初恋:チョッと大人になった俺
同じクラスに居たことも気付かなかった大人しい女子。
チョッとしたことで、言葉を交わすようになった。
妹レイラは俺を鈍感だというが・・・俺には女子の考えている事は予想もつかない。チョッと大人になった俺達
案の定、高一の3学期は悲惨だった。
高校生になると試合数が増える。
競技スキーの場合はほとんどの試合が1〜3月に集中する。
正月の県予選から始まって、関東大会、インターハイ、国体と大きな試合が連続する。
一月に数回の試合が連続するが、試合と事前練習を回ると家に戻る暇は無い。
俺は身が軽いから、他県から試合に招待されると素直に喜んで飛んでいく。
北海道、青森、秋田、山形・・・北国の試合に妹レイラと二人で出場した。
高校生になると兄貴やお袋が試合に同行する回数が減る。
手配だけはお袋がしてくれるが、新幹線や飛行機で二人で現地に入るケースが増える。
レイラのレースでは俺がコーチを務め、俺の試合ではレイラがコーチだ。
公式レースの場合、男女で試合の日程が違う。
ちょっと忙しいが、お互いに協力すれば相手のコーチ役も無理ではない。
インターハイが終わり、冬季国体に移動した。国体が終わって戻ると2月も終わりだ。
勿論、3学期の登校は殆ど無い、授業を受けたのは数日だ。
スキーでは全国大会に出場して、高一としてはまずまずの成績だった。
中1の時、体の小さな俺は「大人と子供の試合だね」とよくからかわれた。
高校になると3歳の違いは、背丈ではあまり変わらない。
しかし、高3の中にはコーチか先生かと思うような、オヤジまがいの選手も居る。
中学ほどではないがやはり一年生にとって、3年生との勝負は厳しい。
特に軽量の俺としては辛いものがある。
・・・と言ってもスキーで体重の影響が大きいと理解したのはつい最近だから自慢にはならない。。
「レオ、体重勝負と気付かずに戦っていたの?」とレイラに馬鹿にされた。
「ハイハイ、どうせ俺は物理は苦手です。数学も・・・」
「でもね、レオ!体重が重いほうが早いって事、小学生でも知っているよ!」
「だって、ニュートンさんは重さに関係なく落ちる速さは同じだって・・・」
「違うよ、レオ、斜面をスキーで降りるのだから摩擦を無視しても、力は二方向に分解されて・・・」
紙を取り出し、図を書こうとしたレイラを、俺は静止した。聞いても無駄だ。
奴は物理が得意かも知れないが、俺は数学や物理には近寄りたくないタイプだ。
レイラのように計算してコースを取って滑るようなことはできない。
俺は体の反応に素直に従う。多少は頭も使うけど・・・。
冬季国体が終わると2月も末になっていた。
久しぶりに学校に行ってみると、案の定、俺は浦島太郎になっていた。
授業で教科書を開いても、全く話が判らない。開いた事のないページが数ミリの厚さになる。
ヤバイ!来週の試験に間に合うはずが無い。試験範囲も分からない。
3教科以上の単位を落とすと落第する。俺は青くなった。
ダチからノートを借りるにも試験前になっているから書き写す暇が無い。
試合に行って夜になると教科書を開いていたレイラの姿を思い出し、後悔するがもう遅い。
放課後、担任に呼び出され、たまりに溜まったプリントを手渡された。
試験前で部活も休みなので皆、帰りが早い。教室には誰も残っていない。
ノート借用を頼もうと思っていたのに気の利かない先生だ。
答えの書いていないプリントを山ほど受け取ったって、今更どうしろというのだ。
担任だったら回答も書いておいてくれ!
