえている。

「母さん、兄貴は心配していたんだ、俺達も・・・」

「えっ?ばれちゃったの?」

「バレタじゃないだろう、レイラだってたおれるほど心配したのに!」

兄貴の感情を抑えた低い声にお袋は全てをさっしたようだった。

「ナオ、パソコン持ってきた?」「ああ」

わかった、今日は一緒に泊まる。後でパソコンを貸して!明日休むから・・・」

母は泣きじゃくるレイラの頭をなぜながら兄貴に回答した。

車では俺が前に乗った。レイラは母をしっかりつかんで離れない。


ホテルに戻り、部屋に入ると・・・

「何があったのか、説明してくれないかなぁ〜」と兄貴が言った。

「5分、待ってくれる?シャワー浴びさせてよ!お願い!」

「シャワーぐらい待つから10分でも20分でも浴びておいでよ!」

兄貴も一寸、顔がほころんだ。

お袋がシャワーを浴びている間にレイラがルームサービスで珈琲とサンドイッチを頼む。

コーヒーが届くのとお袋がバスルームから出るのと同じぐらいだった。

珈琲を飲みながら「ああ美味おいしい、ホッとするわ。ところで何処どこから情報が入ったの?」

逆に兄貴にたずねた。


現地のガイドと名乗る男性から電話が入ったが、状況がよく判らなかった事。

ハノイからだという女性の電話の件、兄貴が説明した。

「そう、心配を掛けて悪かったわね。ごめんなさいね。」

お袋は事の次第を語り始めた。


どうしても見たいクレール文明の遺跡いせきがあった。

その遺跡はカンボジアから向かうよりベトナムから入った方が近かった。

そこで現地のガイドに案内を要請ようせいした。

最初は期間が7日ではきびしいと言ったが、結局は引き受けてくれた。

現地に着くと乗り物を準備してガイドが待っていた。

その乗り物は馬だった。馬に乗ってジャングルと草原を移動した。

ジャングルや草原と言っても地雷じらいがあるので道は外せない。

くねくねする道をひたすら進んだ。ジャングルは日陰ひかげもあるがデルタ地域は日陰がない。

熱帯では12時から16時ごろは気温が高いので普通は外には出ない。

早朝と日が傾いてから異動するのが鉄則てっそくだ。

期間が短いのとルートに日陰が少ない事から日中も異動する強行軍になった。

水分は意識して摂取せっしゅしたが、オフィスはコンピュータを使うので冷房が強い。

冷房環境で生活しているので汗がかけない体質になっている。

乗馬は好きだから馬での異動は全く苦痛ではなかったが暑さがきびしかった。

二日目の異動中に意識が朦朧もうろうとして来た。

それでも、頑張っていたのだが、そのうち意識が遠のき落馬した。

軍隊の施設に運び込まれて、救急処置を受けた。

「飛行機でハノイに運んでやろうか?」と言われたので賄賂わいろを渡して乗せてもらった。

ハノイの病院に収容された、水分を点滴てんてきおぎなった。

体調が戻ったのに退院させてくれなかったから賄賂わいろを渡して退院した。

仕事に間に合うようにリミットで戻ってきた。

飛行機まで看護婦が送ってくれたのは賄賂わいろを受け取った病院の手配だった。

日本に連絡が入っていると思わなかったので電話はしなかった。

看護婦が心配してくれたので女性の電話は彼女だと思う。


「二万円で2日間の乗馬異動が1時間になるなら、次は2万円払うわ!」

というお袋に兄貴が言った。

「俺達がどんな思いで連絡を待っていたと思うんだ。こんな無茶な事」

兄貴の声がふるえている。

お袋はしかられた子供のようにペロリと下を出しうつむいた。

「ごめんなさい。もうしません。次は別のルートを探します。」

きっと、本人が無茶だと思っていないからこの人はまたやらかすのだろう。

俺はお袋の「もうしません」を俺の「もうしません」と同程度と理解した。

レイラが泣きながら「もう嫌だから・・・」とお袋にしがみつく。

お袋は判ったというようにレイラの頭をなでた。


こうして、俺達の素晴らしい夏休は幕を閉じた。

お袋は約束どおり次の日は休み、職場に電話とメールで指示を出していたが、

休む理由は俺が手を切ったので病院に連れて行くという理由だった。

その翌日は職場に出かけ、夜中まで戻らなかった。

疲れたとは意地でも言わないが、お袋の体力は落ちているように思う。

兄貴や俺、レイラの心配をよそに、鬼婆はマイペースを取り戻している。

俺たちは相変わらず婆の奔放ほんぽうな性格に振り回されている。

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