俺もバイクに乗りたい
バイク免許を取るには我家の基準をクリアするのが条件。それは試験場や自動車学校の基準よりもはるかにハードルが高い。優等生の兄貴や妹のように俺にできるわけがない。俺もバイクの免許証が欲しい!!!
高校2年の春がおとづれた。5月の連休で国内のスキーシーズンが終わる。
進級した俺は文理系コースを選択し、ヒマワリと同じクラスになった。
つまり、俺も彼女も兄貴のナオと妹レイラの応援で追試がクリアできた訳だ。
レイラは無論、理系に進むようだ。
5月に入ると妹のレイラがバイクの免許を取ると言い出した。
3月生まれの俺たちは16歳になるのが高2になる寸前だ。
双子で生まれて、ただでさえ体が小さいのに3月生まれは最悪だ。
以前、俺はお袋にそのことで文句を言った。
「4月に生まれるはずだったのに、貴方たちが早くでてきたんでしょう」
と婆は言ってのけた。
クラスには既に学校には内緒でバイクの免許を取得した者が数名いる。
俺の通う高校は勿論、免許は禁止である。
レイラと俺は兄貴が通った自動車学校に入校申込書を取りに出向いた。
5月半ばの日曜日、夕食時にレイラが切り出した。
バイクの免許を取りに自動車学校に通いたいと言い出したレイラに婆が言った。
「貴女の学校ではバイクの免許取得について校則で禁止はされていないわ。
でも、単独走行は認めない。ナオの時と同じ条件よクリアできるかしら。
高校一年の成績は立派だったけど、自動車学校に通って大丈夫なの?
両立は厳しいと思うけど、学校の成績は維持できるのね?」
確かに俺の学校と違って、レイラの通うお嬢様学校にはバイクに関する規制はない。
バイクに乗ろうという生徒もいないから、規制の必要がないのだろう。
兄貴は16歳になると高2の春に免許を取った。無論、学校に内緒である。
真面目な兄貴の唯一の校則違反である。
単独での走行は認めてもらえず、婆と常に一緒に走っていた。
走りながら、色々とアドバイスをもらっていたようだ。
レイラは停車した時に婆と兄貴が交わす会話をタンデムシートで聞いている。
俺は後ろに乗っていても多くの場合は眠っているので何を話しているのか知らない。
学校の成績を維持するのもレイラならば大丈夫だろう・・・。
まてよ!これはヤバイかも知れない。
俺は恐る恐る訊ねた。
「俺も一緒に自動車学校に行って良いよね?」
「どうして?」
婆に切り返されて俺は焦った。
「レイラが行くなら俺も行きたい!俺も免許が欲しい!」
「いくら双子だからって、レイラと貴方が同じである必要はないわ!
レイラは約束を果たした上で要求しているのでしょ!」
俺は助けを求めるべく、兄貴の顔をみた。
兄貴は難しい顔をして口を開かない。
レイラは驚いたように婆の顔を見ていた。俺と目がアウト涙が浮かんだ。
確かに、我家ではバイク免許取得には「学校の成績は基準以上を維持する」という条件がある。
その基準は、兄貴やレイラにはたいしたことは無いかもしれないが俺には厳しい。
上位10%という基準だ。もともと、これは婆が決めたわけではない。
兄貴が免許を取るときに、自分で言い出した条件だ。
確かに兄貴もレイラも共に学年で片手に入る順位を維持しているようだ。
俺はどう見ても中の上というところだ。勝手に宣言した兄貴が恨めしい。
その夜、落ち込んでいる俺の部屋に兄貴が現れた。
「レオ、お前だって、本気で頑張れば充分に数値目標をクリアできると思うが・・・」
「簡単に言わないでくれよ、俺が上位10%に入れるわけがないだろ!」
「だって、お前は国立受験クラスではないだろう。私大受験コースじゃないか!
医学系でもないわけだし・・・偏差値は低いはずだ。」
俺は返す言葉も無く下を向いた。
高2になると、兄貴が卒業した時代から変わらず、学年200名がほぼ2つのグループに分かれる。
国公立の大学を狙うグループと私学を受験するグループだ。
兄貴は国立受験クラスで理科系を選択していた。一番、偏差値が高いクラスだ。
医学系と理工系で学年のトップ30がこのクラスに席を置く。
私学受験グループの中でも俺のいる文理系は内部推薦で上の大学を狙う、ノンビリ屋が多い。
その中で10%に入れないのか?と兄貴が言うのである。
正直、入れそうもない俺は更に落ち込みスピードが上がった。
兄貴が去るのを待っていたようにレイラが現れた。
「レオ、一緒に免許を取ろうよ!」
「俺だってそうしたいさ。でも、俺にどうしろと・・・」
「学校の成績を上げれば良いんでしょ!」
「簡単に言うなよ!それができれば苦労はしない」
「次の試験でトップを狙えば・・・!」
「何?お前は学年トップを狙っているのか?」
「えっ!レオはトップを狙わないの?