置いてきぼりを食らって、静まり返った玄関で上履きを履き替えた。
「小柳君!」
「あ〜びっくりした、山崎、まだ居たのか?」
薄暗い玄関でイキナリ声を掛けられて俺は驚いた。クラスの山崎ヒマワリである。
ヒマワリという花が持つイメージとはちがい、クラスでもあまり目立たない、静かな女の子だ。
スポーツ関係の話題が多い俺は、部活に熱中する女子とは話があうのでよく喋る。
ヒマワリとはあまり話したことが無い。俺だけでなくクラスの男子、誰もがおなじだろう。
「びっくりさせてごめんなさい。これ!」と俺に紙袋を押し付けた。
「これって・・・?」声をかける隙も与えず、ヒマワリは走り去った。
俺はちょっと戸惑って彼女の後ろ姿を見ていたが、紙袋をそのまま鞄に放り込んだ。
家に帰り、紙袋を鞄から取り出したが、空腹を解消するほうが優先だった。
冷蔵庫をあさり、チキンを発見した。電子レンジと戯れているとレイラが現れた。
「レオ、何これ!」目ざとく、紙袋を発見する。
綺麗な色の紙袋だ、奴の目に付くのは仕方ない。
「フン、ホレ・・・女子に貰った」チキンをかじりながら答える。
「で・・・中身はなに?」
「未だ見ていない」
「うそ〜!普通、先に開けるよ。チキンをかじる前に・・・」
「だって、腹へって死にそう!」
俺は仕方なく、食べかけのチキンを皿に置き、袋を逆さに振った。
テーブルの上に中身がバラけて飛び出した。
中からは大量のコピー用紙とピンクの包みが転がり出た。
「乱暴なんだから・・・」といいながら、レイラはコピー用紙を集め、ピンクの包みを俺によこした。
ピンクの包みを開くと中身は小箱に入ったチョコレートだ。
「これやる!」
「レオったら、何を考えているの?」俺はレイラに睨み付けれられた。
レイラの好物のチョコレートが入っていたからやったのに、何を怒られてるんだ俺は・・・?
「レオ、これってバレンタインのプレゼントだよ!鈍感なんだから・・・。バレンタイン!知ってる?」
「馬鹿にするなよ!俺だってそのくらい知ってるさ、この前、ゲレンデでチョコレートを配ってただろ!」
だいたい、2月はスキーで忙しくて、バレンタインデーを下界で過ごした事がない。
毎年、お前と一緒に居るだろうが・・・ブツブツ。
「レオ、このコピー見て!凄いよ!」
レイラに言われて、コピーを見ると、授業中のノートのコピーが揃っている。
「あいつ、おれにノートのコピーをくれたんだ。」
「凄いね!丁寧にまとめてあるよ!ここのところなんか・・・」
俺はレイラからコピーをもぎ取るとチョコと一緒に部屋に逃げ込んだ。
ヒマワリのコピーを見ると、確かに丁寧に作ってある。
自分のノートをコピーして、蛍光マーカーで印を付け、更に鉛筆の書き込みもある。
ノートと教科書のページが一致するように後で、ページも書き込んだらしい。
どうやら、期末試験の範囲が全て揃っているようだ。
「サンキュー、ヒマワリ!」
俺はヒマワリのコピーをありがたく利用させてもらうことにした。
正直なところ、ヒマワリのノートが無ければ留年確実、お先、真っ暗だ。
試験前はヒマワリのノート内容を教科書と照らし合わせ、確認するので精一杯だった。
終わってみると、ヒマワリのノートが試験範囲の要点を上手にまとめてあった事が分かった。
結果は判らないが、とりあえず、試験は終了だ。
ざっと思い返すと、数学がヤバイ、数1、数A共に点数が取れていない。不安だ。
国語は得意科目だと手を抜いたのが災いして古文が危ない。
大体、今回の試験では漢文が全範囲になっていた。
3学期になって習った漢文を俺がわかるはずがないのである。
俺にとっては初めて見る漢文だ。手も足もでない。
ヒマワリのノートで一夜漬けする予定が、睡魔に勝てず・・・完敗である。
過ぎた事は仕方ない、即、気持ちを切り替える事もアスリートの適性条件である。
試験修了の翌日は1日寝ている予定だった。
俺は早々と電話のベルで起こされた。
一度は無視しようと布団を被ったのだが執拗にベルが鳴り続ける。
時計を見ると、まだ、11時過ぎ、昼前である。
「ファイ!」俺の声は非常に不機嫌だ。
「港町東駅ですが、小柳レイラさんのお宅ですか?」隣の駅から何の用事だ?
「レイラは俺の妹ですが、何か?」定期でも落としたかドジな奴(心の声)
「レイラさんが車内で気分が悪くなられ、駅で保護しています。迎えに来ていただけますか?」
「はい!」俺の眠気はすっ飛んだ!
お袋にも兄貴にも電話が通じない。とりあえず、迎えに行くことをメールする。
俺はお袋から非常用資金と言われている袋から金を取り出し、ポケットにねじ込んだ。
チャリで駅に向う。この時間だと電車が少ないから近道をチャリで走る方が早く着く。
チャリは駐輪場に置いておけばよい。
俺が息を切らせて駅に着くと、レイラは駅長室のソファーに寝かされていた。
睡眠不足と疲れで貧血を起こしたらしい。レイラの顔色は真っ白だ、血の気が無い。
電車の中で気分が悪くなり、ホームに下りて座り込んだところを保護された。
確か、レイラは今日まで期末試験だと言っていた。
昨日は晩御飯にも下りて来ないで、部屋に閉じこもり、勉強していた。
ひょっとすると全く寝ていないかも。
俺は「早く家に帰って休みたい」というレイラを抱えるようにして支えて駅を出た。
急行停車駅でないので何時も使う駅のようにタクシー乗り場が無い。
「一寸、待っていられるか?」レイラの体重は半分を俺が支えている。
手を離すと座り込んでしまいそうだ。
しまった、先にタクシーを停めてから連れ出せば良かった。
高校の制服を着た女の子を若い男が抱えているのだから目立たない方が無理。
遠巻きに様子を伺う、買い物らしき主婦達がいる。しょうがない助けてもらおう。
心を決めて、 見回すと・・・。
「あっ、ヒマワリ!」
「どうしたの?大丈夫、その方は・・・?」
「ワリィ、タクシーを停めてくれない」
「ウン」
ヒマワリは駅前のロータリーの先の広い道まで走っていった。
通りかかったタクシーを止め、こちらに誘導してくれる。
「助かった、ありがとう。」
俺はヒマワリに礼を言い、レイラを車に押し込んだ。
「じゃ!」「気をつけて」
家に 連れ帰ったレイラをベットに座らせ、着替えている間に俺は特性のココアを作った。
「あぁ、美味しい」レイラは俺の特性バター入りココアを両手で抱えて飲み干した。
ベットに横になったレイラは間もなく寝息を立て始めた。
ふと見るとレイラの制服が椅子に置いてある。
何時もは俺が脱ぎ捨てた制服まで俺の部屋に来てハンガーに掛けているレイラだ。
よほど辛いのだろう。俺は初めてレイラの制服を手に取り、ハンガーに掛けた。
レイラを一人にしておくのも心配だった。
俺は自分用にコーヒーをいれ、レイラの部屋に戻った。
お袋と兄貴には携帯メールで様子を知らせた。
レイラの寝顔を見ているうちに俺もベットに寄りかかって眠り込んでしまったらしい。
「レオ、風邪ひくよ、レオったら!」レイラに起こされて気が付くと18時だ。
「どうだ、気分は?」「もう、大丈夫、ゴメン、心配させて!」
「良かった。」
「私、お腹が空いた」
「ハイハイ、お姫様、何をお持ちしましょうか?」
「もう、レオったら、自分で作るよ。大丈夫だから!」
俺達はキッチンに下りて、冷蔵庫を開いた。
俺が特性チャーハンを作っている間にレイラがワカメスープを作った。
「ねぇ!これって昼ごはん?夕食?」レイラがたずねた。俺には今日初めての飯だ。
「夕食かな?婆が帰ったら晩御飯を食べよう」
俺のメールを見て、お袋も兄貴も普段より早く帰宅した。
お袋は駅にお礼に寄って来たらしい。
兄貴は俺が置き去りにしたチャリに乗って帰ってきた。
食事の時にレイラが珍しく叱られて、いや、注意を受けている。
「レイラ、気をつけないとホームから落ちたりしたら新聞に載るぞ!」と兄貴!