一番じゃなきゃ意味がないって、いつも言っているじゃない」
「それは、スキーの試合での話だろ!」
「同じじゃない。目指すはトップでしょ!ママを説得しようよ!」
レイラの理論は滅茶苦茶だ。俺が勉強でトップだと!!!
俺の成績の何処を見て言っているんだ!
「無理!無理だったら無理!」思わず、俺の声がデカくなった。
レイラの目が丸く見開いた。次の瞬間、ポロポロと涙がこぼれた。
駄目だ、俺は奴の涙に弱いんだよなぁ!奴は気が付いていないようだが・・・。
レイラに泣いて頼まれるとどんな無茶でもOKしていまう!
「判った、泣くな!やってみるから!頑張るから!」
俺はとんでもない約束をレイラをする事になった。
レイラの気合の入れようは・・・凄まじかった。
兄のナオまで巻き込み、二人がかりで俺の試験勉強を徹底的にサポートした。
だいたい、俺は定期試験の前日にならないと試験勉強などはしない主義だ。
どうせ、一週間も経てば忘れる事を数日前に覚えるなど無駄だと思っていた。
レイラと兄貴は違っていた。
奴らは事前に試験準備を整え、前日に重要なポイントを確認すると言う。
俺まで巻き込まないでくれ!と言いたいところだが・・・俺もバイクに乗りたい。
「レオ、諦めて私の後部シートに乗る?」レイラに嫌味をいわれ・・・。
挑発だとわかっていても俺は熱くなった。
中間試験で俺はクラスの5番と言う、奇跡的な順位を取った。
担任だけでなく、各科目の教師が俺を化け物でも見るような目で眺めた。
俺とレイラは二人の成績を婆の前に並べ、自動車学校への入学を願い出た。
兄貴も今回は支援してくれる約束である。
成績を一目見たお袋はさして驚いた様子も見せず俺達に言った。
「当時のナオの成績には少し足りないけど、レオの頑張りは認めましょう。
この成績が下がらないように維持できるかしら?」
「勿論、自動車学校に通っても成績は落としません」「俺も!」
「免許取得後も成績が落ちるようなら乗せないわよ!当分は保護者同伴!単独走行禁止!
学校の友人にも誰にも知られない。誰かにバレたら乗せない。良いわね!」
「ハイ!約束します」
俺とレイラの声がハモル。
何故か、幼い頃から俺とレイラは同時に同じ言葉を発する事がある。
「入校に必要な書類を揃えなさい」
「ハイ!」
レイラが住民票と入学書類の一式を取り出した。
アイツ、何時の間に・・・。俺の写真まで準備しやがって!!!
「ママのサインがここに必要なの!レオも自分の分を記入して!」
俺よりもはるかに熱くなっている。俺はレイラの気合におされ気味だ。
翌日、俺とレイラは手を繋いで自動車学校の門をくぐった。
(『手を繋いで』はたとえである。念のため!)
自動車学校の入校式は次の土曜日になった。
当日から学科を3時間ずつ受けなくてはならない。
「何だよ!試験が終わったのに、また、勉強か?」
直ぐにバイクの実習を期待した俺は30時間という気の遠くなる科目数にウンザリだ。
「レオったら、何にも知らないんだから!」
レイラに尻をたたかれ、俺はフットサルもしばし休みである。
毎日、学校の授業の後で更に授業を受ける。
俺は詳しく説明を読んでいないが、学科も上手に受講しないと実技予約ができないらしい。
学校の授業も合わせると一日に9時間の授業を受ける事になる。
俺の頭は悲鳴を上げている。
成績が下がれば自動車学校は受講打ち切りと言われ、学校も手を抜けない。
いったい、どの授業で居眠りができるんだ〜!!!
流石に8時間目、9時間目になると集中できない。
ストレスで俺が爆発しそうになったころレイラが言った。
「レオ、実技の予約をしなくちゃ」
「ええっ!いよいよバイクに乗れるのか?」
「最初はシュミレーターでしょ!」
コンピュータ画像を見ながらバイクの操作をするシュミレータ。
俺はゲーム感覚で楽しんだ。
ゲームが得意でないレイラが心配になった。
チラリと様子を見ると、奴は実にスムーズに操作しているではないか!
頭を嫌な予感が横切った。
俺の不安は的中した。
実技が始まると、流石にバイクの取り回しでは力のないレイラが苦労している。
更にセンタースタンドをかけるのはレイラの体重では難しい。
しかし、エンジンをかけると・・・、俺がエンストを繰り返す間に奴は・・・。
レイラはスムーズにバイクを発進し、コースに出て行く。
チキショウ!!!!!
「レイラ、無免で練習しただろう!」
「していないよ、何でそんなこと聞くの?」
「だって、お前の方が上手いじゃん!」
「それは、レオが理屈で理解しないからでしょ?」
夕食の時に俺達が言い争っているのを聞いていた兄貴が俺達を呼んだ。
兄貴はガレージで俺達にブーツ、グローブ、ヘルメットをつけるように言った。
車をガレージの前に出して空間を造るとロードコーン2本を離して置いた。
二本のロードコーンを8の字のように押して回れと言う。
バイクの取り回しの練習である。俺とレイラは交互に兄貴の指導でバイクを押す。
センタースタンドをかける練習では、レイラが何度もバランスを注意された。
「怖がるな!