「頑張るのは良いけど、食事はキチンと取らないと体に良くないわよ。
特に女性の場合は体調の変化が大きいから」お袋がやんわりと注意する。
「それって、生理のことか?」思わず余計な事を口走った。
「バカ、レオの馬鹿、無神経!!!」俺はレイラに睨み付けられた。
「レオ、お前、ご婦人方の前でそのような単語を話題にするとヒンシュクをかうぞ!」
兄貴にまで叱責される。
「そうね。広い意味ではレオの言う生理で正しいのよ。
大人の女性の場合は一ヶ月の中でホルモンバランスが変わって体調が変化するの。
人間の摂理ね。子供を生むための準備は中学生ぐらいから始まるけど、最初は不安定なのよ。
大人になると安定するのだけど・・・。」
婆がホローした。
いつの間にか俺が叱られている。
まぁ、良いか!レイラより俺の方が叱られ慣れている。
若いレイラは次の日には元気になっていた。
俺達は予定通り、群馬県の選手権に出場するべく移動した。
試合が終わり、登校日に玄関の近くでヒマワリに会った。
「この前はありがとう」
しまった、レイラにバレンタインのお返しを準備するように言われて忘れていた。
群馬で土産を買うつもりだったのに・・・。
「これ、やるよ!」咄嗟に俺が取り出したのは胸ポケットに入っていたボールペンだ。
「書きやすいんだ!これ!」駅前の英語教室で宣伝に貰った物だ。
教室の名前が印刷されている。でも、書きやすいのは嘘でない。
「あ、ありがとう」
お礼など入れわれる様なものでは無い・・・言葉を捜していると・・・。
「小柳、やばいぞ!」とダチに声を掛けられた。
呼び出しが張り出されたらしい。皆と走って、掲示を見に行った。
「以下のもの本日、H3−1教室に13時に集合する事」
と書かれた下に名前が並ぶ。俺達のクラスでは8名の代表者の名前が書かれている。
俺の名前があることをしっかり、確認し、近くにヒマワリの名前が並ぶのを見つけた。
驚いた。何でヒマワリの名前があるんだ?!?!どうしたんだ?
見回すと、ヒマワリが少しはなれたところで一人、うつむいている。
声を掛けようか一寸だけ迷ったが、声を掛ければかえって注目を浴びると考え直した。
いずれにしても呼び出された者は基準以下の赤点があるということだ。
単位の取り直しか、補講か?追試か?最悪の場合は留年(落第)である。
すっかり、ブルーになった俺は食欲も無くなった。
学校の食堂でラーメンと焼肉定食を食べて13時の運命の時を待った。
(補足説明:食欲が無いから何時もの大盛を注文していない)
すっかりブルーに染まった俺たちは卒業して使われなくなった3年の教室に集合した。
ヒマワリが一番後ろの隅の席に座っている。俺は一つ席を空けて同じ最後列に座った。
学年主任と教頭、全クラスの担任、学科担当の教師が全員集合した。
教頭が今年の一年生は張り出された人数が多いと嘆いている。
例年よりも出題の難易度が高かったのか?ゆとり教育で学力が低下しているのか・・・?
教科毎にレポート、補講、追試、最履修と試験結果により指示があると説明された。
つまり、補講としておまけの授業を受ける。追試としてもう一度、試験を受けさせてくれる。
最高の特典として、来年、もう一年間の授業が受けられる。と言う得点が俺達に与えられる。
「細かい話は後で聞くから、早く、結果を教えてくれ!」
俺達は同じ思いで長々と続く説明を聞かされた。
そして、一人ずつ、封筒が手渡される。
ゲゲッ!やっぱり。最悪だ。
数1、数A、古文と3教科が封筒の中から出てきた。
落第するかも・・・!?血の気が引くのが判る。
俺は教員のコメントを一つずつ読み始めた。
手元を本やノートで隠して読んでいる奴も多いが、気にした事ではない。
俺は堂々と資料と回答用紙を広げた。
まず、古文である。
教師のコメント欄に一年を通して古文は比較的理解できているが漢文が全くできていない。
課題を提出し、追試を受けるように書かれている。
だいたい、漢文は3学期に初めて習っているのに殺生である。
万一、一度も授業を受けなかった俺が満点を取ったら先生が困るのではないか?
待てよ!この文章を読む限りまだ、単位を落としたわけではない。
追試の結果で決まるわけだ。
そして、数学はダブルである。
数1は補講と追試。数Aは課題の提出と追試である。
よく見ると、数学の補講は今日から3日間。
今日からだって!教科書も持って来ていない。
明日、明後日と試験休みを返上して午前中9時から12時半まで補講があり、午後は自習である。
3教科とも試験は終業式の前日、嘘だろう!
3学期なので一年間の集約として成績が出されている。
全教科が審査対象となるのだが、一科目だけ引っかかった奴は何人いるのだ?
最多では5科目で赤点を取った、豪傑が2人いると説明があった。
今までの先輩方も、5科目で赤点を取って、追試で合格した前例がないという。
数学の補講と国語の補講があるが、両方落とした奴は、好きなほうに出れば良い。
早い話が一方は諦めて来年、再チャレンジしろと言う事か!
3科目全てに本気で取り組むべきか?一科目を捨てるべきか悩ましい。
二兎を追うなということわざがあるのに、三兎を追って大丈夫なのか???
試合の場合でも条件が悪いと回転競技を捨てて、大回転だけに掛ける事もある。
数学の補講を受けに俺は教室を異動した。
振り返るとヒマワリが後ろから付いてくる。
「お前も数学を落としたのか?」
「うん」
「お前のノート、良くまとめてあったのに・・・。」
「駄目なの数学、3学期は必死でノートを書いたから少し、点数があったけど・・・」
普段なら直ぐに眠くなる数学の補習を俺は本気で聞いた。
午前中に数1を受けた午後は自習と称して先生に数Aを聞きに言った。
数1の連立方程式は勘の良い俺は何とかなる。
参ったのは3学期に習ったという三角関数だ。
一度だけ授業に出たが何の話をしているのか全く理解ができなかった。
試験が終わってから補講を受けて、やっと少し判った。
二日間の自習でほぼ、数Aの課題はかなり進んだ。
明日までにノートを整理して、分からないところを明日、質問しよう。
ヒマワリも丁寧にノートをまとめている。
「チョッと貸して!」勇次が声をかけた。
「イヤッ!」珍しく、大きな声を上げたヒマワリの方を皆が振り返った。
筆記用具を借りようとした勇次が驚いている。
「何だよ!」「ゴメン、こっちを使って!」ヒマワリは決まり悪そうに別の筆記用具を渡した。
「このボールペン、借りちゃいけなかった?」
「ウン、チョッと大事にしていたから・・・」
「だって、英語スクールでくれる只のボールペンだろ!」
「書きやすいから気に入っているの・・・」
もしやと振り向くと、例のボールペンだ。
俺は身がすくむ思いだ。無料で配っている宣伝のボールペンなのに・・・。
俺が、ヒマワリに咄嗟に渡したボールペンを彼女は大切にしている。
女って不思議だ、たかがボールペンを大事にするなんて、俺はどうすればいいんだ。
俺は家に帰り、事の次第をレイラに説明した。
「レオ、最低!彼女の気持ちも考えずにヒドイ!許せない」