センタースタンドの両側の足が接地していないとお前の体重じゃ上がらない。
バイクの重心位置を覚えるんだ。」
兄貴に怒鳴られてレイラが唇を噛む。
センタースタンドを掛ける練習がひとしきり続いた後で兄貴はもう一台並べるように俺に言った。
2台のバイクが並ぶと、センタースタンド掛けたまま乗るように言われた。
「エンジンをかけろ!」
俺とレイラはセルを回す。
「ローにギアを入れてクラッチを繋いでみろ!」
なるほど、俺は兄貴が何をやらせようとしているのか分かった。
「もっと、ソフトにクラッチを繋ぐんだ!」
俺は兄貴に何度も言われるが、加減が良く分からない。
「レオ、エンジン音を聞いてご覧!
後タイヤを見て回りだす時のエンジン音を覚えなさい」
いきなり、後ろから婆に声をかけられて俺は驚いた。
ずっと見ていたのか?!
婆は俺の肩に手を掛け、ぎゅうと掴んだ。
俺は婆の手から方に伝わる力に合わせるようにクラッチを操作した。
ギュッと握ったクラッチをそうっと緩める。
エンジン音が高くなりタイヤが回り始める。
「レオ、クラッチが繋がるとタイヤに力が伝わる仕組みなの良いね。
実際に走るときは重量のあるバイクを動かすのだから力がいる。
発進時にはアクセルを開き加減にして、エンジン音を高めにする!
音を聞いて、感覚を覚えて!」
アクセルを握る手にお袋が手を添える。
「音で半クラッチの位置を覚えて!
半クラッチは力が伝わりきらずに滑っている状態」
そうか、音か!俺は自分のバイクの音だけを聞き分ける。
「ローでクラッチを繋ぐ時はユックリ繋いで。セコンドは素早く。
クラッチのつなぎ目でアクセルは戻す。」
肩に伝わる力とアクセルの微妙な操作、婆の実施指導は続く。
クラッチの繋ぎ方もギアによって違うことを俺は初めて知った。
日曜日に俺とレイラはお袋と兄貴のタンデムシートに乗った。
お袋と俺のタンデムは久しぶりだ。
俺が急に重たくなってからは、俺はもっぱら兄貴とタンデムだった。
「エンジン音を聞いて!」お袋は俺に声を掛け、バイクをスタートさせた。
「直ぐにセコンドにギアを変える」
「ギアチェンジのタイミングを覚えて!」
お袋が次々《つぎつぎ》と声をかける。
停止する前にカンカンカンとギアダウンする。
早朝の湘南を走り、ファミレスで小休止をとった。
モーニングを注文して、熱い珈琲を飲む。
珈琲が凄く美味い。
「どうして、今まで乗り方を教えてくれなかったんだよ!」
お袋に俺は抗議した。
お袋だけでなく兄貴とレイラの冷たい眼差しが俺に向けられる。
何なんだ?この雰囲気は・・・。
「レオはいつも寝てたじゃない!」とレイラ。
「だって、バイクに乗ると眠くなるから・・・」
答えながら俺はハッと気付いた。
俺がタンデムシートで気持ちよくウトウトしているときに奴は・・・。
「もしかして、お前はずっと、運転のポイントを教わっていたの?」
「当たり前じゃない。16歳になったら免許が取りたかったもの・・・」
レイラは停止するごとに、前で運転するお袋や兄貴に話しかけていた。
そんなことは全く考えずに俺はウトウト快眠を楽しんでいた。
俺は無性に自分が腹立たしかった。アイツが上手い訳だ。
そして俺の中からメラメラと負けず嫌いが頭を持ち上げる。
レイラのように技術的な仕組みを理解する気はないがコツならば判る。
お袋は技術的なことを難しい単語を使わずに説明した。
俺は一言も漏らすまいとお袋の言葉を受け止めた。
婆と兄貴のバックアップで、俺もレイラも順調に過程が進んだ。
「レオ、明日の試験勉強してる?」
「実技の試験勉強するのか〜ぁ?イメージトレーニングか?」
「何いってるの、学科試験よ!」
何だと!自動車学校でも試験があるのか!?
俺はレイラの特訓で一夜漬けで学科試験をクリアした。
結局、お母様、お兄様、妹様のお陰で俺は運転免許証をゲットしたのである。
勿論、期末試験もお兄様、妹様のご支援を持って何とか順位を下げずにクリアした。
俺の運転免許証はリビングのキーケースの所にレイラの免許と並んで置かれている。
俺達の公道デビューの日を夢見て、免許証を見ると思わず顔がニンマリする。
そのときの俺はこれから行われる鬼婆の猛特訓の事など想像もしていなかった。