レイラは蔑むような目で俺を睨みつけた。
間の悪い事にお袋が帰ってきた。
「あら、どうしたの喧嘩でもしているの?」
「レオったら酷いの!女心を弄んで・・・」
「おい、弄ぶは無いだろ!」
・・・俺は久しぶりに母親に自分の悪事を白状する羽目になる。
俺の話を聞いた婆は俺に尋ねた。
「レオはどうすれば良いと思うの?」
「プレゼントを用意してボールペンと取り替えてもらうかなぁ」
「プレゼントを準備するのは良いけど、取り替えては相手を傷つけると思うわよ。
貴方から貰ったボールペンを大切に使ってくれるのでしょ」
ボールペンと言われるたびに俺は身が縮む思いだ。
「もしや、レオ。そのヒマワリさんってレイラが倒れた時に手を貸してくれたお嬢さん?」
「ウン、そうだよ」
「嫌だ!レオ、どうして私に先に言ってくれないの!」レイラが割り込んだ。
「先にって、お前は会っているじゃん。俺、ヒマワリって呼んでいたよ!」
「だって、あの時は気分が悪くて家に帰ることしか考えられなくて!
私もお礼しなきゃ!・・・ねぇ!私にプレゼントを選ばせて!
私もお友達になりたい。家にお招きして良いでしょ!
私、レオとまとめて勉強を手伝ってあげる。兄貴も協力してくれると思うよ!」
レイラが一人で計画をまくし立てる。
「私もレイラがお世話になったお嬢さんにお礼が言いたいけど・・・、
レオがどうするかを決めなさい。相手のお嬢さんの気持ちを良く考えてね!
勿論、ヒマワリさんが来てくれるなら歓迎するわ」
婆がレイラを静止するように引き取った。
その夜、兄貴からも家庭教師を引き受けるから、彼女を連れてこないかと言われた。
俺は取りあえず、兄貴が家庭教師をやってくれるから、勉強しに来ないかとヒマワリを誘った。
お互いに背に腹は変えられない状況だ。
ヒマワリはチョッと考えて「ご迷惑で、無かったら・・・」と小さい声で言った。
俺は明日の土曜日に駅まで迎えに行く事を約束した。彼女は自転車で来るという。
帰りにレイラと待ち合わせてプレゼントを選ぶ。
レイラは小さなガラス細工の宝石箱を選んだ。
オルゴールが仕込んである。曲は「星に願いを」である。
レイラはラッピングにも注文をつけている。
土曜日の朝、俺は隣町までヒマワリを迎えに行った。
港町東駅に5分前に着くと、ヒマワリは既に来ていた。
俺は後ろから付いてくるヒマワリを振り返りながら家まで案内した。
家族が皆で出てきたら内気なヒマワリが驚くからと俺は家族を説得した。
家族も気を使って、兄貴が一人で玄関を開けて出迎えてくれた。
俺はヒマワリをお袋の書斎に案内して兄貴に勉強を教わった。
食事の時に皆を紹介すれば良い。
飲み物は缶のジュースを冷蔵庫から運んだ。
兄貴は俺よりもヒマワリにレベルを合わせて丁寧に説明していた。
授業に出ていないから判らないという俺の場合は説明すれば何とかなる。
真面目に授業を受けて、ノートを丁寧にとっているヒマワリである。
それで判らないのは理屈を考えるのが苦手で数学に対する拒否反応が出ているのだ。
兄貴は数字を書き連ねるのではなく、冗談や雑談を混ぜて公式の利用のやりかたを説明した。
公式に数字を当てはめる事だけを覚えようとすると、何がなんだか判らなくなる。
よく使う公式を例に取り上げて、ユックリ丁寧に繰り返し説明してくれた。
本当ならばレイラも応援に呼べば良いのだが、まさか妹に教わるのでは外聞が悪い。
あっという間に時間が過ぎる。
「お昼にしようか?」兄貴に言われるまで、俺もヒマワリも夢中で数学に取り組んでいた。
リビングでは、普段は口数が少ない大人しいヒマワリが、初対面のお袋にきちんと挨拶をしている。さすが女子だ。
「いらっしゃい!」
「お邪魔しています。」
「どう、勉強は順調ですか?」
「はい、お陰さまで・・・」
「こんにちは!」レイラに声をかけられ、ヒマワリが固まった。
びっくりして、目をまるくしている。
「私、帰ります」突然、ヒマワリが俺に囁いた。
「どうしたの、急に?」「だって、お邪魔だから・・・」
俯いて涙ぐむ、ヒマワリ!どうしたんだ?俺はどうしたら良いんだ?
そんな事は気付かずに婆がヒマワリに話しかける。
「ヒマワリさん、先日は娘のレイラが助けていただいて・・・」
「えっ?」
「あら、紹介していなかったの?」
「こっちがレオの妹のレイラです。妹と言っても同い年だけどね。」
「ヒマワリさん、兄のレオがお世話になっています。
ごめんね。鈍くて、気がきかない兄で・・・」
硬くなっていたヒマワリの顔が少しほころんだ。
「嫌だ!私。レイラさんのこと、レオさんの彼女かと思って・・・」
「えっ!ヤダぁ〜!私、レオの彼女に間違われたの!」
二人で声を揚げて笑っている。
食事を食べながら、追試対策が話題になるのでは消化に悪い。
しかし、俺もヒマワリも切羽詰っている。今日のところは仕方あるまい。
ヒマワリが、家庭科でレポート提出と聞いてレイラが驚いた。
「だって、レオが戴いたチョコレート、手作りでしょ!」
「私、お菓子やお料理を作るのは大好きだけど、消化酵素とか言われると・・・」
「そう、消化酵素って名前が長くて覚えるの大変よね!」
「実習も作品提出もできているからレポートだけ出せば良いって言われました。」
「私、手伝うわ!」
「本当?教えてくださる?」
レイラとすっかり話が弾んでいる。
「僕の生徒さんたち、午後の授業を始めるよ!」
兄貴に促されて、俺とヒマワリは勉強を再会した。
夕方までに、一通り、数1も数Aも今回の課題のポイントは見直しができた。
レイラはヒマワリと明日、家庭のレポートを書こうと相談したらしい。
俺は自転車でヒマワリを送る。
彼女の家は隣の駅の直ぐ近くらしい。
「ありがとう、この辺で大丈夫です。」
ヒマワリは駅の近くで自転車を止めた。
「あの、これ!」俺はレイラが選んだプレゼントを手渡す。
「開けてみてくれる」ヒマワリはそっと、包みを開き、ガラスの小箱をじっと見つめる。
「何がいいか判らなくって妹に選んでもらったんだ」俺は言わなくても良い事をぺらぺら喋った。
「妹もお礼がしたいからって!俺とレイラから君に!」
「でも、オルゴールは俺の好きな曲なんだ」ヒマワリは何も言わずに下を向く。
「気に入らなかった?ゴメン、趣味がわからなくて・・・」ヒマワリの瞳から涙がこぼれる。
俺は焦った。何か悪い事を言ってしまったのだろうか?
レイラに良く無神経とか鈍感とか言われるが、気付かずに言った言葉で彼女を傷つけたのか?
ヒマワリが何か言ったが声が小さくて聞こえない。
「えっ?なんて言ったの?」
「嬉しいって言ったの?すご〜く、嬉しい。ありがとう。大事にする!」
俺はヒマワリの笑顔を見て、チョッと暖かい気持ちになった。